第046話(エピローグ):視察団の驚愕と、新たなるデリゲーション・バック
大陸暦一二五五年、春。
ゼーフェルト辺境伯が送り出した「春の特使(視察団)」は、深い雪解けの泥濘を越え、ようやくオルテンシア国境の大森林・最前線要塞へとたどり着こうとしていた。
視察団の面々の顔は、一様に青ざめ、沈痛な色に染まっていた。
「……おそらく、全滅しているだろうな」
「ああ。あのバウムガルトの四男がどれほど知略に優れていようと、冬に補給線が完全に絶たれるあの『死の都市(ブラック現場)』で、少人数の兵力だけで数ヶ月を生き延びられるはずがない。飢えと凍傷で、今頃は要塞ごと巨大な墓標と化しているはずだ……」
彼らは、死体の山(大被災現場)を片付けるための憂鬱な「遺体処理(5S)任務」を覚悟しながら、崩れかけた城壁の門をくぐった。
だが――。
彼らの目に飛び込んできたのは、地獄の死体安置所などでは断じてなかった。
「……え?」
「な、なんだこれは……ッ!?」
要塞の広場では、信じられない光景が繰り広げられていた。
巨大な『ブリザード・エイプ』たちが、頭にピカピカの「黄色いヘルメット(安全兜)」を被り、鼻歌交じり(ウキウキとした鳴き声)で雪かきや荷物の運搬(日常5S活動)を行っている。
その傍らでは、専用のハーネスをつけられた『スノー・ウルフ』たちが、ソリを引いて元気に走り回っていた。
さらに信じがたいことに、死にかけているはずの辺境伯軍の旧守備隊の兵士たちが、凍傷どころか、丸々と太って肌ツヤを輝かせながら、広場の真ん中で宴会を開いていたのだ。
「おーい! こっちの組にも『熊肉のしゃぶしゃぶ』と『ボアの極上スペアリブ』の追加、ヨシ!!」
「ハサップ基準の麦茶も最高だが、たまにはルディ様が醸造してくださった果実酒も美味えな! 安全第一、ヨシ!!」
冬の猛吹雪の中で、兵士たちは新鮮な肉を貪り食い、オンドルの排熱を利用した『露天風呂(エコ・リゾート温泉)』に浸かって、極楽浄土のような笑顔を浮かべている。
過酷なブラック現場であるはずの最前線要塞は、ルディの徹底した安全衛生工学によって、完全に中世の常識を逸脱した「至高のエコ・リゾート要塞」へと変貌を遂げていたのである。
「ば、バケモノだ……!」
視察団の団長は、腰を抜かして雪の上にへたり込んだ。
「バウムガルトの四男は……極寒の死地で一人の死傷者(労災)も出さぬどころか、魔物を統率し、兵士たちを狂信的な信者へと洗脳し、この地獄を天国へと作り変えてしまったというのか……ッ!」
◇ ◇ ◇
数週間後。
遥か後方、ゼーフェルト辺境伯本陣の豪華な執務室において、辺境伯ゼーフェルトは、視察団からの報告書と、娘であるエリーゼから定期的に届く『内部監査報告書』を机に並べ、ガタガタと激しく震え上がっていた。
『ルディ・フォン・バウムガルトは、極めて臆病で無害な聖領主。地政学的な野心は100%存在しません。監査官エリーゼ・署名』
「む、無害だと……? 嘘だッ!!」
辺境伯は、白目を剥きながら報告書を握りつぶした。
「冬の死地に放り込まれて、魔物たちを完璧な労働力として使役し、我が旧守備隊数百名を丸ごと狂信的な私兵へと作り変えて(洗脳して)みせたのだぞ!? これが野心のないただの少年のやることか! 彼は……彼は、息をするように他国の兵や魔物を呑み込み、自らの絶対的な領土(ホワイト帝国)を拡張し続ける『底なしの覇王(怪物)』だ!」
辺境伯の脳内で、ルディの「安全管理(サボり計画)」は、大陸全土を飲み込む恐るべき魔王の侵略計画として、特大の勘違い(バグ)を引き起こしていた。
「もはや、ルディを御することなど不可能だ。エリーゼすらも、彼のおぞましい洗脳魔術(極上の放電マッサージ)の前に完全に屈服(コンプライアンス帰順)し、偽の報告を送らされているに違いない……ッ!」
恐怖に駆られた辺境伯は、急いで側近たちを怒鳴りつけた。
「今すぐ、ルディの要塞へ『最高級のワイン』と『莫大な金貨(過剰な賄賂)』を送りつけろ! 我々ゼーフェルト家が彼に対して絶対の服従と敬意を持っていることを、平身低頭で示すのだ! 決して彼を怒らせてはならん!!」
「は、ははぁっ!!」
だが、辺境伯の政治的恐怖はそれだけでは収まらなかった。
(彼のような怪物を、一つの要塞に留めておいては、いつか我が本陣へ牙を剥くやもしれん。……そうだ! 彼に新たな『絶対の難題』を押し付け、その圧倒的な力を別の方向へ向けさせるのだ!)
