第21話:賢人会
「はぁ……」
四月三十日……ついにこの日が来てしまった。
現在の時刻は午後五時四十分。
もうすぐ、賢人会が始まってしまう。
何人来るのかは分からないけど、とにかく……怖い。
「お、もうすぐ時間か」
時計を見たウォードさんは、読んでいた本をパタンと閉じると、そう言って立ち上がった。
そのままピーンと背伸びをすると、もふもふのしっぽもピーンとなる。
かわいいのが……やっぱりちょっと悔しい。
「んー……じゃ、そろそろ行くか?」
「…………はい」
ウォードさんに促され、私室を後にする。
ここから第一会議室までは、だいたい五分くらい。
アルタイル城は、一際大きな本館を中心に、別館四棟がそれを囲うような形で配置されている。
全ての建物は渡り廊下で繋がっているけど、有事の際は切り離すことも可能で、他にも様々な魔術を応用した仕掛けも多く、私も全てを把握しきれてはいない。
本館は陛下の私室や謁見の間、宰相様のお部屋を始め、側近さんたちの私室に、様々な広さの会議室や大きな食堂、さらには舞踏会の会場などになる大広間などがあり、城としての機能が全てそこに集約されている。
四棟ある別館は、第一が例の事件で壊れてしまった王族の方々の私室がある棟で、今はもう完璧に修繕がなされ、通常通りに使用されていた。
第二は兵士宿舎や室内訓練場、武器倉庫に厩など、アルタイルを守護する王都騎士団に関連するものが集まっている。
そして、第三が私たち宮廷魔導師の私室がある場所で、他にも大図書館や、とんでもない量の書類が貯蔵されている資料室など、魔導師に関連するものが非常に多い。
最後に第四には、私がこの間怒鳴られていた敵性生物対策課をはじめとする、様々な部署の事務所がぎっちりと詰まっている。
この城で働く人は一万人とも二万人とも言われており、正確に全ての人を把握しているのは、この城でルシフェル様ただ一人だけらしい。
「渡り廊下って何階だっけ?」
「四階ですよ。一つ上です」
私の部屋は第三別館三階にあるため、階段で一つ階を上がり、私たちはそのまま渡り廊下へと足を踏み入れた。
床以外ガラス張りのそこから見える景色は格別で、私は仕事が煮詰まると、深夜でもよくここに来ては外を眺めている。
「つか、本館だけ異様にでけぇよな」
そこから見える本館は非常に大きく見え、夕陽に照らされたゴシック様式の青くて長いとんがり屋根は、大小合わせて十三本が天に向かって伸びている。
その光景はいつ何度見ても美しく、見る度に私は視線を外すことに苦労していた。
「……本館は十三階建てですが、第一、第二別館は七階建てで、残りの二つは六階建てですからね。他と比べると倍近くありますし、やはりあのとんがり屋根があるだけ、より大きく見えますね」
「そうだな。にしても十三か……アルタイルはその数字が本当に好きだねぇ」
「まぁ、十三という数字は、アルタイルにとって特別な数字とされていますからね。特にこの城の中には、十三という数字が至るところに使われています」
本館の階数は言わずもがなだけど、実は別館の階数を全て足すと二十六となり、十三を二倍にした数字となっている。
宮廷魔導師も十三人だし、確か王都騎士団も十三の隊に分かれて構成されていたはず……あと、細かいところで言えば、階段も十三段で作られていることがほとんどだ。
これだけこの国が繁栄していることから考えるに、もしかするとこの数字には、魔術的な要素が含まれているのかもしれない。
あるいは魔法か……まぁ、ちゃんと調べてみないと分からないけど。
あ、そう言えば、この国を作ったのも確か───
「えーっと、第一会議室って……」
「え? ああ、最上階の十三階になります。階段だと大変なので、昇降機を使いましょう。こっちです」
渡り廊下から本館四階へと入り、城の真ん中を走る昇降機へと向かう。
昇降機は魔力によって上下する箱みたいなもので、本館にしかない便利な設備だ。
