第34話:不慣れ
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「ひでぇな…………こりゃ」
リベルタス魔導騎士隊の練習風景を遠目から見ていたウォードは、ため息混じりにそう呟く。
そもそも、彼からすれば大抵の者はそうなってしまうのだが、それでもそこから見える光景は、"目も当てられぬほど"という形容詞が付いてしまう程度には酷かった。
「おっ……今、結構上手く出来てなかった?」
「うん。ちゃんと火が出てたし、悪くないんじゃないか?」
彼らは各々に素振りをしたり、腕立て伏せなどの筋力トレーニングをしたり、また組み手をする者たちもいれば、魔術の鍛錬のために魔力を練っていたりと、各人がバラバラに行動をしていた。
それについては、自主練習ということでまだ許せたウォードだったが───
「あははっ! お前それはないわー!」
「いやマジだって! 王都はやっぱ違うんだよ! レベルが!」
「…………楽しそうだねぇ」
ぺちゃくちゃと無駄なお喋りをしながら、ダラダラと行われる訓練という名の何か。
それが、ウォードが抱いた感想であった。
そして、見ている限りその全てにおいて、王都騎士団の基準から言ってしまえば、大きく下回るようにしか彼には見えなかったのである。
「嫌な予感が当たっちまったか……しっかし、こんな場所しか空いてねぇのか?」
第二別館の周りには、王都騎士団が訓練を行うための施設や練習場などが多数あるのだが、室内訓練所の使用は当然のように許されておらず、また主要な屋外練習場は、全て王都騎士団の各隊によって占有されていた。
故に、彼らは第二別館と第三別館の間にある、敷地ギリギリの端の端に存在する三角形の空きスペースを利用し、いつもひっそりと隠れるように訓練を行っていたのである。
「ご主人もまだ来ねぇし……つか、急に不機嫌になりやがって……俺が何したってんだよ……」
彼女がそうなってしまったのには、実に複雑な乙女心が関係しているのだが、いいおっさんである彼にそれを理解出来るはずもなかった。
「ん? はぁ……」
と、その時、フォルティが自分の方へと、満面の笑みを浮かべながら歩いて来るのが見え、彼は思わず深いため息をついた。
「ヴァン殿! 来てくれて感謝する! おや? ルウナ殿は?」
「あ、ああ……もう少ししたら来るよ……多分」
「そうなのか? あ、ところで我々の動きはどうだろうか? 皆、よくやっていると思うのだが!」
「ん、んん……まぁ……うん……」
予想通りの反応に、ウォードは思わず言い淀む。
もし、彼女が自分と同じような感想を持っていたとするならば、こんな訓練にもなっていないことなどさせるはずもなく、おまけにヘラヘラと笑っている余裕などあるわけがない。
しかし、彼女は"皆よくやっている"と、なんとも無責任な発言をし、まるで危機感のないその様子に、ウォードはもう呆れてしまって何も言えなくなっていた。
そんな彼の様子に、フォルティは小首を傾げながら片眉を吊り上げる。
「む? 何やら思うところがあるのだろうか? 是非、忌憚のない意見を言ってほしい!」
「あー……じゃあ言うが…………全然ダメ」
「なあッ!?」
それならばと、飾らずに伝えたウォードであったが、心の底から本気で驚く彼女を見て、彼は思わず頭を抱えた。
「な、何がダメなのだ!? あ、あんなに皆一生懸命に……!」
「……あのな、みんな一生懸命やってんの。つか、そういう問題じゃないというか、それ以前の話なんだよ。ちょっと聞いときたいんだが、こいつらは元々どこにいた連中なんだ? 随分と若い奴らばっかりだが……」
「か、彼らはもともと、王都騎士団に入団していた者たちだ。ただ、周りについていけなかったり、上手く馴染めなかったりしたようでな……そんな時に我々が活動していることを知り、私に助けを求めてきたんだ。同じように上手くいかず、王都騎士団を抜けた……私にな。それで、正式な手続きを踏んだ後、魔導騎士隊として共に……」
「……なるほどな。ひとまず、ご主人が来るまで続けてくれ。また後で話そう」
「分かった……で、ではまた後で……」
とぼとぼと去っていく彼女に、ウォードは深いため息をついた。
と、その時───
「……すみません」
「ッ!」
そうルウナに背後から声を掛けられ、ウォードの心臓がドキンと跳ねる。
ルウナはそのまま彼の隣に立つと、
「遅く……なりました」