辺境伯は、引き攣った笑いを浮かべながら、新たな特命書(丸投げの親書)を書き殴り始めた。
「よし! 次は我が領の北部に位置する、決して手を出してはならない禁忌の地――『魔物が無限に湧き出す呪われた廃鉱山』の立て直しを、ルディに一任しよう! 彼ならば、あの呪いすらも完全無災害で平定(5S)してくれるに違いない!!」
かくして、中間管理職(辺境伯)の極限の恐怖と勘違いによって、新たな「最悪の辞令」が発火したのである。
◇ ◇ ◇
そして、春の陽光が暖かく降り注ぐ、最前線の要塞都市。
巨大熊の超特大モフモフラグマットが敷かれた、極上の常春密室(ルディの寝室)。
「……は? 呪われた廃鉱山?」
ルディ・フォン・バウムガルトは、辺境伯から届いた豪華絢爛な賄賂の山(高級ワインや金貨)と、その上に乗せられた一通の親書を手に、完全に思考をフリーズさせていた。
『――愛しき無敗の盾、ルディよ。
お前の神算鬼謀と、魔物をも使役するその恐るべき統率力に、我らは心からの敬意(恐怖)を表する。
ついては、お前のその圧倒的な力を見込み、我が領最大の不良債権である「魔物が無限に湧き出す呪われた廃鉱山」の視察と、安全化・再稼働の全権を、お前に丸投げ……いや、一任する! 頼んだぞ!!』
「…………」
親書を持ったまま硬直するルディの傍らで、側近のヒロインたちが目を輝かせて色めき立っていた。
「まあっ! 若君の神のごとき内政手腕(5S)が、またしても辺境伯閣下に高く評価されたのですね!」
テレーゼが丸眼鏡を光らせ、豊かな双丘をルディの腕に押し当てる。
「廃鉱山……暗くて、冷たくて、誰の目にも触れない完全な密室空間……っ。あぁんっ、そのような閉鎖空間で、毎晩のようにルディ様の熱い電気で、私どもの強張った自律神経を隅々まで『安全点検』してくださるなんて……想像しただけで、太ももの内側がズクズクと疼いて、心地よいデトックスの汗が溢れてしまいますわ……っ!」
エリーゼが、ルディの首筋に白首をすり寄せ、完全に堕ちた狂信の瞳で熱い吐息を漏らす。
「ルディ様! どんな呪われた魔物が湧き出そうと、私の『黒鉄の警備(安全第一)』と、エルザの『基準内熱線』で、一匹残らず整理整頓して差し上げますので、ご安心を!!」
ヒルデとエルザも、やる気に満ち溢れた狂信の笑顔でガッツポーズをキメた。
部下たちはもはや、新たな地獄への赴任を「スリリングな密室ハーレムを味わう極上の慰安旅行」としか認識していない。
だが。
ただ一人、有給消化と安全なサボり生活を誰よりも愛するルディの脳内スプレッドシートだけが、真っ赤な【重大労災確定・超絶ブラック現場】のアラートをけたたましく鳴り響かせていた。
魔物が無限に湧き出す廃鉱山。
それは現代で言えば、「有毒ガスが充満し、いつ崩落するかもわからない、おまけにヤクザが無限に湧いてくる倒産寸前の地下トンネル工事」の現場監督に任命されたのと完全に同義である。
(魔物が湧く閉鎖空間なんて、有毒ガス、粉塵、落盤、異常出水という、鉱山業における『五大重大労災ハザード』の役満フルコースじゃないか! 現代の労働基準監督署なら、門の前に立った瞬間に即刻レッドカードで操業停止を命じる超絶ブラック現場だぞ!)
「なんで……なんで俺が、せっかく雪山の地獄を温泉リゾートにカイゼンして、これから毎日熊肉のしゃぶしゃぶ食ってゴロゴロしようとしてたのに……ッ!」
ルディは、親書を握りつぶし、春の澄み切った青空に向かって、肺の腑をすべて引き裂くような魂の絶叫を轟かせた。
「だから! なんで俺の有給計画は、いつもいつも、環境型ブラック現場の丸投げ(デリゲーション・バック)に繋がるんだぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
――有給消化を夢見た安全衛生管理者の、次なる過酷な「呪われた廃鉱山のホワイト化(第六章)」への扉が、最高に理不尽な本社の勘違い(ブーメラン)によって、またしても強制的に開かれた瞬間であった。
(第五章:死の森・最前線都市編 完)




