第069話:完全除染プロセスと、エルフ女王のSDGs調律
黄色い死の粉塵が荒れ狂う水上プラットフォームの上で、大樹界の女王ティターニアは信じられないものを見るように目を見開いていた。
自分が放った猛毒の花粉を浴びてなお、目の前の人間たちは誰一人として倒れない。そればかりか、奇怪な仮面の奥から響く少年の声は、彼女が長年一人で抱え込んできた『身を削る苦痛』をいとも容易く言い当てたのだ。
「なぜ……。なぜ、私の苦しみがわかるというの……。私は、森を守るために、この痛みに耐えねばならないのに……っ!」
「我慢は不安全行動だ。自己犠牲の精神論で森(現場)が守れるか」
分厚いゴム引きの防護服に身を包んだルディ・フォン・バウムガルトは、ティターニアの眼前へと歩み寄り、その細い腕を力強く掴んだ。
「なっ……離しなさい! 人の子が、私に気安く触れるなど……!」
ティターニアは激しく抵抗しようとした。しかし、彼女の体内を蝕む魔力毒と極度の疲労が、その動きをひどく鈍らせていた。少し身をよじっただけで、激しい眩暈と吐き気が彼女を襲い、その場に崩れ落ちそうになる。
ルディは倒れかけたエルフの女王を軽々と抱き上げると、背後の作業員たちに向けて拡声器越しに叫んだ。
「全作業員は現状の防護態勢を維持しろ! 俺はこれより、この重度被曝者の『除染および救護プロセス』に移行する! フィオナ、ヴィクトリア! お前たちは外気の侵入を防ぎつつ、現場の指揮を代行しろ!」
「は、はいっ、ルディ様……!」
「お気をつけて……!」
防護服姿の二人が頷くのを確認すると、ルディはティターニアを抱えたまま、巨大な桟橋の奥へと歩を進めた。
(……特定化学物質に曝露した重症患者を放置すれば、取り返しのつかない後遺症(重大労災)を招く。それに、このまま彼女が外気で魔力を暴走させれば、二次災害の危険もある。直ちにクリーンルームでの『完全除染』が必要だ)
ルディが向かったのは、有害物質の飛散を予測して事前に水上プラットフォームの一角に設営させていた、真っ白な密閉天幕であった。
天幕の入り口をくぐると、風の魔石を利用した強烈な気流が上下左右から吹き付け、防護服の表面に付着した粉塵を完全に吹き飛ばした。さらに次の区画では、微細な水霧が降り注ぎ、見えない毒素を洗い流していく。
「ここは……? 風と水が、私の魔力を……」
ティターニアは、朦朧とする意識の中で呟いた。
「『エアシャワー』と『薬液洗浄』による前室だ。これで外部からの有害物質の持ち込みは完全に遮断された」
一番奥の安全な区画へと足を踏み入れると、ルディは自身の防護服の全面マスクを外し、重いゴムのコートを脱ぎ捨てた。
そして、腕の中で息も絶え絶えになっているティターニアを、清潔な白いシーツが敷かれた寝台の上に静かに横たわらせた。
明るい魔導ランプの光の下で見ると、彼女の症状は深刻だった。透き通るように白い肌のあちこちに、どす黒い魔菌糸が血管のように浮き上がり、痛々しく脈打っている。森の悲鳴と同調しすぎた彼女の感覚は極限まで研ぎ澄まされ、寝台のシーツが触れるわずかな刺激にすら身をすくめていた。
「これより、強制除染を開始する。汚染された衣服は二次被曝の元だ。すべて焼却処分(5S)する」
ルディは、ティターニアが身にまとっていた緑色のドレス――森の魔力で編まれたというその生地を、一切の躊躇なく引き裂いた。
「あ……っ、やめ、やめて……っ」
露わになったのは、神々しいほどに美しく、しかし毒に蝕まれて熱く火照ったエルフの女王の裸体だった。豊かな胸の起伏や、長くしなやかな足のラインにも、黒い菌糸の痕跡が這うように広がっている。
(自らの身体に有害物質を寄生させながら自然を守ろうとするとは、最悪の自己犠牲(ブラック労働)だ。環境保護(SDGs)とは、作業員の健康と持続可能性が両立しなければ意味がない。安全管理者の義務として、お前のその狂った自律神経を正常な数値に書き換えてやる)
ルディは、特製の導電性ハーブバームを両手にたっぷりと塗り広げると、青白い【微弱放電】を指先に宿した。
「少し、痺れるぞ。体内の魔力対流の異常を、俺の電気で中和する」
ルディの手のひらが、ティターニアの白く滑らかな肩口から、黒い菌糸が最も密集している背骨に沿ってピタリと押し当てられた。
バチバチバチッ!!!
