(3)
「リキ、久しぶりね、元気だった? ちょっとだけ頭を下げて貰っていいかしら? そうそう、いい子ね」
「ガイア、ちょっと待ってて。貴方の順番はまだよ。大人しくしててちょうだい」
サシャはズラリとお行儀よく並ぶ竜達一頭一頭に声を掛けながら、手を動かし竜の首にベルトと装置を装着していく。
「さすがですね、サシャ嬢。こんなに竜達が大人しくしてるなんて」
サシャの隣で作業を手伝っているのはカインの親友で近衛の同僚騎士のリューイだ。
リューイは赤髪に金目のエキゾチックな美男子で、カインとは対照的に筋肉質のガッチリとした体格。彼もカインと同じ竜騎士で、今日はサシャの仕事のサポートに入ってくれている。
「フフッ、実は私、幼い頃からこっそり竜騎士団の竜舎を覗きに来ていたのよ。だから竜達も私のことを覚えてくれたのね」
サシャはイタズラっぽい笑みを浮かべて、琥珀色の瞳でサシャの顔を覗き込む竜の首を優しく撫でた。
この日、サシャは竜騎士の竜達が住む竜舎に来ていた。高い天井に広々とした竜舎には、およそ60頭ほどの竜達が居た。明るく、隅々まで清掃が行き届いた空間で、竜達は空いた時間には、ゆったりとこの竜舎で過ごしている。
今日は、竜達に通信用の魔道具を取り付ける任務で竜舎を訪れているのだが、大好きな竜達と触れ合える業務なので、サシャは朝から上機嫌だった。
つい先日、竜騎士団から魔法研究室に急な依頼があった。北部で魔物の出没が相次いでいることを受け、急遽、竜騎士達が魔物の討伐に派遣されることになったのだ。
竜は、相棒の騎士の居場所を把握する能力を持っている。一方、魔力を持たない人間は竜の居場所を把握することができない。戦闘中に竜と騎士がはぐれることがないよう、竜には通信用の魔道具が付けられる。騎士は、対になる魔道具を持つことで竜の居場所を確認し、コンタクトを取ることができるようになるのだ。
この通信魔道具のメンテナンスと竜への装着を魔法研究室が担っていて、竜騎士からの要請があれば、魔法研究室が通信魔道具の点検を行い、竜達への装着を行うことになっている。
竜は誇り高い生き物で、基本的に相棒以外の人間に懐くことは少ないため、竜に通信魔道具を取り付ける作業は、なかなか難しい作業だ。
しかし、サシャは幼いころからこっそり竜騎士の竜舎を訪れては、竜達との交流を深めてきた。そのせいか、竜達はサシャに対して相棒騎士と同じくらいの信頼を寄せて懐いてくれている。
こうしたサシャの特技が認められ、一年前から通信魔道具の装着作業はサシャに任されるようになっていた。
「いや…、それでも竜達がこんなに懐くなんて考えられないと思うんっすけど…」
リューイは困惑した顔で首を傾げた。
「そんなことよりも、リューイさん。貴方とカインも今回の遠征に参加するんでしょ? 北部の状況はそんなに良くないの?」
竜騎士であるカインとリューイも、今回の遠征に参加すると聞いている。
しかし、二人は王太子殿下の近衛騎士。その二人が遠征に駆り出されるということは、よほど竜騎士が足りていない状況なのだと思われた。
「そうですね…過去にないくらい魔物が出没してるってのもあるんだけど、場所がけっこう広範囲にわたっているんすよね。だから、一度、ローラー作戦で付近を一掃してみようってことになったんっす」
「そう…危険じゃないの?」
なんだか急に不安になって、サシャは顔を曇らせた。
「全くないことはないですが、地上からの駆除よりも竜に騎乗して上空から駆除する方が断然安全っすよ! なんたって、その為に竜騎士が派遣されるんだから」
リューイはサシャを安心させるようにニカッと笑って、親指を立てた。
「そうね…竜達もついているしね」
「サシャ嬢は、カインのことが心配? あいつに限っては大丈夫っすよ!」
おどけたように大げさに肩を竦めて笑うリューイを見て、サシャは思わず釣られて笑った。
「フフッ、カインに限ってって…」
「冗談なんかじゃないっすよ‼ あいつ何か恨みでもあるのかってくらい凄まじい勢いで、魔物を叩きのめすんですよ。それに、魔物を討伐している時のカインの顔! 魔王だよ、魔王! 一度見せてあげたいっすよ!」
眉間にしわを寄せて、目を眇めるリューイの顔を見て、サシャは思わず噴き出した。
「知ってる! その顔! 本当、魔王の顔だわ!」
「でしょ? カインの奴、綺麗な顔してるくせにホントに恐ろしいったら…」
思いがけずカインの話で盛り上がり、ギャハハハと二人で声を上げて笑った。
「随分楽しそうだな」
突然、背後から地を這うような声がして、二人は飛び上がった。
振り向くとカインが腕組みをして二人を睨みつけている。
「出たっ! 魔王……痛てっ‼」
思わず呟いたリューイの頭にカインのゲンコツが落ちた。
「ったく…本気で殴るなよ…」