ぜひ別館にも設置してほしいものだけれど、多分私たちがそんなことを言えば、自分で浮けと言われて話が終わる。そういうことじゃないんだけどな。
「あ、どうも……」
本館に入ると、すれ違う人が徐々に増えていく。
私たちはちょこちょこ会釈をしながら、渡り廊下から続く、赤いカーペットが敷かれた廊下を真っ直ぐ進んでいった。
やがてその突き当たりに金色の扉が見えてくる。
それが昇降機の入り口で、それに乗って十三階まで行けば、扉が開いた先にある部屋が第一会議室となっていた。
「はぁ……」
その扉に近づくにつれ、だんだんと胃が痛くなってくる。
私は、とにかく嫌な予感がしていた。
それが何かは分からないが、私の第六感が"今すぐ引き返せ"と、何度も何度も頭の中で警鐘を鳴らすほど、それはそれは確かなもので───
「大丈夫だって……今回は俺がいるんだからよ」
「……はい」
私の不安な気持ちを察してくれたのか、ウォードさんはそう言って私に親指を立てる。
ただ、本当にごめんなさい。
今回ばかりは……それが不安の種なんです。
「お、これに乗るのも久しぶりだなぁ」
昇降機の前に着いた瞬間、ウォードさんが平然とそんなことを言い出す。
「ちょ! ダメですよ……誰に聞かれてるか分からないんですから……!」
「あ、わりわり。気をつけるよ」
……不安だ。
「お願いします……さ、来ましたよ」
昇降機の扉が開くが、中には誰も乗っていなかった。
謎の安堵感を覚えつつ、十人ほどが同時に乗れるその空間の中へと入る。
十三と記されたボタンを押し、扉が閉まると、私たちが乗るその箱が、ゆっくりと上昇を開始した。
「ふー……」
とにかく静かにしていよう。
ウォードさんにも喋らないようにって昨日から散々言ったし、さすがに大丈夫だと信じたい。
「楽しみだなぁ……」
…………大丈夫だ。きっと。
──────────────────
「……定刻だな。では、始めさせてもらう」
時計の針が午後六時を指し示すのと同時、宰相ルシフェルから、賢人会開始の宣言がなされる。
アルタイル城本館十三階にある第一会議室は、これまで一度も改装されたことのない非常に古い部屋で、壁は全て濃い茶色が特徴のウォールナットで作られており、床は石レンガ、そして灯りは壁に取り付けられたいくつかの鉄製ランプのみであった。
そのため室内はどこか薄暗く、日が落ちた今の時刻ともなれば、その重厚な雰囲気をより際立たせる。
そして、部屋の中央にはかなり古びた、しかしながら荘厳で、一目見るだけでその歴史を垣間見られるような、そんな趣のある巨大な石造りの円卓が置かれており、それに設置された席の数は、やはり十三席であった。
「まずは、今日参加してくれたことに対する謝辞を述べたい。多忙の中での参加、誠に感謝する」
ルシフェルは円卓の傍らに立つと、手を後ろで組んだまま、そう言って頭を下げる。
「また、今回参加出来なかった者については、こちらから書面で内容を伝えることとする。さて、今回は宮廷魔導師十三名のうち、過半数にあたる七名が参加してくれた。普段顔を合わせない者もいるだろうから、これを機に親交を深めてもらいたい」
円卓の座席には、全てに番号が振られている。
数字は円卓に直接、その座席に座った者の正面となるような位置に、他の者から見た時に正しく見えるよう刻まれていた。
それらは古い数字で彫られており、上からⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ、Ⅶ、Ⅷ、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺ、Ⅻ、XIIIとなっている。
一から十三を表すその数字は、宮廷魔導師の序列をそのまま表しており、会議室の扉から最も遠い正面の位置を一とし、その左右にニと三、その次に四、五と、序列一位の位置を頂点として数字が下がっていき、最下位である十三位は一位とほぼ対面する形となる。