「ひゃあああああああっっっ!?」
ティターニアの背中が、雷に打たれたように激しく跳ね上がった。
ルディの指先から流れ込む低周波の電撃パルスが、彼女の身体に寄生していた毒の魔力を直接焼き切り、同時に極度に強張っていた自律神経を強制的に弛緩させていく。
「あ、あつ……熱いわっ! なにこれ、痛みが……森の悲鳴が、消えて……っ」
「深呼吸しろ。過敏になりすぎたお前の神経を、リラックス状態へと強制的に誘導している。自然の声を聞きすぎるから、お前自身のシステムがオーバーフローを起こすんだ」
ルディの指先は、バームの滑りを借りて、ティターニアの平らなお腹から、長く美しい太ももの内側へと這うように滑っていく。
触れられるたびに青白い火花が散り、どす黒かった菌糸の痕跡がみるみるうちに消え去っていく。それと同時に、苦痛から解放された彼女の脳髄には、かつて経験したことのない強烈な快感が満ち始めていた。
「あ、あはぁっ……! だめ、そんなところ……っ、不思議な電気が、身体の奥にまで響いて……っ」
「自然と調和するとは、自らを犠牲にすることではない。適切な安全基準を守り、持続可能な関係を築くことだ。……お前のその凝り固まったブラックな思想を、俺が正しく調律してやる」
ルディの指先が、最も神経が集中する太ももの内側深く(経絡のツボ)をバチバチと刺激した瞬間、ティターニアの緑色の瞳は完全に焦点を失い、熱く蕩けきった。
「あぁっ! 溶ける……っ、私の痛みが、誇りが……あなたの温かい光で、全部流されていくわ……っ!」
長い間、孤独と苦痛の中で森を守り続けてきた女王の心が、ルディの与える圧倒的な安らぎと快感の前に、音を立てて崩れ去っていく。
「ルディ様……っ。あなたの……あなたの言う通りだわ……。私、ずっと……苦しかった……っ! 私を、あなたの安全な世界で……休ませてぇぇっ!」
「自然のシステム(生態系)は俺が管理してやる。お前はもう、俺の安全基準の中で安らげ」
「あはぁっ! ルディ様の電気で……私、新しい自然(ホワイト待遇)に生まれ変わりますぅぅっ!」
ティターニアは、美しい銀糸の髪をシーツに散らし、心地よいデトックスの汗で全身を濡らしながら、ルディの腕の中で激しく腰を跳ね上げて極上の強制リラクゼーション(システムシャットダウン)を迎えた。
(よし、重度被曝者の強制除染およびメンタルケア、完了。……これで、大樹界のトップは完全に我が陣営の傘下(ホワイト子会社)に組み込まれたな)
ルディは、完全に骨抜きにされ、幸せそうな寝息を立てて気絶しているティターニアに真新しい毛布を掛けてやると、除染室の扉の向こうに向かって声をかけた。
「エルザ! アイラ! 入ってこい」
「はいっ、ルディ様!」
「お呼びでしょうか、若君様!」
前室での除染プロセスを終え、重い防護服のコートを脱ぎながら除染室に入ってきたのは、超高熱線魔術師のエルザと、ドワーフの少女アイラであった。
二人は、寝台の上で蕩けた顔を晒しているエルフの女王を見て、驚きと、そしてどこか優越感の混じった笑みを浮かべた。
「お前たちに、新しい業務を与える」
ルディは、眠るティターニアを指し示した。
「彼女と、彼女が統べるエルフの一族を、これより我が陣営の『バウムガルト・バイオ研究・農業部門』として新たに編入する。エルザ、お前は彼女のメンタル管理を。アイラ、お前はドワーフの技術とエルフの植物知識を融合させるための実務指導(OJT)を担当しろ」
「ええっ!? 私が、エルフの女王様の指導係ですか!?」
アイラは驚いて大きな声を上げた。古来より、エルフとドワーフは仲が悪いと相場が決まっている。
「そうだ。お前は我が陣営で最も長く働き、安全の教義を熟知している優秀な先輩作業員だ。種族の壁など、我がホワイト企業では何の意味も持たない。……頼めるな?」
「は、はいっ! ルディ様のご期待に応えられるよう、この新入りのエルフさんに、しっかりと安全第一の精神を教え込みます!」
アイラは誇らしげに胸を張り、エルザも妖艶に微笑んでティターニアを見下ろした。
「ふふっ。自然と同調しすぎるあまり自分を見失うなど、指導者として失格です。ルディ様が定めた『安全の教義』を学べば、あなたも魔力に呑まれることなく、甘美な安らぎの中で生きることができますわ。ルディ様の電気なしでは生きられない身体になるよう、私たちが一から丁寧に教えて差し上げますわね」
(よし。増えすぎた人員の教育コストは、既存の優秀な幹部に丸投げ(デリゲーション)するに限る。これで俺の有給消化の時間は一秒も削られない。完璧なOJT制度の稼働だ)
ルディは、大樹界という巨大な脅威を完全に無害化し、新たな労働力として吸収したことに深い満足感を覚えながら、次なる安全管理のステップへと冷徹に思考を進めるのであった。




