第17話:冗談
「あたっ……あたたっ……当たりました……よね?」
ブロスタスは、思わずそう尋ねてしまっていた。
いや、間違いなく当たっていたことは分かっている。
その感覚は地面から離れた位置にあり、それが頭だったのは間違いない。
というか、彼は見ていた。
あまりのことに飛んでいた記憶が、思い出すにつれだんだんと鮮明になってくる。
金属製の大槌が狼型獣人の頭に命中し、そして次の瞬間粉々に砕け───
「ん、当たったな」
しかし、その男は何事もなかったかのように、"それがどうかしましたか?"とでも言わんばかりに、平然と腕を組んだまま、狼狽する彼にそう返した。
その様子に周囲もざわつき始め、ブロスタスに命令を下したアキームもまた、その意味の分からない光景に戸惑うことしか出来ずにいた。
「で、どうする兄弟……まだやるかい?」
「え……あ、いや、その……」
「どしたい……そんな縮こまっちまって。その立派な拳で殴りつけたっていいんだぜ?」
「あ、いやー……ぶ、武器でダメだったんでー……」
「そうかい? じゃ、一つ質問だが、あんたはおっちゃんのこと……殴ったか?」
「え? あ、ああ、あの人を? いやっ、僕はその場にいなかったんでー……一応殴ってはないです……ね」
「そうか。じゃ、端っこにいてくれるか? それとも───」
ポンと、ウォードは彼の肩に手を置いた。
そして、耳元で、ゆっくりと、とても低い声で、
「……俺に、ぶちのめされたいか?」
と、そう言った。
途端に、ブロスタスはガタガタと震え出す。
何故なら、ウォードは彼だけに分かるよう、その本来の魔力を解放し、見せつけていたのだ。
その、圧倒的な力の差を。
「は、端にッ……端にいますッ! いさせてくださぁいッ!」
彼はウォードから逃げるように、四足歩行で裏通りの道の端に行くと、その大きな身体を限界まで小さくして座り込んでしまう。
唖然とする仲間の目などまったく気にしないその素振りに、アキームは嫌な汗が頬を伝うのを感じていた。
「……おい」
ブロスタスを見ていた全員が、その声に反応して再びウォードへと視線を向ける。
「で、続けるのか?」
アキームの目を見て、ウォードはそう言った。
"お前が決めろと"、そう言わんばかりに。
「……あ、当たり前だバカ野郎ッ! ま、魔術でッ……おいッ!」
「は、はいッ!」
今度は、ローブを身に纏った魔導師風の男が、ウォードから少し離れた位置で杖を構える。
そして、深く息を吸った後に、
「う、うねりから生じるものよ……我が助けとなりたまえッ! 今ここに集約し、その根源の力を我に示せッ!」
詠唱とともに、彼の周囲に風が集まっていく。
そして、彼は杖の先をウォードへと向けた。
「"指し示すは風の道"ッ!」
放たれたのは空気の砲弾。
木造建築の平家程度であれば、一撃で粉砕出来るそれが、うねりを上げて突き進む。
周囲にいたギルドメンバーたちが顔を腕で覆いながら、吹き飛ばされないよう必死に耐える中、やはりウォードは微動だにすらせず、向かってくるそれを正面からまともに受けた。
「や、やったか!?」
直撃し、まさに大砲が発射されたような轟音が響く中、巻き上がった砂埃が地面へと落ちる頃───
「ん、ちょっと待って、目に砂が入った……」
彼は、そう言いながら目を擦っていた。
「…………当たりましたよね」
「……当たってた。見てたもん俺」
「ですよね。じゃあ無理です」
「あ、おいっ……!?」
魔導師の彼もまた、脱兎の如く駆け出すと、雄牛型獣人の隣に座り込んで小さくなってしまった。
「…………ッスゥー」
「もういいか?」
「いやッ……! ちょっと待て!!」
「いいけど……」
「しゅ、集合ッ! 全員集合ッ!!」
「「「は、はいッ!」」」
「やれやれ……」
アキームの号令に、その場にいたギルドメンバーたちが集まっていく。
呆れたようにそれを見つめるウォードの後ろで、バルガスは口を大きく開け、目を見開き、ただ呆然とその光景を見つめていた。
「あ、あの……ルウナさん……」
「はい?」
「だ、旦那は……いったい何者なんですか……?」
「……私にも、よく分かりません」
「えっ……」
「でも、確かなことは……」
彼女は、彼の背中をじっと見つめる。
世界を救った最強の英雄。
そして、王女殺しの大罪人。
相反する二つの通り名を持つ、その男の大きな背中を。
「彼は……悪い人じゃないってことです」
「……そりゃ、そうですね……ははっ……!」
「ふふっ!」
「……なんだよ」
