第058話:鉄血将軍の再雇用(オンボーディング)と、本社監査への出陣
西部辺境伯領の城塞都市の外れに設けられた、バウムガルト隊の捕虜収容天幕。
そこは、かつてない静寂と、奇妙な熱気に包まれていた。
「あ、痛ぇ……っ、膝が、肩が砕けるように痛てぇ……っ!」
「おい、スープのおかわりはあるか!? 腹が減って死にそうなんだ!」
かつてカストル帝国が誇った無敵の殺戮マシーン、『鉄血魔導重装歩兵』の生き残りたち。
彼らは今、ルディの指示によって投与された「痛覚麻痺薬の解毒剤」によって、本来の人間としての『痛み』と『空腹』を取り戻し、泥の床で身悶えしていた。
だが、その彼らに寄り添い、優しく包帯を巻き、温かいポトフを配っているのは、敵であるはずのバウムガルト隊の給炊班や医療班の乙女たちであった。
「はい、ゆっくり食べて。ルディ様の作ったお薬を塗ったから、もう無理しないでいいのよ」
その圧倒的な『ホワイト待遇(慈悲と適切な労災治療)』に触れ、帝国兵たちは痛みに泣き叫びながらも、出された温かいスープにすがりつき、「俺たち、ただの使い捨て部品じゃなかったんだ……っ」と次々にバウムガルト隊への寝返り(忠誠)を誓っていた。
だが、その天幕の最も奥まった隔離スペースで。
一人、出されたスープにも手を付けず、死んだような魚の目で虚空を見つめている大男があった。
精鋭中隊長、ヴォルフガング将軍(三十八歳)である。
(……俺は、負けた。圧倒的な暴力でも、高度な魔術でもなく……『安全管理』などという軟弱な理屈の前に、我が帝国の軍規は完全に粉砕されたのだ)
彼の身体は、ヒルデの一撃によって脳震盪を起こしただけでなく、長年の薬物投与とオーバートルク(過重負荷)の蓄積により、全身の筋肉と関節がボロボロに軋んでいた。
誇りも、部下も、すべてを失った。このまま敵の捕虜として惨めに処刑(廃棄処分)されるのを待つだけの、ただの壊れた歯車。
「――いつまで不貞腐れているつもりだ、三流のブラック工場長」
天幕の入り口から、冷徹な声が響いた。
ピカピカのハイブリッドダウンベストを羽織ったルディ・フォン・バウムガルトが、手帳(安全衛生記録簿)を開きながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「……バウムガルトの、小僧」
ヴォルフガングは、乾ききった唇を歪めて自嘲した。
「笑いに来たか。俺は敗れた。帝国に帰る場所もない。さっさと首を刎ねて、この無様なスクラップを処分(廃棄)するがいい」
「スクラップだと? 冗談じゃない」
ルディは呆れたように手帳を閉じ、ヴォルフガングの前にしゃがみ込んだ。
「お前が部下を使い潰してきたブラックな手法(不安全行動)は万死に値する。……だがな、お前が持つカストル帝国の軍事機密、兵站ルート、そして巨大魔導兵器の仕様に関する『内部知識』は、我が陣営にとって極めて価値の高いプレミアム・リソースだ。そんなものをただの肉塊として廃棄するなど、経営者としてあり得ない『機会損失(大赤字)』だ」
「な……に?」
「お前は本日付で、我がバウムガルト陣営に『カストル帝国攻略特別顧問』兼『解体作業現場監督』として再雇用する」
ヴォルフガングは、自分が何を言われているのか理解できず、呆然と目を丸くした。
敵の将軍を、自分たちの陣営の『特別顧問』として迎え入れるだと? そんな狂った人事配置が、この戦国乱世で許されるはずがない。
「ば、馬鹿にするなッ! 俺は帝国の軍人だぞ! 貴様のような軟弱な貴族の元で、下働きなど――ガハッ!?」
ルディは、抵抗しようと上半身を起こしたヴォルフガングの胸ぐらをガシッと掴むと、そのまま彼を強引に引き寄せ、その首筋へと容赦なく手のひらを押し当てた。
「無駄な強がりはよせ。お前の身体は、薬物の離脱症状(禁断症状)とオーバートルクの反動で、自律神経が完全にメルトダウンしている。そのままでは三日と持たずに急性心不全(過労死)だ」
バチバチバチッ!!!
