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落ちこぼれの宮廷魔導師、元英雄を飼う~私が拾ったのは、かつて世界を救った最強の人でした~  作者: 松村道彦


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第16話:猛牛

 

「出てきたぞッ!」


 ウォードが扉を開け放つと、そこに十人ほどの武装した男たちが待ち構えていた。


 彼はゆっくりと視線を移動させ、やがて一人の男の所でそれを止める。

 それに気づいたその男は、一歩前へと出た。


「……こんばんは。すみませんね……騒がしくしてしまって」


 男はそう言うと、軽く頭を下げる。

 歳の頃なら二十代後半のその男は、銀色の鎧を身につけ、腰に幅広のつるぎをぶら下げた、まるで騎士のような出立ちをしていた。


「お初にお目にかかります。我々は傭兵ギルド……"鉄鎖の猛牛"。そして私は、その団長を務めているアキームと申します。以後、お見知り置きを」


「……で? その猛牛さんがなんの用だ?」


 ぴくりと、アキームの眉が微かに動く。

 それでも彼はあくまで紳士的に、にっこりと微笑みながら口を開いた。


「ははは……いやいや、実にお恥ずかしい話にはなってしまうのですが、うちにいた元団員が、ちょっとした不義理を働きましてねぇ……何やらこそこそ嗅ぎ回り、我々の情報を抜き取ろうとしていたようなんです。で、それを見つけてね、ほら? 少し痛い目にあってもらうのは、仕方がないことなんですよ。まぁ、そこまではよかったんですが、途中で逃げられてしまいまして……肝心の、何を探っていたかを聞き出せなかったんですよ。それでまたそいつを探すハメになったんですが……おやぁ!?」


 ウォードを避けるように身体を斜めにし、バルガスを見た彼は、わざとらしく驚いてみせる。

 その様子に、ウォードは呆れたようにため息をついた。


「おやおやおや! 彼ですぅ! いやー、こんな所にいたんですねぇ……よかった! 無事に見つけることが出来て! あら!? しかも治療まで!? いやぁ、よかったですね…………バルガスさん」


 瞬間、目つきと、声色が変わる。

 そして、周りにいたものたちが一歩、前へと出た。


「うっ……」


「探しましたよほんと……さ、もう手荒な真似はしませんから! ただ話を聞くだけ……それで終わりです。では、参りま───」


「悪いが、そりゃ無理だな」


 ウォードは腕を組み、そう言ってアキームを睨みつける。

 彼は微かに笑みを浮かべた後、スッと表情を変えると、


「……おたくら、何もんだ?」


 ドスの利いた声で、そう尋ねた。


「俺らはただの一般市民さ。知り合いのおっちゃんが怪我してたから介抱した……ただ、それだけだよ」


 そう言い放つ彼に、今度はアキームの方が呆れたようにため息をついた。


「よく言うぜ……てめぇ、カタギじゃねぇだろう。これだけの人数に囲まれて、一切ビビってる様子がねぇ……ああ、なるほど? ひょっとして……あんたらがそいつにやらせたのか?」


 すっかり態度を変えたアキームは、そう言いながら、腰にぶら下げたつるぎに手をかける。


「さぁな? だが、仮にそうだとしたら……俺らはどうなっちまうんだ?」


「はっはっはっ! ……決まってんだろ? その老骨と、同じ目にあってもらうのさ。そして吐いてもらう。なんのために、何を探っていたのか……洗いざらい全てをな」


「ほー……最近の傭兵ギルドは、一般人にも手を出すのか。物騒な世の中になっちまったねぇ……」


「はん……てめぇ流れか。そういや、狼型獣人(ウェアウルフ)なんざしばらく見てなかったしなぁ……いつの頃と比べてるかは知らねぇが、王都はだいぶ変わっちまったよ。それもこれも、お国が人を入れ過ぎてなぁ……こっちはえらい迷惑してんだ。ここに入ってくる他国のやつらは、いわばその国からあぶれた連中ばっかりなんだよ」


 "全ての人が平等に、全ての人と平和に暮らす"。

 亡き王女が掲げたその理念。


 数年前、アルタイル王はそれを現実のものとすべく、移民の積極的な受け入れを世界に明言した。

 それに伴い、国の法律を一部改正し、また様々な条例を新設。


 その結果、世界有数の大国であり、また四大大陸の一つ、アエトス大陸で最大の広さを誇る王都アルタイルには、その煌めきに魅せられた多くの人々が流れ込んだ。


 それにより、王都はさらなる発展を遂げ、街は拡張に拡張を繰り返し、税収も過去最高を記録するなど、移民政策は一旦の成功を見る。


 だが、その裏で、政府の目が届かないその闇は、着実に広がっていたのであった。


「要するに、行き場を失い、逃げるようにしてこの国に来たやつらがクソほどいるってことだ。そりゃ、この王都で真っ当に一旗上げてやろうってのもいるぜ? ちゃんと手順を踏んでギルドを立ち上げたり、きちんと正規の手段で商売を始めたりな。ただ、今じゃそんなのは少数派で、大半はここで悪事に手を染めてやがる。ギルド組合に参加してねぇ、いわゆる闇ギルドってのがここ数年でどれだけ増えたか……てめぇ知らねぇだろ?」


