(2)
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宮廷研究所の二階にある魔法研究室。
この研究室では、主に魔道具や魔法遺物について研究している。
かつて、この世界には魔力を持つ人々が居た。彼らは自在に魔力を操り、生活の中で様々な魔法が使われていたと言う。しかし、長い歴史の中で、徐々に人の持つ魔力は弱まり、今では実際に魔法を扱えるほどの魔力を持つ者は居なくなってしまった。
今は、かつての魔力持ち達が作った魔道具や魔法遺物が残っているだけだ。これらの物は、自然界から取れる魔石の魔力を動力にして現在も使われているのだが、その原理は分かっていないことが多く、それらの研究に携わっているのが、サシャの所属する魔法研究室だ。
様々な研究部署から成る宮廷研究所は、宮廷の敷地の庭園に面した場所に建ち、その二階の一角に魔法研究室がある。
魔法研究室からは、宮廷の広い庭園がよく見える。
庭園には、美しい花々が一年を通して綺麗に咲き誇り、いくつものベンチやガゼボが設置されていて、宮廷で働く人々の憩いの場となっている。
宮廷で働く者は皆、自由に庭園で過ごすことができるため、様々な部署に所属する人々の交流の場にもなっていて、人々はただの憩いの場としてではなく、情報交換や出会いを求めてこの庭園に集まってくる。
庭園の一角、一段高くなった広いデッキの上にひときわ綺羅びやかな集団が居た。
輝くような美しい銀髪にエメラルドの瞳、儚げで妖精のような可愛らしい女性を中心に、楽しげな人の輪ができている。
リリア王女殿下だ。
そして、その一番近くで笑顔で談笑しているのは、王太子殿下の護衛であるカインとその友人、リューイだ。
カインは柔らかく瞳を細め、優しげな笑みを浮かべながら、王女殿下が何かを話しているのに耳を傾けていた。王女殿下は、時折頬を赤く染めながら、カインを上目遣いに見つめている。
その傍らで穏やかな笑顔を浮かべるカイン。
サシャの前では、もう何年も見せたことのないような楽しげな笑顔だ。
彼ら三人は学生時代の同級生。サシャが学園の三年生になった時に彼らは学園に入学して来た。
そして、サシャがカインと一緒に学園に通っていた一年間は、今と同じような光景を度々目にしていた。サシャが学園を卒業した後も、彼らは同じように、共に一緒の時間を過ごしてきたのだろう。
世間では、王女殿下とカインがもうすぐ婚約を発表するのではないかと噂されている。出世頭で超絶美形の侯爵家嫡男カイン。身分的にも釣り合いが取れ、王女殿下のお相手として申し分ない。その時はきっと、近衛騎士を辞めて侯爵家の家督を継ぐことになるのだろう。
「はぁ……」
サシャは研究室の窓から彼らを眺め、ずり下がった眼鏡をなおしながら、深いため息を吐いた。
(カインとリリア王女殿下……、二人は本当にお似合いね。二人が並ぶと、まるで絵物語の王子様とお姫様のように輝いて見えるわ)
複雑な切ない気持ちで、ギュッと胸が締め付けられるようだ。
別に王女殿下に嫉妬している訳ではない。純粋にお似合いの二人だと思ってる。
ただ……昔のようにカインが、あんな風に自然な笑顔をサシャに向けてくれないことが寂しいと感じてしまう。
「あらぁ、また覗き見? あんたのお姫様、またリリア王女殿下と一緒なのね」
声をかけてきたのは、同僚のアイリス。
サシャと同期の研究者で気の合う友人だ。榛色の瞳に美しくウェーブするブロンドの髪を片方の肩に寄せたスラリとした美人だ。プロポーションも抜群で、サシャと同じ年とは思えないほど大人っぽく見える。竹を割ったような性格で、何事もハッキリと言う所がサシャは大好きだ。
「だって…、カインのあんな可愛らしい笑顔、遠くからしか見れないんだもの! 私の前だと、いつもこんなに眉間に皺寄せて…、魔王よ!魔王!!」
サシャは眉間に指を立てながら、顔をしかめてみせた。
「可愛らしいねぇ〜。あの男のことを『可愛らしい』なんて言うの、あんただけよ」
アイリスは呆れたように肩を竦めた。
「どうして?! あの綺麗な顔に艶々の白い肌、澄んだ青い瞳、サラサラの黒髪!あの顔で笑うと可愛いじゃない」
「まあ…確かに美人だけどね。何というか……腹黒そう?」
容赦ないアイリスの言葉にサシャは口を尖らせる。
