32. 暗躍する者
修行をするため、山にやって来た佳奈子たち。
予期せぬカラス騒動も起こったが、予定通り修行をするため、皆、着々と、その準備を進めていた…。
一方その頃…、この山を流れる川の、そのずっと下流では、釣りに来ている、若い2人組の姿があった…。
…しかし…、彼らは知らない…。
ここ数日、ここを訪れた釣り人たちは皆、立て続けに災難に見舞われている、という事を…。
そして、その災難が今、彼らの身にも、降りかかろうとしているという事を…。
「?あれ…?また糸が切れてる…」
友人と釣りに来た若者は、竿を持ち上げ、プツリと切れた糸を見る…。
すると、彼の友人も、
「え、また…?あっ…!オレのもだ…!」
そう言って、同じく切れた糸に気がつく…。
「ちぇっ…!ついてねーな…。…けど…、こんなに切れるなんて、なんか、おかしくねぇか…?」
続けて何度も切れる糸に、彼は疑問を感じる…。
すると、彼の友人は、原因を探し、川をのぞき込んだ…。
流れる川は澄んでいて、川底の岩が揺らめいて見える…。
「う~ん…。岩にでも、擦れてるのかな…」
「岩に…?じゃあ、この場所が悪いって事か…?けど、お前、先週、ここで釣ったんだろう…?結構、釣れたって、言ってたじゃないか…」
彼は、その話に釣られて、ここへ来たのだ…。
「ああ…、先週は、ほんと、よく釣れて…。…ん?いや、そうだ!違った…!前に、来た時は、もっと上流に行ったんだった…!」
先週もここへ来た彼は、その事を思い出す…。
「えっ、なんだ、そうなのか…?それを、早く言えよ~!」
「悪い悪い…!場所を勘違いしてたんだ…!よし…!上流に行こう…!そっちなら、きっと釣れるからさ…!」
そう言って、釣り人たちは、荷物を担ぎ、上流へと向かい始める…。
しかし、その時だ…。
上流の方から、ブーン…と虫の羽音が聞こえてきたのは…。
「!うわっ…?!ハチだ…!」
「げげっ…!こっちにも来た…!あっち行け…!あっち…!」
突然、現れた2匹のハチに、釣り人たちは、慌てふためく…。
彼らは、手をパタパタさせて、ハチを追い払おうとした…。
しかし、その最中…、彼らの片方が、ふと、上流の異変に気がつく…。
「!お、おい…。なんか、ヤバいぞ、向こう…」
そう言った彼は、怯えた顔で後ずさる…。
そして、いくらも経たないうちに…、
「…に、逃げろ~!」
そう言って、彼は、友人を置いて走り出した…。
「へっ?お、おい…?」
置いていかれた方は、ぽかん…として、逃げていく友人を見る…。
そして、遅ればせながら、彼は「ヤバいって、何が…」と、上流を振り返った…。
すると、そこには、なんと、恐ろしいほどの、ハチの大群が…!
「うおっ…?!なんだよ、あの数…?!」
まるで、巨大な塊のような、ハチの大群…。
しかも、それが、一斉に、彼らに向かってきたのだ…!
「ひっ…!く、くるな~!」
釣り人たちは、必死になって、下流へと逃げる…。
もはや、こんな状況では、釣りどころではなかった…。
「ひぃ~っ…!今日は、なんて日だ~!」
釣り人たちは、そう叫びながら、町へと逃げ帰った…。
…自分たちは、不運にも、事故に遭ってしまった…、そう疑いもせずに…。
…しかし…、そんな彼らを、遠くの木陰から、密かに見ている者たちがいた…。
そして、そのうちの一人は、なんと、骨董屋の主人・真人であった…。
真人は、逃げていく釣り人たちを見て…、
「…ふん…。やっと帰ったか…。さっさと、帰ればいいものを…!」
そう冷ややかな声で言う…。
すると、それに反論する声が、彼の足元からあがった…。
「いや!今回は、相当、早く帰ったろ…?!釣り糸も、早く切ったしな。そう…、目にも止まらぬ早業で…。ふっ…!さすが、オレ…!」
そう言ったのは、なんと、骨董屋の看板猫・クロである…。
しかし、そんなクロに…、
「何言ってんのよ…!クロ…!アンタ、この前、水中で隠形術を使ってる時、気づかれそうになってたじゃない…!アンタってば、ほんと、どんくさいんだから…!」
そう言ったのは、同じく、骨董屋の看板猫・シロである…。
「それに引き換え、アタシの幻術は、天下一品よ~!あのハチだって、まだ一度も、幻だって、気づかれてないわ~!さすが、アタシ…!」
そう自画自賛するシロに、クロは腹が立った…。