頭をさすりながらぼやくリューイを無視して、カインはサシャを見た。
「どう? 作業は順調か?」
いつもサシャに向けられるものと同じ、無表情な顔。そのことにサシャの気分が少し下がる。
「ええ、問題ないわ。もうすぐ終わる」
愛想笑いで答えると、カインは無言で僅かに眉をしかめた。
(またその顔! …まったく…何だって言うのよ…)
ギュッと胸が締め付けられるような複雑な気持ちを振り払い、サシャは再び竜の方を向いて作業を始めた。
「何か用?」
手を動かしながらぶっきらぼうに尋ねると、カインは少々遠慮気味に答えた。
「…また、回復薬を頼みたい」
思いがけず、気弱な反応が返ってきた。
そんな気まずそうな顔で言われると、カインに対して素っ気ない態度を取っている自分が、意地悪をしているみたいに感じる。
「いいけど…。カイン、いつも言ってるけど、回復薬ならミカエル兄様に頼んだ方がいいんじゃない? 薬はミカエル兄様の方が専門よ?」
以前からカインはサシャの作る回復薬を常用している。
王太子殿下の護衛として、竜騎士として、幼い頃から鍛錬や勉学に励んできたカインは、心身ともに休息を取る時間が限られていて、体力の保持のために回復薬が欠かせないのだそうだ。回復薬にばかり頼らずにキチンと休息を取るべきだとサシャは思ってはいるが、忙しいカインにヴィクトール子爵家の手伝いまでさせている負い目もあり、いつもカインに求められるまま回復薬を作って彼に渡しているのだ。
「サシャの作った回復薬が一番効くんだ。他のじゃ駄目だから……」
何故かカインにはサシャの作る回復薬が一番合っているらしい。いつもそう言っては、サシャのところに回復薬を求めてくる。
(もしかして、私のことを嫌っているくせにカインが離れていかないのは、回復薬が欲しいからかしら?)
なんとなく空しい気持ちになりながら、サシャは肩を竦めて言った。
「分かったわ。明日の夕方までに準備しておく」
「すまない。ありがとう」
少しだけカインは表情を緩ませた。
「へぇ~、サシャ嬢の作る回復薬ってそんなに効くのか? 俺も一回試してみたいな」
リューイが興味津々の笑顔をサシャに向けた。
「うるさい、お前みたいな体力オバケ、回復薬なんか必要ないだろ。酒でも飲んでろ」
バッサリとカインがリューイの言葉を切り捨てた。
「酷っ!! サシャ嬢、何とか言ってやってくださいよ〜。コイツ、いっつも澄ました顔で俺に冷たいんっすよね!」
「お前がくだらないことばかり言うからだ」
カインとリューイの掛け合いを見て、サシャは思わず口元を綻ばせた。
いつも遠目から眺めていたカイン達の団らんの輪に、自分も加わったような気がして、なんだかくすぐったい気持ちになる。
「リューイさん、私の回復薬は兄の真似をして作っただけの物だから、大した効果はないと思うわ。それでも良ければ、カインの分と一緒に作ってあげる」
「ホントっすか! ありがとうございます!!」
リューイは人懐っこい笑顔で目を輝かせた。ガタイの良さに似合わず可愛らしい反応で、大型犬が尻尾を振っているようだ。
「そうだ、カイン達も遠征に行っちゃうし、私も来週から調査隊に参加するから、暫く会えないかもしれないわね。いつもより多めに回復薬を準備しておくわね」
「―――はっ!?」
楽しい気分で、つい零したサシャの言葉に、カインの低い声が返ってきた。
青い瞳が睨みつけるようにサシャを凝視している。
「調査隊? 何それ、聞いてないけど」
さっきまでの穏やかな雰囲気が一転し、不穏な空気が漂う。
(まずい…、カインには直前まで黙っておくつもりだったのに…)
内心焦りながら、サシャは何事もないような顔で早口にまくし立てた。
「こないだ、聖石を発見したって話をしたでしょ。聖石が見つかったセンティス町に調査隊が派遣される事になって、私も発見者として隊員に選ばれたの。隣町で治安のいい所だし、キチンとした宿にも泊まれるし、何の問題もないはずよ。カイン達みたいに危険な任務って訳じゃないから、気にしなくて大丈夫よ」
カインの声にピリリとした響きが混じる。
「治安がいいと言っても宮廷のように警備の騎士が常駐している訳じゃないだろ。大体、調査隊に参加するのは男ばかりじゃないのか? 研究所の人間だけじゃなく、雇い上げの人員も加わるはずだ。そんな所に…」
「私の仕事の事に口出しするのは止めて!」
サシャはピシャリと言い返した。
「私だって研究者としてやりたい事はあるの。それに、今回はアイリスも一緒だから、男性ばかりって訳じゃないわ。大体、男だから女だからって、カインは考え方が古いのよ!」
「……っ!」
サシャの反論にカインは、グッと言葉を詰まらせた。
カインはいつもこんな反応だ。小言ばかり言うくせに、サシャが反論すると苦しそうな顔をして黙り込む。
