第14話:修復
「そうですね……バルガスさん、すぐに直しちゃいますから、安心してください」
「な、直すって……これをですかい?」
バルガスさんはそう言って、黒く焼け焦げた店の中を指さした。
天井こそ煤がついている程度だが、店の奥から入り口付近に至るまでの床は、焦げて黒く変色してしまっている。
また、机や椅子もいくつかは焼けてしまっており、そちらも修復しなければならなそうだ。
「ええ。今ならまだ、修復魔術が間に合うと思いますから。多分、元通りに出来ますよ」
時間が経てば経つほど、修復魔術の難易度は上がってしまう。
まだ数分しか経っていない今なら、元通りにすることはそう難しいことじゃない。
「そいつぁすげぇ……あ、じゃあ、こいつらどかした方が……ってか、なんで起きねぇんだこいつら? あんだけでかい音がしたのに……」
店の隅っこや、端の席で寝ている人たちを見て、バルガスさんは不思議そうに首を傾げていた。
まぁ、それには当然理由がある。
「そりゃ、うちのご主人が音と魔力を遮断する結界を張ってるからな」
「け、結界?」
私の代わりに、ウォードさんが説明をしてくれた。
そう、ハーミット上級補佐官が騒ぎ出す前、不穏な空気を察知した私は、すでにこの酒場全体を覆う結界を構築し、そして展開していた。
彼女は気づいていなかったみたいだけど、さすがにウォードさんにはバレていたみたいだ。
「ああ。結界術は……まぁ、魔術の親戚みたいなもんだな。とにかく、器用に寝てるやつらを避けるように張られてるから、こいつらは結界の外にいるってこった。だから何も気づかずに寝てられんだよ。当然、上の階の連中も、ここの騒ぎには気づいてねぇだろうな」
「はえ~……本当にすごいお方ですねぇ……」
「ああ……本来、こういった結界を張る場合は、ある程度の下準備が必要なもんだが、ご主人はそれを全部無視しちまってる。おまけに杖なしで全部無詠唱……マジでとんでもねぇ才能だ。さすがは俺のご主人だぜ」
「い、いやぁ……そぉんなっ……もっ……へへ……照れちゃう……」
やばい。
顔がニヤけて戻らないくらい嬉しい……へへ……。
「大きな実績がなくとも、これだけの才能だ……アルタイルも、さすがに放ってはおけなかったんだろう。最年少での合格は伊達じゃねぇってことさ。ま、後はもうちょい堂々としてくれたら……言うことなしなんだけどなぁ」
「うっ……」
い、痛いところをつきますね……。
「魔術を使ってる時はいいんだが、どうしても普段が……」
「あ、うるさいです。ちょっと集中するんで黙っててください」
「フッ……へいへい」
「……口調」
「かしこまりましたっ!」
ふんだ……バカにして。
もうさっさとやっちゃお。
「んっ……」
床に手をついて魔力を流し、まずは構造を把握する。
床材は……モミの木か。
椅子や机も同じ……これなら、思ったより早く終わりそうだ。
「あの旦那、修復魔術ってのは? 俺ぁ魔術ってもんに疎くて……」
「んー、簡単に言えば、魔力を使って失ったものを再構築するって感じかな。おっちゃんは、魔術で物質を作ってんのを見たことあるか?」
「ああ、ありやすぜ。俺が見たのは、魔術で剣を作るってやつでしたねぇ」
「ん、そいつは創出魔術って言ってな。自分の中にあるイメージを魔力で形成し、それを現実世界でも使えるようにする魔術だ。修復も似たようなもんで、破損しちまった部分を魔力で補って元へと戻すんだが、創出魔術との違いは、使い捨てかそうじゃないかってとこだな。そうだよなご主人?」
私はそれに頷いて答える。
今ちょっと大事なとこだから喋れない。
「そういや……確かに剣を作ってたそいつは、何本も同じもんを作ってたような……」
「そうそう。創出魔術は基本的に使い捨てだ。生み出したとは言っても、所詮は魔力の塊……物質に見せかけているだけの偽物だ。だから、いつまでも形を保っていられず、いずれは消えちまう。だが、修復魔術は違う。もともとあった物質に魔力を浸透させ、本物の物質と魔力を混ぜ合わせて元の通りに形成するんだ。だから消えない。ま、どちらにも言えることは、高い知識力と強い想像力、その両方がないと使えない魔術ってことかな」
「なるほど……なんか、難しそうですなぁ……」
「難しいな。俺は、創出は結構好きで使えるが、修復はややこしいから苦手だ。まぁ、ご主人に任せときゃ問題ねぇよ」