「ムカッ…!お前の幻術だって、まだまだ不完全だろ…?!虫の羽音が聞こえてくるのが急すぎるし、数だって急に増えて、不自然なんだよ…!」
「なぁんですってぇ~!」
「なんだよ…!文句あんのか…!」
2匹の猫は、にらみ合う…。
しかし…、
「いいかげんにしろ…!2人とも…!今は、口論してる場合じゃないだろ…?!ここに来た目的を忘れたのか…?!」
真人は、怒りの形相で、猫たちを叱る…。
すると、クロは、ハッとして…。
「!わりぃ…。そうだったな…」
そう素直に謝った…。
しかし、シロの方は、慌てながらも言い返す…。
「あ、アタシは忘れてなんかないわよ…?!今は、佳奈子ちゃんのサポート中だって事…」
それを聞いた真人は、重大な事かのように頷いた…。
「そうだ!俺たちは今、佳奈子ちゃんをサポートする為に、ここにいるんだ…!…佳奈子ちゃん…」
真人は、そう言って山を見る…。
すると、シロも…、
「…今朝、見た、あの子の顔…、なんだか元気がなかったわね…」
そう言って、佳奈子が、山に来た時の事を思い出す…。
そう、なんと、真人たちは、佳奈子のサポートをするため、もう何日も前から、この山の麓で活動をしているのだ…。
…怪しい人間が、この山に近づかないように…、あの手、この手を使って…。
「…まぁ、佳奈子に元気がないのは、無理もないだろ?山での修行、あんなにイヤそうにしてたんだから…」
そうクロが言う…。
「そうね…。でも、今頃は、もう、その修行を始めているかもしれないわ…。八乙女家・伝統の修行を…。すっ裸になって…」
シロは、そう、憐みを込めて言う…。
ちなみに…、真人たちは勘違いをしているが、八乙女家に、そんな伝統行事はない…。
しかし、シロの言葉を聞いた真人は、小刻みに震え始める…。
「…すっ裸…。佳奈子ちゃんが、すっ裸…。すっ裸になって、あんな事や、こんな事や、そんな事を…!…くっ…!…そんな姿…、絶対に、他のヤツらに、見せるわけにはいかない…!」
真人は、こぶしを握り、言い放つ…。
「…俺が、佳奈子ちゃんを守らなくちゃ…!父親の幾太郎さんが、いない今、俺が代わりに…!だから佳奈子ちゃんが修行中、怪しい人間は、絶対、近づけさせない…!絶対にだ…!わかってるな…!シロ…!クロ…!」
「ええ…!もちろんよ…!佳奈子ちゃんが、安心して、伝統行事を、こなせるよう、アタシたちがサポートしてあげなくちゃ…!」
そう、シロも力強く言う…。
しかし、2人とは違い、クロは一瞬、押し黙ったあと、不安そうに口を開いた…。
「…けどさ…、ほんとに、こんな事やって大丈夫なのか…?」
「?どういう意味よ…?」
「…お前らがさ、毎回毎回、釣りに来たヤツらの事…、「釣りに来たフリをして、本当は、八乙女家の伝統行事を冷やかしに来た、のぞき魔どもだ~」…って言うもんだから、今まで追い返してたけど…、なんか、ちょっと、違うんじゃないか…って、思い始めてさ…」
「なんだと…?!」
「ちょっと!クロ…!まさか、アンタ、アタシたちの勘違いだって言いたいの…?!アイツらは、のぞき魔じゃないって…?!」
真人とシロは、そう言って怒る…。
「…だって、今まで追い返したヤツら、みんな釣りに夢中で、山の方なんか、気にしてなかったじゃないか…。純粋に釣りを楽しみに来たって感じでさ…」
「何言ってんのよ…?!さっきのヤツらなんて、上流に行こうとしたじゃない…!のぞきに行こうとしたに、決まってるわ…!」
「絶対そうだ…!」
「…そうかな~?アイツらは、ちゃんと鑑札を持ってた…。だから、もう少し上流で、釣りをしたって、何も悪くなんかないはずだ…」
クロは、そう、意見を言う…。
ちなみに、鑑札とは、その川で釣りをしてもいいですよ、という許可証のことである。
日本の多くの川や湖では、釣りをするのに、鑑札(遊漁券など、地域によって様々な呼び方がある)許可証が必要な場合があるのだ。(必要ない場所もある)
なぜ、そんな許可証が必要かというと、川や湖は狭くて、魚の数も限られているため、きちんと管理をしないと、すぐに魚がいなくなってしまうからである。
なので、もし必要な場所で、鑑札を携行せずに、釣りをしてしまうと、最悪、密漁とみなされて、警察に通報されてしまう事もある…。
また、鑑札を、ちゃんと買っていたとしても、釣りをしてもいい、川の範囲が決まっている事もあるので、釣りをする際は、確認をするようにしよう…!
