第052話:ブラック機械化歩兵の蹂躙と、安全管理者の迎撃構築
大陸暦一二五五年、初夏。
レームガルト王国とカストル帝国の国境に位置する、西部辺境伯領の防衛線。
初夏特有の、突き刺さるような強い日差しが降り注ぐ平原において、西部辺境伯が誇る一万の軍勢は、かつてない『絶望』の淵に立たされていた。
蹂躙。まさにその言葉しか当てはまらない光景だった。
防衛線の防柵は木っ端微塵に粉砕され、レームガルトの兵士たちは血まみれになって我先にと逃げ惑っている。
彼らを蹂躙しているのは、たった「五百名」の歩兵部隊。
軍事超大国カストル帝国が誇る、一騎当千の破壊殺戮兵器――『鉄血魔導重装歩兵』の精鋭中隊であった。
「放てェッ! 火球魔術、一斉掃射ァッ!!」
西部辺境伯軍の魔導師団が、死に物狂いで火属性の攻撃魔術を放つ。
数十の巨大な火球が、漆黒の重装歩兵たちへと直撃し、凄まじい爆炎が巻き起こった。
「や、やったか……!?」
だが、爆煙が晴れた後、西部辺境伯軍の将兵は絶望に目を剥いた。
カストル帝国の兵士たちが身に纏う黒の魔導金属は、直撃した火炎の熱量を表面で瞬時に吸収・分散させただけではない。彼らの鎧の内部には高価な『冷却魔石』が組み込まれており、初夏の日差しと爆炎の熱を強制的に中和していたのだ。
「――無駄だ、レームガルトの弱兵ども。我らカストル帝国の『鉄血の歯車』は、熱も、痛みも、疲労すらも感じぬ完全な機械だ」
重装歩兵の先頭に立つ、一際重々しい漆黒の甲冑を纏った男が、冷徹な声で言い放った。
カストル帝国軍・精鋭中隊長、ヴォルフガング将軍(三十八歳)である。
彼は身の丈ほどもある巨大な魔導戦槌を軽々と振り回し、西部辺境伯軍の重装騎士を鋼鉄の盾ごと数十メートルも吹き飛ばした。
「進め。兵士は帝国の部品に過ぎん。部品が摩耗しようと、止まることは許さん!」
ヴォルフガングの号令で、黒い悪魔たちが一糸乱れぬ歩調で前進する。
だが、その進軍の様子は、どこか「異常」であった。
ある歩兵は、敵の槍を太ももに深々と突き立てられながらも、全く痛がる素振りを見せず、平然と槍の柄ごと敵の首をへし折った。また別の歩兵は、自重で足首の骨が不自然な方向に曲がっているにもかかわらず、顔色一つ変えずに足を引きずりながら、狂ったような速度で走り続けている。
彼らは出陣前、カストル帝国秘伝の『痛覚麻痺の戦闘薬(違法ドラッグ)』を過剰投与されていた。
「痛み」という、肉体が発する限界の警告を強制的にミュートし、筋肉の限界を超えて稼働させ続ける、究極のブラック軍隊。
怪我をしても止まらない。熱中症にもならない。
まさに、死ぬまで稼働をやめない狂気の機械化歩兵であった。
「バウムガルトの小僧の首を獲るまで、一秒の休息も許可せん! 行軍再開ッ!!」
「「「ハッ!! 帝国万歳!!」」」
西部辺境伯軍の一万をあっさりと塵に変えた五百の悪魔たちは、無慈悲な足音を響かせながら、ルディの待つロベルト領へと真っ直ぐに刃を向けたのである。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
ゼーフェルト領北部、新生ロベルト直轄領。
「――ルディ様! 緊急レッドアラートだよ!」
冷房代わりの魔導冷風機が快適な二十四度を保つ領主本邸の執務室へ、斥候用ポンチョを泥だらけにしたセシルが息を切らして飛び込んできた。
「どうした、セシル。落ち着いてハザード特性を報告しろ」
ルディ・フォン・バウムガルトは、ハーブティーのグラスを置き、冷徹な管理者スマイルを向けた。
「西部辺境伯軍の防衛線が、カストル帝国の『鉄血魔導重装歩兵』五百名に完全に突破されたの! しかも、奴らの進軍速度が異常すぎる!」
セシルは、プロの斥候としての極めて精緻な報告を始めた。
「奴ら、全員が真っ黒な魔導金属のフルプレートを着ているのに、一切休憩を取らずにこの初夏の日差しの下を昼夜問わず行軍してくるの! ディテクターの視界共有で奴らの熱源を確認したけど、鎧の中に『冷却魔石』を仕込んでいて、熱中症(環境ハザード)を完全に無効化してる!」
「なるほど、熱中症トラップは通用しないか」
ルディは目を細めた。
「それだけじゃないの!」セシルは言葉を継ぐ。「奴ら、馬の突撃を足で受け止めて骨が折れてるはずなのに、悲鳴一つ上げずに歩き続けてる! 間違いない、痛覚を麻痺させる『戦闘薬(違法ドラッグ)』を打たれてるんだわ! あれは人間じゃない、ただの壊れた歯車だよ!」
「……よくやった、セシル。痛覚麻痺と冷却魔石のコンボか。お前の的確な危険探知がなければ、我が陣営の防衛ガントチャートに致命的な遅れが生じていた。……最高の猟犬だ」
ルディがセシルの頭を優しく撫でると、彼女は「ふにゃあ……っ」と喉を鳴らし、しっぽを振るように目を潤ませた。
「えへへ……。ルディ様のマニュアル通りにハザードを特定したよ! この大功績、今夜のパトロール(お仕置き)で、たーっぷり評価してね……っ」
