第27話:路地
「ひっ!?」
振り向くとそこに、気持ち悪い笑顔を浮かべる男の人たちが、道を塞ぐように立っていた。
「う……!」
咄嗟に距離を取ろうとしたその時、背後にも人がいることに気づく。
私は完全に……囲まれていた。
「な、なんですか? 私、急いでるんで……!」
そう言って横を抜けようと───
「きゃっ!?」
強い力でドンと押された私は、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
持っていたカバンが手から離れ、背後にいた男の人たちの足元へと転がって、中からあの赤い石がこぼれ落ちた。
「ううっ……いった……」
「待った待った待ちなよぉ……ちょっと聞いただけじゃねぇか。ヒヒッ……ま、もういいか。まどろっこしいのは」
「とりあえず……身ぐるみ剥いでよぉ!」
「やぁっ!?」
かぶっていた帽子を剥ぎ取られ、ポイっと投げ捨てられる。
「おい見ろよ! えれぇべっぴんちゃんだぜ!?」
「とりあえずカバンの中身は……っと、おー結構入ってるぜ? 金持ちのお嬢様かな?」
魔術で……あ、でも、使っちゃいけないんだった。
あ、いや! これは有事だし問題なんかない……けど、やり過ぎちゃったら……あ、どうしよう……なんの魔術で───
「さっさと攫っちまうぞー。早く縛れよ」
「あいよ」
「や、やだぁっ! 触らな……きゃっ!?」
「おい……顔はやめろって」
「ああ、すまねぇ……ついな。でも、だいたいはこれで静かになんだよ」
…………やだ…………怖い。
魔力が上手く…………練れないっ……手が……震えて……助け……誰か助けてッ…………ウォードさ───
「なんだぁ? 何見てんだてめぇ!」
「あっ……」
私が"まさか"と思いながら顔を上げると、その人は……ちゃんとそこにいてくれた。
すっごく怒った顔……初めて見たかもしれない。
狼型獣人じゃない、人の姿のそれを。
「貴様ら……」
そんな彼から、いつも以上に低い声が出ていた。
そして───
「……………………潰すぞ」
「ッ!?」
それは、本当にとんでもない……あまりにも大き過ぎて、訳の分からないほどの……強大な魔力だった。
彼から溢れたそれは、周りの建物をガタガタと揺らし、それどころかこの王都全体を、さらに大気までもが震え出すような……そんな、そんな凄まじい───
「あ……」
男の人たちは、みんな固まってしまっていた。
けど、よく見ると全員が小刻みに震えている。
彼の魔力に、あてられて。
「ご主人」
それは、いつもの優しい声だった。
そして彼は、私に向けて手招きをする。
「あっ……は、はいっ!」
私は掴まれていた手を振り払い、すぐにウォードさんの側へと駆け寄った。
「……」
「あ……」
私たちは、少しの間見つめ合っていた。
彼は悲しいような、苦しいような、それでも安堵しているような……そんな顔で私を見る。
その時、不意に───
「大丈夫か……ルウナ」
私の頭にポンと手を置き、小声で、優しく微笑みながらそう言った。
「は、はい……大丈夫……です……」
「そっか……ちょっと、後ろ向いててくれるか? すぐ……終わるからよ」
「え? あ、はい……わ、分かりました」
彼に言われるがまま、私は後ろを向いた。
「……さて」
また、低い声だった。
「お前らみてぇなクズは、更生なんざしねぇことを俺はよく知ってる。それは、てめぇの欲にしか興味がなく、倫理観が脳みそん中に存在してねぇからだ。相手に何をしようが、自分がよけりゃそれでいい。今、お前らは死ぬほどビビっちまって動けねぇわけだが、悪いことをしたからこうなった、なんてことは微塵も思ってねぇ。むしろ、なんでこんなことになっちまったんだ? 俺はいつも通り過ごしていただけなのに……とか、考えてんだろ?」
誰も、何も言わない。
多分、声すら出せないほど……怯えてるんだ。
「てめぇの勝手で襲い、襲った相手にお前らはこう言う……"お前がこうなるのは、俺たちの敷地に入っちまったからだ。だから、お前が悪いんだぜ"……お前らクズの常套句、クソみてぇな自己弁護……心の底から反吐が出る。まぁ、しかしよぉ……」
ウォードさんが歩く音が聞こえてくる。
そして多分……誰かの前で止まった。
「俺は、優しいんでな……命まではとらねぇ。だが、さっきも言った通り、お前らは更生なんざ絶ッッッ対にしねぇ。また繰り返すよ……今まで通りに。そう……今までもそうやって、何度も何度もやってきたんだろ? だから直らねぇ。もう人じゃねぇ。じゃあどうするか分かるか? …………こうすんだよ」
「ひゃぎッ……!」
パンッという破裂音の後、次に変な声がして、最後に何かが倒れる音がした。
そして、ウォードさんのコツコツと歩く音がまた聞こえてくる。
「ぴぎッ……」
「がャッ!」
「ディッ!?」
「ぴゃッ……!」
破裂音がして、変な声が上がる度に、やっぱり何かが倒れる音がした。
私はただ、じっと前だけを見つめていた。
その方がいいと……そう思ったから。
「さて、お前が最後だ」
六人目の人に、ウォードさんはそう言った。
「ところでお前、ご主人を…………叩いたな?」
「はーッ……はーッ……!」
荒い息遣いだけが聞こえてくる。
何が起きてるのか、なんとなくしか分からないけど、とにかく彼らは恐怖のあまり、声を出すどころか身動きも取れないまま、ただ仲間の人が倒れていくところを見てたんだと……思う。
「ん、そうかそうか。じゃあ、お前は強めに…………やってやるよ」
バンッと、今までで一番大きな音がした。
そして、少ししてから……ドシャッという、重い音がした。
