第047話:呪われた廃鉱山と、粉塵ハザードの悪徳元請け(ブラック代官)ざまぁ
大陸暦一二五五年、春の陽光が降り注ぐ中。
ゼーフェルト辺境伯からの最高に理不尽な「デリゲーション・バック(丸投げ返し)」を受け、ルディ・フォン・バウムガルト(十五歳)は、絶望のどん底で馬車に揺られていた。
「だから! なんで俺が……! せっかく極寒の死の森を完璧な『常春ホワイト温泉リゾート』にカイゼンして、これからは毎日熊肉しゃぶしゃぶ食いながらゴロゴロ有給消化しようとしてたのに……ッ!」
ルディは馬車のふかふかのクッションに突っ伏し、肺の腑をすべて引き裂くような魂の叫びを上げていた。
彼が押し付けられた新たな赴任先は、ゼーフェルト領北部に位置する禁忌の地――『魔物が無限に湧き出す呪われた廃鉱山』である。
(魔物が湧く閉鎖空間なんて、有毒ガス、粉塵、落盤、異常出水という、鉱山業における『五大重大労災ハザード』の役満フルコースじゃないか! 現代の労働基準監督署なら、門の前に立った瞬間に即刻レッドカードで操業停止を命じる超絶ブラック現場だぞ!)
ルディの脳内スプレッドシートは、未だ見ぬ現場のハザードマップを予測し、けたたましい警告音を鳴り響かせている。
しかし、そんなルディの悲痛な叫びをよそに、馬車に同乗している側近ヒロインたちは、完全に別ベクトル(愛欲と狂信)で目を輝かせ、頬を真っ赤に染めていた。
「まあまあ、ルディ様。そう落ち込まないでくださいな。……廃鉱山ということは、暗くて、冷たくて、誰の目にも触れない『完全な密室空間』ということですわよね?」
総務・財務主任のテレーゼが、丸眼鏡の奥の瞳を艶やかに細め、ルディの腕に豊満な双丘を押し付けながら熱い吐息を漏らす。
「ええ……っ! そのような外部から完全に遮断された閉鎖空間で、毎晩のようにルディ様の熱い電気で、私どもの強張った自律神経を隅々まで『安全点検』してくださるなんて……想像しただけで、太ももの内側がズクズクと疼いてしまいますわ……っ!」
辺境伯の庶子であり、ルディの完全な奴隷監査役へと調律されたエリーゼが、薄いシュミーズの下で内股を擦り合わせ、甘いハーブと心地よいデトックスの汗の香りを漂わせる。
「ルディ様! どんな呪われた魔物が湧き出そうと、私の『黒鉄の警備(安全第一)』と、エルザの『基準内熱線』で、一匹残らず整理整頓して差し上げますので、ご安心を!!」
現場警備主任のヒルデが誇らしげに胸を張り、超高熱線魔術師のエルザも「早く私の炉心を、地下の奥深くでドロドロに溶かして(冷却して)くださいませ……っ」と熱視線を送ってくる。
(こいつら、新しい地獄への赴任を、スリリングな密室ハーレムを味わう『極上の慰安旅行』としか認識してないな……。コンプライアンス意識が別の意味で完全にバグってる……!)