と言って、ぺこりと頭を下げた。
「お、おう……」
いつもの彼なら、からかうような言葉でも吐くのだろうが、さすがに空気を読んでか、その一言だけにとどめていた。
しかし、ふざける場面でないと察せたのはよかったものの、二人の間に流れるギクシャクとした空気は想像以上に重く、彼はもはやどうしたらいいのか分からなくなっていた。
そのせいで、彼は次の言葉が何も浮かばず、ただ二人揃って無言のまま、程度の低い兵士たちによる、程度の低い訓練を見続けるという、なんとも無駄な時間がしばらくの間続くこととなる。
「ウォードさん」
「ンっ!?」
その時、不意に彼女の方から声を掛けられ、狼は全身の毛を逆立たせながら、どこから出たのか分からないほどの高い声で返事をした。
「……さっきのことは忘れてください。すみませんでした」
そう言って、彼女は再び頭を下げる。
そのどこか抑揚のない声に、ウォードは心の中でため息をついた。
つまるところ彼女が、"自分も悪いとは思っているが、あなたも同じくらい悪いんですよ"と、そう言っていることに彼は気づいているのである。
しかし、彼は自分が何をしたのかまでは分かっていない。というより、事実彼は別に何もしていなかった。
彼女が不機嫌になった理由は、単純に彼が自分には決して言わないであろう"美人"という単語を、本当にその通りの女性であるフォルティに言ったことが発端であったが、彼はただ客観的事実を述べたに過ぎず、別に好みのタイプでもなければそんな感情は微塵もない。
もっと言えば、彼はそもそも恋愛沙汰に対して奥手なタイプで、これまでもあまりそういった感情を抱いたことがなかった。
故に、僅かに芽吹きつつあるルウナに対する自身の気持ちがよく分かっておらず、それは彼女も全く同じであり、自身のウォードに対するそんな気持ちに気づかぬまま、なんだかよく分からない苛立ちだけをただ募らせていたに過ぎなかった。
要するに、二人ともこの手の話の、その手のやりとりが、ただただ苦手で、はちゃめちゃに下手くそだというだけのことである。
「いや、俺がなんか言っちまったからルウナは……」
「いいえ。あなたは何も悪くないです。私が……おかしかっただけですから。それより、どう思いますか……彼らは」
とりあえず、何はともあれ、よく分からないままではあるが、とにかく謝ろうとした彼の言葉を遮り、ルウナはそう言って話題を変えた。
「あ、ああ……悪い予感が当たっちまったよ」
そして、彼はそれに乗った。
というより、乗るしかなかった。
"もうこの話はやめましょう"と、そう言われてしまったのだから。
「やっぱり……ダメですか?」
「まぁな……言っちゃ悪いが、いわゆる目も当てられねぇってやつだ。王都騎士団どころか、兵士としての最低限にすら達してないやつの方が多い。元々王都騎士団にいたらしいが、おそらく若さで選ばれた連中だろう。実力で考えれば、そのうち地方に飛ばされちまってただろうな」
十三という数字の縛りがある関係上、王都騎士団の人数は厳密に定められている。
故に、下位の兵士たちは入れ替わりが激しく、今彼が言った通り、目が出なければ地方へと回されることがよくあった。
「さっきの三人を含め、多少なんとかなりそうなのもいるにはいるが……現時点では、一勝なんかまた夢の夢ってとこかね」
「ですよね……私にも分かるくらいですし。何か方法を考えないと……」
「だな……とりあえず、訓練の仕方よりも先に、考え方から変えなきゃなんねぇかな。じゃ、ちょっとねーちゃんを呼ん───」
「あ、私が呼んできます」
「お、おう……」
タタタッと走り出した彼女の背中を、ウォードは頭を掻きながらなんとも言えない表情で見つめていた。
彼は隊員たちにどう話をするかを考えつつ、並行してルウナにどう機嫌を直してもらうかも考え始める。
しかし、それは彼にとって何よりも難しいことであった。
「ウォードさん?」
「おうッ!? あ、ああ……」
彼がひたいに手を当てて必死に考えていると、いつの間にかルウナとフォルティが目の前に立っていた。
「……大丈夫ですか?」
そう言いながら心配そうに自分を見上げる彼女に、ウォードは少し安堵しながら頷いて返すと、
「……ちょっと考えごとをしてただけだよ。じゃ、先にあんたに話した後、全員を集めてもらおうかな。今のままじゃ、魔導騎士隊がなくなっちまうって話をよ」
そう言って、不安げな表情を浮かべるフォルティへと話し始めた。




