第070話:ロジカルな里山管理と、エルフ一族のホワイト買収
第070話:ロジカルな里山管理と、エルフ一族のホワイト買収
黄色い死の粉塵が荒れ狂う外気から完全に遮断された、純白の除染天幕。
その入り口の分厚いシートが捲られ、重い防護服のコートを腕に抱えたルディ・フォン・バウムガルトが姿を現した。
「ルディ様! ご無事で……っ」
外で指揮を代行していたフィオナとヴィクトリアが、防護服のガラス越しに安堵の声を上げる。
ルディの後ろからは、緑色の髪を少し乱し、シーツで身体を包んだだけのティターニアが、ふらつく足取りで歩み出てきた。
かつて森の怒りを代弁し、冷酷に死を宣告していたエルフの女王の面影は、そこにはない。彼女の肌を蝕んでいたどす黒い魔菌糸は完全に消え去り、ルディの【微弱放電】による極限の『除染トリートメント(物理療法)』から解放されたその顔には、穏やかで、しかしどこか熱を帯びた生気が満ちていた。
「ルディ様……、行かないで……っ。私、まだ、あなた様の心地よい電気がないと……また森の悲鳴に神経が過敏に反応(漏電)してしまいそうで……っ」
ティターニアは、すがるようにルディの服の裾を握りしめ、心地よいデトックスの汗で上気した肌をシーツ越しに押し付けながら、潤んだ緑の瞳で彼を見上げた。
「俺はこれから現場の復旧作業に出る。……エルザ、アイラ。言った通り、この新入りのOJT(実地研修)は頼んだぞ」
「はいっ! お任せください、若君様!」
元気よく飛び出してきたのは、ドワーフの少女アイラだった。彼女はティターニアの手を優しく、しかし力強く握った。
「女王様、もう痛いのは治ったでしょう? ここは安全ですから、これからは私と一緒に、若君様のルールを一つずつ覚えていきましょうね!」
「ドワーフの、子供……? なぜ、大地の民が人間の下で……」
「ふふっ。彼女はルディ様の最も古くからお仕えする、優秀な職人ですわよ」
超高熱線魔術師のエルザが、優雅な足取りで近づき、ティターニアの肩に手を置いた。
「自然と同調しすぎるあまり自分を見失い、自律神経を暴走させるなど、指導者として失格です。ルディ様が定めた『安全の教義』を学べば、あなたも魔力に呑まれることなく、甘美な安らぎ(極上の放電マッサージ)の中で生きることができますわ。さあ、私たちが手取り足取り、ルディ様の電気の素晴らしさを教えて差し上げます」
「安全の、教義……。ルディ様の、与えてくださる安らぎ……」
ティターニアは、エルザの言葉に導かれるように、恍惚とした表情で頷いた。誇り高きエルフと、大地に生きるドワーフ。かつては相容れなかった種族同士が、ルディの絶対的な庇護の下で新たな絆を結び始めていた。
だが、ルディの視線は、天幕の外――いまだ黄色い毒花粉を撒き散らし、狂ったように蠢く大樹界の森へと向けられていた。
「ルディ様。女王を捕らえても、森の怒りは収まっていないようです」
ヴィクトリアが、防護服越しに険しい声を出す。
ティターニアが暴走させた自然の力は、すでに彼女の制御を離れていた。巨大な食人植物がうごめき、毒の茨が意思を持つように水上プラットフォームの石柱へと絡みつこうとしている。
「このままでは、建設現場が飲み込まれてしまいます。私の風水魔術で嵐を呼び、森ごと吹き飛ばしましょうか?」
フィオナが提案するが、ルディは即座に首を横に振った。
「却下だ。森を焼き払ったり吹き飛ばしたりするような強行手段は、最悪の『環境破壊(環境ハザード)』だぞ。そんなことをすれば、土壌保水力が失われて大規模な土砂災害(二次災害)を引き起こし、俺の有給ライフの基盤が崩壊する!」
ルディは拡声用の魔導具を手に取ると、防護服に身を包んだ作業員たちへ向けて、ロジカルで冷徹な命令を下した。
「これより、暴走する森林地帯の『ロジカルな里山管理』を実行する! 持続可能なエコシステムを構築し、ハザードを根本から取り除くぞ!」
ルディの号令とともに、バウムガルト隊が動き出した。
「第一班、間伐開始! 日光を遮っている不要な巨木を切り倒し、森の中に光の通り道(採光ルート)を作れ! 視界不良は事故の元だ!」
「ハッ! 間伐、ヨシ!」
