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落ちこぼれの宮廷魔導師、元英雄を飼う~私が拾ったのは、かつて世界を救った最強の人でした~  作者: 松村道彦


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第25話:戒律

 

 ルシフェルは円卓へと視線を向ける。

 アルタイルの宰相である彼ですら、それに触れることは決して許されない。

 故に彼は傍に立ち、手を後ろで組んだまま、決してそれを解きはしなかったのであった。


「……そんなにか」


「ああ。この円卓に触れてよい者は、宮廷魔導師以外に存在してはならない……そう定められているのだ。そこに例外はなく、触れた者は厳罰に処すると、この国の法律にも書かれている。それは、仮に触れた者が私でも、そしてたとえそれが……陛下であったとしても」


「王様でも……だと?」


 ルシフェルは静かに頷く。

 気安く触れようとしなくてよかったと、ウォードはほっと胸を撫で下ろすとともに───


「あー……そういえばそうでしたね……」


 "なんであんたは俺に言わねぇんだよ"と、心の中で彼女にツッコミをいれていた。


「……彼も当然知っていたはずなのだがね。いや、どこかで軽く考えていたのだろう。所詮はただの机だと。だが、話はそう単純なものではない。この円卓だが、これはアルタイルという国が誕生した頃から存在するとされている。ちなみに君たちは、"最初の十三人(イプロ・ディカトリス)"を知っているか?」


「……ああ、知ってるぜ。ご主人は?」


「そういえば……そんな呼び方でしたね。アルタイルを建国した十三人の賢人たち……確か、世界最古の魔導師でしたよね?」


「そうだ。と言っても、はっきりとした記録はない。天星歴が定められるより以前の記録は、何故か全て消失しているからな。故に、アルタイルがいつ出来たのか……その正確な年代も、その経緯も一切不明のまま、ただその伝承だけが残っている。だが、彼らは確かに存在した。まぁ、国民の間では、もはや御伽話の類いとなっているがね」


 "最初の十三人(イプロ・ディカトリス)"。

 記録は一切残っていない、伝承のみに存在する、もはや伝説上の人物たちである。

 彼らは世界で最初に魔導師を名乗った者たちであり、今この世界に存在する魔術体系を構築し、そして広めた者たちともされていた。


 はっきりと分かっていることはほとんどないが、彼らの名前とその偉業、また彼らが生み出した魔術理論の数々は後世へと口伝で引き継がれ、それらは今現在でも使用され続けている。


「"最初の十三人(イプロ・ディカトリス)"が遺したものは、天星歴が定められた以後に作成された書物や文献となって今も残っている。だが、それらが全て正しく伝えられたものかどうかを見極める術はない。我々は、残されたものを見ることしか出来ないからな。それでも、彼らが間違いなく存在したと、そう断言出来るのは……彼らが使用した"魔法"が、今もこのアルタイルに存在しているからだ」


 "魔法"。

 それは、魔術の先にあるもの。

 己の中で構築したイメージを現実にし、世界に影響を与えることを魔術とするならば、魔法はこの世のことわりそのものに触れ、自身の思う通りに世界を改変してしまう力である。

 その力は魔術と比べるべくもなく、故に魔法を習得した者は、人を超えた存在として歴史にその名を刻み、未来永劫語り継がれることとなる。


「や、やっぱりそうだったんだ……」


「ほう……気づいていたのかね?」


「あ、いえ! な、なんとなくそう思っていただけです……この国には十三という数字がいたるところに使われていますから、もしかしたらそれがなんらかの魔術式なのか、もしくは魔法の効果を得るための装置的な役割を担っているのかなと……」


「まさしくその通り……ん」


 その時、ノックの音が聞こえ、ルシフェルがそれに応じると、青黒い鎧を着た女騎士を筆頭に、アルタイルの騎士団員が数名部屋の中へと入ってきた。


「ルシフェル様、遅くなり申し訳ございません」


 女騎士が頭を下げると、肩ほどにまで伸びたブロンドの髪がさらりと垂れる。

 ルシフェルは微かに驚いたような表情を浮かべた後、それに頷いて応えると、


「いや、問題ない。彼を頼む」


 と言って、地面に横たわるリカルドを指差した。


「承知しました。おい、運べ」


「はっ!」


 蔓に巻きつかれたまま、リカルドは兵士に抱え上げられ、そのまま運び出されていった。


「では、私もこれで」


「わざわざすまなかったな。エスメラルダ隊長」


「とんでもございません。城内での抜刀、そして円卓に触れるという重罪……それを考えれば、私の労力など軽いものです」


「うむ……くれぐれもこの件、内密に頼む」


「ええ、承知しております。では、私はこれで。お二人も」


「あ、ご、ご苦労様です」


 エスメラルダと呼ばれた彼女は、三人に丁寧に頭を下げると、そのまま部屋から出ていった。

 それを見届けたルシフェルは、微かにため息を吐く。


「……もはや、魔導師の悪癖だな。獣人族に対するそれは……改めてすまなかったな、ヴァン魔導補佐官」


「気にしてねぇって。つか、あんたが謝ることじゃねぇよ。ところで今のは?」


「ん、ああ……彼女は王都騎士団七番隊隊長、サラ=エスメラルダだ。先ほど、彼の移送のために念話で人を呼んでいたのだが、まさか隊長クラスがわざわざ来るとは思っていなくてな。少々驚いたが、それだけ憲兵課が事態を重く見ているということだろう」


