第26話:休日
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「うーん……こっち……いや、やっぱりこっちか……」
『まだぁー?』
「ちょっ……もうちょっと待っててくださいっ!」
玄関からウォードさんの呼ぶ声が聞こえ、私は慌てて彼にそう返事をした。
「やばいやばい決まらないよぉ……もうだいぶウォードさんを待たせちゃってるし、もぉー……こっち!」
結局、私はいつもの白いローブに慌てて着替え、ウォードさんの待つ玄関へと向かった。
私の足音に反応した彼がこちらを向くと、何やら不思議そうな顔をして首を傾げる。
「お、お待たせしました……すみません……」
「いや、いいけど……結局いつものローブじゃん」
「あやっ……だ、だって……どうせ顔を隠すし……」
「帽子とかねぇの?」
「あ、ありますけど……」
「じゃ、それで顔を隠せばいいじゃん。ほれ、せっかくだし着替えてこいよ。もう急かさねぇから」
そう言って、ウォードさんは玄関に座り込む。
そんな彼は狼型獣人の状態で、上下黒いスーツに白いシャツ、そして大きな革靴と、いつも通りの格好だった。
「わ、分かりました……着替えてきます」
大きな背中にそう声をかけると、彼は前を向いたまま片手をひらひらとしてみせる。
私は部屋に戻り、最後まで着ようか迷っていた膝下まである白いワンピースに着替え、同じ色のハンドバッグを手に取り、最後に大きめの白い帽子をかぶると、ドキドキしながらまた玄関へと向かった。
「お、お待たせしました……」
「ん……おー! いいじゃん……よく似合ってるよ。なんだかんだ言って、やっぱりご主人は白が似合うな」
振り返った彼が、笑顔でそんなことを言う。
私は思わず、帽子のつばをグッと下げて顔を隠した。
「じゃ、行くか」
「……は、はいっ」
ちょっとだけ踵が高い白いパンプスを、久しぶりに開けた靴箱から急いで取り出す。
ほんのりピンクがかったお花のついた、すっごく可愛いこの靴。
一目惚れして思わず買っちゃったけど、結局一度も履く機会がなかった。
いや、履こうとすら……思わなかっただけか。
「んしょ……うん……!」
初めて履いたその靴は、やっぱりとっても可愛くて、私はすっごく幸せな気分になっていた。
指を鳴らして戸締りをし、もう門の外に出てあくびをするウォードさんに向けて、私はいつもよりちょっと強めに飛び石を踏んだ。
「お、お待たせしましたっ……」
「ん、どこ行くんだっけ?」
「あ、中心街です。いろいろと買いたいものがあるので」
「分かった。荷物持ちは任せな」
賢人会の翌日。
私たちが朝部屋に入ると、いつもは仕事の書類で山盛りになっていた私の机の上には、一枚の紙すら置かれていなかった。
それを見て呆然としていた私の頭に、ウォードさんがぽんと手を置く。
それだけで、涙が溢れて止まらなかった。
それから数日が経ってもそれは同じで、たまに急ぎだからと依頼されるものや、もともと宮廷魔導師で持ち回りになっている雑務などは相変わらずあるものの、帰る時間が深夜になるどころか、夜の九時には家に帰れるようになった。
ウォードさんとゆっくりご飯を食べ、仕事の話をしたり、昔の話を聞いたりする時間まで出来るようになり、私は宮廷魔導師となってから初めて……心の底から楽しいと、そう思えたような気がする。
そして迎えた今日。
私は、もう何ヶ月ぶりかも分からないけど、休みの日に昼間から出掛けるという、奇跡のような行為に及んでいる。
ちなみに、これまでも休み自体は一応あった。
でも、終わってない仕事を家でやったり、一日中寝て過ごしたりと、十代の女がそれでいいのかと思われるような使い方しか出来ていなかったのだ。
「ところで、何を買いたいんだ?」
「魔道具とか、触媒の素になるもの、それから薬品関係に、新しい魔導書も……あっ! 魔性植物の専門店にも───」