セシルの報告を受け、ルディの脳内スプレッドシートは猛烈な勢いで演算を開始した。
(痛覚を消した重装甲の歩兵。確かに恐怖も痛みも感じない軍隊は厄介だ。だが……)
ルディは不敵に、そして冷酷に唇を歪めた。
「馬鹿なブラック工場長め。『痛み』という安全装置を外せば、無敵になるとでも思っているのか? 痛覚を消したところで、筋肉を動かすためのATPの枯渇と、疲労物質の蓄積という『物理現象』は消せない。限界を超えたオーバートルク(過重負荷)は、ただ部品(人体)の金属疲労(破断)を早めるだけだ」
ルディは立ち上がり、壁の地形図を指し示した。
「奴らは痛みが分からないから、どんな悪路でもお構いなしにフルパワーで踏み込んでくる。……ならば、その『不安全なフルパワー』を逆用して、奴らの人体構造そのものを物理的に自壊させてやる!」
「ヒルデ!」
「ハッ!」
背後で控えていた現場警備主任、ヒルデ・フォン・クランツが一歩前に出た。
彼女が身に纏っているのは、かつての重く不便な漆黒のフルプレートではない。ルディが支給した『防刃ハイブリッドダウンベスト(夏用通気モデル)』と、動きやすい軽量な警備制服、そして足元を完璧に保護する『二重底の安全靴』であった。
「これより、迎撃作戦『オーバートルク・クラッシュ』の仕込み(事前工事)をキックオフする!
俺がこれより、防衛線の平原へ出向き、【土壌安定】を逆用して『踏み込むたびに足首や膝に最悪のトルク(ねじれ)がかかる、計算し尽くされた不整地(玉砂利と泥のトラップ)』を構築しておく! ヒルデ、お前たちはその不整地の上に組んだ専用のキャットウォーク(足場)から、敵を徹底的に挑発するんだ!」
ルディはヒルデの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「決して正面から打ち合うな。俺が作った不整地の上で、重装甲の敵に『無駄な大振り(過重労働)』を意図的に繰り返させろ。痛覚がない奴らは、自分の関節がメキメキと砕けていることにも気づかず、勝手に自壊していくはずだ」
「……御意にございます、ルディ様」
ヒルデは、力強く、そして清々しい笑顔で頷いた。
「かつての私は、あのカストル帝国と同じく、重い鎧と精神論で部下を死地に追いやっておりました。……ですが、今の私は違います。ルディ様から『命を守る安全第一のロジック』を教え込まれた、バウムガルトの誇り高き警備主任です! 血の通った人間を部品扱いする不安全なブラック軍隊が、ルディ様の『ホワイト警備隊』に勝てるはずがないことを、証明してみせます!」
「頼もしいぞ、ヒルデ。……だがその前に、一つ重要な『事前保守点検』を行っておく」
ルディはヒルデの肩に手を置くと、そのまま彼女の引き締まった腰から、むっちりとした太ももの付け根――最もリンパが集中する股関節の経絡へと、スッと手を滑らせた。
「えっ……? ル、ルディ様……っ、ここで、ですか……?」
「敵のオーバートルク(大振り)に付き合って回避を連続すれば、お前の関節にも限界を超える負荷がかかる。事前に関節の可動域を広げ、筋肉の緊張を解いておく必要がある。我慢しろ」
ルディが手のひらから【微弱放電】のパルスを流し込むと、ヒルデの身体がビクンッと心地よい放電の衝撃に跳ねた。
「ひゃぅっ……! あ、熱い……っ、関節の奥が、ルディ様の電気でジンジンして……っ」
「いいぞ。これで股関節の可動域は最大限に広がった。回避運動のパフォーマンスは向上するはずだ」
「あ、あぁっ……ルディ様ぁっ。出陣前なのに……太ももの内側から心地よいデトックスの汗が滲んで、ズボンをじっとりと濡らしてしまいますぅっ……!」
ヒルデは顔を真っ赤に染め、極上のデトックスの汗で内股を濡らしながらも、極限のリラックスと快感によって闘志を最高潮に高めていた。
その様子を傍で見ていたセシルも、「あぁっ……ヒルデ主任だけズルい! 私も、私も帰ってきたら絶対にお仕置きしてくださいね!」と激しく自律神経を漏電させ、犬耳をピーンと立てている。
「絶対に怪我をするな。完全無災害で帰ってきたら……お前のその極度の緊張と遅発性筋肉痛を、俺のベッドで、かつてないほど激しく、甘く、朝まで『急性疲労の強制リリース(特別有給)』で癒やしてやるからな」
「あ、あぁっ……! ルディ様……っ!」
ヒルデの瞳が一瞬で蕩け、デトックスの熱がじわりと内股を濡らした。
「はいっ! 必ずや無傷で、完全無災害で敵をスクラップ(5S)にして帰還いたします! そして……そしてルディ様の極上のお仕置きで、私をドロドロに融かしてくださいませぇっ!!」
カストル帝国の「冷酷な労働生理学の無視」と、ルディの「冷徹な生化学・人間工学のロジック」。
絶対に退かないブラック軍隊を迎え撃つための、ルディの『極悪不整地トラップ』の構築が、今、迅速かつエロティックに開始された。




