第22話:指導
「……ほぉ」
「まず、ベイルトとの問題は、我が国の傭兵ギルドがあちらの領分に踏み込んだのが発端だ。これに関して状況を鑑みた結果、明らかにこちらに非があると判断した。故に、どう補填するかが焦点となっていたのだ。次に、チェシアとの採掘権については、双方事前に対等な条約を結ぶということで一致していた。君に事を任せたのは、その契約の調印時に第三者の介入を防ぐという目的に他ならない。そして、両内容とも、君にはしっかりと事前にそう伝えていたはずだ」
ルシフェルの言葉が続くにつれ、スフィラの眼光が鋭さを増していく。
しかし、彼は全く意に介さず、淡々と話を続けた。
「それにもかかわらず、特使として派遣された君は、事前内容を全て無視し、ベイルトにはそちらが悪い、チェシアには七対三でなければ認めないと、突然言い放った。すぐに両国よりこちらへと連絡が入り、私は事態の収拾を図るため、黄昏卿と刀刃卿をそれぞれの国に派遣したのだ。結果、二人は事態を収束させ、両国との関係は拗れることなくそれで終わった。それが全てだ」
理路整然と語り切ったルシフェルに、スフィラはさらにさらに鋭い眼光を向ける。
対するルシフェルも一歩も引かず、両者の睨み合いは暫くの間続き、それを見ていたルウナは失神しかけていた。
そして、彼女が本当に失神しそうになった頃、不意にスフィラが笑みを浮かべ、前のめりになっていた身体をゆっくりと背もたれに落とした。
「……そうかい。じゃ、いいや。あんなちっぽけな国に頭を下げたくなかったんでね。今度からあたいには頼まないでくれよ……それが、お互いのためだろ?」
ルシフェルは、心の中で"なるほど"と呟いた。
要するに、彼女は二度とそういった面倒事を自分に頼むんじゃないと、そう言っているのだ。
「……今後、君にはより相応しい内容のものを依頼することとする。それでよいかね?」
「結構だ。あたいからは以上だよ。あとは好きにやってくれや」
「承知した。では、何か他にある者は?」
再び、スッと手が挙がる。
ルシフェルがそれに頷くと、彼は笑みを浮かべながら口を開いた。
「ルシフェル様、一つお願いがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「何かね? 樹梢卿」
序列九位。
"樹梢卿"ジェイ=デリック=カーマイン。四十七歳。
ぼさぼさの薄茶色の髪は肩ほどにまで伸び、無作法に生やした顎髭からも分かるように、彼は元来そういったことには無頓着であった。
しかし、世界樹ユグドラシルの研究において、彼の右に並ぶ者はいないとさえ言われるほどの第一人者であり、植物学の権威としても世界中に名を轟かせる男である。
細身の彼は黄緑色と薄茶色を基調としたローブを身に纏い、蔓が幾重にも絡まって作られたような杖を片手に、ニコニコと笑顔で口を開いた。
「またシリウス島へ赴きたいのですが……許可は得られますかね?」
「シリウス島か……」
四つの大陸の中心にあり、世界樹ユグドラシルが聳え立つシリウス島は、どの国にも属さない完全な中立地帯として知られている。
そのため、渡航は極端に制限されており、これは大国アルタイルの宮廷魔導師で、その研究の第一人者である彼であっても例外ではなく、彼が最後にシリウス島へ降り立ったのは、今からもう四年も前の話であった。
「打診はしてみよう。だが、魔物の動きが活発になってきている関係上、望み薄であると考えていてほしい」
「あー……ですよねぇ。やー……まいったなぁ……」
ニコニコと笑顔のまま、困ったようには見えない表情で、彼は頭をボリボリと掻く。
世界が滅びかけた魔族による侵攻は、かつて英雄と呼ばれたウォードが各種族最強の者たちを引き連れ、シリウス島に存在していた異世界への道を生み出す根源を破壊することで終息した。
近年の魔物出現率上昇に伴い、まだ謎の多いシリウス島を下手に刺激したくないと考える各国の主導者は多く、そのことからシリウス島は現在、ある種触れてはならない禁足地と化しており、以前よりもさらに渡航が難しくなっている。
「ま、気長に待ちますかねぇ……あ、僕からは以上です」
「分かった。他は───」
その後、各宮廷魔導師たちが続々と意見や要望を述べる中、ルウナはただ黙ってじっと座っており、それを後ろで見ていたウォードは、まるで授業参観で一向に活躍しない我が子を見るような感覚に陥り、だんだんと居た堪れない気持ちになっていた。
やがて、彼女以外の者たちが話し終えると、ルシフェルはルウナへと視線を送る。
「……」
目を伏せ、ただ円卓に刻まれた"XIII "という数字をじっと見つめる彼女に、ルシフェルは一度目を閉じた後、
「では最後に……私からいいだろうか」
と、切り出した。
全員が静かに頷いたのを確認し、彼はさらに言葉を続ける。
「この約一年、そこにいるアークライト卿に対し、自身の研究資料の作成や、論文の手直し、さらに調査書等の清書に加え、本来全員が持ち回りで行うべき宮廷魔導師の雑務を……全て彼女に押し付けている節がある」
「……ッ!」
びくりと、ルウナの身体が痙攣を起こしたような反応を見せ、ウォードは見ていられず自然と周りに目をやった。
