第16話:勝利の代償、明かされる『一番』への呪縛
文化祭二日目。学園の熱気は最高潮に達していた。
お化け屋敷の受付で、みゆきは相変わらず完璧な差配でクラスメイトを動かしていた。その姿はまさに「常勝の女神」だ。
「……勝呂さん、ちょっと休憩してきたら? ずっと立ちっぱなしだよ」
クラスメイトの気遣いに、みゆきは冷徹なほど完璧な微笑みを返した。
「不要よ。このイベントを『完全勝利』で終わらせるまで、私のロジックに休息の文字はないわ」
だが、俺は見てしまった。
彼女の指先が、時折、スマホの画面を確認しては微かに震えているのを。
「みゆき。……誰か来るのか?」
俺が声をかけると、みゆきは一瞬だけ、鎧を脱いだような無防備な顔をした。
「……母親が、視察に来るわ。私の『成果』を確認するために」
勝呂家。地元でも有名な名家であり、その厳格さは教育関係者の間でも知られている。
みゆきがかつて漏らした「一番じゃなきゃ、存在を認められない」という言葉の重みが、ずしりと俺の胸にのしかかった。
「……あら。随分と騒がしい場所ね」
凛とした、だが氷のように冷たい声が響いた。
受付に現れたのは、みゆきをそのまま数十年後に進めたような、圧倒的な気品を纏った女性だった。みゆきの母――勝呂静江。
「お母様……。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
みゆきが、今まで見たこともないような、感情を殺した「人形」のような礼をした。
「……勝呂家を継ぐ者が、お化けの真似事とは。この催し、学年で一番の収益を上げているのでしょうね?」
「はい。現在のロジックによれば、他クラスを二十パーセント以上引き離して……」
「結果がすべてよ、みゆき。過程を語るのは敗者のすること。一番以外は、ゴミと同じだと教えたはずよ」
静江は、娘が必死に作った装飾や、クラスメイトとの絆などには目もくれず、ただ「数字」と「順位」だけを求めた。
周囲の空気が凍りつく。みゆきは、ただ俯いて「……はい」と答えるしかなかった。
「……あの、おばさん」
耐えきれず、俺が口を挟んだ。
「みゆきは、数字だけじゃなくて、クラスのみんなに信頼されて……」
「……航太」
みゆきが俺の袖を強く引いた。その目は「やめて」と懇願していた。
「部外者は黙っていてちょうだい。……行きましょう、お母様。次はこちらの展示を……」
静江が去った後、みゆきはしばらく動けなかった。
「……見たでしょう、航太。これが私の『勝利への呪縛』の正体よ」
彼女は自嘲気味に笑った。
「私は、勝ち続けないといけない。勝って、自分が優秀だと証明し続けないと、あの家には私の居場所なんてないの」
「そんなの、ロジックじゃない。ただの虐待だろ」
「いいえ、これが私の現実よ。……だから、九条麗香に負けることは、私の死を意味するのと同じなの」
夕暮れの教室。
文化祭の片付けが始まる中、みゆきは一人、暗い教室で数字の集計を続けていた。
彼女が手に入れた「学年最優秀賞」という結果。
だが、そのトロフィーを手にする彼女の瞳には、勝利の喜びなど微塵もなかった。
「……勝利の代償は、いつだって孤独なのね」
俺は、彼女にどんな言葉をかければいいのか分からなかった。
ただ、彼女の背負っている「一番」という重石が、あまりにも残酷で、あまりにも重いことだけが、胸を締め付けた。
「青春ロジック」という言葉が、今日はひどく空虚に聞こえた。
【今回の勝敗:みゆきの「数値上の勝利」、心の完敗】
次は、第17話「舞台裏の告白、それは勝負に含まれますか?」
文化祭の後夜祭。落ち込むみゆきを、航太が彼なりのやり方で励まし、二人の関係がさらに踏み込みます。