「けど、そいつらが鑑札を持ってたからって、なんだって言うの…?!」
「そうだ…!ヤツらは、きっと、途中で釣りをやめて、のぞきに行ったはずだ…!八乙女家の伝統行事を知っていて…!」
シロと真人は、そう決めつける…。
しかしクロは、それにも反論をする…。
「う~ん…。そもそもさ…、それが思い込みなんじゃねぇかなぁ…」
「なんですって…?!」
「だって、俺たちでさえ、八乙女家の伝統行事のことなんか、数日前まで、知らなかったんだぞ…?なのに、なんでアイツらが、それを知ってんだよ…?」
「!そ、それは…」
「仮に、アイツらが、そこまでの情報通だったとして…、それなら、もう、とっくに、山に結界が張ってある事だって、知っているはずだろ…?山の上には行けないって…」
「…で、でも…、結界を破ったり、通り抜けたり出来る、術や呪具だってあるわ…!それを使って入ろうとしたのよ、きっと…!」
「いや…、それは、アイツらには無理だろう…」
「なんでよ!」
「だって、アイツらに、そんな霊力、感じたか?術者がいる気配もなかった…。術者でもないアイツらに、あの結界は破れねぇよ」
「!…た、たしかに…」
「…やっぱり、今までのヤツらが、のぞき魔だってのは、俺たちの思い込みなんじゃねぇかなぁ…」
「………」
シロは、不安になって押し黙る…。
しかし、真人は、クロの意見に反論した…。
「…いいや…。クロ…、お前は全然、分かってないな…!たとえ結界を破る事ができなかろうと、のぞき魔っていうのはな、そこに、裸の美少女がいると聞けば、少しでも近づこうとするものなんだよ…!」
「えっ…。いやいや、相手が見えないのに、そこまでするわけ…」
「いいや!それがのぞき魔の…!変態どもの行動なんだ…!」
真人は、怒りながらも力説する…。
「変態っていうのはな、美少女に近づくためなら、どんな汚い手だって使うんだ…!そしてヤツらは、とにかくしつこい…!だから、ヤツらは結界を破る事ができなかろうと、諦めきれず、ちょっかいを出し続けるだろう…。すると、絹代さんが、何事かと、結界の様子を見に来る…。修行を中断してまでな…!」
真人は、想像して、話を続ける…。
「そうなれば、佳奈子ちゃんはきっと、不安に思うだろう…。すっ裸の姿のまま、一人、取り残されてな…。そして、その不安から、伝統行事を失敗してしまうかもしれない…。…苦渋の決断で、すっ裸にまで、なっているのに…!ヤツらのせいで…!」
真人は、佳奈子が失敗して、涙をこぼす姿を想像する…。
「そんな事が、許せるものか…!」
「そ、そうね…!アタシたちは、その為にいるんだわ…!」
真人とシロは言う…。
しかし、クロは、まだ納得できず、反論をする…。
「…けどよ、もし、間違った思い込みで、オレたちが、こんな事をしてるなら…、かなり、まずい事になるんだぞ…。そのこと、ちゃんと気づいてるか…?」
「?まずい事…?」
「…お前らも知ってるだろ…?道理に反した事をすれば、神仏の加護を失うって…」
「あっ…」
言われてシロは思い出す…。
「…加護を失えば、そいつの運気は下がってく…。何より、退魔師の場合、神仏の護符を使えなくなっちまう…。…まぁ、藁人形や、妖刀みたいな、それ以外の呪具なら、今まで通り使えるだろうが…」
そう、退魔師が使う呪具には、神仏の力を借りるものと、呪具に、あらかじめ、自然界の気や妖力などが、ため込まれているものがあるのだ…。
そして、その呪具の力を、どれだけ早く、うまく引き出し、使いこなすことが出来るかが、退魔師の力量差になってくるのである…。
しかし、いくら、呪具の扱いに長けた者であっても、加護なき者には、神仏の護符は使えないのであった…。
「………。ど、どうなの…?真人…。アンタ…、今も、ちゃんと加護がある…?ちょっと護符を使って、確かめてみなさいよ…」
シロは、不安になったらしく、そう、真人に言う…。
すると、真人は、
「ふん!あるに決まってるだろ…!確かめるまでもない…!…けど、まぁ、そこまで言うんなら、見せてやるよ」
そう言って、真人は、懐から護符を取り出す…。
しかし、その時だ…。
ガヤガヤと、人の声が聞こえてきたのは…。
「!まって!誰か来たわ…!人が…、6人…?!」
最初に気づいたシロが言う…。
「!…また、のぞき魔か…?!ぜったい許さん…!」
真人は、怒りの形相で、藁人形に針を刺そうとする…。
しかし、そんな真人を、クロが止めた…。
「いや!そうとは限らないだろ…!今の話、聞いてたか?!ちょっとは様子をみろよ…!」
「…ま、まぁ、クロがそんなに言うんなら、ちょっとだけ様子をみましょ…?ね…?真人」
さっきの話で、不安になったシロが言う…。
「ちっ…!仕方ない…。ちょっとだけだぞ…!だが、ヤツらに怪しい素振りがあったら、すぐに追い返すからな…!」
「わかった!わかった!それでいいから…!」
そうして、真人たちは、少しの間、木陰から、人々の様子を観察する事にしたのであった…。