ルディが冷や汗を流しながら頭を抱えているうちに、馬車はガタガタと揺れながら、目的の廃鉱山へと到着した。
◇ ◇ ◇
「……ひどいな。空気を吸うだけで、肺がザラつく」
馬車から降り立ったルディは、目の前に広がる光景に思わず顔をしかめた。
切り立った荒涼たる岩山の山肌に、ぽっかりと開いた巨大な坑道の入り口。その周囲には、掘り出されたズリ(捨石)が山のように積まれ、風が吹くたびに細かい粉塵が舞い上がっている。
ルディの網膜に投影されている【ガス・温度検知】は、坑道の奥深くから漂ってくる「一酸化炭素」や「硫化水素」の微弱な反応を捉え、視界の端を不気味な黄色や赤で染め上げていた。
「ゴホッ、ゴホッ……! 早く、早くこの鉱石を上の処理場まで運ばないと……またゲルド様に鞭で打たれる……っ」
「アイラちゃん、無理しないで……っ。昨日も落盤で、三人も生き埋めになったばかりじゃない……ゴホッ!」
坑道の薄暗い奥から、重そうな鉱石の入った背負子を背負って、ふらふらとした足取りで歩いてくる一団があった。
それは、屈強な成人男性の鉱夫たちではない。
小柄で華奢な体つきでありながら、本来なら豊かな筋力を持つはずの亜人の娘たち――『ドワーフ』や『ダークエルフ』の少女たちであった。
だが、彼女たちの姿はあまりにも凄惨だった。
ボロボロの麻布を纏い、全身を真っ黒な粉塵と泥で汚し、防塵マスクも安全ヘルメットも、足を守る安全靴すら与えられていない。素足から血を流し、絶え間なく咳き込みながら、自分たちの体重以上の鉱石を運ばされているのだ。
「おい、お前ら! チンタラ歩いてんじゃねえ! 魔物が湧いてくる前に、少しでも多くの『魔力鉱石』を掘り尽くすんだ! 辺境伯様からのノルマが達成できなきゃ、お前ら亜人の奴隷どもは全員、坑道の奥に置き去りにして魔物のエサにしてやるぞ!!」
少女たちの背後から、肥え太った腹を揺らし、革鞭をピシィッ! と鳴らしながら怒鳴り散らす男が現れた。
ゼーフェルト辺境伯軍から、この廃鉱山の管理(元請け)を任されている悪徳代官、ゲルドである。
「ひぃっ! ごめんなさい、ごめんなさい……っ! 今すぐ運びます……ゴホッ、ゴホホッ!」
ドワーフの少女、アイラ(十六歳)が、咳き込んで足元をふらつかせ、重い鉱石の入った背負子ごと、地面にガシャンと倒れ込んでしまった。
素足のつま先が鋭い岩肌で切れ、赤い血が土を汚す。
「チッ、使えねえゴミどもめ! 落盤で数が減った分は、気合いと根性でカバーしろ! 亜人の代わりなんて、いくらでもいるんだからな!」
ゲルドは下劣に笑いながら、倒れ込んだアイラに向かって容赦なく革鞭を振り上げた。
――ピシィィィッ!
鞭が空気を裂き、少女の柔らかな背中を打つ、はずだった。
ガシッ!!
「な……ッ!?」
ゲルドが驚愕の声を上げた。
彼の振り下ろした鞭は、アイラの背中に届く寸前で、厚手の防刃用『革手袋』をはめた何者かの手によって、いとも容易く、そして万力のような力で掴み止められていた。
「……粉塵マスクなしでの有害業務への従事。安全靴未着用のままの重量物運搬。さらには、落盤事故という『重大労災』を隠蔽し、作業員に暴力でノルマを強要するパワハラ行為」
冷たい、絶対零度の怒りを孕んだ声。
ピカピカのハイブリッドダウンベストを着込んだルディ・フォン・バウムガルトが、その琥珀色の瞳を極限まで冷徹に細め、ゲルドを睨み下ろしていた。
「労働安全衛生法、完全無視の役満ブラック現場だな。……おい、元請け(代官)。てめえの現場の『ハザード(危険源)』の管理はどうなってるんだ、あぁ?」
「き、貴様は何者だ!? どこから入り込んだ! 辺境伯様の直轄現場だぞ!」
ゲルドは鞭を引き抜こうとしたが、ルディの腕はピクリとも動かない。
「ルディ・フォン・バウムガルトだ。……辺境伯閣下より、この『呪われた廃鉱山』の視察と、安全化・再稼働の全権を委任された、お前たちの新しい『総括安全衛生管理者』だ」
ルディは空いた手で、辺境伯の金泥の蝋印が押された『全権委任の親書』をゲルドの顔面にバサリと突きつけた。
「バ、バウムガルトの……四男坊だと!? まさか、あの最前線要塞を陥落させ、辺境伯様に取り入ったという小僧か……!」
ゲルドは親書の印を見て血の気を引かせたが、すぐに持ち前の傲慢さを取り戻し、醜く顔を歪めた。
「ハッ! いくら全権委任状を持っていようが、ここは現場だ! この廃鉱山は、俺が奴隷どもを死ぬ気で(物理的に)働かせているからこそ、ギリギリで回っているんだ! 安全だの衛生だの、そんな甘っちょろい能書きで魔物が湧く鉱山が掘れるか! 邪魔をするなら、お前ごと坑道に――」