「アイリス、可愛いは正義なのよ! 可愛い人に悪人はいないの。カインに白いレースのドレスを着せてお化粧をさせたら、きっと天使みたいになるんだから! あぁ…見てみたい…きっと可愛いだろうな〜」
「サシャ、あんたまたそんなことばっかり言って! 昔そうやって、彼を着せ替え人形にして遊んでて、嫌われたんじゃなかったの?」
「うぅっ……」
サシャはガックリと肩を落とした。
アイリスの言うとおりだ。
幼い頃、サシャはカインを着せ替え人形にして遊び倒し、挙句に嫌われてしまったのだ。
カインと初めて会ったのは、サシャが8才、カインが6才の時。初対面のカインはまだ幼い顔立ちで、少女のようなおかっぱ頭で、母親のスカートの後ろに隠れながら、不安そうにサシャを見ていた。
その顔は悶絶するほど愛らしくて…。
「可愛い!!」
思わずサシャは、そう叫んでカインの顔を覗き込んだが、カインはオドオドとするばかり。
当時のカインは、とても内気で泣き虫な男の子だった。サシャと打ち解けるまでにかなり時間がかかったのを覚えている。
サシャが根気強くカインに話しかけ、笑いかけ、励ましながら徐々に打ち解けていった。
その内、カインはサシャの後をどこでもついて回るようになった。サシャはそんなカインを子爵家の庭や近くの森や公園などあちこち連れ回し、これでもかと言うほど褒めて、おだてて、愛で倒した。カインは本当に泣き虫で、自分に自信がない子だったから。
「カイン、今日もとっても可愛いわね!」
その日、いつものようにサシャがカインに声をかけると、カインは俯いてしまった。
「………」
「どうしたの?」
サシャが俯くカインの顔を覗き込むと、カインは目に涙を浮かべていた。
「…従兄弟のトーマスが…僕は女の子みたいだって…男のくせに可愛いって言われて可笑しいって……」
「まあっ!そんなこと気にしてたの?」
顔を上げたカインの宝石のような瞳から涙がポロリと零れ落ちた。
「だって…」
「きっと、トーマスは可愛いあなたが羨ましいのよ。だから意地悪を言うのね」
サシャはニッコリと微笑む。
「でも、トーマスは体が大きくて、喧嘩も強いんだ。皆が男らしいって…」
「カイン、知ってる? 人は誰でも神様から、生きるための武器を貰っているんだって。カインは『可愛い』を神様から貰ったの。体の大きさがトーマスの武器なら、『可愛い』がカインの武器よ。だから、カインは『可愛い』で戦えばいいの!」
自信満々に熱弁するサシャを見て、カインは複雑な表情を浮かべた。
「何それ…」
「とにかく! 私は喧嘩に強い男の子より、可愛い男の子の方が好き! それじゃぁ駄目?」
クスッとカインが笑う。
カインの笑顔を見て、サシャも釣られるように笑った。
「『可愛い』で戦うって…どうするの?」
「そうね…。ん〜、そうだ! もっと可愛くしてみて、皆を魅了するってのはどうかしら?」
そう言うと、サシャはスルスルと自分のワンピースを脱ぎ始めた。今日着ていたのは、買って貰ったばかりのフンワリとしたシフォンが付いた可愛らしいピンクのワンピースだ。
「サ…サシャ…何やって……」
サシャはシュミーズ姿で、戸惑うカインに脱いだワンピースを差し出す。
「カイン、これを着てみて! 絶対似合うわ!! 私には少し甘すぎなデザインだけど、カインならきっと似合うはずよ」
「えぇ……っ」
驚きのあまり、されるがままのカイン。サシャは嬉々としてカインの服を脱がせ、自分のワンピースを着付けた。
「うわぁぁっ!! 可愛い! とっても素敵よ、カイン! お姫様みたい!」
満面の笑みで、サシャはカインをギュッと抱きしめた。
「そ…そう?」
カインは上目遣いでサシャを見て、ほんのり頬を染めた。その仕草がまた可愛らしい。
「フフッ…私のお姫様! これから一緒に『可愛い』をアピールして、皆を魅了する練習をしましょう! そうすれば、『可愛い』で戦えるわ」
「僕が可愛くなったら…サシャは嬉しい?」
恥ずかしそうにカインが尋ねる。
「もちろんよ!私、可愛いカインをもっともっと皆に知ってほしいわ!」
それからサシャは大人の目を盗んでは、カインと服を交換し、化粧を施し、カインに女の子の格好をさせた。カインに会う時は、カインに着せたいと思う可愛らしい服を選んで着て、お化粧道具をポケットの中に忍ばせた。