……よし。
物質と魔力の調合がうまくいった。
後は元通りに構築するだけ……。
「おっ! ゆ、床の焦げ目が……!」
私に近い場所から、真っ黒に焼け焦げた床が元へと戻っていく。
さらに魔力を込め、半分焼けた机や、背もたれが消えた椅子の再構築を同時に始めた。
おそらくこれなら───
「……あと、五分くらいで直ると思います」
「はやっ!? と、とんでもねぇですなぁ……宮廷魔導師様ってのは……」
「だな。ところでおっちゃん、さっきの件だが……」
「ああ、魔物についての情報ですかい?」
ルシフェル様に話した"協力者"。
それはもちろん、このバルガスさんのことだ。
傭兵ギルドに四十年いたこの人なら、私たちが知らない魔物の情報をきっと知っている。
傭兵ギルドの仕事で最も多いものが、街から街へと移動する人の護衛依頼。
野盗に獣、敵性亜人や竜など、道中は危険で溢れており、そのために彼らは雇われ、対象を安全に送り届けることで報酬を得ている。
そして、護衛するうえで最も気をつけなければならない存在。
それが魔物だった。
野盗や敵性亜人などは出現場所がだいたい決まっているし、獣や竜も多少突発的な遭遇はあるものの、その生息域や生態は把握しやすい。
また、それらは行動に理由が伴っているので、あらかじめそういった知識さえあれば、戦闘を回避するという選択肢を取ることも可能だった。
けど、魔物は違う。
どこに出現するかも分からなければ、やつらに行動理念など存在しない。
見つかれば即戦闘は免れず、魔物の強さにもよるけど、それによって全滅するケースも少なくなかった。
たとえば、ある傭兵ギルドが強い魔物に襲われて、それを討伐出来ずに撤退した場合、その魔物も、そしてそれが生まれた発生源も、そのままそこに放置されることになってしまう。
撤退したギルドが他のギルドに助けを求め、協力して魔物を排除することもなくはないけど、基本的にはそのまま放置されて、またその情報をギルド組合内で共有し、その地域を避けるというケースが多い。
ただ、その移動ルートをどうしても使いたい商人などが、また別の傭兵ギルドへ依頼して、魔物を討伐しに向かうというのも、彼らの仕事の一つとして存在していた。
本当なら国に報告してもらえるのが一番いいんだけど、ギルド組合は私たちに介入されることをとことん嫌うので、そちらから情報が入ることはまずない。
まぁ、だからこうして調査に来ているわけなんだけど。
「ひとまず、俺が分かる範囲での情報は教えられますが……あ、なんだったら昔の馴染みにもう少し探りを入れてみましょうか?」
「そいつはありがてぇが……無理はしなくていいぞ?」
「でぇじょぶですよ! 俺に出来ることならなんでも協力しますぜ! なんてったって、あんた方は俺の恩人ですから! んじゃ、ちょっくらひとっ走り行ってきますわ!」
「い、今から行くのか!? ここはいいのかよ?」
「ええ! この時間じゃろくに客も来ないでしょうし、いったん酒場は閉めちまいます。どっちみち朝の営業は昼の十二時までで、もうすぐ閉める時間でしたし、夜の営業は八時からなんで。まっ、退屈でしたら上の階でも見ててくだせぇ! じゃ、また後で!」
「お、おう……」
バルガスさんはもの凄い勢いで"閉店中"の札を扉につけると、あっという間にいなくなってしまった。
「行っちまった……」
「……ですね。まぁ、せっかくのご厚意ですし、甘えさせてもらいましょうか」
「そうするか……」
──────────────────
「…………おせぇな」
「ですねぇ……」
バルガスが去った後、店の修復を終えた二人は昼食をとり、二階を見るついでに話を聞くなどして時間を潰していたのだが、どんなに待っても彼は帰ってこなかった。
時刻は夜の七時過ぎ。
すでに日は落ち、街は街灯と建物から漏れる光でほのかな輝きを放っていた。
「どうする? 夜飯でも食いに行くか?」
「んー……でも、さすがにそろそろ戻って来るかもしれませんし……ほら、夜の営業は八時からって言ってたじゃないですか」
「それもそうだな……ったく、いったいどこ───」
「わッ!?」
その時、何かが酒場の扉にぶつかり、激しい音が鳴り響いた。
二人は同時にそちらを見る。
そして、開いたその扉の隙間から───
「お、おっちゃんッ!?」
倒れ込むようにずるりと、血まみれのバルガスが現れたのだった。