「まぁた……あんたは仕事ばっかだなぁ。ま、らしいけどよ」
「へへ……そうですね。でも、嬉しいです……ウォードさんと一緒だから」
「そうか? なら、よかったよ」
「はいっ!」
様々なお店がある中心街は、私の家から歩いて十分ほどの距離にある。
ちなみに、バルガスさんが働いている酒場もそこにある。今日の最後に寄る予定だ。
二人でそんな今日の予定について話していると───
「あ、ここからが、中心街のメインストリートです」
「おー……久々に来たけど、賑わってんなぁ」
私たちは、ちょうどメインストリートの始まりの場所から、ずっと続くその道を眺める。
道の真ん中を走る馬車通りには、何台ものそれらがひっきりなしに行き交い、左右にある歩道は、人で道が見えないほどになっていた。
種族も多種多様で、エルフもいればドワーフもいるし、当たり前のように様々な獣人の姿もあった。
この道は、王都の始まりである正門から、本当に真っ直ぐに、長く長く続いており、最終的に行き着くのは、街のど真ん中にあるアルタイル城となっている。
つまり、これから私たちはアルタイル城側から、王都の正門に向かって歩いて行くということだ。
「道……広がってね?」
「そうなんですか? 私は一年ちょっとしかいないので……」
「ああ、そうだったな。しっかしこれ……横に何台馬車が通るんだってくらい広いな」
「あー……去年の建国祭では、確か五台くらい横に並んでましたけど、まだちょっと余裕があったような……」
「マジかよやっば……」
メインストリートは馬車通りを挟むように、両側に様々な大型店舗がズラッと並んでいる。
道は綺麗に舗装され、隙間なく埋められた石畳のそれはとても歩きやすくて、馬車に繋がれたお馬さんもどこか楽しげに見えた。
また、小さめのお店はメインストリートから枝分かれした道に多くあり、私が行きたいお店はどっちかというとそっちの方に多い。
「さ、行きましょう! 時間なんて、あっという間に過ぎちゃいますよ!」
「はいよ。さーて、俺もなんか買おっかな。お小遣いも貰ったし」
ウォードさんには助けられてばっかりなので、ちょっと奮発した額をお給料としてあげていた。
本当はもっともっとあげたかったけど、ウォードさんに断られてしまったので仕方がない。
「買いましょう買いましょう! またいくらでもあげますから!」
「嬉しいけど……なんか複雑な気持ち」
それからは、二人でメインストリートの大きなお店や、路地の中にある小さいお店なども片っ端から見て周り、私はもう一切財布の紐を結ぶことすらせず、とにかく欲しかったものを買いに買いまくった。
途中でウォードさんが若干引いていたような気もしたけど、おそらく多分きっと気のせいだろう。
そして、時刻が午後二時を回ったところで、いったん食事休憩をすることになり、せっかくなので行ってみたかったレストランへと二人で入ることになった。
「ご主人……めっちゃ買うじゃん」
席について早々、ウォードさんにちょっと笑いながらそう言われる。
案外空いていたおかげで、四人がけの席に座らせてもらえたので助かった。
私たち二人とも、隣の椅子には大量の荷物が置かれていたから。
「だ、だって……全部欲しかったんだもん……」
「くっくっくっ……いや、単純によかったなって思っただけだよ。ご主人が楽しそうにしてんのが、俺も一番嬉しいからな」
「ま、またそんなこと言って……へへ……ほ、ほら! なんにしますか!? なんでも好きなもの頼んでくださいね! もぉ~……へへへ……奢っちゃいます!」
「フッ……じゃ、遠慮なく食うかね。そしたら……俺はこのステーキセットで……千グラム頼むわ」
「はーい! ……せ、千グラム!?」
「うん。あと、これも美味そうなんだよなぁ……鳥の丸揚げ。で、牛、鳥ときたら、やっぱ豚だよなぁー……あ、これいいじゃん! 豚串だってよ! この三つにするわ。あ、ライスは大盛りで頼むな?」
