第12話:店主
私は店主にあることをお願いする。
すると、彼は怪訝な表情を浮かべながら、
「……それだけでいいのか?」
と聞いてきたので、私は黙ったまま頷いた。
店主は何度か小刻みに頷くと、去り際に白髪混じりの口髭を触りながら"分かった"と、そう答えた。
「ふふっ……」
ひとまず、ここはこれでいい。
さて、そろそろ───
「……来た」
何も知らない馬鹿な二人が店へと入って来るのが見え、それだけで私は笑いを堪えるのに必死になってしまう。
私が店主にお願いしたのはただ一つ、"次に入ってくる二人組に、何を聞かれても無視してくれ"……それだけだ。
今はまだ午前中で、酒場の客は私以外に三組しかいなかった。
しかも、そいつらはいつから飲んでるかも分からない酔っぱらいで、机に突っ伏して寝ているか、酒瓶を抱いて寝ているかのどちらか……そもそも、こんな朝っぱらから飲んだくれてるやつにまともな人間などいやしない。
となれば、ひとまずやつらは店主に話を聞くしかないわけだが、その店主は何も答えてはくれないぞ?
二階の販売店に行っても構わないが、そこにいるのは魔物と戦ったこともない鍛治や錬金ギルドの連中ばかり……仮に話を聞けたところで、有用な情報は得られまい。
三階に行くのはもっと無駄だ。
ギルド組合員は、余所者に対してとにかく口が堅い。
なんの伝手もなければ、話すら聞いてもらえずに終わるだろう。
これで、この店での調査は何も聞けずに終了。
あとは似たようなことを続けながら、だんだんとガラの悪い店へ案内していく。
傭兵ギルドの中でも、とびきり面倒なやつらが溜まり場にしている店にな。
当然、やつらは話など聞いてはくれまい。
罵倒されるか、嘲笑われるかの二択だろう。
最初は耐えられるかもしれないが、無碍にされ続けた苛立ちと、一日歩き回った疲労感、さらに何も成果を得られなかったという焦り……あの人のいい落ちこぼれはまだしも、脳みそまで筋肉で出来ていそうなあの獣人はいずれ爆発する。
まぁ、いざとなれば私が何かしらきっかけを作ったっていい。
そこから大乱闘でも始まればそれで終わり。
やはり、あんな獣人なんぞは、使い物にならないことがはっきりと証明され、それを雇用しようとしたあの落ちこぼれの評価はさらに下がる。
「くっくっくっ……おっと……」
いかんいかん……笑いを抑えきれなかった。
だが、これでルシフェル様もご理解されることだろう。
あんな害しか及ぼさない小娘が、アルタイルにとっていかに不要であるかということを。
まぁ、七種族会議に必要な情報は、私が自ら探れば問題あるまい。
しかし、ルシフェル様はあの獣人からよい魔力を感じるとおっしゃられていたが、正直に言って私には何も感じない。
私からすれば、ただの獣臭い低脳の生物だあれは。
……必要ないんだよ。
我が偉大なるアルタイルに……あんなゴミは。
いや、あんなゴミどもは、か……くっくっくっ……。
「……ん?」
なんだ?
あの店主……なんでやつらと普通に話をしている!?
おいふざけるなよ……私から金を貰っておいて───
「…………というかやけに……親しげだな……」
初対面だよな?
なんかあの獣人が店主の肩を叩きながら笑ってて、その店主もすっごい笑顔でぺこぺこしながら頭を下げてるけど初対面だよな?
今度は店主があの落ちこぼれにも笑顔で頭を下げていて、あいつも両手で"いえいえ~"みたいな感じにしてるけど初対面だよな!?