笑い合う二人の声に、ウォードは首だけをそちらに向けてそう呟く。
「なんでもないですよ。あ、ほら、話が終わったみたいですよ?」
「あん? やっとか……」
ウォードが前を向くと、彼らは横に並び、手を後ろに回して立っていた。
そして、アキームが一歩前に出る。
「待たせたな……」
「ほんとにな」
「う、うるせぇッ!」
「で?」
「……最後に、俺と戦え」
アキームは剣を抜き、その切先をウォードへと向けた。
思わぬ提案に、ウォードは少し驚いた表情を見せる。
「俺が勝ったら洗いざらい吐いてもらう。もしてめぇが勝てば、俺たちは手を引く。二度とそいつにも手を出さない……それでどうだ」
「……いいね。少し、見直したよ」
「お、おちょくってんじゃねぇ!」
「……本心だよ。じゃ……やろうか」
ウォードはここで初めて腕組みを解き、その固く握った拳を構える。
「う……」
その瞬間、アキームも含め、彼ら全員がようやく理解した。
彼らもまた、戦うことを生業とする者たちであり、相対する敵の力量をある程度察知することくらいは出来る。
ただ、これまでウォードは一切力を見せず、無防備に相手の攻撃を受けることしかしてこなかった。
そのあまりにも現実離れした光景は、ある種冗談のような空気を生み出し、結果的に彼らはそれに気づくことが出来なかったのだ。
その、彼が放つ、本物の強者のオーラに。
「どしたい……やるんだろ?」
「う……ぐ……!」
"勝てるわけがない"。
そんな言葉が、彼の頭の中で繰り返し繰り返し流れていた。
今思えば、雄牛型獣人の一撃も、魔導師による魔術のそれも、どう考えてもおかしかったということに、彼は対峙した今になって気づいてしまう。
アキームは、それなりに腕は立つ。
剣術の才能は人並み以上にあったし、実際これまでもいくつかの死地を潜り抜けており、今の仲間たちからの信頼も厚かった。
だが、世の中には、どうしようもないことも存在する。
「……来ないなら、あんたの負けってことでいいかい?」
「やッ……ま、待てッ……!」
勝てるビジョンなどまるで見えない。
だが、それでも彼は"鉄鎖の猛牛"というギルドを率いる団長として、その規範を示さねばならなかった。
その意地と、矜持を見せねばならなかった。
故に、引くことなど、最初から選択肢にはない。
「うッ……うぉぉぉぉおッ!!」
両手で剣を握り、自身の右へ立てるように構えた彼は、雄叫びを上げながらウォードへと向かって大地を蹴った。
「つぁッ!!」
そして、右肩に担ぐように振りかぶったその剣を、全身全霊で振り抜いた。
「…………あれ?」
間違いなく、当たったはずであった。
しかし、アキームには、なんの手応えもなかったのである。
袈裟斬りを放ち、身体を大きく沈ませた彼の目の前には、しっかりとウォードの足があった。
その距離を考えれば、空振りをしたということは考えられない。
彼は恐る恐る、顔を上へと上げていく。
すると───
「…………う、嘘だろ?」
左手の人差し指と中指で、アキームの剣の折れた刃を挟む、ウォードの姿がそこにあった。
彼は自分が両手で握る柄の方へと、微かに身体を震わせながら視線を移す。
そこに、根本から先を失った、剣だったものがあった。
「どうっ……やっ……て……」
彼の使用した剣は一般的にロングソードと呼ばれるもので、幅広で刃も長く、鋭利に作られたそれは、シンプルであるが故に様々な状況に対応出来るとして、傭兵ギルド界隈では一、二を争う人気を誇っていた。
アキームが最近購入したそれもまた、馴染みの鍛治ギルドの職人から手に入れたもので、とにかく硬く頑丈で、竜の鱗に当てても刃こぼれしなかったという一品である。
そんな自慢の剣は、刃の部分を根本から三センチほど残して綺麗に切断されていた。
その切断面の鋭さもさることながら、彼が解せなかったのは、自身が何も感じなかったことである。
まるで、本当にただ素振りをしたようなその感覚が、彼の手には未だしっかりと残っていた。
「あ、あり得ねえ……だ、だ、だってなんの感覚も……てめぇいったい何をッ……!?」
「見たまんまだ。挟んで、捻った」
「…………く……ぅ……」
アキームが全力で、渾身の力を込めて振ったその剣。
ウォードはそれをいとも容易く指で挟み、触れた感覚すら与えぬほど速く捻って剣をへし折っていた。
それが、いったいどれほどあり得ないことなのか。
分かるからこそ、彼の膝は折れ、地面に両手をつくしかなかった。
「……お、おたくに…………頼みがある……」




