第6話:球技大会の勝利、友情を置き去りにした熱血
「いい、みんな。これは単なるレクリエーションではないわ。クラスの威信と、私の『不敗ロジック』の証明がかかった公式戦よ!」
クラス対抗球技大会。種目はドッジボール。
コートの中央で、勝呂みゆきはクラスメイトの女子たちを前に、ホワイトボードを持ち出して熱弁を振るっていた。
「相手チームの布陣、利き手、そして過去三年の体力測定データを全て解析済みよ。一班は撹乱、二班は囮。 shadow。そして私が……」
「あの、勝呂さん……。もっと楽しくやろうよ」
「楽しむ? 勝利こそが最大の娯楽であり、最上の喜びよ! 私の指示通りに動けば、生存率は九十八パーセントを下回らないわ!」
周囲の女子たちが引き気味なのを、みゆきは全く気にしていない。
彼女にとって、チームスポーツは「個の力の集合」ではなく「精密な歯車の噛み合い」なのだ。
一方、男子の試合を終えた俺――森下航太は、コートの端で嫌な予感を抱えていた。
みゆきの勝利への熱量は、時として周囲との温度差を生む。
『試合開始!』
ピーッ、という笛の音と共に、戦いの火蓋が切られた。
みゆきの動きは完璧だった。
相手の投げるボールをミリ単位の回避でかわし、間髪入れずに鋭いカウンターを叩き込む。
彼女がボールを持つたび、相手チームの人数が確実に減っていった。
「そこのあなた、三歩右! 射線が被っているわ! 邪魔よ!」
「あ……ごめん、勝呂さん」
みゆきの怒号に近い指示が飛ぶ。
クラスメイトの顔から笑顔が消え、コート内には軍隊のような緊張感が張り詰めていく。
みゆきの「勝利ロジック」は確かに有効だった。だが、それは「チーム」を崩壊させつつあった。
「残り一人! 私が仕留めるわ!」
みゆきが全力でボールを振りかぶった、その時だった。
味方の女子が、不意に足を滑らせて転んだ。そこへ、相手の投げたボールが容赦なく向かっていく。
「あぶない!」
俺が叫ぶより早く、みゆきはその女子の前に……飛び込まなかった。
彼女は、転んだ女子を追い越すようにして、自分に飛んできたボールをキャッチし、そのまま相手の最後の一人に投げ返した。
『アウト! 試合終了! Aクラスの勝利!』
審判の判定が下る。
だが、コート内に歓声は上がらなかった。
「……勝れたわ。私の計算通りね」
みゆきは満足げに汗を拭ったが、転んだ女子の元へ駆け寄ったのは、他のクラスメイトたちだった。
「大丈夫?」
「勝呂さん、今のはちょっと冷たすぎるよ……」
その言葉に、みゆきは初めて動きを止めた。
「……冷たい? 私は、最短ルートで勝利を確定させただけよ。今の場面、私が彼女を庇って当たれば、勝利の確率は三十パーセントも低下していたわ」
「そうじゃないよ……」
クラスメイトたちは、微妙な表情のままコートを去っていった。
一人取り残されたみゆきの背中が、夕暮れの体育館に寂しく浮かび上がる。
「……何が間違っていたのかしら。勝利という最高の結果を、私はクラスに提供したはずなのに」
ポツリと漏らした彼女の隣に、俺はスポーツドリンクを差し出した。
「冷たすぎるぞ、これ」
「……ドリンクの話? それとも、私のこと?」
「両方だよ」
俺は地面に座り込んだ。
「みゆき。お前のロジックには、『勝ち方』への計算はあっても、『勝った後の空気』への計算が入ってないんだよ」
「空気? そんな非科学的な変数、考慮に値しないわ」
強がるみゆきの手が、わずかに震えていた。
勝利したはずなのに、彼女は負けた時よりもずっと傷ついているように見えた。
「……航太。私、間違っていたのかしら」
「間違いじゃないよ。お前のおかげで勝てたのは事実だ。でもな……」
俺は、みゆきの頭にポンと手を置いた。
「次は、俺を練習台にするみたいに、あいつらにも『勝ちたい』って思わせてみろよ。お前一人が勝つんじゃなくてさ」
みゆきは俺の手を振り払おうとして……そのまま、じっと黙り込んだ。
彼女のロジックが、新しいデータを必死に処理しているのが分かった。
「……不愉快だわ。勝利したはずなのに、こんなに胸がモヤモヤするなんて」
「それが青春ってやつだろ」
「青春ロジック……。難解すぎて、今の私には解けないわ」
みゆきはドリンクを一口おのみ、少しだけ遠くの空を見た。
その横顔は、勝利の女神というよりは、ただの迷子のような、等身大の女子高生のそれだった。
【今回の勝敗:クラスの勝利、みゆきの敗北感(現在、感情の変数を再計算中)】
次は、第7話「勝利の女神は、放課後の教室でうたた寝する」




