第071話:飛竜部隊の強襲と、フルハーネス安全帯の義務化
大陸暦一二五五年、初夏。
穏やかな木漏れ日が差し込むようになった大樹界の森。
先ほどまでの毒花粉の脅威は完全に去り、エルフたちはルディに付き従うドワーフたちの指導のもと、新しい森の形――持続可能な里山の管理に向けて、静かに、そして希望に満ちた動きを見せ始めていた。
水上プラットフォームの第一期工事完了に伴い、今後の関所運営と財務処理のために現場へ合流していたテレーゼが、ルディの傍らで報告書を整理している。
「ルディ様。大樹界の買収(ホワイト化)、完璧でございますわ。……これほどの大事業を無災害で成し遂げたのですから、今夜は私とエルザの炉心も、限界まで特別点検してくださいますよね……♡」
テレーゼは丸眼鏡を外し、豊かな双丘をルディの腕に押し当てて熱い吐息を漏らした。
「こら、作業中に不安全な密着をするな。集中力が削がれる」
ルディが冷や汗を流して嗜めた、その時。
ルディの網膜に常時展開されている【ガス・温度検知】が、突如として真上から突き刺さるような強烈な熱源の接近を警告した。
(上空からの急速な熱源接近……? 鳥じゃない。これは大型の生物、それも編隊を組んだ『空のハザード』だ!)
「空を見ろ!」
ルディが鋭く叫ぶと、テレーゼやフィオナ、そしてティターニアが弾かれたように上空を振り仰いだ。
雲を切り裂き、数十頭の巨大な飛竜がその姿を現した。
鱗に覆われた強靭な体躯と、コウモリのような巨大な皮膜の翼。その背には、白銀の鎧と純白の法衣をまとった騎士たちが騎乗している。
「セルヴィア聖王国の、飛竜騎士団……!」
フィオナが、かつての王女としての知識を辿り、息を呑んで呟いた。
「なぜ、あの狂信的な宗教国家がここまで……。それに、あの数……本気で私たちを滅ぼすつもりですわ」
飛竜の編隊の先頭、一際大きな白銀の飛竜の背に立ち、金色の髪を風になびかせている少女がいた。
セルヴィア聖王国の異端審問官にして聖女、クラリスである。
彼女の透き通るような青い瞳には、燃え盛るような信仰心と、ルディたちに対する強烈な嫌悪感が宿っていた。
「見つけましたよ、世界を堕落させる悪魔の眷属ども!」
クラリスの凛とした声が、風の魔術によって地上へと響き渡った。
「恐れ多くも神が創り賜うた自然を加工し、人々に安らぎと飽食を与えて信仰を奪い去る者、ルディ・フォン・バウムガルト! あなたのその甘美な毒は、この大陸の秩序を破壊する邪悪そのものです。聖王国の名において、空より神の鉄槌を下します!」
クラリスが白銀の杖を振り下ろすと、数十頭の飛竜が一斉に空高く舞い上がり、そこから岩石や燃え盛る魔力弾を抱え、地上へ向けて急降下爆撃の体勢に入った。
(……宗教的なイデオロギーの押し付けによるテロリズムか。だが、上空からの急降下爆撃(落下物ハザード)は極めて危険だ。さらに、万が一巻き込まれて空中に放り出されれば、致命的な墜落災害に直結する)
ルディは冷徹に状況を分析し、拡声魔導具を手に取った。
「全作業員に通達! 直ちに頭上を警戒し、飛来物からの退避行動をとれ! 同時に、第一倉庫から『フルハーネス型安全帯』を取り出し、全員着用しろ!」
ルディの突然の指示に、エルフたちは困惑した。
「あんぜんたい……? それは何ですか?」
「高所からの墜落、および衝撃による吹き飛ばしを防ぐための、全身を強固に固定する保護具だ! 従来の腰だけのベルトでは、墜落時や衝撃で内臓を損傷する危険がある! 肩、腰、腿を確実に固定するフルハーネス型のみを着用し、ランヤード(命綱)の二丁掛けフックを頑丈な木の幹や石柱に確実に掛けろ! 義務化を怠った者は直ちに現場から退場させるぞ!」
ルディのロジカルで圧倒的な声に、バウムガルト軍の古参兵たちが手際よくフルハーネス型安全帯を配り始めた。エルフたちも、アイラたちの指導に従い、見よう見まねでその分厚いベルトを全身に装着し、太い木の幹にフックを固定していく。
