第18話:戦士
「頼み……?」
ウォードはへし折った刃を逆さに持ち替えると、地面へ向けて放り投げる。
それが四つん這いとなり、頭を下げるアキームのすぐ横へと突き刺さるが、彼は身じろぎ一つせず、ただウォードの続く言葉を待った。
「……言ってみな」
「ッ! ……お、俺を……せめて俺を……ぶちのめしてくれ」
予想外の一言に、ウォードは片眉を釣り上げた。
それと同時に、後ろにいたギルドメンバーたちがざわつき始める。
「だ、団長ッ……!」
「てめぇらは黙ってろッ!! 頼む……一発でもいいんだ……頼む」
「フー……やれやれ……」
ウォードはゆっくり腰を下ろすと、そのまま地面にあぐらを組む。
「あんたも座んなよ」
「あ、ああ……」
アキームが同じように地面に座ったのを見計らい、
「とりあえず、わけを話せや」
ウォードはそう言って、あぐらの上で肩肘をつく。
アキームは二、三度頷いた後、真っ直ぐに彼の目を見た。
「…………おたくには勝てねぇ。それは、もうよく分かった。そもそも、勝てる勝てないじゃなく、戦いにすら……だ、だから、バルガスにはもう手を出さないことを約束する。落とし前は……もうついてるしな」
「……いいだろう。それで?」
「そ、それでも……それでも俺は……!」
アキームは両膝に置いた拳を握りしめる。
唇を噛み締め、涙を微かに浮かべながら。
「自分から……"負けた"とは言えねぇ! くだらねぇ意地なんてこたぁ分かってるッ! けど! 戦いもせずに無傷で帰るなんてことは……あっちゃならねぇんだッ! お、おたくにとっちゃ、俺らなんてそこら辺に転がってる石っころと同じなのも分かってる……そんくらいの……いや、それ以上の差があるってことは理解してんだ! で、でも……でもよッ! 俺たちは……戦士なんだッ!!」
肩を大きく揺らし、アキームは慟哭にも似たその心の声を吐露する。
決して、ごっこ遊びなどではないと。
彼らには、傭兵として、戦士として、どうしても譲れない矜持があった。
そのあまりの力の差に、まるで子供をあやす大人の如く、ウォードは彼らを優しく受け止めていた。
力の差を、何もしないことで分からせるということは、どんなことよりも難しく、そしてある意味、どんなことよりも残酷なものであったのかもしれない。
それが、特に彼のような、戦うものとして生きることを選んだ男にとっては。
「……立ちな」
「ッ!」
アキームは素早く立ち上がる。
そして、目一杯歯を食いしばり、その拳を構えた。
それを見たウォードは、ゆっくりと立ち上がりながら、彼らにだけ分かるように───
「う……お…………おおッ……!」
その魔力を、解き放った。
「……悪かったな。正直、あんたらをそれと見てはいなかった」
「い、いやッ……おたく……は……悪くねぇッ……!」
悪いのは、弱い己自身。
アキームのその目に、ウォードは思わず口角を上げた。
「フッ……あんた、まだ強くなれるよ。ま、おっちゃんにしたことは……これでチャラにしてやる。いいよな? ……おっちゃん」
ウォードは背中越しに、バルガスへとそう問いかける。
バルガスはゆっくり身体を起こすと、
「……ああ、もちろんでさぁ」
そう言って、強く頷いた。
それを肩越しに見たウォードは、笑顔で強く拳を握りしめた。
「よかったな……お許しが出たぜ」
「ハッ……そりゃ、ありが───」
刹那、閃光が走る。
そして、凄まじい速さのそれが、ギルドメンバーたちの上を一瞬で通過し、その直後に背後で轟音が鳴り響いた。
「……えっ!? あぁっ!?」
「い、今、団長が飛ん───」
慌てて振り返った彼らの目に映ったもの。
それは───
「「「だ、だ、だ……団長ォォオッ!」」」
突き当たりのゴミ捨て場に頭から突っ込み、足だけをのぞかせる、哀れなアキームの姿であった。
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「悪いな……ご主人」
「いえいえ……まぁ、よかったんじゃないですか?」
あの後、騒ぐ"鉄鎖の猛牛"のギルドメンバーを無理やり帰らせたウォードは、気を失ったアキームをゴミ捨て場から引きずり出すと、その治療をルウナに任せていた。
「だといいがな……おっちゃんの方は、もう大丈夫なのか?」
「ええ……肋骨と左腕は折れちまってますが、あとは全部治してもらいやした」
「骨は時間がかかるんですよ。まぁ、ほとんどくっついているとは思うので、一週間くらいしたら添木を外していいですよ」
「分かりやした。何から何まですいやせん……」
そう言って頭を下げるバルガスに、ルウナは首を横に振って応えた。
「いえいえ。もともとこちらのせいですし……本当に考えが足りませんでした。今回は……反省ばかりです」
ルウナは、そう言いながらミリアのことを思い出す。
自身の至らなさで道を外させてしまったと、彼女は未だに後悔していた。
しかし、それと同時に、宮廷魔導師としてより相応しい存在にならねばならないと、彼女は決意を新たにする。
