第2話:小テストの勝利、それは航太の平穏の終わり
「航太、運命の時間が来たわ」
一限の数学。
担当の鬼頭先生がプリントを配り始めた瞬間、隣の席から刺すような視線が飛んできた。
勝呂みゆきは、戦場に向かう武士のような顔で、シャーペンを正眼に構えている。
「いい? 今日の小テストは二十点満点。一問のミスも許されない。ここで私が満点を取り、あなたが一点でも落とせば、それは私の完全勝利よ」
「……はいはい。頑張れよ」
俺は適当に聞き流しながら、配られたプリントに名前を書いた。
正直、たかが週に一度の小テストだ。
そんなに気負う必要なんてない。
だが、みゆきにとって「テスト」という名のつくものはすべて、自身の存在意義を賭けた聖戦なのだ。
『始め』
鬼頭先生の合図と共に、教室内にはげしくシャーペンの音が響き始める。
中でも、みゆきの筆致は凄まじかった。
紙を突き破らんばかりの勢いで、数式を叩きつけていく。
彼女の背中からは、「勝利」という文字がオーラとなって見えそうだった。
彼女のロジックは単純だ。
『努力量=得点=勝利』。
その公式を証明するためだけに、彼女は昨夜も深夜まで机に向かっていたはずだ。
十五分後。
「そこまで。後ろから回収しろ」
テストが終わり、解答が黒板に書き出される。
自己採点を終えた瞬間、みゆきがガタッ、と椅子を鳴らして立ち上がった。
「満点……! 当然の結果ね」
彼女は誇らしげに胸を張り、俺の机を覗き込んできた。
「さあ、航太。あなたの結果を見せなさい。私の勝利を盤石なものにするために!」
「ああ、これか? ……ほら」
俺が差し出したプリントには、赤いペンで大きく『20』と書かれていた。
みゆきの動きが、ピタリと止まる。
「……満点? あなたも、満点なの?」
「まあ、範囲が狭かったしな」
「……くっ」
みゆきは膝をつきそうなほど落胆した。
彼女にとって「同点」は「勝利」ではない。
相手を圧倒してこそ、初めて彼女のプライドは満たされるのだ。
「そんな……私の昨夜の三時間の演習が、あなたの『まあ』の一言と同価値だなんて……。この論理は認められない……認められないわ!」
「いや、そんな絶望するようなことじゃないだろ」
ショックのあまり机に突っ伏した彼女の横を、クラスメイトの女子たちが通り過ぎる。
「さすが勝呂さん、また満点だね」
「完璧すぎて、私たちじゃ太刀打ちできないよ」
そんな称賛の声すら、今のみゆきには届かない。
彼女は机に顔を埋めたまま、消え入りそうな声で呟いた。
「……放課後。図書室に来なさい、航太」
「え?」
「次の期末試験の予想問題、私が作成するわ。それをあなたが解いて、私が採点する。そこで私の、本当の勝利を……」
「おい、俺の放課後の平穏はどうなるんだよ!」
彼女の「勝利」への執着に火がついてしまった。
こうなった時のみゆきは、誰にも止められない。
「……負けない。次は、絶対に……圧倒的な勝利を、この手に……」
燃え尽きたような声を出しながらも、彼女の右手はすでに次の戦い(期末テスト)に向けて、ノートに激しい計算式を書き殴り始めていた。
俺は天を仰ぐ。
どうやら俺の穏やかな高校生活は、彼女の不器用なロジックによって、木っ端微塵に砕け散る運命にあるらしい。
【今回の勝敗:みゆきの0勝0敗1引き分け(納得いかず)】




