第043話:魔物のSDGsリサイクルと、アニマルウェルフェアざまぁ
猛吹雪の夜が明け、オルテンシア国境の大森林・最前線要塞には、雲の隙間から冬の澄み切った朝日が差し込んでいた。
「若君! 昨夜の雪崩トラップに巻き込まれ、気絶していた魔物群の回収、完了いたしました!」
老騎士ハンスが、雪に覆われた要塞の広場で、誇らしげに報告の声を上げた。
広場には、頑丈なロープで縛り上げられた数十頭の巨大な『フロスト・ボア(雪猪)』、凶暴な『ブリザード・エイプ(雪猿)』、そして雪崩に巻き込まれて一緒に落ちてきた『スノー・ウルフ(魔狼)』の群れが転がっていた。
「ブ、ブゴォォォ……ッ」
「グルルルルル……ッ!」
麻酔から覚めかけた魔物たちは、拘束への怒りと飢えで血走った目をギラつかせ、今にもバウムガルトの兵士たちを食い殺さんと低い唸り声を上げている。
「ルディ様、いかがなさいますか? これだけの数の魔物、一斉に解体(処理)するのも骨が折れますが……。血や臓物による生物学的ハザードの処理コストも無視できませんわ」
総務・財務主任のテレーゼが、丸眼鏡の奥で計算を走らせながら問いかける。
「解体だと? 冗談じゃない、テレーゼ。これほど頑健で、寒さにも強い極上の労働力を、ただの肉の塊にして使い捨てるなど、安全衛生管理者としてあるまじき愚行だ。それに血まみれの解体作業は作業員の精神的・肉体的負担を増大させるからな」
ルディ・フォン・バウムガルトは、ピカピカのハイブリッドダウンベストの襟を正し、唸り声を上げる魔物の群れへと歩み寄った。
「これより、こいつらを我が陣営の『無料の生体重機』として再利用(SDGsリサイクル)するプロセスに移行する。――自律神経ハッキング、開始だ」
ルディは、最も凶暴に牙を剥いていた巨大なブリザード・エイプの眉間へと、ミリ特製のハーブバームを塗った自身の手のひらをピタリと押し当てた。
「ウ、ウキィィィッ!? ギ、ギャアアア……ッ!?」
バチバチバチッ!!!
ルディの手のひらから放たれた【微弱放電】が、エイプの脳髄へと直接叩き込まれる。
野生の闘争本能と飢餓のストレスでガチガチに強張っていたエイプの自律神経が、ルディの極低周波パルスによって強制的に弛緩させられ、脳内に爆発的な量のエンドルフィン(快感物質)が分泌されていく。
「ウ……、ウキ……、ウキョォォォォン……」
数秒後。
エイプは白目を剥いてよだれを垂らし、完全に骨抜きにされた『忠犬』の顔になって、ルディの足元へすり寄ってきた。
「よし。野生のバグ(狂暴性)のデバッグ、完了だ。次、魔狼とボアもいくぞ」
ルディが次々と放電を施していくと、数十頭の凶暴な魔物たちは、あっという間にルディの電気なしでは生きられない「従順なアース奴隷(エコ重機)」へと再起動されたのだった。
「さて、適材適所(リソース配分)だ」
ルディは満足げに頷くと、側近のヒロインたちへ指示を飛ばした。
「セシル! お前たち斥候部隊に、この『魔狼』を配備する。こいつらに専用のハーネスを取り付け、雪山を巡回する『専用スノーモービル(機動力)』として運用しろ! 雪山での疲労と凍傷リスクをゼロにするんだ」
「わぁっ! 本当に!? ありがとう、ルディ様!」
元山岳猟兵のセシルが、嬉しそうに魔狼の首に抱きつく。魔狼もまた、ルディの支配下にあるセシルに対し、尻尾を千切れんばかりに振って服従を示した。
「次に『ブリザード・エイプ』。こいつらは手先が器用で、二足歩行が可能だ。ハンス、こいつらに我が軍の『安全兜(黄色いヘルメット)』を被せ、シャベルを持たせて『汎用土木作業員』として運用しろ。雪かきから荷物の運搬まで、力仕事はすべてこいつらに丸投げ(デリゲーション)する。これで兵士たちの過重労働ハザード(腰痛や凍傷)を100%カットできる!」
「ウキッ! ウキキッ!(安全第一、ヨシ!)」
ヘルメットを被せられたエイプたちは、真面目な顔でシャベルを構え、自発的に要塞の雪かき(5S活動)を開始した。
「最後に『フロスト・ボア』。こいつらはソリを引かせて『除雪ブルドーザー』として使う。……そして、待機中は要塞の地下に作った『無菌水洗豚舎(HACCP基準)』で飼育する」
ルディの言葉に、テレーゼが首を傾げた。
「飼育、ですか? この冬の間に繁殖させて増やすおつもりですか?」
「いや、繁殖なんて悠長なプロセスを待つ必要はない。こいつらは、俺たちが生け捕りにした『歩く生鮮備蓄庫(生体冷蔵庫)』だ」
ルディのロジックは完璧だった。