 正式名称"アルタイル国家憲兵課"。

 城内の不正、汚職といった背信行為や、今回のような武力を伴う規律違反などに対応し、その処分を行う機関である。

 これからリカルドは勾留、尋問、現場検証などを経て、憲兵課が行う審問会へとかけられ、そこで処分が決定されることとなる。


「なるほどな……俺も気をつけよ」


「……是非、そうしてください」


「おいご主人……薄目で、かつ上目遣いで俺を見るのをやめろ」


「フッ……さて、話が途中になってしまったな……確か、"最初の十三人(イプロ・ディカトリス)"が遺した魔法についての話だったな」


「あ、そうです。何千年も前に発動し、今も効力を発揮し続けている……いったいそれは、どんな魔法なんですか?」


「それ自体は非常に単純な魔法だ。まぁ、それ故に発動し続けることが出来ているのかもしれないが……とにかくその魔法は、十三という数字に関するものが定められた敷地内に多ければ多いほど、国自体に対する因果律の好転性質を高める、というものだ」


「因果律の好転性質……何それ?」


「簡単に言えば……運が良くなる、だ」


「あー……」


「なるほど……そういうことだったんですね」


 賢人会に向かう途中にルウナが考察していた通り、この城の内部、及び様々な事柄に十三という数字を多く用いていたのは、この魔法の効力を最大限に活かすためであった。

 アルタイルは様々な場面でその恩恵を受けており、その結果国力は常に上がり続け、現在も世界有数の大国として世界に名を馳せている。


「無論、アルタイルの今日に至る発展は、決してその魔法によるものが全てではないだろう。しかし、それでもその力をはっきりと感じる瞬間は間違いなくあった。では、その魔法があることにより何故、"最初の十三人(イプロ・ディカトリス)"が確実に存在したと言えるのかについてだが……残念ながら、これ以上は国家機密となるので話すことが出来ない」


「ええっ!? なんだよそれ!」


「き、気になりますが……仕方ないですね……」


「フ……すまないな。だが、彼らは間違いなく存在している、とだけ言っておこう。そして、話はこの円卓へと戻る」


 ルシフェルに誘導されるように、二人の視線が円卓へと向かう。


「そういや、そういう話だったな」


「先に話した通り、この円卓は建国時から存在していたとされている。そして、この円卓を作製したのは"最初の十三人(イプロ・ディカトリス)"…… つまり、この円卓にもまた、魔法がかけられているということだ」


「なるほどな……そりゃ騒ぐわけだ」


「……君の考えている通りだ。当然、その使用方法は、彼らによって厳密に定められている。我々はそれを戒律と呼び、いくつかあるそれらを決して破らぬよう、ただひたすらに注意深く扱ってきたのだ。しかし今回、宮廷魔導師以外のものが触れてしまったことで、残念ながら戒律は破られてしまった」


「つ、つまり、魔法発動の条件を満たせなくなったってことですか?」


 ルシフェルはルウナに頷いてみせる。

 そして、円卓をじっと見つめた。


「……円卓にかけられた魔法は、才ある者がこの地に集う、というものだ。要するに今で言う、宮廷魔導師となり得る人材が、この円卓に引き寄せられるように現れるのだと、私はそう解釈している。また、これは少々酷な言い方にはなるが、つまるところ才なき者が触れてしまえば、この魔法は効力を失ってしまうということなのだろう。とはいえ、いずれはまた元に戻るようだがね」


「そうなのか? あー……ってことは、前にもあったんだな?」


「そうらしい。数百年前にも一度、宮廷魔導師以外のものが触れてしまったという記録を読んだことがある。おそらく、今回もそうなるのだろうが……」


「それだったら一安心……とは、ならねぇんだろ?」


「うむ……戒律には、罰が存在する。その記録には続けてこう書かれていた。"大いなる厄災を超えし時、魔法は再び発動した"……とな」


「お、大いなる厄災……嫌な響きですね。いったい、何が起きたのですか?」


 ルシフェルは首を横に振りながら、


「……何故かは分からないが、その内容についての記載だけがないのだ。おそらく、この魔法の力によるものではないかと、私はそう見ている」


 そう言って、再び円卓をじっと見つめた。


「なるほどね……なかなか厄介そうじゃねぇか。だが、今もこの国があるってことは……ま、そういうことだろ?」


 そう言って笑みを浮かべるウォードに、ルシフェルは二度三度と頷いた。


「私も同意見だ。これから私は対策を練る。どこで、いつ、何が来てもいいようにな。君たちには、また力を貸してもらうことになるだろう。その時は、よろしく頼む」


 二人が頷くと、ルシフェルはここで初めて後ろで組んでいた手を解き、懐から一枚の紙を取り出すと、それをルウナへと差し出した。

 彼女は戸惑いながらもそれを受け取る。


「ルシフェル様これは……?」


「今回、君に対し余計な職務を振るという行為……それが是正出来た場合に限り、君たちに頼もうと考えていた依頼に関するものだ。私の読みでは、明日から君には自由な時間が増えるだろう。その時間を再び奪いかねない事案になるかもしれないが、それを上手く解決出来れば、後々きっと君たちの糧となるはずだ」


 ルウナは渡された紙を開き、内容を確認する。

 ウォードもまた、顔を近づけてそれを読み始めた。


「これは……」


「難しい事案ではある。受けるも受けないも君次第だ。決して無理強いは───」


「……やります。やらせてください」


 それは、強い瞳だった。

 そんな彼女の様子に、ルシフェルは微かに笑みを浮かべる。

 そして、良い方向へと向かうよう、そんな祈りをこめながら口を開いた。


「そうか……分かった。先方には君が行くと伝えておこう。詳しい日程が決まり次第、またこちらから連絡する。では、よろしく頼む……アークライト卿、ヴァン魔導補佐官」


「はいっ!」


「おう。でも、しっかしまた……めんどくさいことになりそうだなぁ……これ」


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