第31話:依頼
「あっ! はいどうぞー!」
私が応えると、ゆっくりと扉が開いていき、そこから現れたのは───
「失礼する」
「ルルルルシフェル様ッ……あ痛ぁッ!?」
慌てて立ったら机に膝がッ……!
「おいおい、大丈夫かよご主人……」
「ぐぉぉ……だ、だいじょぶ……!」
な、何故ここにルシフェル様が……!
ま、まさかひょっとして……私また何かまずいことを……!?
「……驚かせてすまない。出直した方がよいかね?」
「いえッ…………お、おさまってきました……お見苦しいところを……そ、そんなことより、ルシフェルが何故こちらに……」
「別件でこちらに用があってな。そのついでと言ってはなんだが、例の件について直接話をしに来たのだ」
例の件……ああ、あれか!
よ、よかった……怒られるようなことじゃなくて……。
「ま、とりあえず座んなよ」
「む、すまない」
ウォードさんがスッと、自分の座っていた椅子を差し出す。
あまりにナイス過ぎて普通にびっくりした。
二日酔いの方がある意味調子が良さそう……一生そうなっててほしい。
「ふむ……実によく整頓されているな。書物が用途別に分けられている……見事なものだ。君はやはり、几帳面な性格のようだな」
「あっ、あっ、え、えっと……」
ルシフェル様は私の部屋を見渡しながらそう言ってくださったが───
「ああ、やったのは俺だ。それまでは酷いもんだったぜ? 床にまで本が山積みで───」
「ヴァ、ヴァンさん? ちょっとお黙りになって?」
前言撤回。
二日酔いだろうがなんだろうが、この人はダメだ。
「どうしたご主人……腹でも痛いのか?」
「いいえ? 違いますよ?」
睨んでるんですよ。
……あなたの無神経さに呆れてね。
「……そうか。アークライト卿からの提出物は、毎回きっちりとしていて、実によく出来ていたのでな……まぁ、それはいいとして、早速本題に入ろう」
完全に気を遣わせてしまった。
恥ずかしくて死にたい。
「例の件……新設されるかもしれない魔導騎士隊の顧問、及び指南役を宮廷魔導師にお願いしたい、というものだが、私から君を推薦したところ、先方から是非お願いしたいとの返答がきた」
「ほ、ほんとですか!?」
「ほー……是非に、とはねぇ」
「うむ。あちらの任務従事期間や、こちらの日程調整などで少し間が空いてはしまったが、感触としてはすこぶる良好だった。で、早速で申し訳ないのだが、先方から一度顔合わせをしたいとの打診があった。もし可能ならば、この後すぐに騎士団の常駐する第二別館へ行ってもらえないだろうか?」
「わ、分かりました! 問題ありません!」
「そうか。では、準備が出来次第、第二別館の四階にある第四会議室へ向かってくれ。先方にはこちらから連絡をしておこう」
「はいっ!」
よし……向こうの人がそう言ってくれてるのなら、私たちも精一杯頑張らないと!
ただ、一つ気になるのは、新設されるかもしれないってところだ。
新たな部隊を個人が立ち上げるなんて、なかなか出来ることじゃないはず……いったいどういう経緯でそうなったんだろう?
あと、魔導騎士隊って、まさか全員が───
「ところで……それは何かね?」
ルシフェル様が、私の机の上にあるものに指をさす。
「あ、ああ……これは私の作った魔導具の試作品です」
「ほう? 見たところ蝋燭のようだが……珍しい形をしているな」
試作品なので、余っていた丸底フラスコを容器にし、そこに私が調合した蝋を入れて紐を垂らして、それを木枠で囲んで固定しただけだったのだが、思ったより雰囲気があって結構気に入っていた。
「この蝋自体に、私の魔術を込めてありまして、火をつければその効能を得られるようにしてあります。例えばこの水色のものであれば、これに隣接するものを凍らせることが可能です」
「マジ? 結構便利じゃねぇか」
「ほう……効果範囲や氷結するまでの時間と、それから対象物の制限、使用可能な回数はどれくらいかね?」
「え、えっと……キッチンで使用することを想定してまして、効果範囲は半径約二十センチ、五分ほど側に置いておけばカチコチになります。対象を食品に限定しておりますので、キッチン周りのものを無駄に凍らせる心配はありません。また使用回数ですが、火をつけてから完全に消えるまで、約八時間といったところなので、一回の使用を五分と仮定すれば、約九十回ほどの使用が可能です」
「なるほど……ふむ……」
「あー……こないだここでずっと蝋燭に火をつけてたのはそういうことか」
私は彼にこくりと頷く。
魔術を込めていもないものではあったけど、この量でどれくらい使えるのかは実験済みだ。
「いや、素晴らしいものだと私は思う。食材だけではなく、条件を変えれば様々なものに使えそうだ。ちなみに、先ほど君は"この水色のものであれば"と言っていたが、他にも種類があるということかね?」
「あ、はい。今ここにはありませんが、橙色のものは逆に食品を温めることが出来ますし、黄色のものは生ゴミの嫌な匂いを完全に消すことが可能です」
「ふむ……シリーズ展開も可能というわけか……販売する予定はあるのかね?」
「ど、どうでしょう……まだそこまで考えてはいませんでしたし、そもそも私にはそういったノウハウがありませんから……」
これが普及したら、きっと生活に役立つとは思っているけど、とにかく今はきちんとしたものを作ることだけを考えていたから、まだそこまで想像していなかった。
私がそんなことを考えていると、ルシフェル様が少し考えた後、
「……そこは心配無用だ。君が本気なら、私が手を貸そう」
そう言って、私の目を見た。
「えっ? ル、ルシフェル様が?」
「ああ。伝手は持っている。協力することは可能だ。無論、まだまだ改良が必要であるし、在庫確保に難があるとは思うが、魔術を使えない者からすれば、非常に魅力的な商品になると私は思う。ただ、商品化に際しては、容器をその三分の一程度に抑えた方がいい」
「なんでだ? でかい方が便利なんじゃねぇか?」
「理由は二つ。一つは、これでは大き過ぎる。一般的な家庭にあるキッチンは物で溢れており、その大きさの物を置いておく余裕などないことがほとんどだ。また、消費者は家に持ち帰る際のことを必ず考える。大は小を兼ねるとは言うが、この場合は当てはまらない」
い、言われてみると確かに……メモしなきゃ!