とりわけお気に入りだったのは、カインのサラサラツヤツヤの黒髪に櫛をとおすこと。その間、サシャに背を向け、気持ち良さそうにしているカインを見るのは、この上なく幸せだった。
最初は恥ずかしそうにしていたカインも、次第に女の子の格好が板に付き、堂々と振る舞うようになった。自分を更に可愛く見せることを楽しんでいるようだった。
「サシャ、どう? 似合ってる?」
そう言って上目遣いに恥ずかしそうな顔を向けるカインにサシャは心臓を射抜かれる。こんな可愛い生き物がいるなんて。キュンが止まらず、地面に寝転がって悶えたい衝動に駆られる。
「いいっ!! すごく可愛いわ! カイン、やっぱりあなたは色白だから、淡い色の服が似合うわね」
「本当? ねぇ…ギュッてして欲しい…」
「フフッ! カインは甘えん坊ね!」
サシャが褒めると、カインはいつも嬉しそうに頬を染め、ハグや頭を撫でて欲しいと求めてきた。その度にサシャは、カインの要求に応えて、カインをハグして撫で回し、愛で倒したのだった。
こうして、サシャの突飛な思いつきから始まった『魅了訓練』ではあったが、次第に日常生活の中でも、カインに変化が見られるようになった。
カインは、女の子っぽい自分の容姿を卑屈に考えることを止め、むしろ自分の綺麗な容姿を意識的に見せながら、堂々とした態度で他の人々と関わるようになった。
そして、自信のあるカインの態度は、彼の美しさを一層引き立てて周囲の人々を魅了し、多くの人々に好意的に受け止められるようになった。
だから、サシャはずっとこのままでいいと思ってしまってたのだ。
カインもそれを望んでいると――。
「もう嫌だ! 僕に触るな! こんなのはもう…嫌だ… 僕は…男だっ!!」
サシャが13歳、カインが11歳の時、いつまでもカインを着せ替え人形のようにして遊ぶサシャに対し、とうとうカインが切れた。
俯いたまま頬を赤く染め、背を向けたカインの握りしめた拳が震えていた。そんなカインの姿を見て、サシャはカインがずっと我慢していたことをようやく悟った。
自分はなんて愚かだったのか…。
ちょっと考えれば分かることだった。
カインは思春期を迎える男の子だ。いつまでも女の子の格好をさせられて楽しいはずがない。
可愛いカインを飾り立て、自分だけのお姫様にして遊ぶことは、サシャにとってこの上なく幸せな時間だった。でも、結局それはサシャの欲を満たすだけの自己満足にすぎなかったのだ。
「はぁぁぁ〜〜〜……」
庭園の明るい日差しの中で、綻ぶような笑顔で王女殿下と談話するカインの姿を眺めながら、サシャは大きなため息を吐いた。
昔は自分に向けられていた笑顔…。
あの日以来、サシャとカインの間に大きな溝が生まれた。カインはサシャとの関係に一線を引くようになった。
でも決して離れて行くこともない。
その後、サシャの母が亡くなると、ヴィクトール子爵家にポッカリと空いた穴を埋めるように、カインが出入りするようになった。以来、サシャとカインは、家族でも友人でもない微妙な距離を保っている。言うならば、口うるさい遠い親戚といったところか。
(私のこと嫌いなら、放っておいて欲しい……)
そうすれば、こんなモヤモヤした気持ちを抱くこともない。こんなにも嫌われてしまったからと言って、カインのことを嫌いにはなれないし、弟のように可愛がっていた彼には、幸せになってほしいと思っている。
近くにいるから…可愛いカインを撫で回して、愛で倒して…、以前のような楽しい日々を夢見てしまう。今のサシャには、彼の笑顔を遠くから眺めることしかできない。
「サシャ、アイリス、ちょっといいか?」
バタンと研究室のドアが開き振り向くと、同じ研究室の2つ年上の先輩ジェイドが足早に入ってきた。
彼は代々忠臣として王家に仕えてきたタリーズ伯爵家の次男。タリーズ伯爵は大きな財力を持ち、代々外交長官を務めてきた家門だ。他国に多くの伝手を持ち、政界でも多大な影響力のある実力者として知られている。
そんな格式高い家門の出身でありながらも、ジェイドは型にはまらない気さくな性格で、下級貴族である同僚のサシャやアイリスにも、別け隔てなく接してくれる。
何でも窮屈な伯爵家の生活が性に合わず、好きな魔法の研究に携わるため、家族の反対を押し切って家を飛び出し、宮廷研究所に勤めるようになったのだとか。
