第23話:指
「だから言ってんだろ? お前……気持ち悪いって」
リカルドのこめかみに青筋が走る。
目を見開き、口は半開きで、首を傾けた状態で彼は、微かに殺気を放ちながらウォードを睨みつけた。
しかし、当然ながらウォードは動じない。
「答えに……なっていないが?」
「だから、気持ち悪いくらいに間違ってるって言ってんだよ。ご主人は宮廷魔導師を軽んじてなんていねぇし、おどおどしてんのは性格なんだから仕方ねぇだろうが。そもそもご主人はまだ十八だぞ? あんたいくつだよ?」
「私は三十だが、それが何か関係があるのか? そもそも宮廷魔導師になった時点で歳なんぞ関係はない。求められるんだよ周りから。そしてそれに応えなければならないんだよその立場にいるなら」
怒りに震えた声で、リカルドは早口で捲し立てるように言葉を並べていく。
「あんな大事件を起こしたのも宮廷魔導師としての自覚が足らないからだ。それを性格だからという一言で片付けるのはあまりにもふざけ───」
「その件についてだが、あんた内容を正確に把握してんのか?」
「当たり前だろうが……なんならここで全部話してやろうか?」
「ああ、そうしてくれ」
「……いいだろう」
リカルドはウォードに言われた通り、事件のあらましを語り始めた。
それはウォードがルウナから聞いた話とほぼ大差なく、リカルドは私情を挟まず、淡々と事実のみを述べていく。
「───で、抑えたと思ったところでその魔術が何故か転移し、第一別館が大爆発を……」
「そこだ」
「……何がだ?」
「やっぱり、そこが引っかかるんだよ」
「だから何がだ!?」
「んー……」
声を荒げるリカルドを無視し、ウォードは腕を組んで首を傾ける。
彼はずっと引っかかっていた。
どう考えてもおかしいと。
そして今、改めてもう一度同じ話を聞いたことで、ある一つの結論に至った。
「ご主人、その絶対に使うなと言った魔術……どんなやつだっけ?」
「え、えっと……空間を歪めて対象物を潰してしまう魔術です。ただ、正確には空間そのものに干渉しているわけではありません。それはもう魔法の域なので、全く別のものになりますから。私が駄目だと教えたのは、空気を操作して、この世界に当たり前に存在する空間を押し潰すという魔術です」
「うん……じゃあ、なんでそれが大爆発するんだ?」
その問いに、その場にいた全員がピクリと動いた。
そして、それぞれが考え始める。
実のところ、他の宮廷魔導師たちは、この件について詳しくは知らない。
というより、単純に興味がなかったのだ。
故に、大まかな流れと結果のみを知っており、全員が大して深く原因など考えずに、"ああ、やらかしたんだな"程度にしか考えていなかったのである。
無論、その件によって宮廷魔導師の品位が穢されたと憤っている者は複数いるが、要するにそれは結果だけを見ていたに過ぎないのであった。
ただ、そういった者たちというのは、得てして結果のみを重要視する傾向にあるのもまた事実である。
「えっ? う、うーん……確かに、なんでだったんでしょう……」
「対処は完璧だったんだろ?」
「あ、はい……私の中では一応……彼が使ってしまった魔術に対抗する魔術を発動して、空気の状態を元に戻すことに成功してはいましたから。その魔術が何故か転移して爆発したのは、そろそろ終わりそうだと思っていた時だったと思います。でも、確かに爆発する要素のない魔術のはずですし……私もただただショックで、その時はそこまでちゃんと考えることが出来ていなかったかもしれません……ただなんとなく、私が分からない何かしらの理由で爆発したのかなと思って……」
「そう……ご主人自身は放心状態で、おまけに自責の念で押し潰されちまってたから、それについて深く考えられなかったんだろう。で、周りの連中はおどおどしてて、若くて頼りないあんたがやらかしたと勝手に決めつけた。その結果、なんで爆発なんてしたのか、しかも別館が大破するほどのそれが何故起きてしまったのか、結局その原因は……全く分かってねぇってことなんじゃないのか?」
「そう……ですね……」
"ふぅん"と、ウォードは顎に手を当てて考え始める。
そして、視線をその男へと移した。
「ちなみに、ルシフェル様は何か知ってるのか?」
「……事故検討は当然している。当時の記録も覚えているが、最終的に詳細は不明……報告書では、なんらかの複合的事象によるもの、そう結論づけられていたはずだ」
直後、会議室の空気が変わる。
リカルドは明確な焦りの色を浮かべながら、二人のやり取りを見つめていた。
「つまり、よく分かんなかったってことだよな?」