「二つ目は、商品販売の継続性を考慮した場合、使用回数が多過ぎる。要するに、在庫の回転率が悪ければ、それを保管する費用がまた別にかかってしまうということだ。小さくてよく売れた方が、小売店としては扱いやすくていい。販売スペースにも限りがあるしな」
そ、そうか……そこまで考えて作らなきゃいけないんだ。
さすがはルシフェル様……そんなところまで博識とは……すごい……!
「あんた……なんでそんなこと知ってんの?」
「以前にも似たような事例に携わったことがあってな……一定の知識は持ち合わせている。アークライト卿、今私が言ったことを頭に入れ、再度試作品を作成してみてほしい。完成したら知らせてくれ。ちなみに、他にも作った物はあるのかね?」
「あ、はいっ! えと……今ここにはありませんが、お化粧する時に便利かなと思って作った宙に浮かぶ鏡とか、あとは自宅の玄関で実際に使っているのが、辺りが暗くなると勝手に灯りがつくランプ……音を記録出来る水晶や、見た目は普通の大きさですけど、五リットルくらい入る水筒……あっ、それから雨の日に使ってるのが、洗濯した服を一瞬で乾かす棒みたいな……」
「なるほど……それらも是非見たい。用意しておいてくれたまえ」
「はいっ!」
すごい……私の頭の中にしかなかったことなのに、急に現実味が増してきた……頑張って作らなきゃ!
「む、すまない……話がだいぶ逸れてしまったな。では、先方には連絡をしておくので、この後すぐに第四会議室へ向かってくれ」
「分かりました! わざわざありがとうございました!」
「うむ。では、健闘を祈る」
ルシフェル様はそう言い残し、部屋を後にされた。
思ってもみなかった展開だったけど、一生懸命考えて、作った甲斐があったのかもしれない。
「よぉし……頑張るぞー! さ、準備して行きますよ!」
「フッ……やる気満々だな。ま、ご主人のために……俺も頑張るかね」
まずは、この依頼をしっかりこなそう。
ちょっと気になることはあるけど……とにかく話を聞いてみないと分からない。
私たちは準備を整えると、依頼主が待つ第二別館へと向かった。
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「ここですね」
第二別館四階第四会議室。
私たちはその両開きの重厚な扉の前に立ち、中の様子を少し伺ってみた。
……微かに話し声が聞こえてくる。
どうやら、もう中で待っているようだ。
「んじゃ、早速入るとしようや」
ウォードさんの躊躇のないノックが三回響くと、中からガタガタと物音が聞こえた後、扉がバンっと一気に開いた。
「わっ!?」
「あっ! アークライト卿ですね!? お待ちしておりましたっす! どうぞ中へ!」
「……でか」
そうして私たちを出迎えてくれたのは……ウォードさんよりも大きな女性だった。
背が大きいだけではなく、褐色の肌と、筋骨隆々なその身体からはもの凄い圧力を感じるけど、お顔はとっても可愛らしく、ニコニコと笑みを浮かべてくれている。
とりあえず、歓迎されているようなので安心した。
「あ、はいっ! お、お邪魔いたします……」
少し緊張しつつも、彼女に続いて中へと入る。
会議室の中には彼女の他に二人の男女がおり、私の姿を確認すると、椅子から立ち上がって深々と頭を下げられた。
「あ、どうも……えっ?」
そして、顔を上げた二人のうち、女性の方に見覚えがあった私は、思わずそう声を上げてしまっていた。
「はい? 何か?」
「い、いやっ……あの、今回依頼された方って……」
「ああ、私だ」
そう言って手を挙げた彼女は、肩にかかっていたブロンドの長い髪を手で払いながら、そう言ってにこっと笑う。
「此度は、我らリベルタス魔導騎士隊の顧問、並びに指南役を引き受けてくれたこと……心より感謝する。私が依頼主で隊長を務めている、フォルティ=ヒュペイス=リベルタスだ。よろしく頼む」
「あ、やっぱり……」
「ん? やっぱり?」
「あ、いえ! し、失礼いたしました……あなたのことを知っていたのでつい……」
「おお、それは光栄だ。宮廷魔導師のアークライト卿に認識されていたとなれば、私もまだまだ捨てたものではないな! はっはっはっ!」
彼女はそう言って豪快に笑う。
そう……私は彼女のことを知っていた。
それは、彼女もまた……私と同じような境遇にいるからだった。




