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落ちこぼれの宮廷魔導師、元英雄を飼う~私が拾ったのは、かつて世界を救った最強の人でした~  作者: 松村道彦


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第19話:重み

 

「ま、ご主人がそう言ってんだ……あんたに話したのは、別に言いふらしてほしいからってわけじゃねぇ。ただ単に、事情を分かってほしかっただけだ」


 アキームはそれに頷くと、ルウナの方へ視線を向けた。


「……分かった。少なくとも俺はもう言わねぇ。おたくが凄い魔導師だってことは……その人が慕ってるってだけで十分理解出来る。怪我も、治してもらったしな」


「ありがとうございます……そうしてもらえると嬉しいです」


「ちなみに、今ご主人はここいら一帯に人払いと、魔力やら音やらを消す結界を同時にかけてる。下準備なしの無詠唱でな。周りに人がいなかったのも、さっきの騒ぎに誰も気づいていないのも、全部ご主人の仕業だ」


「マジかよ……ヤバすぎんだろ……」


「フッ……そうだろうが」


 まるで、主人を褒められて喜ぶ犬かのように、ウォードのしっぽが激しく揺れる。

 その様子に、今度はルウナが照れくさくなり、顔を赤らめながら下を向いた。


「さて、話を戻して……俺らが頼みたいことは一つだけだ。つっても、言わなくても分かるよな?」


 ウォードたちはわざわざ素性を明かし、かなり踏み込んだ内容を彼に話している。

 それを考えれば、その答えを出すことは比較的容易であった。


「ああ……俺に、その情報をよこせってんだろ?」


「そうだ」


 アキームは腕を組み、天井を見上げる。

 それが意味するところを、彼はよく理解していた。


「……バルガスにある程度の話を聞くことも出来るが、こうなっちまった以上、俺に全てを話して筋を通す……そのうえで、正規のギルド組合員である俺に手を貸してほしい……そんなところか」


「そうだ。あのままあんたを帰すのは気が引けたんでな。俺たちがかき乱したせいで、おっちゃんはもちろん、あんたらまで巻き込んじまった……悪いとは思ってる」


「そうか……」


 アキームはしばらく考えた後、


「分かった……受けよう」


 そう言って、ウォードを真っ直ぐ見た。


「すまん。恩に着る」


「いや、理由も事情も理解した。それに、国のためになるってんなら別にいいさ。なんだかんだ言って、俺はこの国が好きだからな。つか、おたくらだけのせいってわけでもねぇ。俺も感情的になり過ぎちまってた……慣れねぇギルドの運営に疲れてた部分もあるし、まぁそれ以外にもいろいろあってな。バルガスにも……悪いことをした」


 そう言って、微かに頭を下げたアキームに、バルガスは首を横に振った。


「いや……俺が女々しくも、元ギルドの領分に踏み入っちまったせいだ。こっちこそすまん。何があっても、二度とこんな馬鹿な真似はしねぇ。許してくれアキーム」


 そんなバルガスの言葉に、アキームは少し驚いた表情を浮かべた後、顔を覆うように手を当て、目を閉じた。

 それは、先ほど勢いに任せ、酷い言葉を彼にぶつけてしまったという負い目もあったのかもしれない。

 そして、ここまでに至る過程にあった後悔も。


「もっと……腹を割ってお前ら古参勢と話すべきだったんだろうな。舐められるのが怖くて、俺にはそれが出来なかった。今更だがな。ほら、傭兵ギルドの序列あるだろ? "鉄鎖の猛牛(うち)"は三十三のギルドの中で、昔っからいっつも二十位前後……先代の親父はそれで満足していたが、俺はもっと上にいきたかったんだ。だから組織を変えようとして、上手くいかずにあんたらを切った。その選択が間違いだったと言うわけにはいかねぇが、また違う道があったのかもしれないと……今は思う。もっと、ちゃんとぶつかるべきだったってな」


「アキーム……いや、俺たちも似たようなもんさ。昔からいたから、新しいことが怖かったんだ。変わることが嫌だった……歳も歳だしってな。だから、今こうして話せたからこそ分かったよ。きっと、頃合いだったのさ。これからは、外から応援してるぜ。頑張れよ……当代」


「……ああ。見ててくれ」


 二人の男は握手を交わし、そのまま肩をぶつけて背中を叩き合う。

 男同士、分かり合った証として。


「ぐすっ……」


「まぁた泣いてる……だから、なんであんたが泣くんだよ」


「いやっ……なんかぁ……よかったなってぇ……」


「はははっ! 痛い目にはあいやしたが、お二人のおかげでスッキリしやしたよ。正直、多少未練があったんですが、これで綺麗さっぱりなくなりやした……これからは酒場の親父として、しっかりやっていきやす」


「ああ。俺とルウナもたまにくるよ」


「私はまだお酒飲めないので、お料理をいただきに来ますね」


「なぁ、バルガス……俺も……来ていいか?」


 伏目がちに言うアキームに、バルガスはニコッと笑いながら、


「……当然だ。待ってるよ、アキーム」


 そう言って、彼の肩に手を置いた。


「……ありがとよ。じゃ、そろそろ俺はおいとまするよ。ある程度の情報がまとまったら連絡する。あ、ちなみに期間は決まってるのか?」


「えっと、ひとまず三日を目処に行う予定でした」


「なら、数日中には済ませよう。連絡の方法はどうすればいい?」


「あ、ではこれを」


 がさごそと、肩がけの古びた大きなカバンから、ルウナは銀色の水晶玉を取り出し、彼へと差し出した。


「これは?」


「私の魔術が込められた触媒です。情報を記した書類を手にした状態で、それに触れながら、"彼方より先へ"と唱えてください。そうすれば、書類が勝手に私の元へ届きます」


「べ、便利だな……さすがは宮廷魔導師……」


「フッ……ご主人はすげぇんだよ」


「へへ……」


「フッ……言いふらしはしねぇが、いつかおたくの評価が変わることを信じてるぜ。おっと、狼型獣人(ウェアウルフ)の兄さん……まだ、名前を聞いてなかった。教えてくれるか?」


