第044話:春の雪解けと、巨大熊襲来の「超絶土木ピタゴラスイッチ」
大陸暦一二五五年。
長く過酷だった冬が終わりを告げ、オルテンシア国境の大森林にも、わずかに春の雪解けの気配が漂い始めていた。
かつて「死の要塞」と呼ばれた最前線基地は、ルディ・フォン・バウムガルトの圧倒的な安全衛生工学により、一人の凍死者も、餓死者も出すことなく、無傷でこの過酷な季節を乗り切ろうとしていた。
「ふぁぁ……。オンドルのおかげで、この冬は一度も寒い思いをせずに済みましたわ。ルディ様のおかげです」
「ええ……。毎晩の『安全点検』のおかげで、身も心もポカポカでしたものね……っ」
絶対的ゾーニングによって男兵士の視線から完全に隔離され、常春の二十五度、湿度四十%に保たれた「エリアB:女子寮および執務エリア」。
そこでは、極薄の白いシュミーズ一枚という無防備な姿で、総務・財務主任のテレーゼ、超高熱線魔術師のエルザ、そして現場警備主任のヒルデといった幹部ヒロインたちが、毛皮のラグマットの上でくつろいでいた。
彼女たちは、ルディの腕や背中に柔らかな双丘を押し付けながら、心地よいデトックスの汗を滲ませて、蕩けた吐息を漏らしている。
「ルディ様……、冬が終わる前に、私のこの強張った自律神経の奥深くまで、もう一度、あなた様のビリビリする指先で、めちゃくちゃに調律(お仕置き)してくださいませ……っ」
ヒルデが、太ももの内側に刻まれた「放電痕(魔力伝導パス)」を擦り合わせながら、熱いおねだりの視線を送ってくる。
(よし。木炭ボイラーの稼働も安定し、兵士たちの士気もMAX。夜間操業による俺の腰椎への過負荷は甚大だが、これで春を迎えれば、俺の有給ライフは完璧な形で――)
ルディが脳内スプレッドシートの勝利ログに満足しかけた、その時だった。
バタンッッ!!!
「――ルディ様! 緊急レッドアラート! 前方危険探知に、超特大の異常熱源です!」
防犯扉を勢いよく開け放ち、専属斥候のセシルが血相を変えて飛び込んできた。
「どうした、セシル! ハザード特性を5W1Hで報告しろ!」
ルディは即座に起き上がり、ディテクター(ガス・温度検知)の視界を全開にした。
「冬眠から目覚めた、山のヌシ……10メートル級の巨大ボス『タイタン・グリズリー』が、要塞から漂うお肉とハーブの匂いに引き寄せられて、こっちに向けて一直線に突進してきます!」
「10メートル級だと!?」
要塞の外に設置された監視塔からも、老騎士ハンスの悲鳴に近い絶叫が響き渡った。
「わ、若君! 凄まじい地響きです! 山のような巨大な熊が、大木をなぎ倒しながら迫ってきますぞ!」
兵士たちの間に、一瞬にして絶望的な恐怖が広がった。
通常の魔物とは次元が違う。城壁すら一撃で粉砕しかねない、圧倒的な質量と暴力。まさに、激しい怪獣バトルの幕開けを予感させる、絶望的な状況であった。従来の軍隊であれば、数百人の決死隊(生贄)を突撃させ、多大な犠牲(重大労災)を払って討伐するしかない。
だが、ルディの顔には、一滴の焦りも浮かんでいなかった。
「フッ……。10メートルの巨大生物と正面衝突(怪獣バトル)? そんな重機と生身の作業員をぶつけるような不安全行動、重大労災(全滅)が確定しているだろうが。絶対に付き合わん」
ルディは即座に拡声魔導具を手に取り、全軍へ向けて大音響の指示を飛ばした。
「全作業員(全軍)に通達! 迎撃は一切不要! 武器を捨てて、直ちに要塞の安全エリアへ『絶対退避』しろ!」
「ろ、ロックアウト、ヨシ!!」
狂信的なバウムガルト兵たちは、ルディの指示に一瞬の躊躇も見せず、武器を構えることなく要塞の強固なシェルター内へと滑り込んだ。