すると、一人の男と目が合い、ウォードは咄嗟に視線を外す。
何故ならその目に、明確な敵意を感じたからである。
「因みに申し上げておくが、彼女が私に何かを言ったという事実は一切ない。これは、単に私がその状況を良しと思っていないだけの話である。それはつまり、彼女に対して誰が何をどうしているかを……私がある程度すでに把握している、ということだ。さて、こちらから述べてもよいが、出来れば自ら名乗り出てくれると有難い。いかがかな?」
ある者は肩肘をつき、またある者は腕を組み、そしてまたある者は目を閉じたまま、全員が図ったように黙りこくる。
その様子に、ルウナの顔は青ざめ、膝に置いていた手は汗でびっしょりと濡れていた。
さらに身体は小刻みに揺れだし、それを見たウォードは思わず彼女に手を出しかけるが、それをグッと堪え、後ろで組んでいた手を強く握り直した。
と、その時、ある一人の男が手を挙げる。
それは───
「……発言を許可しよう。リカルド魔導補佐官」
手を挙げたのは、スフィラの従者であるリカルドという男であった。
そして彼は、先ほどウォードと目が合い、その敵意をむき出しにしていた男でもある。
「感謝します。我が主人を含め、各宮廷魔導師様からはお話しにくい事柄であると捉えましたので、僭越ながら手を挙げさせていただきました。出過ぎた真似とは存じておりますが、どうかひらにご容赦を。さて、本題でございますが、ルシフェル様……これは仕方のないことではないかと、私はそう認識しております」
「というと?」
「アークライト卿が起こしたあの大事件は、当然ご自身だけではなく、宮廷魔導師という、この国で最も偉大な魔導師たちの名を汚す……ばかりでなく、これまで歴史を紡いできた偉大な先人たちへの冒涜でもあります。確かに反省し、大いに後悔されたことでしょう。ですが、起こした事柄に対し、あまりにも罰が少な過ぎる。たった数週間の謹慎のみで、いったい何が変わるというのでしょうか。事実、アークライト卿は未だ何も変わっていないように見えます。それは、アークライト卿の後ろにいる……その従者を見れば一目瞭然かと存じます」
"やれやれ"と、ウォードは心の中でため息をつく。
しかし同時に、身分を偽るためとはいえ、獣人であることがこれほどマイナスに働くことまで考えていなかった自分の浅はかさにも呆れていた。
「一般的に獣人は、魔術とは無縁の存在です。そんなものを自身の従者にしようという発想自体、宮廷魔導師という職務に対する侮辱であると私は捉えております。ルシフェル様がお認めになったということは、勿論それに足る理由と結果があったことは想像に難くありませんが───」
「そうだ。彼はアルタイルにとって、今後を左右するかもしれないほどの有益な情報を提供してくれた。その点については、強く申し上げておこう」
リカルドは少し頬をひくつかせた後、再び微笑を浮かべる。
「……なるほど。やはりそういったことがあったのですね。では、それについては理解いたしました。ですが、私が指摘しているのは、獣人を従者とすることによる、周りへの影響を全く考慮していないという点です。また、そんな存在と同列に扱われることに、私自身強い憤りを覚え……や、失礼。これは私情でした。要するに、宮廷魔導師の立場というものを、アークライト卿ご自身が軽んじているようにしか見えないのです。あの大事件より前も、誰にでもぺこぺこと頭を下げ、おどおどあわあわと……あれが宮廷魔導師として正しい立ち居振る舞いですか? あの大事件は、起きるべくして起きたものであると、私はそう考えております」
ルウナは顔を真下に伏せ、ただ黙って唇を噛み締めていた。
しかし、彼女は必死に堪えていた。
絶対に、涙は流すまいと。
ここで泣けば、そら見たことかと、やはりお前は宮廷魔導師に相応しくないと、そう言われると分かっていたから。
だから彼女は耐えていた。
以前のように一人であれば、もしかしたら耐えられていなかったかもしれない。
しかし、彼女はもう一人ではなかった。
背後から感じる彼の怒りを、彼女はしっかりと感じていたのだから。
「そんなアークライト卿に、宮廷魔導師の方々は国に代わって罰を与えているのですよ。いや、罰は言い過ぎでした……これは教育であり、指導です。もっと言えば、愛の鞭です。皆様から溢れ出た優しさそのものですよ。これは、大事件を起こしたアークライト卿が、宮廷魔導師として正しい存在となるために必要な……通過儀礼というわけです。私からは以上となりますが、いかがでしょうか? はたして、私の考えは間違っていますで───」
「……間違ってるな。気持ち悪いくらいに」
ルウナは思わず振り返り、ウォードの顔を見る。
耐えなきゃ駄目だと、何も言ってはいけないと、彼にそう伝えようとして。
しかし、彼を見たルウナは、もう何も言えなくなっていた。
それは彼女が、嬉しくなってしまったから。
こんな自分のために、情けない自分のために、彼が本気で怒ってくれているのが、その目を見て痛いほど理解出来てしまったから。
だからもう、彼女は何も言わず、そのまま前を向いた。
今度はしっかりと、その顔を上げて。
「……ほう? では、いったいどこが間違っているのか言ってみろ……獣人」




