第33話:急
「ご主人もか……ま、後で見てみりゃ分かるこった。結局、貰った手札でやるしかねぇんだし」
そう言いながら、ウォードさんはお弁当をばくばくと食べ始める。
今日のお弁当の中身は、バゲットにベーコンとたまご焼き、それからお野菜の炒め物と、昨日の夜に作ったコロッケを詰めておいた。
顔から察するに、かなり満足しているみたいだ。
「ですね……あと、話は変わるんですけど、御前試合って闘技場でやるんですよね? 私見たことないんですけど、どんな感じなんですか? ルールを見てもよく分からなくて……」
去年はもうあの大事件が起きた後で、私は御前試合を見ている余裕などなく、ただひたすらに仕事だけをしていた。
王都の中心部にある闘技場が賑わっていたのは気づいていたけど、それが御前試合だと知ったのは、かなり後になってからだった。
「ん、俺は何回か見てるな。変わってなければ、王都騎士団の一番隊から十三番隊、それぞれから選抜された十三の小隊が、トーナメント形式で戦っていくって感じだな」
ウォードさんは口の中に食べ物を入れたままそう話し、フォークで空中にトーナメント表を描いてみせた。
「なるほど……じゃあ、三十九人同士で一気に戦うってことなんですね?」
「そう。舞台は平地を想定し、障害物はなし。十万人が入るあのクソでかい闘技場のフィールドを全部使って戦う集団戦だ。だから、個ではなく、部隊全員の力が重要になってくる。もちろん突出した一人がいれば勝ちやすいが、集団に狙われればそれも厳しい。小隊全員の練度、戦術、連携……勝ち抜くには、その全てが高水準にないと難しいだろうな」
「んー……」
ウォードさんの話を聞きながら、たまご焼きを口に入れる。
どうしよう……不安で全く味がしない。
「あ、ちなみに、王様は当然として、王族やら偉そうな貴族どもも主賓として参加するし、国民もタダで見られるから、観客席が全部埋まっちまうくらい人が集まるぞ」
「うひぃ……」
私なら、そんな大勢の前に立つだけでも嫌だし、ましてや戦うなんて絶対無理だ。
そういう話でなくて本当によかったけど、フォルティさんたちはそこで戦うんだよね……。
「フォルティさんたち……勝てますかね?」
「んー、まだ見てねぇからなんとも言えんが……そんな甘くはねぇだろうな」
「ですよね……」
「王都にいる騎士団ってのは、要するにエリートの集まりなんだよ。小隊が三十九人で、それが十個集まって中隊、さらにそれが十個集まったのが大隊で、それが一つの隊として扱われる。つまり、三千九百人で一つってことだな。それが十三番隊まであるから、王都にいる騎士団だけで約五万人。で、他の主要都市や、地方の町、国境付近にいる兵士は、俺が知ってるだけで三十万人以上はいる」
「そ、そんなにいるんですか!?」
「ああ。今はもっと増えてるかもな。一応、戦力だけで見ても、アルタイルは世界でも三本の指に入るはずだぞ」
さ、さすがは世界有数の大国アルタイル……そんな凄かったんだ。
驚きを隠せない私に、宮廷魔導師なら知っておけよという目をするウォードさん。
そんな彼を無視し、私はバターをつけたバゲットにかじりついた。
「もぐもぐ……んっ……つまり、その何十万人の中から選ばれた、五万人の優秀な人たちが、王都にいるアルタイル騎士団ってことなんですね」
「……そうだよ。当然入れ替わりはあるけどな。で、そんな優秀な奴らが集まってる各部隊から、さらに選りすぐりの三十九人が出場するんだから、それがどんだけ凄いことか分かるだろ? ま、隊長が出ないことだけが救いだな」
ロドスさんから貰った紙にも、隊長以外の隊員が出場すること、と記載があった。
でも、それってつまり───
「これ、副隊長は出られるってことですよね?」
「そう。つーか、そっちが主目的まである」
「ん? どういうことですか?」
「各部隊の隊長は、基本的に化け物しかなれない。少なくとも、俺がこの街にいた頃はそうだった」
「化け物って……とんでもなく強いってことですか? でも、ウォードさんほどじゃないですよね?」
「ま、そりゃそうだが……一旦俺のことは忘れて考えてくれ。でだ、トップが化け物みたいに強かったら、その下はどうなると思う?」
「あー……依存しますね。任せれば大丈夫だって」