「……そうだ。別館内部に爆発物などあるわけもなく、そもそも修繕中で、あらゆる魔術式が解除されている状態だった。要するに当時の別館は、ただの土と木と石と鉄の塊……爆発する要素はない。使用された魔術についても検証したが、それは同じことだ」
「ほー……つまり、なんで爆発したかは分からねぇが、とりあえずやらかしそうなやつがそこにいたし、危ない魔術を使わないようにと教えただけなのに、それ自体が駄目だったということになり、なんでかは分からねぇまま、結果的に別館がぶっ壊れたのはご主人のせいで、なんでか分からねぇけど誰かが責任とらなきゃいけねぇし、なんか分からねぇけど本人も自分が悪いって言ってるからそれでいいやってことか? つか、俺は今だけで何回"分からねぇ"って言った?」
会議室が、しんと静まり返る。
これにリカルドはあからさまに慌て始め、彼はルシフェルの方へと身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待ってください……だからなんなんですか!? 論点がズレています! あの大事件だけの話ではなかったでしょう!? あらゆることを複合的に考えて……!」
「おいおい……じゃあ聞くが、仮にあんたの言う大事件が起きていなかったとしても、ご主人は今のような扱いを受けていたのかよ?」
「ッ! そ、それはッ……!」
「違うよな?」
リカルドは黙ってしまう。
まさか夢にも思わなかったのだ。
ここにきて、また新たな可能性が生まれてしまうなどということを。
「俺の中では、もう結論が出てるぜ? 言っちまってもいいかい……ルシフェル様よ」
「……言ってみたまえ」
「ご主人の魔術センスはピカイチだ。それは、最年少で宮廷魔導師になったことで、すでに証明されてると言っていい。そうだろルシフェル様?」
「そうだ。そこに関して疑いはない」
「そんなご主人がだ、もう抑えかけていた魔術を何故か彼方へと転移させ、それがまた何故かアルタイル城の別館に飛び、そして何故か大爆発させちまった……って、ありえねぇだろ。宮廷魔導師だぞこの人は。つまり、あれはご主人が起こしたもんじゃねぇ。学生さんの起こしたトラブルにかこつけて、誰かが意図的にやったものだ。ご主人に対しての恨みか、そうではなく学院か、はたまた宮廷魔導師か、それとも……アルタイルそのものに対してか。それは分からねぇ。ま、こいつはあくまでも仮説だ。だけどよ、そうすりゃ……辻褄が合うとは思わねぇか?」
再び会議室が静まり返る。
そして、その静寂を破ったのは、やはりリカルドであった。
「ば、馬鹿なッ! そんなわけの分からない都合のいい理屈が……まかり通るはずがないだろうッ!」
「じゃあ、なんで爆発したのか教えてくれや。ルシフェル様は、事故検討したけど、爆発した原因は分からねぇって言ってんだぜ?」
「それ……は……!」
「つか、俺が間違ってると思うんなら、俺の話を否定出来るだけの証拠を出しなよ……今すぐに」
「う……ぐッ……!」
ウォードはあくまでルウナを守るため、彼女が原因ではないかもしれないという可能性を示したに過ぎず、犯人を特定してはいないし、する必要もない。
対するリカルドは、己の"大事件を起こしてなんら罰を受けていないルウナは、宮廷魔導師として正しい存在となるために、他人の仕事を愛のある指導として受け入れなければならない"という説を通すためには、ルウナが確実に犯人であるということを立証しなければならない。
しかし、それは現時点では不可能である。
「おいおいおい……ディベートってのはそういうもんだぜ? 俺はあんたが息巻いて語った話の矛盾点を突いた。そして今、こうして新たな可能性が生まれちまった。さぁ、今度はあんたの番だぜ? 俺の話を否定してみなよ。もし、それが出来ないってんなら……」
ウォードはリカルドを睨みつける。
そして、ゆっくりと、一段と低い声で、今まで我慢していた全ての怒りを込めて───
「黙って突っ立ってろ……クソ野郎」
そう、言い放った。
「……」
リカルドは黙った。
目を見開き、口を半開きにしたまま。
次の瞬間、彼は跳んだ。
「リカルドォッ!」
彼は背中から聞こえる主人の声を無視し、空中で剣を引き抜きながら魔力を込める。
円卓の上に着地した刹那、柄に埋め込まれた魔石から雷が刃へと走り、雷速と同等の速さで繰り出される必殺の一撃をウォードに───
「…………は……?」
放たれた横薙ぎの一閃。
それをウォードは、指一本で受け止めていた。
「な、なん…………だ……は……?」
右手の人差し指一本。
彼の必殺は、ウォードのそれすら断てなかった。
彼は混乱のあまり言葉が出ず、口をぱくぱくと繰り返し動かしていた───その直後。
「ぐッ……あッ!?」
リカルドの身体は一瞬で蔓に覆われ、そのまま円卓の上で拘束された。




