第15話:文化祭の勝利、お化け屋敷の悲鳴は恋の合図
「文化祭こそ、我がクラスの組織力が試される最大の勝負よ!」
十月。学園中が華やかな装飾に彩られる中、勝呂みゆきはクラス会議の壇上で、巨大な模造紙を広げていた。
我が2年B組の出し物は、伝統的な『お化け屋敷』。
だが、みゆきの手にかかれば、それは単なる娯楽ではなく「恐怖心理の科学的実証」へと変貌する。
「いい? 人間が最も恐怖を感じる角度は、右斜め四十五度。音響のタイミングは、対象の心拍数が上昇したコンマ二秒後……。これで他クラスの模擬店に売上・満足度ともに完全勝利を収めるわ!」
「……勝呂さん、気合入りすぎだよ」
「お化け役のメイク、怖すぎて泣く子が出るんじゃ……」
クラスメイトの引き気味な反応も、今のみゆきには心地よいBGMだ。迷いを吹っ切った彼女のロジックは、かつての鋭さを取り戻していた。
「航太、あなたには『デバッグ役』を命じるわ。私の構築したこの『絶望迷宮』を、実際に歩いて問題点を洗い出しなさい」
そんなわけで、俺は放課後、準備の整った真っ暗な教室――お化け屋敷のテストコースを、みゆきと共に歩くことになった。
「暗いわね……。でも、この光量不足は計算通り。さあ、来るわよ、第一の恐怖ロジックが……」
背後から「ヒタヒタ……」という録音された足音が響く。
「……効率的ね。脳が視覚を補おうとして聴覚が鋭敏に……」
みゆきは腕を組み、冷静に分析を続けていた。……が。
(ガタッ!!)
小道具のロッカーが予期せぬタイミングで倒れた。
「ひゃうんっ!?」
聞いたこともないような声が、みゆきの口から飛び出した。
彼女は反射的に、隣を歩いていた俺の腕に全力で抱きついてきた。
「……みゆき?」
「……な、何よ。今の叫びは、音響効果による鼓膜の振動が……その、不測の事態によって……」
しがみついた腕が、小刻みに震えている。
どうやら彼女のロジックには「自分の怖がり」というデータが入力されていなかったらしい。
「お前、お化け屋敷苦手だったのか?」
「に、苦手なわけないでしょう! 私は、非科学的な現象なんて……」
(ピチャッ……)
天井から仕掛けの水滴が落ちる。
「ひいいっ! 航太! 離れないで、私の計算が狂うから! 今の接触を維持しなさい、これは命令よ!」
「……お前、さっきから目が開いてないぞ」
暗闇の中、みゆきは俺の腕を両手でぎゅっと掴み、俺の背中に顔を押し付けている。
普段の「勝利の女神」の威厳はどこへやら、今の彼女は震える子犬のようだ。
「……いい? これは、恐怖という極限状態において、信頼できる個体との距離を詰めるという生物学的本能に基づいた……ああっ! 今、角の影に誰かいたわ!」
「俺だよ、姿鏡に映った俺たちだ」
ようやく出口の光が見えた頃、みゆきは魂が抜けたような顔で俺の腕を離した。
夕暮れの廊下に出ると、彼女は顔を真っ赤にして、乱れた制服を整えた。
「……不覚だわ。暗闇による空間認知能力の低下を甘く見ていた。航太、今の私の『悲鳴』、及び『密着行為』は、すべて文化祭のクオリティ向上のための自己犠牲として記録しなさい」
「はいはい。……でもさ、その『密着』のおかげで、俺の心拍数はみゆきのロジック通り、跳ね上がってたけどな」
俺がからかうと、みゆきはさらに顔を赤くし、カチカチと歯を鳴らしながら言い返した。
「……そ、それは私の『心理誘導ロジック』の勝利ね! あなたの心拍数すら、私の支配下にあるという証明よ!」
「はい、みゆきさんの勝ちです」
俺が苦笑いしながら頭を下げると、彼女は満足げに、でもどこか落ち着かない様子で歩き出した。
文化祭当日。
2年B組のお化け屋敷は大盛況だった。
「あーん、怖かったね」と寄り添い合うカップルたちの姿を見て、みゆきは受付で一人、悔しそうにノートに書き込んでいた。
『恋の合図としての恐怖利用――この変数、次回のロジックに採用検討の余地あり』
彼女の「勝利」の形が、少しずつ、でも確実に変化し始めていることを、本人はまだ認めようとはしなかった。
【今回の勝敗:みゆきの完全勝利(ただし、航太の腕には爪痕が残った)】
「お化け屋敷」という鉄板ネタで、みゆきの意外な弱点と、二人の密着(?)を描いてみました。
次は、第16話「勝利の代償、明かされる『一番』への呪縛」
文化祭の盛り上がりの中、みゆきの「家族」や「過去」が少しずつ見え始める、シリアス展開の入り口です。