「ご主人」
「あぁいっ!?」
び、びっくりして変な声出ちゃったぁ……。
「……終わったぜ。まだ振り向くなよ」
「は、はいっ!」
ウォードさんの声は、いつも通り優しかった。
それだけですごく……安心した。
「ほれ」
「あっ……あ、ありがとうございます……」
ウォードさんは背後から私に帽子をかぶせ、ハンドバッグと赤い石を私の顔の前に差し出してくれた。
私がそれを受け取りながらお礼を言うと───
「さて、逃げるか」
「……えっ? わっ───」
彼は私を抱きかかえ、そして一気に走り出した。
「ひゃっ……はやややややっ!?」
景色が、一瞬で変わっていく。
どっちが下で、どこが上かも分からないくらい、彼は地面を、壁を、屋根を、そして空をも蹴って、王都の路地の路地の路地の路地を通り抜けていった。
「ご主人、一応顔を隠しとけよー」
「は、はひいいいいっ!?」
そう言われて、必死に押さえていた帽子を顔へと移動させる。
その隙間からちらりと彼の顔を見ると、いつの間にそうしたのか、シャツで上手く顔を隠していた。
そして、私はそこでようやく気がつく。
「こ、これっ……お姫様っ……!」
彼の右手が背中から右肩を、左手で両膝の裏を、それぞれがっちりと掴まれたその抱っこのされ方は、まさしく世に言う……お姫様だっこであった。
「ん? なんか言ったか?」
「な、なんでもないれすぅー!!」
確かにお姫様だっこではあった。
あったのだが……出来ればやはり、もう少しお淑やかなものの方がいいなと、私は目を回しながらそう思った。
「にゃぁぁぁぁぁあっ!?」
「あれ? ねこ……?」
──────────────────
「ほんとに……怪我はないんだな?」
「だ、大丈夫ですって……! そんなに近くで見られたら……は、恥ずかしいですよぉ……」
無事に自宅へと戻れた私たちは、暖炉の前にあるソファーに二人で座り、ほっと一息つく。
その後、ウォードさんが執拗に怪我がないかをチェックしてきて、私は恥ずかしくて仕方がなかった。
「ほっぺも……赤みは引いてるな」
「ふぉーおふぁん……わふぁひぃふぇあふぉんふぇふぁすふぇ?」
ほっぺをぐにんぐにんされ、そこでようやく遊ばれていることに気づいた。
彼がにんまりと笑うのを見て、私はその手をバッと払いのける。
「もうっ! 大丈夫ですって! どこも痛くありません!」
「……そうか。ならいい」
また……そんな顔する……。
私を助けてくれた時の、悲しそうで、それでも安堵したような……切ない顔を。
「……ごめんなさい。心配させてしまって……まさかあんなことになるなんて思わなかったんです。これからは気をつけます」
「いや、俺が離れたのが悪い。王都の治安が悪くなってるのを知ってたのに、そこまで考えられてなかったからな……怖かったろ?」
ソファーの背に肩肘を乗せながら、ウォードさんは心配そうな顔をする。
「まぁ……ちょっとだけ。でも、ウォードさんが来てくれるって分かってましたから」
「そっか……わりぃな。もうちょい早く戻ればよかった」
「そんなことないです……それより、私は自分が情けなくて……」
「え? なんでだ?」
「いや、だって……私は宮廷魔導師ですよ? あんな人たちにいいようにされて、あんなに何も出来ないなんて思わなくて……」
「そりゃ当たり前だろ……慣れてねぇんだから。あのな、初めはあんなもんなの。最初から平気で人をぶっ飛ばしてたら逆に怖いわ」
た、確かに。
そう言われればそうかも……。
「察するに、あんたは魔導師同士の模擬戦は経験あったんだろ? だから……えっと、ハーメルン?」
「ハーミット上級補佐官」
「そうそれ。あれは本当によかった。ただ、あんたはまだ本当の命のやりとりを知らない。まぁ、知らない方がいいんだけど……でも、今日みたいなこともある。だから、少しずつ学んでったらいいんだよ。その間は、俺がルウナを守るよ」
「ウォードさん……」
「戦い方も教えるが、多分俺とあんたじゃ種類が違う。結局は、自分なりのやり方を見つけるしかねぇ。そういう意味では、ルシフェル様からの話は受けて正解だったかもな。いい機会かもしれねぇ」
「あ、確かに……」
まだ連絡は来ていないけど、おそらくそろそろだろうという話は、ルシフェル様から聞いていた。
対人戦か……確かに、魔導師同士の模擬戦はたくさん経験してるけど、実践経験はほとんどない。
その模擬戦ですら、相手を傷つけたくなくて、躊躇してしまうことが多かった。
他は普通にいけるんだけどな……人相手だけは本当に苦手だ。
怪我とかもそうだけど、最悪の場合……なんて想像してしまって、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。
さっきも……もちろん怖さもあったけど、つい躊躇してしまった。本当に情けない。
「私、もっと頑張ります。ウォードさんに悲しい顔……してほしくないから」
「……してないけどね」
ウォードさんはそう言って、顔を背ける。
そんな彼を見て、私は思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……してましたよ? しかも、人の顔だったから尚更でした」
「ぐっ……!」
珍しく、ウォードさんが返事に困っている。
これは今後も使えるかもしれない。
「あ、というかなんであの時、変化の魔術が切れちゃってたんですか?」
「あー……あれなぁ、俺も今日初めて気づいたんだが、我を忘れるくらいマジでブチ切れちまうと俺……変化の魔術が解けちゃうみたい」




