33. 暗躍する者の続き
修行をするため、山に入った佳奈子たち。
一方、山の麓では、佳奈子を陰から守ろうと、骨董屋の主人・真人が暗躍していた…。
真人は、山に近づく人間すべてを、呪術を使い追い返す…。
けれど、猫のクロは、そんな真人の行動に不安を感じ、呪術の使用に待ったをかける…。
しかし、その最中、また新たな人間たちが、山の麓へと、やってきたのであった…。
「いや~!この辺りは、ほんと、空気がいいですな~!」
山の麓に、男性の明るい声が響く…。
この男性は、新たにやってきた6人組の一人だ。
6人は皆、中年の男性たちで、地味な色合いの、動きやすい格好をしている…。
そして、彼らは一様に晴れやかな笑顔で…、
「ええ…!山が近いだけありますね…!緑が多くて落ち着くな~!」
そう、嬉しそうに笑って話す…。
どうやら、男性たちは、森林浴で、気分がリフレッシュしたらしい…。
その笑顔はすがすがしく、邪な気持ちなど、欠片も感じられなかった…。
しかし…、そんな彼らを、遠くから、じっと観察している者たちがいる…。
そう、真人と、シロ、クロの3人である…。
なかでも真人は、ギリギリと歯ぎしりしながら、6人を睨んでいる…。
「怪しい…!怪しいぞ、アイツら…!」
「?どこがだよ…?どっから、どう見ても、普通のオッサンたちじゃねぇか…」
真人の言葉に、猫のクロが言い返す…。
「いいや…!見ろ!あの笑顔を…!おかしいだろう…?!世間の荒波にもまれて、汚れきった中年男が、あんな純真な少年みたいに、笑うはずがない…!」
「は?!」
「…だとすれば、あれは不自然な演技…!やっぱり、アイツらは、八乙女家の伝統行事を知って、のぞきに来た変態どもだ…!すぐに排除しなくては…!」
真人は、そう言って、藁人形に針を刺そうとする…。
「まて!まて!まて…!お前、それは偏見だぞ…?!そんな事で、のぞき魔だって、決めつけんなよ…!アイツらは、どこも怪しくなんかねぇって…!」
クロは、そう言って、必死に真人を止める…。
しかし、今度は、猫のシロが口を開いた…。
「…いいえ、変だわ、あのオジサンたち…。釣り道具を持ってない…」
「へ?…あ、ほんとだ…」
言われて、クロも気がついた…。
「…今までここに来た人は、みんな釣り道具を持っていたのに…。あのオジサンたちは、釣りに来たんじゃないって事…?…怪しい…。怪しいわ…!やっぱり、アイツら、のぞきに来た変態なんじゃ…?!」
シロは、そう疑う…。
「いやいや、釣り道具を持ってなくても、全然、怪しくなんかねぇよ…?!きっと、釣りじゃなくって、ハイキングにでも来たんだろ…?普通だよ!普通…!」
クロは、そう言って、シロの考えも否定する…。
しかし、またもや真人が…、
「いいや!怪しい…!ハイキングなら、あの格好は地味すぎる…!あれは、きっと、のぞきをする為に、目立たないようにしてるんだ…!…おのれ…!のぞき魔…!ぜったい許さん…!」
そう言って、真人は、またもや針を身構える…。
「おい~っ!だから、そんな事で、のぞき魔だって、決めつけんなって…!もしも間違ってたら、加護を失うかもしれねぇんだぞ…?!落ち着けって~!」
クロは、再び、真人を必死に止める…。
しかし、その時だ…、6人の男性たちが…、
「ははははは…!今日は、日差しも、風も穏やかで、ほんと、いい天気だ…!」
「ええ…!絶好の観察日和ですねぇ…!」
そう言って、なんと、バッグの中から、双眼鏡を取り出したのだ…!
「!あれは…!双眼鏡…?!」
「!やっぱり、のぞき魔か…!」
シロと真人は、いきり立つ…。
しかし、そんな2人をクロが止めた…。
「まて!まて!まて!思い出した…!アイツらは、野鳥の会のヤツらだよ…!大の鳥好きで、普段から、バードウォッチングをしてるんだ…!お前らも聞いたことあるだろ…?」
「…そういえば…」
言われてシロも思い出す…。
そう、男性たちが地味な恰好をしているのは、鳥を驚かさないためなのだ…。
しかし、真人はまだ納得できていなかった…。
「………。…いいや…!鳥好きというのは、仮の姿かもしれない…!」
「?仮のすがた…?」
「真の姿は、のぞきをするのが目的の、変態どもの集まりなんじゃ…?!」
「んなわけねぇだろ…!今のは、世界中の野鳥好きへの侮辱だぞ…?!今すぐ謝れ…!」
クロは、そう言って、真人を怒る…。
しかし、シロも、それに反論をする…。
「…いいえ…、大半は本当に野鳥好きでも、その人たちを隠れ蓑にして、ど変態が紛れ込んでいるかもしれないわ…」
「んなわけあるかぁっ…!どんだけ失礼なんだ、お前ら…!証拠もねぇのに、そんな事ばっか言って、バチが当たっても知らねぇぞ…!おい!聞いてるのか…?!」
クロは、そう怒ったが、真人たちは聞いていない…。
「あのホクロのヤツが、怪しいわ…」
「あのたれ目も、かなりのスケベだ…!」
「あのメガネも、絶対エロいわ…」
「あのヒゲおやじ、完全にドスケベ顔だな…!」
シロと真人は、失礼な話を続ける…。
…このように、人は、怒りなどの感情が強すぎると、無意識に偏見や、思い込みが起こって、冷静に情報を判断できなくなってしまうのだ…。
そうならないように、気をつけよう…!