「……う…………」
「おっ」
その時、アキームがゆっくりと目を開ける。
そして、少しだけ頭を上げて周りを見回した後、再びコツっと後頭部を床に落とした。
「……ここは……お、おたくら……?」
「ここはさっきの酒場で、今はあんたを治療中だ」
「あ、ああ……そうか…………俺ぁ……おたくにぶっ飛ばされて……」
「ご主人、どんな感じだ?」
「大した怪我はしてないですね。ちょっと休めば問題ないと思います」
「だとよ。痛みはあるかい?」
「いや……多少、頭がいてぇくらいだ……」
「そりゃよかった」
それを聞いたウォードは椅子に腰掛けると、空のグラスに黄金色の液体が入ったボトルを傾ける。
三分の一ほどそれを注ぐと、それを一気に口へと流し込んだ。
「……うめぇ。あんたもやるかい?」
「ダメですよ……頭を打ってるんですから」
掴んだグラスをゆらゆらと揺らすウォードに、ルウナは呆れた表情でそう言った。
彼は"やれやれ"と言わんばかりに手を広げ、顔を小刻みに横へ揺らしておどけてみせる。
「だそうだ……悪いな」
「いや……それより、俺の仲間は……」
「帰らせたよ。話の邪魔になるんでな」
ウォードは再び酒を注ぎながら、アキームにそう答える。
また三分の一ほど注ぐと、小皿からナッツをニ、三粒つまみ、その大きな口へと放り投げた。
「……は、話? これ以上、何があるんだ?」
「いや、簡単な話だ。俺はあんたの頼みを聞いた。だから、今度はあんたに俺らの頼みを聞いてほしいんだよ」
「おたくらの……頼み? そ、そりゃバルガスのことじゃ───」
「おっちゃんの件は、俺があんたと戦って勝ったんだから当然の権利だ。でも、あんたはそんな俺に追加の条件を付けてきた。勝負が始まった後に賭け金をつりあげるのはマナー違反……となりゃ、こっちにも何か得がなきゃ釣り合わねぇ……だろ?」
再びグラスを空にし、彼はナッツを頬張って笑みを浮かべる。
ルウナがボソッと"無茶苦茶言ってる"とあきれたように呟く傍で、アキームはゆっくりと身体を起こしてあぐらを組んだ。
「……内容は?」
少し考えた後、アキームは真剣な顔でそう言った。
「ん、いいね。じゃ、まずこっちの素性を明かそう。いいよなご主人?」
「ええ……まぁ……」
"ダメって言っても無駄なんでしょ"と、ルウナは投げやりな返事を彼に返す。
そりて立ち上がった彼女は、アキームの側から離れ、ウォードの隣にある椅子へと座った。
そして、ゆっくりとフードを外す。
「………………あ!」
彼は、その顔を知っていた。
彼女はその肩書きだけでも有名であったが、それ以上に、例の事件によって生まれたその悪名が───
「お、落ちこぼれの宮廷魔導師……」
「うぐッ……!」
「おいてめぇ……俺のご主人の悪口言ってんじゃねぇぞコラァッ!」
胸を抑えるルウナの頭を撫でながら、ウォードは怒りをあらわにする。
「ひっ!? わ、悪い! つい……ん? ご、ご主人?」
「そうだよ。俺はご主人の従者だ。ま、今は仮だけど」
「お、おたくが従者ぁ? こいつの……?」
「こ、こいつ……」
「どうやら死にてぇらしいなアキーム……」
拳を握り締めるウォードに、アキームは両手を前に突き出して慌て出した。
「いやッ……だ、だってよ……! おたくほどの男が従者ってのは……」
「そこに引っかからなくていいんだよ。とにかく、話を聞け。まず───」
ウォードは彼に、これまでの経緯を簡単に説明する。
アルタイルは来たる主要七種族会議に備え、さまざまな角度から魔物の情報を集めており、ギルド組合内のそれを調査すべく、自分たちが派遣されたこと。
また、それは自身がルウナの従者となるための試験のようなものでもあることや、バルガスは恩がある自分たちに協力しようとし、結果的にそうなってしまったことも説明。
ついでに、ルウナが起こした事件についても話をした。
「───と、いうわけだ。理解したか?」
「そ、そうだったのか……巷に流れてる噂とはだいぶ違うな……」
「ちなみに、どう聞いてたんだ?」
「いろいろあるが、よく聞くのは……単純にミスって城をぶっ壊したヤバいやつ」
「…………ぐすっ」
「泣かしてんじゃねぇぞコラァ!!」
「だッ……おたくが聞くからぁ! わ、悪かったよ! 明日からそっちが本当だって言いまくるから───」
「いや、それは言わなくていいです。万が一、その子が責められたら嫌なので……」
そう言って、ルウナは弱々しく微笑む。
それを聞き、そしてその表情を見たアキームは、思わず眉を落とした。
「あ……そうか……けど、おたくはそれで……いいのか?」
「いいんです。もう……慣れましたから」
それが嘘であることを、ウォードだけは知っている。
だから、彼はルウナの背中にそっと手を置いた。
「ん……へへ……」
彼女はすぐにその意味に気づき、ウォードをチラッと見て微笑んだ。
彼は少し恥ずかしそうにそっぽを向き、しっぽを軽く揺らすのだった。