「…………おい」
私に指をさすな店主。
なんの真似だ店主。
ポケットから金貨を出すな店主。
身振り手振りで説明するな店主。
金をやるから黙ってろってあいつに指示されました、じゃないんだよ店主。
こっちを見るなゴミども。
汗が吹き出してきたぞ私。
こっちに来るなゴミども。
脇汗がとんでもないことになってるぞ私。
私を見下すなゴミど───
「……話、聞かせてもらおうか?」
「……………………はい」
──────────────────
「……とんでもねぇ野郎だな、あんた」
「……」
酒場の隅の席で、そう言われながらウォードに睨まれたミリアは、汗をダラダラと流しながら小さく震え続けていた。
結局、彼女は最初に返事をした以降何も語らず、店主が事の顛末を語っている間も、黙ったままじっと机を見つめ続けるのみであった。
「しっかし、あんたもついてねぇな。よりにもよって、まさかここの店主がねぇ……なぁ、おっちゃん?」
「ははっ! いやぁ、まさかこんな偶然があるとは思ってもみなかったですぜ……狼の旦那」
そう言って、自身の綺麗に剃った頭を撫でる彼は、数日前に所属していた傭兵ギルドをクビになり、昨日雇用推進課で暴れていたところをウォードに止められた、あの男性であった。
「仕事……見つかってよかったな」
「……あの後、役所のにいちゃんがすげぇ謝ってくれやしてね。俺がひでぇことしちまったのに、すみません、あなたの気持ちも考えずにって……もちろん俺も謝らせてもらって……そんで、改めて仕事を探してもらったら、ちょうどここの雇われ店主が募集されてましてね。元傭兵ギルドで四十年働いてたって言ったら、是非今日からお願いしたいって……ほんと、お二人には感謝してもしきれねぇでさ……あのまま馬鹿やってたら、今頃俺は……」
「だから言ったろ? あんたはついてるって」
ウォードはそう言って、にっと笑った。
その言葉に、彼は鼻を赤くしながら"ああ"と小さく頷く。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
ついでに、ルウナも泣いていた。
「ありがとうよ……ああ、自己紹介がまだだった。俺はバルガスっていいやす。よろしく頼みますぜ……狼の旦那」
「俺はヴァンだ。改めて、よろしくなおっちゃん」
「嬢ちゃんも……あ、いや、あんたはすげぇお人だったな……なんてお呼びしたらいいですかい?」
「ぐすっ……あ、普通にルウナで大丈夫れふ……」
「なぁんであんたまで泣いてんだよ」
「いやっ、よかったなって思って……」
「ったく……ま、それはそれとして、話を戻そうや。なぁ、ミリアさんよぉ……」
ビクッと、ミリアは身体を揺らす。
「さっきからだんまりだが、別にいいんだぜ? 今すぐこのことを……宰相様に伝えちまっても」
ぽたぽたと、下を向く彼女の顎から大量の汗が滴り落ちる。
そして、肩を大きく揺らし、必死に呼吸を整えた彼女はゆっくり顔を上げると、
「な、なんの話か……分からんな……」
震えた声で、そう言った。
「……あぁ?」
「お、お前らが何を言っているのかっ……分からないと言ったんだ! 私はそんなことしていない……そ、その店主は嘘をついている!」
「……じゃあ聞くが、おっちゃんがなんでそんなことする必要があんだよ」
「そっ……そんなことは知らん! と、とにかく私はそんな金貨など知らんし、店主に何も言ってない! 私は何もしていない! そ、そいつが……そいつが嘘をついているんだッ! 私がやったというのなら証拠を……証拠を出せッ!」
勢いよく椅子から立ち上がり、ミリアはそう言ってバルガスに指を差す。
肩を上下に大きく揺らし、呼吸も荒く意味不明なことを言い出した彼女の血走った目に、思わずバルガスは半歩後ろへと下がった。
そんな彼の前に、ルウナがそっと手を差し出す。
「あっ、ルウナ……さん?」
「先ほどの金貨、お貸しいただいてもよろしいですか?」
「えっ? あ、ああ……どうぞ」
ルウナはそれを受け取ると、静かに魔力を込め始める。
そして、彼の方をチラリと見ながら、
「バルガスさん、これを受け取るつもりは?」
と、そう尋ねた。
「い、いえいえいえいえ……! か、返そうと思ってやした!」
「そうですか……分かりました。では、私からお返ししておきましょう」
次の瞬間、金貨が彼女の手から離れ、空中をフワフワと漂い始めた。
その様子に、ミリアの汗の量がさらに増加する。
「あなたも魔導師ならば理解していると思いますが、これは追跡魔術……主に、遺留品から持ち主を発見するために使用されるものです。ですので……」
金貨はゆっくりと移動を開始し、そのままコツンと、彼女の頭に当たって地面へと落ちる。
金貨が鳴らしたその小さな金属音は、静寂の中でやけに響いた。
「ハーミット上級補佐官……残念です」