しかし、遠くにいる野鳥の会の人々は、そんな事とはつゆ知らず、仲間たちと、楽しく笑い合っている…。
そして、そんな男性たちの周りを、なぜか一匹のチョウが、ずっと、ひらひらと飛んでいた…。
けれどそこへ、サッ…!と、トンボが飛んできて…、ガシッ…!と、そのチョウを、狩って行ってしまったのである…。
それはちょっぴり悲しいが、これも自然の営みであり、そう特別なことではなかった…。
しかし、真人たちにとっては、一大事だったのである…。
「!ぐあっ…!」
「?!どうした…?!」
突然、苦しみだした真人を、クロが心配する…。
「形代が…!飛ばしていた形代が、壊された…!」
真人は、そう叫び、目を痛そうに押さえる…。
「…形代…、チョウ型の紙人形が、破られたのか…。やったのはトンボだな…。まぁ、本物のチョウにそっくりだったし、いいエモノだって思ったんだろう…」
猫のクロが、冷静に言う…。
そう、実は真人たちは、チョウ型の形代に、術を込めて、遠くに飛ばしていたのだ…。
その術とは、いわば盗撮用カメラである…。
つまり、真人たちは、そのカメラの映像と音を、術によって、3人で見ていたのである…。
そして、それを、たった今、トンボによって壊されてしまったのであった…。
「ちょっと!真人!どうすんのよ…?!これじゃあ、アイツらの様子が分からないじゃない…!ここからじゃ遠すぎて、よく見えないし、何言ってるかも聞こえないわ…!これからアイツらが、のぞきの計画をするかもしれないのに…!」
シロが、そう言って怒る…。
「そんな事、言われなくても分かってる…!すぐに、新しい術を飛ばす…!」
真人は、そう言って、小さな箱から、作り物のチョウを取り出し、急いで術をかけ始める…。
そんな予期せぬ事態によって、真人は、さらにイライラを募らせるのであった…。
一方、その頃…、野鳥の会の人々の方は、相変わらず、のどかに笑って、話をしていた…。
「あ、そうだ…!聞いてくださいよ…!実は最近、ウチの庭に、ヤマガラが来るんです…!もう、かわいくってねぇ…!毎日、見るのが、楽しみなんです…!」
男性は、そう、嬉しそうに話す…。
ちなみに…、ヤマガラとは、スズメくらいの大きさの、とても賢い鳥である。
日本では、平安時代から、人がヤマガラを飼っていた記録があり、昭和の中頃までは、神社の縁日などで「芸をする鳥」として、ヤマガラは広く知られていた。
ただし、令和である現代は、ヤマガラなど野生の鳥を、捕まえたり、自宅で飼う事は禁止されている…。(動物園などは例外)
なので、鳥のためにも、懐くからといって、捕まえたりはしないよう、注意をしよう…!