「ニナ! ボイラー室の出力調整だ!」
「は、はいぃっ、ルディ様!」
「エコ物理ボイラー(木炭燃料)の排熱パイプの弁を全開にして、要塞周囲の斜面にすべての熱風を叩きつけろ! 春の雪解け水と合わせ、周囲の雪を一気に融解させるんだ!」
ニナの操作により、地下の木炭ボイラーから莫大な排熱がパイプを通じて放出される。
春の陽気で緩んでいた要塞周囲の数万トンの雪が、一気に融解し、斜面は凄まじい量の水を含んだ泥濘へと変わっていく。
「ズゴォォォォォォッッッ!!!」
その時、地響きと共に、視界を覆うような巨大な影が姿を現した。
体長10メートルを超える山のごとき巨躯を持つタイタン・グリズリーが、よだれを垂らしながら要塞の城壁へと猛然と突進してくる。
「よし、ハザードの侵入を確認。……これより、最終防衛プロセス(土木魔法の逆用)を起動する!」
ルディは、要塞のバルコニーから両手を大地の方向へ突き出した。
「――【土壌安定】、強制解放!! 水分飽和度120%、液状化現象、起動!!」
ズゴゴゴゴゴッ!!
ルディの魔力が、雪解け水でたっぷりと水分を含んだ大地へと叩き込まれる。
土粒子間の結合が強制的に解かれ、要塞周囲数百メートルの大地が、一瞬にして「底なしの泥の海」へと変貌を遂げたのだ。
「グオオオオオッ!?」
城壁を粉砕しようと、最高速で突進してきたタイタン・グリズリーが、その「泥の海」に巨大な足を踏み入れた瞬間。
ズブブブブブブブッッ!!!!
「グギャアアアアッ!?」
信じられない光景が繰り広げられた。
タイタン・グリズリーの、数十トンにも及ぶ重すぎる自重が、完全に仇となったのである。
巨大熊の足は、泥の表面を蹴るどころか、その莫大な質量ゆえに一瞬で泥の深層へと沈み込み、腹まで完全にスタック(生き埋め)してしまったのだ。
「グオォォォ……ッ!? ヌォォォォッ!」
怪獣は泥の中でもがき苦しみ、巨大な爪を振り回すが、動けば動くほど泥の陰圧に吸い込まれ、完全に身動きが取れなくなっていく。
要塞の安全な窓からその光景を見ていた兵士たちは、開いた口が塞がらなかった。
「す、すげえ……! あのバケモノが、指一本触れずに泥に沈んで動けなくなっちまったぞ!」
「これが、若君の『絶対退避(安全第一)』の力……! 戦わずして、敵を土木インフラで完封してしまわれた!」
読者(兵士たち)が期待(危惧)した血で血を洗う「激しい戦闘スペクタクル」は、ルディの圧倒的な安全衛生工学(土木ピタゴラスイッチ)の前に、一切の武力を使わずに完封されたのである。
「ああ……っ! ルディ様……っ!」
テレーゼが、丸眼鏡の奥の瞳を濡らして、ルディの腕にすがりついた。
「敵の圧倒的な質量(暴力)を、自重という物理的欠陥に変換して自滅させる……! なんという、なんという完璧な俺TUEEE(安全管理)……!」
「ルディ様の、その冷徹なロジックに……私、また自律神経が漏電してしまいそうですわ……っ!」
エルザも、薄いシュミーズの下で太ももを擦り合わせながら、ルディの背中に心地よいデトックスの汗を滲ませて密着してくる。
「ふぅ。重量物は、足場の地耐力を計算せずに進入すれば、必ず沈んで横転する。労働現場の基本中の基本だ」
ルディは、完全に泥の海でスタックして「キャンキャン」と悲鳴を上げているタイタン・グリズリーを見下ろし、冷徹な管理者スマイルを浮かべながら、ミリーが淹れた温かいハーブティーを優雅にすするのであった。
――巨大熊襲来ハザード、インフラによる完全無力化、ヨシ!!




