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落ちこぼれの宮廷魔導師、元英雄を飼う~私が拾ったのは、かつて世界を救った最強の人でした~  作者: 松村道彦


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第28話:時計

 

「えっ……そ、そうなんですか?」


「ああ。いつの間にか解けちまってて、全然気づいてなかったんだよ。あれ? って思ったのは、もうあんたを抱えて逃げてる最中だったな」


「それって……結構まずいんじゃ……?」


 完璧だと思っていたウォードさんの変化の魔術に、まさかそんな落とし穴があるなんて……。


「うーん……ほら、賢人会の時は平気だったろ? だから多分、ちょっとくらいなら大丈夫なんじゃねぇかな。まぁ、あれは冷静にキレてたからだと思うけど」


 れ、冷静にだけど……キレてたんだ。


「あん時は、絶対手なんか出せねぇから、口で言い負かしてやろうと思ってたんだよ。ま、そもそも俺が口を出さなくても、ルシフェル様が上手くやってただろうけどな」


「ルシフェル様が?」


「ああ。俺が話してる途中に、あの人に何回か話を振ったの覚えてるか?」


 そう改めて聞かれ、そこでウォードさんがルシフェル様に意見を求めていたことを思い出す。


「あれな、途中で気づいたんだよ。そもそも、ルシフェル様があの話題に触れたってことは、最初からどうにか出来る勝算があってのことなんじゃねぇかなってな。だから、なんか材料持ってんだろうなと思って話を振ってみたら、いい感じにこっちの有利な情報をくれたってわけだ。他にも、ちょいちょいこっちの肩を持ってくれてたしな」


「じゃあ、もしウォードさんが前に出ていなかったら、リカルドさんに対してルシフェル様が反論してくださってたってことですか?」


「多分な……あの人はすげぇよ。だからこそ、ちょいとまずいことになっちまった」


 ウォードさんはそう言って腕を組み、ソファーの背もたれにぐっと身体を預けると、ほんの少し眉間に皺を寄せた。


「え? ど、どういうことですか? 話がよく……」


「さっき、俺は本気でキレてた。あんたの泣きそうな顔見ちまって、せっかくあんたが楽しい休日を過ごしてたのに、それを嫌なもんにされちまったのが……許せなくてな」


 ウォードさん……。


「大丈夫ですよ……楽しい方が全然勝ってますから!」


 嘘じゃない。

 ずっとずっと、楽しい方が上だ。


「フッ……ありがとよ。で、まぁとにかくキレちまった結果、俺は魔力をそれなりに解放しちまった。いつものようにその場だけじゃなく……王都全体に広がるくらいにな」


「……あ」


 そうか。

 あれだけの魔力……当然、その持ち主は限られる。


「ルシフェル様は多分気づく。アルタイルに……俺がいると」


「や、やばいじゃないですか……ばれちゃったら……」


 もしもばれてしまったら……この生活が終わっちゃう。

 それだけは絶対に……嫌だ。

 ウォードさんのおかげで、私は今やっと宮廷魔導師として自分の仕事が出来るようになっていた。


 素晴らしい環境で、ゆっくりと、心ゆくまで、自分がやりたいことが出来るという喜び。

 それは、この仕事を始めてから、初めて感じた幸せだった。

 でも、ウォードさんがいなくなるのは、それが出来なくなることなんかよりもずっと、もっとずっと───


「ま、バレたらな? そもそも、仮に俺がこの街にいることが分かっても、どこにいるかまでは分からねぇよ。しばらく大人しくしとけば、またいなくなったと判断するかもしれねぇしな。俺としても、最近は楽しくて仕方がねぇから、今この街から……あんたの側から離れたくはない」


 私は何度も必死に頷く。

 それが可笑しかったのか、ウォードさんはいつものようにちょっと笑った。


「……多分、今頃あそこには、俺の魔力に反応した憲兵課が大勢押し寄せてる。で、あのクズどもを叩き起こして、無理矢理にでも事情を聞いてる最中ってとこだろうな」


「なるほど…………ん? ちょ、ちょっと待ってください……顔見られてるじゃないですか!!!」


 私だけならまだしも、ウォードさんもがっつり……しかも、人の姿を見られている。

 これは、まずいなんてもんじゃ───


「あー、大丈夫大丈夫……あいつらからは、なーんも出てこないよ。そうなるようにしておいたから」


 手をひらひらとやりながら、ウォードさんはどこか得意げな表情を浮かべる。


「そうなるようにって……わ、私が後ろを向いてる間に、いったい何をしたんですか?」


「んー、簡単に言えば、使い物にならなくした……いろんな意味で」


「使いものに……?」


 どういう意味だろう?

