第15話:最高
「だ、大丈夫ですかッ!?」
「やッ、でぇじょぶッ……たっははッ! いやいやまいっ……げっほげほぁッ……!」
「あぶねぇッ……!」
咳き込みながら倒れそうになるバルガスを、ウォードが間一髪抱き抱え、そのまま床へと寝かせる。
バルガスは身体中傷だらけで、頭部にはいくつもの打撲痕が重なり合うように存在し、また腹部には浅いながらも刺し傷まであった。
背中にもべっとりと血がついていることから、ウォードは相手が多人数であったことを瞬時に察する。
「ひでぇ……おい! しっかりしろおっちゃん! おい!」
「ッあー…………ふぅ……でぇじょぶでさぁ……す、すんません長いこと……はぁ……お待たせッ……しちまって……」
「んなことはどうでもいいって! 何がッ……!」
「……下がって。私が治療します」
「ッ! 頼むッ!」
ウォードと入れ替わるように、ルウナは荒い呼吸を繰り返すバルガスの側に立つと、その手に魔力を集約させる。
そして───
「……営み。それは、生命の螺旋。その胸に薪を焚べよ……決して、その歩みを止めぬように……!」
魔術詠唱。
ルウナはより確実に治療を行うため、それを選択していた。
そうして彼女は、呪文を唱えながらゆっくりと膝をつき、バルガスの身体へと触れる。
「"其方の家路に篝火を"ッ!」
彼女がそれを唱えた瞬間、眩く、そして温かな光が周囲へと広がっていく。
それは、まるで朝に昇る陽の光のようであり、また暗闇を照らす焚き火の煌めきのようでもあった。
回復魔術は習得難易度が非常に高く、特に他者に対するものはそれがより顕著である。
自己回復であれば、失われた臓器や四肢を復元する者も確かに存在はするが、他者のそれは非常に困難で、行える者は世界でも数えられるほどしかいない。
ルウナも非常に優秀な魔導師ではあるが、失われたものを復元するほどの力は有しておらず、半ば祈りながらバルガスの身体の中を探っていた。
「……う……うぅ…………」
ルウナの手から放たれる光が、身体中の傷口へと広がっていくにつれ、それらがだんだんと塞がっていく。
彼女はさらに魔力を込めながら、両手を強くバルガスへと押し込んでいった。
「ど、どうだルウナ!?」
「大丈夫……出血は止まりました。私が治せないレベルの損傷は……ありません。肺に血が溜まっていましたが、それもなんとか抜けたので、だいぶ呼吸も楽になったはずです」
先ほどまで苦しそうに呼吸をしていたバルガスであったが、ルウナの言う通り、今は顔から険しさも消え、静かに寝息を立てるようなものへと変わっていた。
「骨折は複数箇所ありますけど……うん……命に別状はないと思います」
「ふぅ……よかった……」
「もうしばらく続けます。しかし、誰がこんな酷いことを……」
「お、俺がいけねぇんでさぁ……」
「おっちゃん!」
バルガスは目を開け、弱々しく口を開く。
そして、二人の方へ視線を向けた。
「まだあまり喋らない方が……」
「いやぁ……だ、だいぶ楽になりやした……すんません迷惑ばっかかけちまって……まったく、情けねぇったらねぇや……」
「んなことはいいって……何があったんだよ?」
「はは……お、お二人に、少しでも恩を返せるって思ったら……年甲斐もなく欲……かいちまいましてね……よしゃあいいのに、元いたギルドの領分に踏み込んじまって……で、見つかってこのザマでさぁ……」
「なんで……だから無茶すんなって……」
「ほんと……旦那の言う通りでした……ただ、俺が役に立てる機会なんざ、これから先……もうねぇかもしれねぇでしょう? そ、そう思ったら……もっともっとって……ははっ……」
そう言って、彼はにっこりと微笑む。
彼は心から二人に感謝していたのだ。
昨日彼らがいなければ、話してみれば気のいい若者を傷つけ、間違いなく自分は投獄されていた。
そうなれば、今日という日の平穏は、完全に失われていただろうと。
だからこそ、何かを返さなくてはならない。
彼はそう思い、必死に情報を集めようとしたのだ。
それを聞き、二人は同時に眉を落とす。
「バルガスさん……」
「けどよ、ここまですることねぇじゃねぇか……要するに元お仲間だろ? あんた丸腰だし、魔導師でもねぇって相手も分かってただろうに……」
「まぁ、仲間ではあったんですがね……実は、ちょいと前に代替わりしやして、ギルドの方針というか、在り方がガラッと変わっちまったんですわ。若いやつらがどんどん入ってきて、今までのやり方は全部否定され……先代に付いてきた俺らの世代は、なかなかそれに馴染めなくてねぇ……」
バルガスが昨日、役所で暴れた際に口にしていた"七光り"。
それはつまり、先代の息子である現ギルドマスターのことを指していた。