「は、は~い……」
……そういえば、最近のウォードさんって、食べる量がどんどん増えてるんだった。
狼型獣人の姿は前から変わらないけど、家で見る人の姿のウォードさんは、最初に会った頃に比べると身体がだいぶ厚くなっている。
それは太ってるってわけじゃなくて、単純に筋肉が増えてるって感じだった。
というか、それにしても……。
「よくそんなに、お肉ばっかり食べられますね……」
「うん。肉好きだから」
シンプル。本当の狼みたいだ。
でも……ま、いっか。
ウォードさんが嬉しいなら……私も嬉しいし。
「じゃ、私は海鮮類にしよっと。あー、ピザとパスタ……どっちにすれば……」
「あ、じゃあ両方頼んで、半分ちょうだい」
「えっ……い、いけるんですか!?」
「うん。海鮮類も好きだから」
……そういう問題なんだ。
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「ふー……美味かった……ご馳走さんでした」
「い、いえいえ……」
……本当に綺麗に全部ぺろっと食べちゃった。
でも、これだけ気持ちよく食べてくれたら、それはそれで嬉しいな。
「んー、けど、やっぱご主人のメシの方が美味いな」
「えっ? あ、もう……またまたそんなぁ……」
「いや、嘘じゃねぇよ。俺に合ってんだろうな。味付けとかが」
こ、この人はまたすぐそんなことばっかり言って……サラッと言うから……困る。
「さて、この後どうする? 荷物はまだ持てるけど」
「あ、でも、この後行きたいお店は、ちょっと狭いところが多いので……」
「んー、さすがに街中で魔術はあんま使わない方がいいよな?」
「というか、今は原則禁止になってますけど……」
「あ、そうなの? それも変わったんだな」
街中では、基本的に魔術の使用は許されていない。
昔はよかったらしいけど、まだ未熟な人が使って他人に迷惑をかけちゃうことが多かったらしく、いつからか有事の際以外は全面禁止になったそうだ。
ちなみに、仕事に必要なものは、事前に許可を得れば問題なく使用出来る。
「じゃ、ちょっくらひとっ走りして、これ家に置いてくるか」
ウォードさんは、両手いっぱいの袋たちをひょいっと上にあげながらそう言った。
「えっ? で、でも……」
「俺が走りゃすぐだって。ご主人は適当に行きたい店に行っといてくれ。あれでだいたいの位置が分かるんだろ?」
今日の朝、彼には青い石を渡していた。
それは、仮にはぐれてしまっても、お互いの位置が分かるようにするためのもの。
私のハンドバッグには、それと対になる赤い石が入っていた。
「あ、はい。お互いにその石を持っていれば、光り方で位置が分かるようになってます。例えば、激しく点滅すれば近い……という感じですね」
「了解。じゃ、これ使って後で合流しよう」
「分かりました……すみませんウォードさん」
「おう。ちょっと行ってくるわ」
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「よかった……やっとあったよぉ……!」
大量の荷物を抱え、颯爽と走り去っていったウォードさんを見送ってから十分ほど。
二軒目のお店に入ったところで、私は今日どうしても買いたいと思っていたものを見つけることが出来た。
「全然なかったから焦っちゃった。そこまで珍しいものでもないんだけどなぁ……」
自分の買い物と並行して、私はあるものをずっと探していたのだが、どのお店にもなくてちょっと諦めかけていた。
おそらく、王都ではあまり需要がないのだろう。
「まぁ、とにかくよかっ…………あれ?」
そんなことを考えながら歩いていたら、普段は立ち入らない路地の路地にまで来てしまっていた。
道にはゴミが散乱し、なんだか辺りが薄暗くなった気さえする。
嫌な雰囲気に、私は踵を返し───
「あれ? お嬢ちゃん……一人?」