明るい金髪にエメラルド色の瞳、なかなかのイケメンで面倒見の良い先輩であるが、あまり細かい事を気にせず、ひょうひょうとした所がある。明るく人当たりが良いので、それも彼の魅力となっている。
「ジェイド先輩、何なに!? 何か面白いことありました?」
アイリスが、何やら興奮気味のジェイドの顔を見て目を輝かせた。
「ああ! 昨日、サシャが所長に報告書を提出した石のことだ」
ジェイドはサシャを見てニヤリと笑った。
「今日、鉱物の専門部署でも分析して貰ったんだが、君が分析したとおり、やはりトリアングロ·リミテの聖石と同じ石だったんだ!」
「本当ですか?!」
「すご〜いっ!! サシャ、世紀の大発見じゃない!?」
サシャとアイリスは、思わずジェイドに駆け寄った。
サシャは先日、センティス町で開かれた骨董市を訪れた。骨董市に出品される品の中には、時々、貴重な魔道具が紛れていることがある。古い魔道具には原動力となる魔石が無くなっている場合が多く、魔道具と知らずにガラクタとして売られていることが多いのだ。こういった魔道具の発掘も、魔法研究室の仕事のひとつになっていて、サシャはセンティス町の骨董市に出向いていた。
生憎その日の市では、これといった掘り出し物は見つからなかったが、骨董市の近くにあった朽ちた小さな民家の軒先で、サシャはそれを見つけた。
小さなガラスの破片にも見える透明な石。手に取ってみると、中心が少し青みがかっていて、何故か不思議な感覚がした。
(――どこかで見たことがあるような…)
側に建つ民家はもう何十年も人が住んでいないようで、雑草に覆われ、屋根も壁もあちこち崩れ落ちている。近所の人に尋ねても、いつからそこにあるのか、誰が住んでいた家なのかを知っている人は居なかった。ただ昔からそこにあり、その家のことを疑問に思う人もいなかったようだ。
サシャはその石をポケットに入れて持ち帰り、調べてみることにした。
ただのガラス片だったとしても、とても美しい石だったので、宝物にしようと思っていた。
ところが、研究室で石を分析してみて、ある重大なことに気が付いた。
(もしかして…トリアングロ・リミテの聖石と同じ?!…そうよ、見たことがあると思ったのは、そのせいよ!)
トリアングロ・リミテとは、この国と隣国の間にある大きな森を囲む結界だ。
この森は黒の森と呼ばれ、多くの生き物達の棲家となっている。豊かな生命の源であるが、恐ろしい魔物が住まう場所でもある。
魔物は人間や動物を餌としており、古来から人間は魔物と戦ってきた歴史がある。かつては多くの村や町に大量の魔物が出没し、その度に多くの人が犠牲になってきた。
数百年前、まだ人々が魔法を当たり前に扱っていた頃、竜の使者と呼ばれる人物が現れた。竜の使者は白竜と黒竜を従えて魔物と対峙し、魔物に侵され荒廃した世界を救ったと語られていて、この国や周辺諸国に住む人は誰もが知る伝説になっている。
そして、この竜の使者が、魔物の被害を食い止めるため、黒の森を囲むように結界を設置したと言われている。
それが、トリアングロ・リミテだ。トリアングロ・リミテは、森を囲んで3か所に石碑が建てられていて、その石碑に大きな聖石がはめ込まれているのだ。
竜の使者が結界を作ったという伝説の真偽は分からないが、トリアングロ・リミテが魔物が森の外へ出るのを抑える結界となっていることは間違いない。魔物は結界を嫌い、あまり結界に近づくことはない。
それでも時々、何かの拍子に魔物が結界を超えてくることはあるのだが、かつてのように大量の魔物が街や村を襲うことはなくなった。このトリアングロ・リミテのおかげで、人間は安心して生活を送れるようになったのだ。
そして、トリアングロ・リミテに使われている聖石こそが、数百年もの間、人々の生活を守ってきた源と言える。
しかし、その聖石については、強力な魔力を持つ石であるということ以外は解明できていない。現存が確認できているのは、トリアングロ・リミテの3つの石碑に使われている3個のみ。他の魔石と同じように自然界に存在するものなのか、人工的に作られたものなのか、何も分かっていないのが現状だ。
そんな希少な聖石と同じ石を、偶然サシャが見つけてしまったということだ。