彼が役所でキレてしまったのは、雇用推進課にいた若い職員の態度に我慢出来なかったからでもあったが、その怒りの根幹には、若い世代に対する実体験を元にした苦手意識が間違いなくあった。
「で、まぁミスをして責められたり、邪魔者扱いされて乱闘騒ぎになったりした結果、ご存じの通り俺も含め、昔っからいたやつらのほとんどがクビになっちまった。そん時もかなり揉めやしてねぇ……向こうからは、二度とギルドに関わるなと言われてまして……んで、もしそういったことがあれば容赦はしないと。だから結局、自業自得ってやつですよ……」
「……すみません。私たちが巻き込んでしまったばっかりに、あなたに余計な───」
「い、いやっ、そりゃ───」
その二人の言葉の先を、ウォードがかざす手が制した。
彼は黙ったままに扉の先を睨みつけながら、その両耳をピクピクと動かす。
無論、彼の狼型獣人の姿は変化の魔術によるものであるため、その耳はあくまで飾りである。
ただ、もはやそれは気配を察知したり、耳を澄ましたりする時の癖になっており、彼はそれをほぼ無意識で行っていた。
「……囲まれてるな」
「えぇっ!? ま、まさか俺を追って……?」
「ど、どれくらいいますか?」
「二十人以上だ。表通りにある、二階への入り口にまで人がいやがるぜ……どうやら、逃す気はないらしい」
「そ、そんな……すんません! お、俺のことはいいんで! お二人だけなら逃げられ───」
その先の言葉を、バルガスは思わず飲み込んだ。
それは勿論、また袋叩きにあうかもしれないという恐怖からではない。
「……探す手間が……省けたぜ」
バルガスは、傭兵ギルドという戦場で、四十年という長きに渡り戦い続けてきた男である。
数え切れない依頼を受け、魔族との大戦も経験した彼は、まさに歴戦の勇士と言っても過言ではない。
今回彼が遅れをとったのも、丸腰であったことや、多勢に無勢であったことも無論その理由には違いないが、何より自分が欲をかき、義を欠いた行動をしたからという負い目が大きかった。
つまり、まともに戦えれば、彼はまだまだ現役でも通用する力を持っているのである。
「だ、旦那……は……」
ただ、彼の強さはどれだけよく言っても中の下。
腕力だけは人一倍あるものの、それ以外特に誇れるものはないという、典型的な戦士のそれであった。
そんな彼が、長い傭兵生活や、魔族との大戦を生き抜いてこられた理由。
それは、相手の強さを正確に測る能力に長けていたからである。
「ご主人はここにいろ……俺がやる」
スッと立ち上がった、ウォードが発する圧倒的な強者のオーラ。
バルガスは思わず、これまでの傭兵時代を振り返っていた。
以前戦った野盗も、襲いかかってきた竜や獣も、強くて気味の悪い魔物も、そして大戦時にこの王都アルタイルで見た魔人も、その全てが、まるで彼の前では意味をなさないような、そんな感覚に、バルガスは言葉を失っていた。
そうして、ウォードは扉へと手を───
「……宮廷魔導師、並びにその従者は、原則として……国民に手を出すことを許されていません」
彼の手がピタリと止まる。
そして、ルウナへと視線を向けた。
「我々が力を行使出来るのは、自他に関わらず、何かしらの事象により、命を脅かす危険があると判断した時……端的に言えば、それのみに限定されます」
ルウナは言葉を続ける。
ウォードは、ただ黙ってそれを聞いていた。
「おそらく彼らは、バルガスさんを引き渡すよう要求するでしょう。それに対し、我々に拒否権はありません。話し合いで解決すると言われてしまえば、手を出すことも出来ません。勿論、こちらから手を出せば、後々大きな問題となるでしょう。故に、現状取れる手は、彼を連れてここから逃げることだけです」
ウォードは目をつぶり、扉に伸ばしかけた手を元へと戻す。
彼女の言っていることは至極真っ当であり、反論の余地もない最適解であった。
国に仕える彼女は、そしてその従者になろうとしているウォードは、誰よりも定められた法律を遵守しなければならない立場にある。
彼も、それを理解していた。
「───ですが」
しかし、続いた言葉に、ウォードは再び目を開き、彼女の方を向いた。
「ここで無事に逃げられたとしても、バルガスさんに再度危険が及ぶ可能性は極めて高いと考えられます。私はそれを……看過出来ません。というかそもそも……」
ルウナはウォードを見る。
にっこりと、笑顔を浮かべて。
「あなたはまだ……正式に私の従者になっていません」
「……ははっ!」
ウォードは戻した手を再び前に出し、取っ手に手をかける。
そして、それを捻りながら───
「やっぱりあんた……最高のご主人だよ」
そう言って、その扉を開け放った。




