執事ができました。
最終話になります。
もう、これまでなのか。
そう、諦めかけた時。
川底から、今までにないぐらいの大小の泡が湧き上がってきた。
俺の身体は一つの泡に包まれ他の泡に押されるように水面に押し上げられる。そしてそのまま大木に乗り上げるように引っ掛かった。
それを見た餓鬼たちはどこへともなく姿を消した。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
『助かったな』
「閻魔さん、ありがとうございます」
『……わしは、何もしていない』
「は、は、ははは……」
「俺の事、助けて良かったの?」
『まぁ、人間は必ず死ぬからな。いずれまた会える』
閻魔大王の言葉に「それも、そうだな」と言って俺は笑った。
暫くしてサイレンの音が聞こえてきた。
俺達は助かったんだ。
俺はようやく身体の力を抜いた。
ゴムボートで現われた消防隊に助け出された俺達は、救急車に乗せられ病院へと運ばれた。
彩香ちゃんは一晩の入院だけで済んだが、俺は打ち身がひどく発熱した為、数日間入院することになった。
その夜、目を開けると何も無い場所に立っていた。
ここはどこだ? と首を傾げていると、暗闇から見知った人物が現われた。
「よっ。」とその人は右手を上げる。気さくだ。
「閻魔さん……俺、死んでないですよね? 何で呼ぶんですか」
「お前、これにサインしただろう?」
お付きの鬼が、俺に見えるように紙を広げて見せる。
「天寿を全うしたあかつきには、わしの下で働くと言う契約書だ」
「え? あんな切羽詰まったような場面でそんな物にサインさせたんですか! 鬼ですね」
あぁ、鬼の親文か。
それにしても、えげつない。
まあそれはさて置き。
「閻魔大王様、ありがとうございました」
俺は誠意を籠めて頭を下げた。
「何だ、いきなり」
「俺は、生き返らせてもらいました。経験するはずのなかった未来を、家族と共に生きてゆけます」
「喜んでばかりはいられないぞ。お前は生き地獄に落ちたのだ。せいぜい悩んで迷って苦労しろ」
閻魔大王は、ぶっきら棒に言い捨てて、「そして俺の元へ帰ってこい」と小さく言った。
◇◇◇
「おはよう彩香ちゃん、行ってらっしゃい」
「おはようございます。行ってきます」
朝から元気に挨拶をして、ランドセルを揺らしながら、友達と一緒に交番の前を過ぎて行く。
一度は助けられなかった女の子は、二度目には助ける事ができた。
もう一度同じ両親の元に生まれたいと願った事は叶ったけれど、死なずに済んだ事で、わだかまりなくこれからの人生を歩んで行ける。
俺も閻魔さんの助けを借りて死なずに済んだ。
あれから一年が経とうとしている。
一台のタクシーが緩やかに交番の前に停まった。
開いた後ろのドアからおふくろと美和子が降りて来る。
妻の腕には、抱きしめたいと願ってやまなかった我が子が、手もまぶたもぎゅうっと閉じたまますやすやと寝息を立てていた。
「美和子、敬太、おかえり」
そう言いながら腕の中に二人を閉じ込めた。
『よっ、暇か?』
「……閻魔さん、またお付きの人に怒られますよ」
あ、お付きの鬼だった。
『良いじゃないか。わしも休息が欲しいのだ』
「……今日はもう、三回目ですよね」
俺があきれてそう言った時だった。
『閻魔様! 何やってるんですか!! 死者の列が一向に減らないです。早く戻ってきてください!!』
『仕方ないな。また後で』
『全くもう。どれだけ気に入ってるんですか』
通信が切れた。
俺は未だに閻魔大王のお気に入りらしく、日に何度も通信してくるし、夢の中に必ず出て来る。と言うか、呼ばれる。まぁ、退屈しないから好きなようにさせている。
俺が死んだらあの契約を執行すると言われたんだけど。
「俺が天寿を全うしなかったら、契約は無効だよな?」
と言う俺の言葉に閻魔さんと鬼は固まってる。
閻魔さんの驚いた顔とか、レアだな。
二人は慌てて契約書を確認する。
「俺が天寿を全うしない限り、何度でも生まれ変わるんだろ?」
『えっと、天寿を全うしたらって所を、死亡したらに書き換えよう』
「それって、契約不履行だよね?」
俺が笑顔で言うと『えっ??』と言う声が重なり、青ざめた。俺は面白くて、その様子を眺めてた。
それからと言うもの。今まで以上に勧誘が激しくなった。
閻魔大王だけじゃなく、お付きの鬼も、他の鬼たちも事あるごとに通信し、勧誘してくる。
極めつけが、清流だ。
彼は今、人間界に派遣され、交番で俺と一緒に働いている。
「川崎様、パトロールのお時間です」
まるで執事のようだ。
「私はこれからも、川崎様のお付きです」
だそうな。
好きにしてください。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
たいへん時間が掛かってしまって申し訳ないです。
微妙な終わりかたになってしまいましたが、やっと完結させる事ができました。