「ヒルデ。……あの不安全行動者を、直ちに『5S(整理整頓)』しろ」
ルディが静かに命じた瞬間。
「ハッ! 現場警備主任、ヒルデ・フォン・クランツ! 不安全ハザードの物理的排除、執行いたします!」
背後から音もなく飛び出したヒルデが、かつてオルテンシアの『黒鉄の百合』と恐れられた凄まじい脚力でゲルドの懐へと潜り込み、その肥え太った鳩尾へと、容赦のない前蹴りを叩き込んだ。
「グハァァァァッッ!!?」
ゲルドの巨体が、くの字に折れ曲がり、ズリ山の上へと無様に転がり落ちた。
「な……っ!? 貴様ら、辺境伯様の代官である俺に暴力を――」
「黙れ。労働基準法違反のブラック元請けに、現場を仕切る資格はない」
ルディは倒れ伏すゲルドを見下ろし、冷酷に言い放った。
「お前は本日付で契約解除だ。お前の持っている私兵ごと、今すぐこの山から立ち去れ。……もし一歩でもこの現場に残ろうとするなら、エルザの熱線で『産業廃棄物』として焼却処理するぞ」
ルディの背後で、エルザが「いつでも基準内出力で、綺麗に(跡形もなく)清掃いたしますわ……っ」と、指先に青白い極細の熱線をバチバチと明滅させ、蕩けた笑顔を浮かべている。
その異次元の狂気と圧倒的な武力(暴力)を前に、ゲルドと彼に雇われていた傭兵たちは、悲鳴を上げて逃げ出していった。
あっという間に、ブラック代官の追放が完了した現場。
倒れ込んだまま、呆然とその光景を見つめていたドワーフの少女アイラと、数十名の亜人の娘たちは、恐怖でガタガタと震えながら抱き合っていた。
「あ、あの……、私たち、どうなるの……? 今度は、あの貴族の男の人に、もっと酷いことをされるの……?」
絶望する彼女たちの前に、ルディはゆっくりとしゃがみ込んだ。
そして、アイラの泥と血に汚れた小さな足を、その両手で優しく、慈しむように包み込んだ。
「え……っ?」
「酷い労働環境だったな。怪我をして、肺を痛めて……よくここまで耐えた。……だが、安心しろ」
ルディは、前世で培った安全管理者の、最も温かく、頼もしい『ホワイト企業の経営者』の笑顔を彼女たちに向けた。
「今日、今この瞬間から! この現場のルールは俺が書き換える!
不安全な作業は一切中止! お前たち全員に『防塵マスク』と、足を完璧に保護する『安全靴』、そして落盤から頭を守る『安全ヘルメット』を支給する!
労働時間は一日八時間、週休二日制を完全導入だ!
そして今すぐ、お前たちの身体にこびりついた粉塵と泥を、俺の用意した『温かいハーブシャワー』と純石鹸で、綺麗さっぱり洗い流してやる!」
「え……? ぼうじん、ますく……? おやすみ……? 温かい、お湯で、身体を……?」
アイラたち亜人の娘たちは、ルディの口から発せられた、中世の奴隷労働からはおよそ信じられない「夢のような言葉(ホワイト待遇)」の数々に、ポカンと口を開けて固まった。
「テレーゼ、ミリー! 直ちに仮設のシャワーブースと、温かい『ハサップ給食』の準備を! 彼女たちのバイタルを急速回復させるぞ!」
「「はっ! ルディ様! 安全第一、ヨシ!!」」
ピカピカの制服を着たテレーゼやミリーたちが、キビキビとした見事な動きで、あっという間に簡易的な救護・洗浄ステーションを組み立てていく。
その圧倒的な手際の良さと、自分たちを一人の『尊い人間』として保護しようとするルディの温かい掌の感触。
アイラの大きな瞳から、ぽろぽろと、これまでの地獄の苦しみを溶かすような大粒の涙が溢れ出した。
「あ、あぁ……っ! 神様だ……! 私たちを助けてくれる、本物の神様が、この山に来てくれたんだ……っ!」
「ルディ様……、ルディ様万歳……っ!」
亜人の娘たちは、ルディの足元にひれ伏し、大声を上げて泣きじゃくりながら、新たな主君への絶対的な忠誠(狂信)を誓った。
「よし。初期オンボーディング(ホワイト洗脳)、100%完了だ。……さて、ここからが本番だぞ」
ルディは、立ち上がる粉塵の奥、不気味な瘴気を漂わせる廃鉱山の入り口を睨み据えた。
(有毒ガス、落盤リスク、魔物の無限湧き。このトリプルハザードを、俺の土木魔法と現代安全工学で完全に平定し、この呪われた山を『地下ホワイト温泉リゾート(サステナブル鉱山)』へとカイゼンしてやる!)
有給消化を夢見る四男坊の、次なる過酷でロジカルな「ブラック現場ホワイト化計画(第六章)」の幕が、今ここに高らかに切って落とされたのである。
――呪われた廃鉱山、初期ハザード排除、ヨシ!!!