「へぇ!ヤマガラが来るんですか…!いいなぁ…!あ、でも、ウチの庭にも、たまにカケスが来ますよ…?カケスって、普段はダミ声ですけど、モノマネが上手い鳥だから、たまに犬や猫なんかの鳴き声をマネていて、ビックリするんですよね~!」
「ああ…!私も何回か騙された事がありますよ…!「あれ…?!こんな所で、タカの鳴き声がする…?!」って思ったら、カケスだったって事が…!」
「ああ!あるある…!人の声や、機械音なんかも、ときどきマネてたりするんですよね~」
「そうそう…!」
男性たちは、楽しそうに頷き合う…。
「カケスって面白いですよね~!それに、あの、ちょっとだけ青い羽を見ると、なんか幸せな気分になるんですよ~」
「わかります!わかります…!でも、青い羽っていったら、やっぱり、オオルリかなぁ…?名前の通り、宝石の瑠璃みたいな青い色…!まさに「幸せの青い鳥」って感じで…!…そういや、佐藤さん、この前、ここで、そのオオルリを見たんでしょう…?」
男性たちの視線が、その佐藤さんへと集まった…。
「ええ…!先週、この少し先で見たんですよ…!キレイだったなぁ~!オオルリ…!鳴き声も、よく通る澄んだ声で…。さすがは、日本三鳴鳥だなぁ…!って思いましたよ…!」
ちなみに、日本三鳴鳥とは、日本で「特に鳴き声が美しい」とされている、鳥三種」のことである。
ウグイス、コマドリ、オオルリが、その三種といわれている。
「へぇ~!いいなぁ…!私、今年は、まだ一度も、オオルリを見てないんですよ~」
「私もです…」
「…私なんか、去年も見れなかった…」
「えっ…?!」
「だ、大丈夫ですよ~!4月中旬から、5月下旬が一番見つけやすい時期ですから、まだまだチャンスはありますって…!」
「!そうですよね…!じゃあ、今日こそ、見られるといいなぁ…!」
「ですねぇ…!」
男性たちは、そう楽しそうに話を続ける…。
けれど、その時、男性の一人が、ふと、ある事を思い出した…。
「あ、そういえば…、最近、ここで、ちょっと変わった鳥を見るんですよね…」
「えっ…?変わった鳥…?」
「あっ!それって、もしかして、あのカラスの事ですか…?羽の一部が赤い…」
「ええ!そうです!そうです!」
ちなみに、今、男性たちが話しているのは、佳奈子たちが遭遇した、あの「謎の鳥」のことであった…。
「ああ!それなら私も、見ましたよ…!何度か、そこの川で…!…でも、あれって、カラスなんですかねぇ…。たま~に部分白化してる鳥はいますけど…。部分的に赤いカラスなんて、初めて見ました…。突然変異なんですかねぇ…」
男性たちは話し合う…。
「…あ~、それなんですけど…、ひょっとしたら、あれは「ハゴロモガラス」…っていう鳥なんじゃないかな~?って思うんですよ…」
「はごろもがらす…?」
「聞いた事ない名前だなぁ…。知ってます…?」
「いや、知らないなぁ…」
男性たちは首をかしげる…。
「そうですよね。ハゴロモガラスは、本来、日本には、いないはずの鳥ですから…」
「え、じゃあ、それ、外国の鳥…?」
「ええ。私も、つい最近、図鑑で知ったんですけどね…。アメリカやカナダの方には、よくいる鳥らしいんです…」
「へぇ…」
「じゃあ、その鳥って、日本のカラスに、よく似ているんですか…?」
「えっと…、ハゴロモガラスのオスなら、全身が黒っぽいから、遠目で見れば、カラスと似て見えるとは思います…。でも、ハゴロモガラスは、カラスじゃあないんですよね…」
「え…?カラスじゃないの…?」
「はい。カラス科の鳥じゃなくって、ムクドリモドキ科の鳥なんですよ。それに、ハゴロモガラスは、カラスよりも、ずっと小さい鳥なんです…」
「え、そうなんですか…?小さいって、どれくらい…?」
「え~と、カラスどころか、ハトよりも小さくて、スズメよりは大きい、中型の小鳥…ってところですかね…」
「おや…、それじゃあ、カラスとは、ずいぶん大きさが違うねぇ…」
「遠目ではカラスに見えても、カラスと並べば、全然違うってことか…」
「はい。なにより、ハゴロモガラスには、カラスとは違う、大きな特徴があるんです」
「大きな特徴…?」
「ええ。ハゴロモガラスのオスには、翼の肩に、赤と黄色の、はっきりした斑模様があるんです」
「へぇ~!そりゃあ、目立ちますね~!」
「あっ…!それって、もしかして、最近、この辺りで見かける、あのカラスと同じなんじゃ…?!」
「そうか…!たしかに…!」
「私たちも、遠目からしか見てないからな…。カラスよりも、ずっと小さいとは気づかなかった…」
「ですね…!じゃあ、あの鳥は、ハゴロモガラスだったのか…!」
男性たちは、きっと、そうだ、と話し合う…。
ちなみに、「ハゴロモガラス」という名前は、日本語での通称であって、英語名は「レッドウィングブラックバード」という。
「きっと、そのハゴロモガラス、誰かが、海外から持ち込んで、逃がしてしまったんですよ…!」