「まあまあ、二人とも…。カインもそんなに熱くなるなよな。サシャ嬢だってもう立派な大人なんだし、お前がいちいち口出しすることじゃないだろ?」
見かねたリューイが、二人を宥めるように間に入ってきた時だ。
「ひゃぁっ!!」
突然、お尻をスリスリと撫でられ、サシャは小さく叫び声を上げた。振り向くと大きな竜がサシャの腰に纏わりつくように首を絡めてくる。
「ルディ!!」
そこに居たのは、カインの相棒の竜、ルディだ。
ルディは他の竜達と比べて、一回り大きな体格で、濃い艷やかな褐色の竜だ。カインに似てとても気難しい性格をしている。
主であるカインに対しても、他の竜達のように甘えてじゃれ付くことはなく、どこか挑発的な態度だ。もちろん、カインに信頼は寄せているようだが、主というよりも友人としての関係性に近いように見える。
そんなルディが、今はゴロゴロと喉を鳴らしながら甘えるようにサシャに体を擦り寄せ、グリグリと頭でお尻を突いてくるから堪らない。
「ちょっ…、ルディ! 止めなさいってば!」
勢いで落ちそうになる眼鏡を手で押さえながら、サシャはルディの頭を撫でた。
「ルディ…、お前ッ!」
額を手で押さえ、カインは大きくため息を吐いた。そんなカインを嘲笑うかのように、ルディはカインに挑戦的な視線を送っている。
「ほらっ、ルディだってサシャ嬢の味方だ」
リューイはルディのあからさまな態度を見てニカッと笑う。
「はぁ…お前、いったい誰の従竜なんだよ…ったく…」
カインは諦めたように再び小さなため息を吐いた。
「……分かったよ」
そっぽを向きながら小さく呟くカインの言葉に、サシャはホッと胸を撫で下ろした。
正直、調査隊へ参加することを、どうやってカインに伝えるべきかと悩んでいた。思わずこんな形で漏らしてしまったが、結果オーライだ。こんなにあっさりと納得して貰えるなんて、ルディとリューイには感謝だ。
表情を緩ませるサシャにすかさずカインが釘を刺した。
「その代わりセンティス町では絶対に一人で行動するなよ。出来るだけアイリス嬢と一緒に居て。そして、夜8時以降は宿に戻って外に出ないように。夜はたちの悪い連中がうろついているんだからな!」
「はいはい、分かったわ」
言質を取ってしまえば、こっちのもの。カインは一度言ったことを、ひっくり返すことはない。クドクドと細かい事を言われるだろうが、カインのお小言には慣れたものだ。何を言われても笑顔で頷いておけば良い。
カインの眉間に再び皺が寄ったが気にしない。
「じゃあカイン、明日の夕方には回復薬を作っておくから、研究室に取りに来てね!」
サシャは満面の笑みで竜舎を後にした。
◇◇
サシャが出て行った後、カインは一人竜舎に残り、ルディと向き合っていた。
『おい、主! お前は相変わらずだな』
カインは、ジロリとルディを睨みつける。
「お前、わざとサシャの身体に触れているだろ」
『なんだ、主も触りたいのか? あの娘の尻は柔らかくて気持ちいいぞ』
ルディは琥珀色の瞳を細めて、嘲笑うように言った。
そう――
誰にも明かせない秘密であるが、カインは竜達と会話することが出来る。
ある事をきっかけに、竜達の声が聞こえるようになったのだ。
この事実は誰にも話したことはない。いや、強力な制約により話せないのだ。
ルディはカインの従竜であるが、従竜契約を交わした時から、何かにつけてカインに発破を掛けてくる。素直でない主の態度を見かねて、口を出しているのかも知れないが、鬱陶しいことこの上ない。
それに、サシャに可愛がられていることを良いことに、やたらとサシャに絡みついて見せるのも気に入らない。
「ふざけるな! サシャはお前の主じゃない。彼女に触れた所で、お前には何の効果もないんだろ?」
カインは忌々しそうに吐き捨てた。
『そうなんだがな。不思議とあの娘に触れると、心地いい。他の奴らも同じだ。まあ…あの娘に触れることも出来ないお前には、分からんだろうがな』
ふてくされた顔で黙り込むカインに、ルディは続ける。
『主、いい加減に何とかしろ。もう限界だぞ』
眉間に深い皺を寄せルディを見上げると、琥珀色の瞳がジッとカインに向けられている。
「……ああ」
(何とか出来れば、こんなに苦労してないさ!)
カインだってこんな状況に陥ったのは、己の愚かさが原因だと分かっている。
『いいか、俺達従竜は主の気を貰ってエネルギーにする。その対価として主に竜の加護を与えてるんだ。主から安定的に気を貰えなければ、従竜は力を失い、いずれは精神を侵される事になるだろう」
「ああ、分かってるさ…」
『無論、そうなる前に従竜の契約を破棄すればいいだけだがな』
カインは再びルディを睨みつけた。
『さっさと決断するんだな』
ルディの言葉に、カインは大きなため息を吐いた。




