第35話:価値
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ウォードからフォルティへの、半ば説教のような話が終わり、今ルウナと彼の前には、揃いの白い鎧を身につけたリベルタス魔導騎士隊の面々が、それなりに綺麗な隊列を作ってずらりと並んでいた。
必要最低限のことは出来るのだなと、ウォードは少し彼らのことを見直すが、その後すぐ、自身がどれだけ彼らに対するハードルを低く設定しているかに気づき、また深いため息をつく。
「……ん」
しかし、よくよく見ると、確かに隊列自体は綺麗に整ってはいたが、片足に重心を置く者、首を傾けている者、隣と小声で話す者、眠そうに目をつぶる者などなど、細かなところで彼らがいかに甘やかされてきたかがよく分かるその有様に、彼はもうため息をつくことすらやめ、ただ呆然とそれを見つめていた。
「ルウナ殿、ヴァン殿……全員集合したぞ……」
「あ、はい……」
フォルティはすっかり意気消沈し、いつもの彼女からは想像もつかないほどに落ち込んだ様子で、前に立っていた二人へそう報告する。
隊長の証として彼女が身につけている、短めの赤いマントも心なしか萎びて見え、ルウナはとぼとぼと隊列に加わる彼女の背中を心配そうに見つめていた。
フォルティが落ち込むのも無理はなく、隣でただ聞いていただけのルウナですら、まるで自分がどれだけ間違った行動をとっていて、そしていかにそれが無責任であるかをこんこんと詰められているような錯覚に陥り、ちょっと落ち込んだほどである。
「じゃ、ヴァンさん……お手柔らかに……」
「……それは保証出来ねぇな」
「うひぃ……」
始まる前から震え出すルウナを尻目に、ウォードは一歩前へと出る。
そして、鋭い眼光を彼らへ向けると───
「全員気をつけッ!!!」
「「「ッ!?」」」
ザッと、靴底が地面を削る音が一斉に鳴った後、辺りを静寂が包み込む。
そして、全員が背筋をピンと伸ばし、その指先まで真っ直ぐに伸ばして前を向いた。
「よし……すでに話は聞いていると思うが、俺の隣にいるのが、今日からお前たちの顧問、並びに指南役となった宮廷魔導師のルウナ=アークライトだ」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
ルウナがぺこりと頭を下げる。
しかし、彼らはどうしていいか分からず、ただ立ち尽くすことしか出来ない。
「おい、何をしている……敬礼してよろしくお願いしますだろうがぁッ!!!!」
「「「よ、よろしくお願いしますッ!!!」」」
ウォードの一喝により、慌てて行動する彼らを見て、フォルティはぎゅっと手を握り、悲しげな表情を浮かべた。
彼はそれに気づきつつも、
「ちっ……出来るんなら最初からやれよ……」
と、恐ろしく低い声でそう言い放った。
その凄まじい威圧感に、隊員たちはもちろんのこと、フォルティもペトラもロドスも、そして当たり前のように彼の隣にいるルウナまで、全員が汗をダラダラと流し始める。
「で、俺は魔導補佐官のヴァン=ノワールだ。今後、うちのご主人が魔術を、俺はそれ以外の全てを担当する。分かったか?」
再び静寂が訪れ───
「分かったら"はい"だろうがぁッ!!」
「「「は、はいッ!!!」」」
「お前ら……言われなきゃ出来ねぇのか? あ? こっちが疑問系で回答を求めたら、"はい"か"いいえ"で答えんのが当たり前なんだよ……ちっ! おい隊長」
「は、はいッ!」
ウォードは敬礼をするフォルティの目の前まで行くと、その顔に自身の顔を近づけて睨みつける。
「俺はさっき言ったよな? お前は出来ると言っていたが……どうだった結果は?」
「出来て……おりませんッ……!」
悔しそうに、そして悲しげに、フォルティは泣きそうな顔でそう言った。
ウォードはしばらく彼女を睨みつけた後、スッと離れると、整列する彼らの前を歩きながら話し始める。
「いいかお前ら……さっき俺は隊長にこう言った。今日の様子を見る限り、奴らはまともに返事も出来ないぞ、とな。で、結果はお前らが一番よく分かってるよな?」
再びしんと静まり返るその様子に、ウォードは再びフォルティを見ながら、"お手上げだろ?"と言わんばかりに両手を広げる。
そして、彼女はただ、唇を噛み締めることしか出来なかった。
「な? さっき言ったことすら出来ねぇんだよこいつらは。さて、今回お前らの隊長には、事前に"声を出すな"と言ってある。俺から直接声を掛けない限りはな」
ウォードが黙ると、荒い息遣いや、唾を飲み込む音があちこちから聞こえ始めた。
極限の緊張感が漂う中、彼はそんなことなど意にも介さずに語り続ける。