「なるほど…!私は一羽しか見てませんけど、他にもいるかもしれない…。…生態系への影響とか、ありますかね…?」
「どうでしょう…?」
男性たちは話し合う…。
「あ!ちょっと、皆さん、待ってください…!まだ、しっかり、ハゴロモガラスだって、特定はできていないんです…!あくまでも、可能性の話ですよ…?!可能性の…!」
男性の一人が、そう注意する…。
「いやあ、でも、きっと、そのハゴロモガラスですよ!あんな模様の鳥、日本にいるなんて、聞いた事ありませんから…!」
「そうですよねぇ…!」
「でも、ま、しっかりと確認は必要かな…?今後、あの鳥が増えないとも限らないし…。生態系や農作物なんかに、影響が出ないかどうか、注意してみないと…」
「ですね…!」
「そういえば、あの鳥、最近、しょっちゅう、この辺で見かけますよね…」
「今日も、その辺にいるんじゃないですか…?」
「え…?!そうなんですか…?!私は、その鳥、まだ見たことがないんですよ…!そんな模様の鳥なら、ぜひ見てみたい…!どこかな~!ハゴロモちゃ~ん…!出ておいで~!お~い…!ハゴロモちゃ~ん…!」
「ちょ、ちょっと、高橋さん…?!鳥が驚くから、大声はダメですって…!」
先輩の男性が、初心者の高橋さんに注意をする…。
しかし、それは、とても間が悪かった…。…
なぜなら、ついさっき、真人たちが、チョウ型の形代を、飛ばした所だったのだから…。
真人たちは、それまでの話を知らず、ただ男性が「ハゴロモちゃ~ん…!」と呼ぶのを聴いてしまった…。
それを聞いた真人たちは…、
「!今の聞いた…?!アイツ、「ハゴロモ」って言ったわ…!それに双眼鏡を山に向けた…!」
「ああ!アイツらは、間違いなく、のぞき魔だ…!ぜったい許さん…!」
シロと真人は、鬼のような形相になる…。
すると、シロは、口から不思議な霧を吐いて、そこから幻のハチを大量に作り出した…。
そして、真人は、持っていた藁人形に、針を連打で刺しまくる…。
すると、次の瞬間、野鳥の会の人々に、大量のハチと、なぞの痛みが襲い掛かった…。
「ひ、ひぃ~っ!なんだ?!このハチ…?!」
「いたっ…!いたっ…!いたたたた~っ!か、体中が痛い~!」
「ハチだ…!ハチに刺された~!」
「みんな、あっちだ…!あっちへ逃げろ~!」
野鳥の会の人々は、ハチから逃げるため、山とは逆方向へ走る…。
しかし、その時、逃げながら、一人の男性が、ある事に気がついた…。
「あ、あれっ…?!おかしいぞ…?!刺されてないはずの、リュックの下が痛い…?!」
「そんなの、私もですよ~!」
隣を走っている男性が、泣きながら答える…。
それを聞いた男性は、走りながらも考える…。
「…やっぱり、何か、おかしいぞ…?何かが変だ…。はっ!これは、妖気…?!かすかに妖気を感じるぞ…?!じゃあ、これは、妖怪のしわざか…?!」
「へっ…?!これ、妖怪のしわざなんですか…?!」
「ああ!たぶんな…!」
「じゃあ、どうすればいいんですか…?!痛くてしょうがないんですけど~!」
「…とにかく今は…」
「今は…?」
「ここから逃げろ~!町に帰って、退魔師連盟に連絡だ~!」
「わ、わかりました~!ひ~っ…!いたたたたたた~!」
そうして、何も悪くない野鳥の会の人々は、真人たちの勘違いによって、ひどい目に遭わされ、町へと逃げ帰ることになったのだった…。
一方、逃げていく彼らの話を、もちろん、真人たちも聞いていて…、
「…おい、どうすんだ…?アイツら、シロの妖気に気づいていたぞ…?」
クロは、そう言って、シロの顔をジロリと睨む…。
すると、シロは…、
「ま、まったく、やーね…!この町の人間って、ほんと、勘がいいんだから…!あ、アタシの術が未熟とかじゃないのよ…?!」
シロは、そう、言い訳をする…。
「…はぁ…。…で、ほんと、どうすんだよ、真人…。アイツら、連盟に報告するって言ってたぞ…?まずいんじゃねぇの…?」
クロは、そう、真人に言う…。
「…ふん…!のぞき魔どもが、悪事を働こうとしておきながら、連盟に助けを求めようとは、図々しい…!…だが、そんな報告をしたところで、どうとでも出来る…」
真人は、そう言うと、一度、山を見て…、
「シロ。クロ。俺は、しばらく出かけてくる…。その間、のぞき魔を絶対、山に近づけるなよ…!」
そう言って、真人は、山に背を向け、歩き始める…。
「お、おい…?!出かけるって、どこへ…?!」
クロは、わからず問いかける…。
「…連盟に行ってくる…。あとは頼んだぞ…」
真人は、そう言い残し、町へと向かって行ったのだった…。
※野鳥の会の皆さん、真人たちが酷い事を言って、すみません…!
善良な野鳥の会の人たちを、酷い目に遭わせた真人には、あとでバチが当たります。
安心してください。
それと、何かの理由で、犯罪にかかわってしまった人は、気後れせずに、警察に相談しましょう…!




