第17話:舞台裏の告白、それは勝負に含まれますか?
後夜祭のキャンプファイヤーが校庭で燃え上がり、遠くから楽しげなフォークダンスの曲が聞こえてくる。
そんな喧騒から逃げるように、俺は体育館の裏にある非常階段に座り込んでいるみゆきを見つけた。
「……また、一人で計算の修正か?」
俺が声をかけると、みゆきは膝を抱えたまま、力なく首を振った。
「……修正不能よ。お母様の言う通りだわ。私がどんなに必死に数字を積み上げても、それは『当然の義務』でしかない。……一番じゃなければゴミ。でも、一番であっても、それはただのスタートラインに過ぎないの」
彼女の声は、夜の冷気に溶けてしまいそうなほど細かった。
「航太……私、もう疲れたわ。勝利の先に何があるのか、私の計算機はもう、答えを出してくれないの」
みゆきの瞳から、一滴の涙がこぼれ、月明かりに反射した。
彼女を縛る「一番」という呪縛。それは彼女のこれまでの努力すべてを否定する、残酷な言葉だ。
俺はポケットから、文化祭の景品で余っていた、小さな「勝利のメダル(チョコ)」を取り出した。
「みゆき。……勝負だ」
「……え?」
「今から俺が言うことに、お前が『ロジックで』反論できたらお前の勝ちだ。反論できなかったら……俺の言うことを一つ聞け」
みゆきは呆然としながらも、持ち前の勝負欲がわずかに反応したのか、ゆっくりと顔を上げた。
「……いいわ。今の私の脳内メモリはボロボロだけど、あなたの稚拙な理屈に負けるはずがないもの」
「よし。……ロジックその一。お前のお母さんは『結果がすべて』と言った。でも、この文化祭で、お化け屋敷に来たやつらはみんな笑ってた。……あの笑顔は、数字に変換できない『価値』だ。これに反論しろ」
「……それは、主観的なデータに過ぎないわ。客観的な指標には……」
「ロジックその二。お前がもしゴミなら、そのゴミのために毎日『練習台』になってる俺は、ゴミ以下の存在ってことになる。……お前は、俺をそんな風に定義したいのか?」
「なっ……! そんなの、屁理屈よ! あなたは、その……私にとって、必要な……」
言葉に詰まるみゆきに、俺は最後の一手を踏み込んだ。
「ロジックその三。……俺は、一番のお前が好きなんじゃない。一番を目指して、必死に、不器用に、泥臭くあがいてる『勝呂みゆき』が好きなんだ。……これに、反論できるか?」
夜の静寂が、二人を包み込んだ。
みゆきは目を見開き、口を微かに動かしたが、言葉が出てこない。
彼女の超高性能な脳が、初めて「反論不能」というエラーコードを吐き出した。
「……反論、できない。……私の負けよ、航太」
みゆきは顔を両手で覆い、今度は声を上げて泣き出した。
それは、勝利の女神が初めて見せた、ただの「恋する女の子」の涙だった。
「……卑怯だわ。そんなの、勝負に含まれない、ただの告白じゃない。……私のロジックを、根底から破壊するつもり?」
「ああ。お前のその重苦しいロジックなんて、全部ぶっ壊してやるよ」
俺は彼女の隣に座り、震える肩をそっと抱き寄せた。
みゆきは抵抗せず、俺のシャツを掴んで泣き続けた。
しばらくして、キャンプファイヤーの火が小さくなった頃。
みゆきは目を真っ赤にしながらも、少しだけスッキリした顔で俺を見た。
「……約束通り、言うことを聞くわ。何かしら? 『勝呂家の資産を譲れ』とか、『一生奴隷になれ』とか……」
「そんなもんいらないよ。……俺の言うことは一つ。『明日、一緒にクレープ食べに行こう』。……以上」
みゆきは一瞬呆気に取られた後、ふっと、今日一番の、本当の笑顔を見せた。
「……不合理ね。私の価値をそんな安い甘味で買い叩くなんて。……でも、いいわ。明日の三時、駅前。一秒でも遅れたら、私の追加徴収ロジックが発動するから。……覚悟しなさい!」
「ああ。……今度は、一番じゃなくて、一番楽しい時間にしようぜ」
後夜祭の終わり。
彼女を縛っていた「一番」という鎖は、まだ消えたわけじゃない。
けれど、彼女の隣には、その鎖を一緒に担ぐ「敗北を知らないパートナー」が、確かにそこにいた。
【今回の勝敗:航太の完全勝利(告白の有効性は継続中)】
次は、第18話「修学旅行、自由行動の主導権争奪戦」
いよいよ物語は冬の足音とともに、修学旅行編へと突入します!