作業員たちが魔法で強化された斧や鋸を振るい、鬱蒼と生い茂っていた樹木が計画的に切り倒されていく。森の奥深くまで太陽の光が差し込み始めると、日陰を好む毒の茨や魔菌糸の動きが目に見えて鈍くなった。
「第二班! 刈り取った茨や下草は一箇所に集めて発酵させ、有機肥料として再利用しろ! 廃棄物ゼロの完全なサーキュラーエコノミーを目指すぞ!」
暴走した大樹界の植物は、水上プラットフォームの対岸まで異常浸食してきていた。ルディたちは桟橋を渡りきり、浸食された陸地(大地)へと足を踏み入れる。
ルディ自身も最前線に立ち、大地に両手を突き立てた。
「狂った植物の根が、土壌の養分を不均等に吸い上げているのが原因だ。……【土壌安定】、流動化起動!」
ルディの莫大な魔力が大地を駆け巡る。
硬く締まりすぎていた土が適度にほぐされ、植物の根が呼吸しやすい『理想的な三相分布』へと土壌環境が一瞬にして書き換えられていく。
「これで土壌の通気性と水はけは完璧だ。極端な生存競争を強いられていた植物たちも、これで落ち着いて育つことができる」
ルディの土木魔法と、作業員たちの整然とした「間伐」と「下草刈り」。
それは、エルフたちが手つかずのまま放置し、神聖視しすぎていた『手入れのされていない危険な原生林』を、人間と自然が共生できる安全で美しい『里山』へと造り変える作業であった。
数時間後。
致死性の毒花粉を撒き散らし、不気味にうごめいていた大樹界の境界は、見違えるように穏やかな姿を取り戻していた。
適度に木漏れ日が差し込む明るい林。整えられたふかふかの腐葉土。食人植物は毒気を抜き、おとなしく美しい花を咲かせている。
「……信じられない。森が、あんなに穏やかな声で歌っているなんて」
除染天幕の入り口で、アイラとエルザに支えられながらその光景を見ていたティターニアが、感涙にむせんだ。
彼女たちエルフは、自然に手を加えることを恐れ、ただ祈り、同調することで森を守ろうとしてきた。だが、それは森にとってもエルフにとっても、過酷な自己犠牲(ブラック労働)でしかなかったのだ。
ルディの行った「ロジカルな管理」は、森を破壊するどころか、植物たちが最も心地よく生きられる環境を整え、かつ人間にとっても安全な空間を作り出していた。
「自然と調和するとは、こういうことだったのですね……。私たちは、ただ盲目に森に寄り添い、共に苦しんでいただけでした……」
その時、整えられた林の奥から、数十人のエルフたちが恐る恐る姿を現した。
彼らもまた、暴走する森の毒に当てられ、疲弊しきっていた。しかし、明るく生まれ変わった森の姿と、穏やかな表情を取り戻した女王ティターニアを見て、一斉にルディの前に膝をついた。
「ルディ様……。私たち一族は、あなたの『安全な教え』に、心より帰順いたします。どうか、私たちにもその素晴らしい森の管理の術を教えてください」
ティターニアが深く頭を下げると、エルフたちも一斉にひれ伏した。
その姿を見たエルフたちの目には、ルディがもたらした里山管理(5Sと土木魔法)が、森の悲鳴を鎮め、すべての生命が最も心地よく生きられる楽園へと作り変える神の御業として映っていた。
「よし。これで大樹界のバイオハザードは完全に鎮圧された。……ティターニア、お前たちエルフ一族を、今日から我が陣営の『バウムガルト・バイオ研究・農業部門』として本採用する」
ルディは満足げに頷き、宣言した。
「お前たちの持つ植物の知識と、我が陣営の安全管理ロジックを融合させ、この森を大陸一の持続可能な資源供給拠点へと成長させるんだ。もちろん、週休二日と温かいハサップ給食、そして定期的な『メンタルヘルスケア(放電アース)』は保証するぞ」
「はいっ……! ルディ様のため、森のため、精一杯お仕えいたします!」
大陸最大の不可侵領域と呼ばれた大樹界は、ルディの「里山管理」という名の圧倒的なホワイト待遇により、一滴の血を流すこともなく、完全な傘下へと収められたのである。
(よし! 対バウムガルト大同盟の第二の矢、エルフ一族の完全買収、ヨシ!)
ルディは、水上プラットフォームから美しく整備された森を見渡し、次なる脅威――空から迫るであろう「セルヴィア聖王国の異端審問」に向けて、冷徹に思考を切り替えるのであった。