「グアアアアアアアッッッ!!!???」
ルディの指先から、青白い【微弱放電】が、ヴォルフガングの太い首筋を通じて全身の神経系へと直接叩き込まれた。
それは、女性幹部たちに施すような「甘く蕩ける愛の調律」ではない。男の強張った筋肉の深層にこびりついた疲労物質(乳酸)と薬物の残滓を、強制的な低周波刺激で物理的に粉砕・排出する、極めて荒療治な『本気の理学療法(ガチの整体)』であった。
「が、あ、あぁ……ッ!? なんだこの電気は……ッ! 痛みが……骨の髄まで軋んでいた痛みが、嘘のように消えて……身体の内側から、熱が……ッ!」
「これが俺の『安全管理』だ。俺はお前たちのように、部下を部品として使い捨てにはしない。使えるリソースは、徹底的にホワイトに健康管理して、骨の髄まで使い倒す(SDGsリサイクルする)主義なんだよ」
ルディが手を離すと、ヴォルフガングは全身から滝のような汗を噴き出しながら、その場にガクンと四つん這いになって崩れ落ちた。
長年、彼を苦しめ、狂わせていた薬物の呪縛と、全身を縛り付けていた激痛が、ルディのたった一撃のパルスによって嘘のように消え去っていた。
残ったのは、人間の本来の温かい体温と、心地よい疲労感だけ。
そこに、ルディが差し出したのは、ミリー特製の『ハサップ(HACCP)基準の温かいポトフ』と、ふっくらとした白パンだった。
「食え。そして、よく考えろ」
ルディは、冷徹に、しかし有無を言わさぬ慈悲深さで彼を見下ろした。
「痛覚を麻痺させて帝国の歯車として死ぬか。それとも、俺のホワイト企業で、本物の人間として安全に生き直すか。……お前が選べ」
ヴォルフガングは、震える手でその温かい器を受け取った。
スープを一口すする。肉と野菜の優しい旨味が、冷え切っていた彼の胃の腑と、凍りついていた心を、暴力的なまでの温もりで溶かしていく。
「あ……あぁ……っ」
気づけば、歴戦の将軍の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。
「俺は……俺は、何のために……。痛みを感じないことを誇りとし、部下を死なせ、自分自身すらも壊れゆくのを『名誉』だと思い込んで……っ!」
彼はポトフを貪り食いながら、子供のように声を上げて号泣した。
部品として死ぬことしか許されなかった男が、初めて『安全(人としての尊厳)』を与えられ、ブラックな精神論から完全に解放された瞬間であった。
「ルディ……様……ッ!」
ヴォルフガングは、空になった器を抱きしめ、ルディの足元に深く、深く平伏した。
「このヴォルフガング、これまでの愚行を恥じ、心を入れ替えます! 命を守るあなた様の『安全第一』の教えの下、この身が粉になるまで……いや、絶対に粉にならない安全な範囲で、あなた様のために尽くし抜くことを誓います!!」
「よし! 採用契約、100%合意だな! 手順、ヨシ!」
ルディは満足げに頷くと、背後に控えていたハンスに合図を送った。
ハンスが恭しくヴォルフガングに手渡したのは、ピカピカの『黄色い安全ヘルメット』と、通気性抜群の『バウムガルト式・防刃作業着』であった。
「さあ、着替えろ、ヴォルフガング特別顧問! これよりお前は、我らの同志(ホワイト社員)だ!」
「おおおおおっ……! これが、これが噂に聞くバウムガルトの安全装備……! 軽い! 軽すぎるぞ! これなら関節にオーバートルクがかからん!」
ピカピカのヘルメットを被り、作業着に身を包んだ元・鉄血将軍は、完全に生まれ変わった『超健康的な現場監督』の顔になり、涙を流しながら「安全第一、ヨシ!!」と完璧な指差し呼称をキメたのである。
(よし! これでカストル帝国攻略に向けた、最強の内部告発者の再雇用が完了した! 西の足場固め、完璧にヨシ!)
ルディは、天幕を出て、初夏の青空を見上げた。
「……後方の憂い(暴動ハザード)は、ライラの生体バッテリーで鎮圧した。西の防波堤(西部辺境伯領)は、カタリナを調律して合法的に吸収(M&A)した。そして、帝国攻略の特別顧問も手に入れた」
ルディの傍らには、過労から完全に解放され、すっかりルディの電気に依存して蕩けた顔をしている西部辺境伯の令嬢・カタリナが、彼の腕にすり寄っている。
「ルディ様……っ。私のこの西の領地は、すべてあなた様の子会社ですわ。……どうか、早く王都の用事を終わらせて、また私の自律神経をめちゃくちゃにアースしに帰ってきてくださいね……っ」
カタリナは、薄いシュミーズの下で太ももをモゾモゾと擦り合わせながら、心地よいデトックスの汗を滲ませて、熱く淫らな吐息を漏らした。彼女の瞳には、すでにルディからの「極上の電撃マッサージ」を求める強烈なおねだり信号(漏電ディテクター)が点滅している。
「ああ、任せておけ、カタリナ。お前はここに残す我が隊の復興支援部隊と協力して、この西の足場の復興(5S)を進めておけ。お前のメンテナンスは帰還後にたっぷりと残業してやるからな」
ルディは、彼女の頭を優しく撫でると、本陣へ向けて冷徹な大号令を放った。
「これより俺は、エリーゼと護衛を連れて、王都(本社)へ出張する!
あの過労で狂っているヒステリックなワンオペ女宰相のコンプラ違反を、物理的な安全監査で叩き潰し、帝国攻略の『全権』をもぎ取ってくるぞ!!」
「「「「「ルディ様万歳!!! 王都出張(本社監査)、安全第一でヨシ!!!!」」」」」
軍事大国を内側からハッキングするための最強の盾を手に入れるべく。
ルディ・フォン・バウムガルトの、王宮の陰謀すらも土木魔法で粉砕する『本社監査サバイバル(王都出張編)』の幕が、今ここに高らかに上がったのである。