テレーゼが、丸眼鏡を輝かせて感涙にむせぶ。
「おお……っ! 空からの理不尽な攻撃に対して、大地の神木と一体化することで命を守るという、究極の防護陣……! 若君は、我々を大地の母の胎内へと繋ぎ止めてくださるのですね!」
(いや、ただ強風で吹き飛ばされないように木に縛り付けてるだけなんだが)
「愚かな……。そのような紐で、神の怒りから逃れられるとでも?」
上空のクラリスは、冷ややかな視線を向けた。
「全騎、突撃! 悪魔の陣地を粉砕しなさい!」
飛竜たちが、凄まじい風切り音を立てて上空から垂直に近い角度で急降下してくる。
その圧倒的な速度と質量。地上にいる誰もが、避けようのない死を覚悟した。
だが、ルディはフルハーネスのバックルをカチリと締めながら、静かに空を見上げていた。
(急降下爆撃……確かに脅威だが、航空力学の観点から見れば、揚力を捨てて重力に身を任せるあの軌道は、外部からの気流の変化に対して極めて脆弱だ。乱気流のハザードを全く考慮していない不安全行動の極みだな)
「エルザ! 水上プラットフォームに設置した木炭ボイラーの排熱ダクトと、お前の熱線を連動させるぞ!」
「はいっ、ルディ様!」
エルザが、極薄の白いシュミーズの上から羽織った防護マントの下で、熱い吐息を漏らして進み出た。
「あの飛竜の編隊の真下に、最大出力で熱線を放て! 地上の冷たい空気と激突させ、意図的に強烈な『上昇気流』を発生させるんだ!」
「かしこまりましたわ。……私のお腹の奥で疼いている魔力の熱で、あの空の鳥たちを気持ちよく炙って差し上げます!」
エルザは太ももの内側を擦り合わせ、自らの放電痕(性感帯)を心地よいデトックスの汗で濡らしながら、指先に青白い光を点滅させた。
エルザの指先から、圧倒的な熱線が地上すれすれを薙ぎ払うように放たれた。同時に、ルディが土木魔法で地下の排熱を地表へと一気に噴出させる。
急激な温度差によって、飛竜たちの真下に、竜巻のような超強力な上昇気流と乱気流が突発的に発生した。
「なっ……!? 風が、下から……ッ!?」
急降下していた飛竜の翼が、下からの強烈な熱風をモロに受けた。
空を飛ぶ生き物にとって、急降下中に突発的な上昇気流を翼に受けることは、機体のバランスを完全に破壊される致命的な事態である。
飛竜たちは揚力のコントロールを失い、空中で激しくきりもみ状態となった。
「きゃあああっ!?」
クラリスが飛竜の背で悲鳴を上げる。
(よし。コントロール喪失によるセルフ墜落(労災)の成立だ)
バランスを崩した数十頭の飛竜は、お互いに衝突し合いながら、あるいは翼をへし折られながら、次々と森の奥や川の泥濘へと無惨に墜落していく。
ルディの部下たちとエルフたちは、フルハーネス型安全帯とランヤードによって強固な木々に固定されていたため、墜落の衝撃による突風や飛来物に巻き込まれて吹き飛ばされる者は一人もいなかった。
「……信じられませんわ。空を支配する飛竜騎士団が、一瞬で……」
フィオナが、風に煽られながらも安全帯に守られ、呆然と呟いた。
「当然だ。高所における墜落防止措置(安全対策)を怠り、気象条件を無視して特攻するなど、ただの自殺行為だからな」
ルディは、森の奥へと墜落していく白銀の飛竜――聖女クラリスが乗っていた機体の軌道を冷徹に見定めた。
(部下を不安全な急降下爆撃に付き合わせたブラック宗教の親玉か。……墜落による負傷、および極限のパニックで自律神経がメルトダウンしているはずだ)
「さて、墜落した責任者の救護と、メンタルヘルスの『調律』に向かうとするか」
ルディの瞳に、狂信的な聖女を「安全第一」の極上パルスでドロドロに書き換えるための、冷徹でロジカルな安全管理者の光が宿っていた。