「いいか? 今も返事をするタイミングだったのにもかかわらず、隊長はあえて声を出さなかったんだよ。お前らに返事をしてくれと願いながら、ただ信じて黙っていたんだ。で、結果はこれだ。ああ、だがお前らは悪くねぇよ? 悪いのは全部、こんなクソみたいな状態を放置した隊長……お前のせいだ」
指をさされ、そう吐き捨てられたフォルティは、両手をグッと握り締める。
そして、深々と頭を下げ、
「はいッ……も、申し訳……ありませんッ……!」
そう言って、彼女は地面に涙を落とした。
それを見た隊員たちは、一様に眉を落とし、悔しさから拳を握り締める。
そして、全員がウォードへと睨みつけるような視線を放った。
彼はそれを鼻で笑うと、さらに見下すような視線を彼らへと向ける。
「……いいか? 今のお前らは指導する価値もねぇ。それ以前の問題だ。つーわけで、今日は帰らせてもらうわ。明日、朝九時にまたここへ来る。もしその時、今日と同じようだったら……俺らは降りさせてもらう。いいな? あまちゃんの……おままごと隊長さんよ」
「ッ! わ、分かりました……」
「じゃ、行こうぜご主人」
「あっ、は、はい……」
「お、お待ちいただきたいッ!!」
微かに震えた声でそう叫んだのは、副隊長を務めるロドスであった。
彼は隊列を離れて前へと出ると、肩を振るわせながらさらに言葉を続ける。
「だ、隊長は……フォルティ様はッ! 誰よりも我々のことを考えてくださっている方です! ここにいる彼らは皆、元いた場所で苦しみ、必死に足掻いていた者たちです……勿論、私も含めて」
ぎゅっと胸を掴むような仕草をしながら、ロドスはそう言ってウォードを睨みつける。
「フォルティ様は……私たちを救ってくださったのですッ! お、おままごとなどッ……その言葉ッ! 撤回していただきたいッ!!」
「……何故撤回する必要がある? 俺は本当のことを言っただけだが?」
「ッ! そ、そもそもあなたッ……あ、あなたは補佐官でしょう! 宮廷魔導師殿に言われるならまだ───」
「ほぉ? なるほど……俺はお前らの指導をするには相応しくないと、補佐官ごときが偉そうに語るなと……そう言いたいのか?」
「ッ! そ、そう捉えていただいて結構ですッ!」
「……よし、分かった」
その瞬間、空気が変わったのを、ルウナはつぶさに感じ取っていた。
思わず背後から彼に声を掛けようとすると、ウォードは彼女だけに見えるように"大丈夫だ"とサインを送る。
「……抜きな。その方が早い」
ロドスの剣を指さしながら、ウォードはゆっくりと前に出る。
「なッ!? そ、そういうことでは……そもそも丸腰相手に剣を抜くなどッ……!?」
「誰が……丸腰だって?」
瞬きをする間に、ウォードの手には巨大な剣が握られていた。
「えっ……あ、あれは……」
その時、フォルティがそう呟く。
しかし、そんなはずはないと、彼女は首を横に振り、自身の考えを否定した。
「創出魔術ッ……い、いつの間に……!?」
その刃から柄まで全てが黒く、自身の身の丈ほどはある幅広の大剣を軽々と片手で握り、彼はさらにロドスとの距離を詰めていった。
「崇高な騎士道精神も結構だが、お前らはほんとに何も見えてねぇし、分かってもねぇな。ほれ、もう丸腰じゃねぇぞ……かかってきな」
「ぐッ……!」
「どうした? お前はなんのために声を上げたんだ? ……その程度かよ。隊長への感謝の想いとやらは」
「う、うぉぉおッ!」
ロドスは一気に剣を引き抜くと、己が魔力をそれへと流し込む。
すると、銀色の剣はみるみるうちに赤へと染まり、陽炎が風景を揺らし始めた。
「付与魔術か……ま、練度はそれなりだな」
「わ、私の……フォルティ様への想いをッ! 踏みにじるなぁぁぁぁあッ!!」
大地を強く蹴り、ロドスは怒りのままに前へと出る。
そして、大きく振りかぶったその一振りは───
「ぬんッ!」
「ッ!?」
ウォードの一太刀によって、粉々に砕け散った。
「なん……だッ……!?」
彼はロドスの打ち込みに合わせ、その大剣を高速で振り抜き、剣身のみを打ち砕いていた。
本人は勿論、周りで見ていた者たちも、その剣速にまるでついていけず、一緒ウォードが消えたように見えた後、気づいた時にはロドスの剣が砕けていたという、まるで時が飛んだかのような錯覚に陥っていた。
「よぉ……まだ続けるか?」
膝をつくロドスに、ウォードは大剣を突きつける。
彼は柄だけになった剣を震える手で納めると、静かに首を横に振った。
「そうかい……じゃ、また明日な」
ウォードはそういい残し、大剣を消すと、ルウナと共にその場を去っていった。
残された彼らは、その背中を見つめながら、ただ拳を握り締めることしか出来なかった。