今回、ルウナが何よりも安堵したこと。
それは、序列一位が欠席だったことである。
過去に一度会ったその時は、とにかく凄まじい眼光で睨みつけられ、彼女はずっと半べそをかくという、そんな恐怖の記憶しかなかった彼女にとり、その人物がいないという事実は、その心を軽くさせるのに十分な効果があった。
ただ、ルウナにとって一つ残念だったのは、先輩の宮廷魔導師たちの中で、唯一彼女を気にかけてくれている者もまた欠席であったことである。
互いに多忙ゆえ、なかなか会う機会も少なく、"会えたら嬉しいな"などと考えていた彼女は、そこで少しだけ落ち込むが、一番会いたくなかった人物がいないだけまだマシと前を向いた。
しかし、その後ろに立っているウォードからすれば面白くなく、この国一番の魔導師に会えなかったことを、主人の気も知らずに一人残念がっていた。
「では、議題がある者は挙手を───」
ルシフェルが言うや否や、スッと手を挙げたのは、円卓に"Ⅴ"と刻まれた位置に座る、深い青と赤が入り混じったような派手なマントを背中にかけ、胸元を大胆に露出させた黒いシャツにショートパンツと、かなり露出度の高い服を着た女性であった。
「では……蒼焔卿から」
「ああ……」
序列五位。
"蒼焔卿"スフィラ=ルダルガン=オーリン。二十八歳。
彼女は世界で初めて"青い炎"を生み出したことで知られ、それによって国に莫大な利益をもたらしたことにより試験を突破。
宮廷魔導師という立場と、その二つ名を得た傑物である。
髪は短めで、燃えるような赤と橙が混ざったような色をしており、瞳は透き通るような煌めきを放つ蒼色であった。
そんな彼女は低く、そして微かに怒りを滲ませた声でそう返事をした後、ゆっくりと口を開いた。
「宰相様よぉ……過半数と言えば聞こえはいいが、久々に開かれたこの大事な大事な賢人会に、六人もの欠席者が出るってのは、あたいとしちゃ……実にいただけないねぇ」
ただでさえ張り詰めていた空気が、彼女の言葉でさらにその緊張を増していく。
現在この円卓には、七名の宮廷魔導師が座席に座り、その右後ろにそれぞれの魔導補佐官が立っていた。
進行役のルシフェルを含め、十五名もの人物がいるこの第一会議室であるが、そこに今、衣擦れの音一つすらしない本物の静寂が訪れていた。
強制参加ではないといえ、この伝統ある賢人会に不参加を決め込む輩は許さない。
彼女の鋭く尖ったその瞳は、それを雄弁に物語っていた。
「おまけに、序列一位から四位がいないってのは……なぁ宰相様よぉ、それについて……どう思ってる?」
「……残念ではあるが、現在彼らが従事している事案は、国の根幹に関わるものである。それを考慮すれば、致し方がないとも言えよう」
鋭い視線をルシフェルに向けたまま、スフィラは息を長めに吐いた。
「そうかい……調整はこれが限界だったんだね?」
「ああ、そうだ。これ以上先延ばしにすれば、時期的に考えて、開催は当分の間困難となる。それ故の判断だ」
「……いいだろう。そこは理解した。じゃ、次に……ちょうど今いない七位と十一位の件だ」
ルシフェルの眉がぴくりと動く。
彼には、思い当たる節があった。
「つい先週のことだ。あたいが出張ってた国務で、あいつらが横入りしたのは何故だ」
再び緊張が走る。
ルシフェルは少し間を開け、
「……ベイルトとの間であった国境付近の諸問題と、チェシアとの間にあった採掘権の話だな?」
と、冷静に答えた。
「そうだ。両方ともあたいがまとめにかかっていたところを、あいつらが急に入ってきてめちゃくちゃにしやがった。聞けば宰相様……あんたの指示だったそうじゃないか。あいつらが入ってきたのは。是非、お聞かせ願いたいねぇ。いったいこのあたいに……何の問題があったのかを」
ルシフェルは微かに右へ首を傾けた後、真っ直ぐにスフィラを見つめながら口を開いた。
「端的に言えば、全てに問題があったのだよ」
瞬間、みしりと、明確に空気が歪む音がした。