「ああ、本当だ! 大発見だよ、サシャ」
ジェイドは楽しくて仕方がない様子でキラキラと目を輝かせて、手に持っていた書類を二人に見せた。
「そこでだ。さっそく来月からセンティス町に調査隊を派遣することが決まった。研究所内から参加者を募っている」
「えぇっ!? 随分早い動きなんですね」
通常、調査隊が組まれるまでは、綿密な計画を立て、研究所の各部署の承認を得て、最終的に国の宰相の許可を得る必要がある。こんなに早く調査隊が組まれるのは、異例と言ってよい。
「最近、魔物の出没が増えていることは知ってるだろ? トリアングロ・リミテの聖石の力が弱まってきている。聖石も他の魔石と同じで、無限に魔力がある訳じゃないからね。数百年も経ってるんだ、いつ聖石の力が尽きてもおかしくない。上層部はかなり危機感を抱いているようだね」
ジェイドの話はサシャも知っていたが、こんなに早い国の動きに、改めて聖石を発見したことの重大さを思い知る。
「それで、俺は調査隊に志願するつもりだけど、サシャ、アイリス、君達はどうする?」
ニヤリと楽しげな笑みを浮かべて、ジェイドがサシャとアイリスを見た。
「「もちろん、行きたぁい!!」」
サシャとアイリスは、迷いなく声を揃えた。
「そう言うと思ったよ。でも一応君達は女の子だからね。家族にも相談してみた方がいいんじゃないか? 治安の良い町と言えども、2〜3週間の滞在になるからね」
前のめりに書類を覗き込む二人を宥めるように、ジェイドは言った。
「あら、私は大丈夫よ。既に家を出て独り立ちしている身だし。家を出ると決めた時に、家族は私のすることに口出ししないことにしたの」
アイリスはダントン男爵家の二女だ。6人きょうだいの大家族で、ヴィクトール子爵家と同様に決して裕福とは言えない家庭だ。まだ幼いきょうだいも居るため、彼女は早々に家を出て働くことを決めた。
アイリスはプロポーション抜群の美人なので、どこか裕福な上位貴族の元に嫁いで玉の輿に乗ることも夢ではないのだけれども、当の本人は、そんな事は真っ平御免と、迷わず研究の道に進んだ。
「私もよ。父様も兄様も反対なんかする訳ないから大丈夫!」
サシャの言葉にジェイドは微妙な表情を浮かべ
た。
「そうかも知れないが……もう一人の保護者にも一応相談しておいた方が良くないか?」
「???」
キョトンと首を傾げるサシャを見て、アイリスがクスッと笑う。
「そうね、あんたのお姫様の許可は取った方がいいかもね」
「はぁっ!? カインのこと!?」
サシャは困惑した顔で眉間に皺を寄せた。
(確かに…またお小言言われそうだけど…)
カインはサシャが宮廷研究所で働くと決めた時も、最後までグチグチと文句を言い反対していた。貴族令嬢が働く機会は増えていると言えども、宮廷研究所は男所帯だ。カインはそれが気に入らなかったようだ。
宮廷で働く貴族令嬢達は、結婚のお相手探しや結婚までの社会勉強として宮廷の侍女として働くことがほとんどだ。事務官や研究者として働く女性も増えてきているが、まだまだ数は少ない。
最終的に、当時サシャと学園の同級生だった王太子殿下、ヘンリーがカインを説得し、カインも渋々納得した。カインも自分が仕えるヘンリー王太子殿下の言葉には従わざるを得なかったようだ。
「問題無いわ! 別にカインは保護者でもなんでもないし。彼に何を言われようと、私は絶対に行きます!」
キッパリと断言するサシャを見て、ジェイドは肩を竦める。アイリスも呆れ顔だ。
「じゃあ、二人の志願書も一緒に出しておくぞ。サシャ、君は今回の聖石の発見者だからきっと調査隊に採用されることになると思うけど、本当にいいんだな?」
「もちろん! さっそく準備しておきまぁす!」
研究所に勤め始めて三年目。サシャが派遣の調査隊に参加するのは初めてだ。いつも先輩研究者達が遠方に赴き、現地で調査活動を行うのを見て、いつかは自分もと思っていた。
(こんな形で実現するなんて…)
今回の調査場所は隣町なので、移動距離は短い。山や森ではなく人の住む町中だから宿の確保もでき、宿泊のために天幕を張る必要もなく滞在中の安全性や利便性も高い。さほど大掛かりな準備は必要ないだろう。
(何が見つかるかしら)
サシャは期待に胸を膨らませて、頬を緩ませた。