「ヴァンだ。ヴァン=ノワール」


「ヴァンか……覚えたぜ。じゃ、また───」


「アキーム」


 去りかけた彼を、ウォードが呼び止める。

 アキームが振り返ると、


「強さに上限はねぇぞ。ようは身体の使い方だ。それは単に筋力とか、技術だけの話じゃねぇ。ま、考えてみろや」


 そう言って、拳を前に出した。


「……ああ、答えを探してみるよ」


「おう。あと、あんたの名前は絶対に出ないようにするから、そこは信用してくれ」


「分かってるさ。じゃ、今度こそ……またな」


 三人に見送られ、アキームは片手をあげて去っていった。

 ウォードはボトルに残った酒を全てグラスへと注ぐと、それを一気に飲み干し、ふぅと息を吐く。


「ひとまず、なんとかなったな……ご主人」


「ええ。まぁ、いろいろな方に迷惑をかけてしまいましたけど……よかったことも多かったと思います」


「……だな。さて、俺らも帰るか」


「そうですね。それじゃ、バルガスさん……今日はありがとうございました。それと、ごめんなさい。迷惑をかけて」


 バルガスは首をゆっくりと、大きく横に振った。

 そして、この日一番の笑顔で、


「やっぱり、お二人は俺の恩人でさぁ。また、借りができちまった……たはっ……あいててて! ……はっはっはっ!」


 そう言って、折れた骨の痛みと喜びで、目を潤ませるのであった。



 ──────────────────



 あの日から三日後、私たち二人は、ルシフェル様へ調査報告書の提出にきていた。

 かなりの量があったのだが、ルシフェル様は物凄い速さでそれを読み終えると、一旦目を閉じた後に私を見て、


「……見事だ」


 と、そう言ってくださった。


「あ、ありがとうございます。では……?」


「正式に、ヴァン=ノワールの雇用を認めよう」


 やった!!


「よっしゃ!」


「……口調」


「えっ、あー……えーっと……やりましたわぁ!」


 ……何故お嬢様風に。


「……とにかく、おめでとう……ヴァン魔導補佐官」


「魔導補佐官?」


「宮廷魔導師の従者、その正式名称だ。今後、君を指す言葉となる。覚えておきたまえ」


「はっ!」


「……うむ」


 ……本当に疑問なんだけど、なんでこの人の敬礼ってふざけてるようにしか見えないんだろう。

 本人は真面目にやってるって言うけど、とてもそうは見えない。

 あのルシフェル様がちょっと戸惑われてるし。


「アークライト卿、少し聞きたい。いいかね?」


「は、はいっ!」


「この調査報告書……正直に言って素晴らしい内容だ。まるで現場の息遣いさえ聞こえてくるかのような、そんな生きた情報だ……まさに、我々が欲していたものに相違ない。これをどうやって?」


「それは───」


 アキームさんから情報をまとめた書類が私に届いたのは、酒場の件から僅か二日後のことだった。


 それは、一般的に使用される紙の大きさで計算すると、だいたい千枚くらいといったところだろうか。とにかく凄まじい量だった。


 内容もとんでもなく、街から街へのルートごとの地図の上に、びっしりと覚え書きがされており、ここは竜が出た、こっちには敵性亜人の集落あり、ここに出現する獣の種類と対策はこう、などなど……まさに今までの経験値が全てそこに刻まれているような、傭兵ギルドの長い歴史を感じる素晴らしいものだった。


 そして当然、魔物についての記載も数多くあり、年代順に分けられた地図には、出現場所と現れた魔物の容姿、討伐されたか否か、封印処置がなされたかどうかなど、それらが事細かに、所狭しと書き込まれていた。


 まさにこれこそ、政府が喉から手が出るほどに欲しかった情報だと胸を張って言えるそれは、本当に本当に重いもので、私は読んでいるうちになんだか涙が溢れそうになってしまった。


 この記録を刻んできた、全ての人の想いが込められたその情報。

 いくら払っても買うことの出来ない、とんでもない価値があるものであると、私はそう思ったから。


 そして、アキームさんがそれを私たちに提供してくれた意味を考えた時、やっぱり私は涙を堪えることが出来なくて、ウォードさんに笑われてしまうのだった。


「───情報提供者の名前を明かすことは出来ませんが、国の役に立つならと、その人はこれだけの情報を私たちに託してくださったんです。その方と知り合えたのは、単なる幸運です。ですが、分かり合えたのは……全部、ヴァンさんのおかげです。彼がいなければ、その情報は得られなかったと断言出来ます」


「……そうか。ヴァン魔導補佐官」


「ああ」


「だから口調ッ……!」


「アークライト卿、いいんだ。彼の言葉で聞きたい」


「えっ、あ、はい……」


「ヴァン魔導補佐官……君は、宮廷魔導師とはどういう存在だと思うかね? また、君は何故その従者になろうと思ったのか……合わせて聞かせてほしい」


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