「そういうこと。だから、副隊長が重要なんだよ。もし隊長に何かがあった時、隊を立て直す役目を担うのが副隊長だ。この御前試合では、王様や国民に、騎士団の勇猛さとその実力を披露することが一番の目的となっているが、実のところ副隊長の力を試すもんでもあるってことさ」
なるほど……じゃあ、全部隊から副隊長が指揮官として出てくるってことか。
フォルティさんは本来なら隊長だから出られないけど、今回の場合は事情があるし、人数的に考えて出場してもいい、という判断なのだろう。
「副隊長か……やっぱり強いんですよね?」
「隊によるな。強さを重要視する場合が多いが、人柄とか統率力、頭の良さを重視するとこもある。ま、今がどうなってるかは知らねぇけど」
「うーん……フォルティさんたち大丈夫かなぁ……」
「ま、あの変わったねーちゃん次第だな。見たとこあいつ、わりと強いだろ? もともと騎士団にいたって話だが、結構上の方だったんじゃねぇのか?」
「えっ? あ、そうか……」
ウォードさんは知らないんだった。
話しておかないと……例の件も含めて。
「ウォードさんの言う通り、あの方は元々、一番隊の副隊長だったんですよ」
「ほぉ? 一番隊の……そりゃかなり優秀だな」
隊の番号による明確な優劣はないけど、一番隊から三番隊までは、それを率いている隊長が特に強く、騎士団の中でも一目置かれる存在だった。
フォルティさんはそんな一番隊の副隊長を務められるほどの実力者で、噂では次期隊長という話が出るくらいに期待されていたのだけど……。
「ええ。ただ、フォルティさんはその、少し変わった方じゃないですか……」
「変わってるな。だいぶ」
「は、はい……なので、実力は間違いないと思うんですが、周囲とは少し距離があったみたいなんです。本人はそんなこと全く気づいてなかったでしょうけど……」
「だろうな。つか、あいつまだ若いだろ? いくつだ?」
「えっと……確か、二十三歳だったかな?」
「そりゃまた……面白くないと思う奴もいただろうな」
「まぁ、それもそうかもしれないんですが、他にも理由はあって……リベルタス家って、実は王族の遠縁なんですよ」
「あー、名前的にどっかの貴族かと思ってたが……そっちか」
基本的に王族や貴族の方々は、名前を二つ持つことが慣例となっている。
私はルウナ=アークライトだけど、食後のコーヒーをぐいっと飲み、非常に満足げな様子の彼の名前は、ウォード=ヴォルニクス=ヴァンデンハート。
この場合、ウォードが彼個人の名前、ヴァンデンハートが家名であり、真ん中のヴォルニクスが二つ目の名前となる。
ちなみに、ウォードさんにそれについて聞いたら、ただの没落貴族でなんの意味もないって言ってたけど、一応それがあるだけで、由緒正しいお家柄として扱われることが多かったらしい。
「そりゃ……妬まれるし、疎まれるな」
「……そうだったのかもしれません。それで、私にも入ってくるくらいに嫌な噂がたくさん流れまして……それもあって隊を抜けたみたいなんです」
「なるほどな……ちゃんと実力で一番隊の副隊長に抜擢されたが、その若さのせいでよく思われず、さらに王族の遠縁だからコネだと思われ、おまけにあんな調子だから嫌われちまったと……後はまぁ、同性からの嫌がらせってのもあったのかもな。あのねーちゃん、結構美人だし」
……なんだろう。
なんか今、嫌な感じがした。
胸が苦しいというか……血の気が引くような……なんかやだ。
「どうしたご主人……変な顔して」
その一言で、ほんとに嫌になった。
「…………どうせ、私は変な顔ですから」
「お、おい……急にどうした?」
「別に……なんでもありません。すみませんけど、用があるので先に行きます。ウォードさんは後で適当に来てください。それじゃ」
「えっ? いや、ちょっ───」
彼の返事を待たず、私は部屋から飛び出すように外へ出た。
別に用など何もない。
ただ今は一緒にいたくなかっただけだ。
「意味分かんない……」
気持ちを落ち着かせるために、廊下をあてもなく歩き続ける。
でも、おさまらなかった。
いつものウォードさんの軽口なのに、なんか嫌だった。
「……」
後ろを振り返る。
でも、そこには誰もいない。
「何やってるんだろう……私は……」
私は宮廷魔導師……今はただ、フォルティさんたちの力になることだけを考えなきゃ。
「とりあえず、どっかで時間潰そ……」
私はまたふらふらと歩き出す。
しかし、どれだけ歩いても、頭の中でさっきの彼の言葉が……ぐるぐると回り続けていた。