「知らねぇな。つか、それがなんか関係あんのか?」


「大アリだバカ野郎。やつらはギルド組合に入ってねぇから、正規の依頼所に名前が載らねぇ。だから、だいたいは裏の仲介屋を通じて仕事を受ける。この時点で組合に金が入らなくなるわけだが、まぁそれはいい。依頼所での受注率が一番高いことに変わりはねぇし、それが使えないことは明確なデメリットだからな。おまけに、依頼所では様々な情報が共有されている。これも込みで、俺ら正規のギルドは組合に仲介料を納めてるわけだ。だから、問題はそのうえでやつらが、組合から情報を抜いてやがるってとこなんだよ……そいつみたいなクソを使ってな」


 アキームはそう言いながらバルガスに指をさす。

 その目には、明確な敵意が込められていた。


「金は払わねぇ、だが情報はもらう……これは筋が通らねぇ。おまけに、やつらは組合が定めている報酬設定を当然のように無視しやがる。一番厄介なのが、とんでもなく安い報酬で仕事を受けやがることだ。そうなると、割を食うのは俺ら正規のギルド……"あそこはもっと安かった"、"おたくの金額は高すぎる"、"詐欺なんじゃないのか?"……冗談じゃねぇよほんとに。まぁ、とにかく分かっただろ? 俺らがそいつを許しちゃおけねぇ理由ってのが。だから、本当にあんたらがそいつと無関係だってんなら、さっさとそいつをこっちに───」


「断る」


「……ほぉ」


 瞬間、空気が張り詰める。

 表通りや、別の出口にいた者たちも続々と集結し、酒場の入り口に立つウォードを取り囲むように並び始めた。


「てめぇ、それが何を意味するか……分かってんだよな?」


「俺らは、あんたが言う闇ギルドじゃねぇ。ただ単に、これ以上このおっちゃんを傷つけるのは許さねぇってだけだ」


「はっはっはっ……それを信じろと?」


「なんなら、あんただけには事情を説明したっていい。訳ありなんだよこっちも」


「フッ……苦し紛れのその場しのぎにしては、随分と真に迫る演技をするじゃねぇか。だがな、信じられねぇってんだよ」


「どう捉えるかはあんた次第だ。ま、あんたらの事情はよーく理解したよ。ただ、それを差し引いても……ちと、やり過ぎだよあんたら。おっちゃんは、死んでてもおかしくないくらいの怪我をしてた。俺のツレが治せたからよかったものの……なんの罪もない人を一人、殺してたかもしれないんだぞ?」


「……だからなんだ? そんな不義理を働くゴミがどうなろうが……知ったこっちゃねぇんだよ」


 ウォードの視線が鋭さを増す。

 アキームは"ふん"と一呼吸置き、


「もともとそいつを含めたロートル連中には、いつもイライラさせられてたんだよ……! 言うことは聞かねぇ、やっと聞いたと思ったらまともに出来もしねぇ……慣例だ伝統だと一丁前に口だけは達者……はっ! 邪魔で邪魔で仕方なかったよ! で、やっと厄介払い出来たと思ったら、いなくなってまで迷惑をかけやがる……! いいか!? そいつらがやらかしたら、もう関係ねぇのに俺らが責められんだよ! あー、もうめんどくせぇ……おい、周りは!?」


「誰もいません。確認済みです」


「よし……よぉ、言っとくが、これはてめぇらが選んだ結末だ。さっさとそいつを引き渡しゃいいものを……ブロスタス!」


「はい」


 アキームに名を呼ばれ、路地から現れたのは───


「で、でけぇ……旦那より……!」


「……雄牛型獣人(ミノタウルス)


 頭部から生える、黒く太く、湾曲した二本の角を含めれば、その身長は二百五十センチにまで達していた。


 足は太く短く、そして腕は太く長い。

 隆起した大胸筋は一般的な人族のゆうに三倍はあり、その上腕二頭筋もまた同じであった。


 そうして、金属製の巨大な槌を肩に担いだ栗毛の彼は、悠然とウォードの前に立った。


「てめぇも運がねぇ。そいつは最近入った新入りでな……そいつの一撃は、巨大な岩でも一撃で粉砕するぜ。さぁ、これが最後の通告だ。バルガスをこっちに───」


「うるせぇよ。さっさとこのでかいのに命令しな……俺を、叩き潰せってよ」


「……やれ! ブロスタスッ!」


 命令された雄牛型獣人(ミノタウルス)は、その大槌を一気に振りかぶる。

 そして───


「同胞に手をかけるのは気が引けるが、これも渡世の慣わし……悪く思うな」


「気にするな兄弟。所詮、俺は雑食であんたは草食……そういうことさ」


「……ぬぅらぁッ!!」


 大上段から一気に振り下ろされた、文字通り致死の一撃。

 それは、ウォードの脳天に直撃し、ひどく鈍い金属音を夜の裏通りに響かせた。


「………………えっ?」


 雄牛型獣人(ミノタウルス)は、自身の得物に違和感を感じ、手にしたの先を見た。

 瞬間、彼は戦慄する。

 何故なら、そこに付いていたはずの四角い鉄の塊が、粉々に砕けているのが見えたから。


「……よぉ、兄弟」


「へぇっ!? なっ、えっ、は!? えぇっ!?」


「どしたい……高い声出しちまって」


 確実に命中し、そして砕いたと思っていた狼型獣人(ウェアウルフ)の頭蓋。

 しかし、ウォードは腕を組んだまま、全くの無傷で、そう言って笑みを浮かべるのだった。


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