 よ、よく分からないけど……。


「とにかく、大丈夫ってことですよね?」


「ああ。そこは問題ない。ただ、さっきも言ったが、しばらくは大人しくした方がいいな。魔力の解放も極力控えて、派手なことはしないようにするわ。ま、とは言っても、俺が本気を出す必要があることなんざ、そう簡単には起こらねぇから心配すんな」


「いや、あなたがキレないかが心配なんです」


「それは…………がんばる」


「ふふっ……はいっ! 頑張ってください!」


「はいよ……あ、この後どうする? まだ時間はあるが……」


 二人同時に時計を見ると、時刻は午後四時を回ったところだった。

 中心街の状況を考えれば、ここで大人しくしていた方が本当はいいのだろう。

 でも───


「んー……もうちょっと……遊びたいです」


 せっかくの休日だ。

 もっと楽しみたい……ウォードさんと。


「フッ……俺もだ。じゃ、こうしよう。もう少しここで大人しく待って、暗くなってからおっちゃんの店に行くってのはどうだ?」


「あ、いいですね! そうしましょう!」


「よし、決まりだ。ま、今日他に予定していたことは、また次にすりゃあいいさ。だろ?」


「はいっ! そうします!」


 よかった。

 また……楽しみが続くんだ。


「あ、そうだ。今日買ったもんを見せてくれよ。時間あるし」


「あっ!? そうでしたそうでした……!」


 私は慌ててカバンの中からそれを取り出す。

 さっきカバンごと地面に落としてしまったから、壊れてないか不安だったけど、箱の形は特に変わってないみたいだ。


「なにそれ?」


「あ、はいっ! ウォードさんにプレゼントです!」


「俺に? ああ……俺がいない間に買ったのか?」


「そうです。探すの大変だったんですから……まぁ、気に入ってくれるかは分かりませんけど……」


「そっか……ありがとよ。開けていいか?」


 私が頷くと、ウォードさんは丁寧に包み紙を開け始める。ちょっと意外だ。


「おっ……こいつは……?」


 包み紙を綺麗に剥がし終わり、現れた黒い正方形の箱を開けると、そこに入っていたのは───


「ほー……懐中時計か」


「はい。ほら、ウォードさんってだいたい狼さんだから、腕時計つけられないじゃないですか。だから、これならどうかなって」


 今は手巻きの小さな腕時計が主流で、昔ながらの懐中時計はあまり見なくなっていた。

 ただ、獣人の方々は体毛のせいで腕時計がつけられないらしく、今でも懐中時計を使っている人が多いらしい。


「……綺麗だな」


 私が購入したのはアンティークのもので、くすんだ金色の本体に革の紐がついていて、文字盤は濃い青色、針と数字は金色と、とにかくかっこいいやつだった。

 彼は紐を掴み、顔の前に垂らすと、しばらくそれを見つめた後、


「ありがとな……嬉しいよ。大事に使う」


 そう言って、微笑んだ。


「へへ……よかった」


「じゃ、これ」


「ほえ?」


 スッと渡されたのは、かわいくラッピングされた長方形の箱だった。


「これ……」


「俺も買ってたんだ。ま、ルウナに貰った金だけど」


「あ、ありがとうございます……開けてもいいですか!?」


 ウォードさんが頷くのを見て、私も丁寧に包み紙を剥がし、中の箱を取り出した。

 そして───


「あっ……」


 そこに入っていたのは、ピンクゴールドの……かわいい腕時計だった。


「フッ……ま、お互い似たようなことを考えていたってことだな」


 私は、それを見ているだけで、なんだか胸がいっぱいになってしまった。

 どうしていいか分からないくらい嬉しくて、私はそれを手に取り、両手でぎゅっと抱きしめる。

 そうしたら、ポロポロと、勝手に涙が出てきてしまった。


「まぁた泣く……」


「だ、だって……ふー……うぅ……しょ、しょうがないじゃないですかっ……う、嬉しいんだから…………いいでしょ?」


「……ああ、そうだな」


 ウォードさんはソファーの背に肩肘を乗せ、優しく微笑みながらそう言った。

 私はそんな彼に、やっぱり顔を見せたくなくてそっぽを向く。

 結局、いつも通りに涙でぐちゃぐちゃになっちゃったけど、私の休日は最高のものになった。

 彼の……おかげで。



 ──────────────────



 アルタイル城本館宰相室。

 いつも通り、部屋の中央に置かれた机に両肘をつき、指を組んで口元へと当てた格好で、ルシフェルはその机の前に立つ者たちからの報告を受けていた。


「───というわけで、強大な魔力反応を感知した現場兵士が当該現場に辿り着いた頃には、すでに対象の姿はなく、そこには六名の男性が倒れているのみであったとのことです。その後、我々が現着し、治療を受けていた彼らから話を聞こうとしたのですが……」


「……誰一人、まともに話せる者はいなかった、というわけだな」


「は……全員が放心状態といいますか、何をしても反応がない、という感じでした。その……怪我自体もかなり酷いものだったのですが、それすら全く気にしていないような様子で……」


「怪我は具体的にどういった?」


 ルシフェルにそう問われ、憲兵課の三人は顔を見合わせる。

 そして、一人がいかにもばつが悪そうに、


「外傷は一部位のみだったのですが……その、股間が……」


 と、言い淀む。

 ルシフェルはそこで何かを察し、一つ息を吐いた。


「……睾丸が、破裂していたのかね?」


「はい……全員、両方とも」


「ふむ……」


 ルシフェルは背もたれに身体を預け、ゆっくりと天井を見上げた。


「その風貌と場所から、彼らが闇ギルドの者ではないかと推測し、身元を洗ったところ、やはり全員がある闇ギルドに所属している者たちでした」


「名は?」


「"暗愚の貴婦人"……最近、その界隈で縄張りを広げている武闘派です。ただ、全員が同じやり口でやられていますから、相手は一人だったと思われます。闇ギルド同士の抗争という線は薄いかと……」


「……で、君らは彼だと?」


「あれだけの魔力でしたから……おそらく、間違いないと思われます」


「……ウォード=ヴォルニクス=ヴァンデンハート、か」


「はい。また、あの件を知る者は皆、口々にこう言っています。これこそが……円卓の厄災であると」


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