「こいつらを、木炭ボイラーの排熱で暖められた快適な豚舎で飼い、俺たちの残飯や、他の魔物の内臓(廃棄物)をエサとして与えて丸々と太らせる。肉が食べたくなったら、必要な時に必要な分だけ解体する。これなら、保存のための塩漬けも冷凍も不要。エサ代ゼロで、『いつでも獲れたての新鮮な豚肉』が食べ放題というわけだ。食料補給線が途絶した際の究極のバックアップシステムだな」
「な、なんて完璧なエコ・システム(食物連鎖)……! ただ消費するだけの中世の常識を覆す、これぞ究極のSDGs(持続可能な開発目標)ですわ!」
テレーゼが、ルディの圧倒的な内政手腕に丸眼鏡を曇らせて歓喜の声を上げた。
◇ ◇ ◇
――その頃。
要塞の城壁の外で、一人ガタガタと震えている男がいた。
「寒さに耐えることこそ騎士の修行」と豪語し、意地を張って雪中野営を強行していた、辺境伯軍の残留指揮官(旧守備隊長)である。
「ひ、ひぃぃ……っ、さ、寒い……、死ぬ……っ」
彼は熊の毛皮のコートをボロボロにし、鼻水を凍らせながら、要塞の広場で行われている「信じられない光景」を呆然と見つめていた。
自分たち人間ですら過酷な雪山で、凶暴なブリザード・エイプたちが黄色いヘルメットを被り、鼻歌交じりに(ウキウキと)雪かきをしているのだ。
しかも、休憩時間には、給炊班のミリーから「お疲れ様! 温かいスープよ!」と、ポトフの残りを分け与えられ、嬉しそうに美味しそうに貪り食っている。
(ば、馬鹿な……! 魔物風情が、あの軟弱なバウムガルトの小僧に手なずけられて、人間のように温かい飯を食って労働しているだと!?)
旧守備隊長の脳内で、時代遅れの「ブラック精神論」が暴走した。
(許せん……! 魔物とは、恐怖と暴力で支配し、鞭打って酷使するべき下等生物だ! それをあんなに甘やかすなど、騎士道の風上にも置けん! 俺が、俺が真の『軍隊の規律(恐怖政治)』というものを、あの猿どもに叩き込んでやる!)
旧守備隊長は、凍える手で腰の革鞭を引き抜くと、雪かきをしている一匹のエイプに向けて、フラフラと駆け寄りながら鞭を振り下ろした。
「ピィィィィッ!!! 働けェッ!! 貴様ら下等生物は、俺のような偉大なる騎士の命令に従い、血を流して――」
ピシィッ!!
旧守備隊長の放った鞭が、エイプの背中を打った。
だが――。
エイプは「痛がる」どころか、ゆっくりと首だけを振り向き、旧守備隊長を『極めて冷ややかな目』で見下ろした。
(……なんだ、この目は?)
旧守備隊長は戦慄した。
野生の獣の怒りではない。それはまるで、ホワイト企業の従業員が、パワハラと精神論を喚き散らすだけの「狂ったブラック企業の中間管理職」を、心底哀れみ、見下すような、絶対的な軽蔑の目であった。
『ウキッ。(……この不安全行動者、我が要塞のコンプライアンスに違反しているな)』
『ウッキー。(ああ。安全管理の邪魔だ。さっさとエリア外へ物理的排除しよう)』
エイプたちは、仲間同士でアイコンタクトを交わすと、黄色いヘルメットを被ったまま、巨大な両腕で旧守備隊長の身体をガシッと掴み上げた。
「な、何を――っ!? 離せ! 貴様ら、俺を誰だと――」
『ウキキキィィィッ!!!(不安全ハザード、ゴミ捨て場へ投棄ヨシ!!)』
エイプの凄まじい豪腕が唸りを上げ、旧守備隊長の身体は、要塞の城壁を遥かに越えて、猛吹雪の吹き荒れる雪山の斜面へと、文字通り「ゴミのように」ぶん投げられた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
深い新雪の中に頭から突き刺さった旧守備隊長は、魔物にすら見下され、コンプライアンス違反者として労働現場から物理排除されるという、人間としての尊厳を完全粉砕される「究極のアニマルウェルフェアざまぁ」の末路を辿ったのである。
「あははははっ! 見ろよ、あのブラック隊長、猿に『クレーマー対応』されて雪山に捨てられたぞ!」
「ルディ様の与えてくださるホワイト待遇は、獣にすら『理性』を持たせるんだな! 俺たちも負けてられねえ! 安全第一、ヨシ!!」
要塞の兵士たちは、その痛快な光景に大爆笑し、ルディへの狂信と現場の士気はますます最高潮へと達していた。
◇ ◇ ◇
その夜。
「全要塞オンドル」によって、室温二十五度に保たれた常春の女子エリア。
「――皆様! お待たせいたしました! 本日の夕食は、生体冷蔵庫からさばきたての『フロスト・ボアの極上しゃぶしゃぶ』でございます!」
給炊主任のミリーが、湯気を立てる大鍋と、美しく薄切りにされた新鮮な豚肉(ボア肉)の皿をテーブルに並べた。
「わぁぁっ……! 真冬の雪山で、こんなに新鮮で柔らかいお肉が食べられるなんて……っ!」
クレアたち乙女たちが、目を輝かせて歓声を上げる。
「ルディ様の『歩く生鮮備蓄庫』のロジック、本当に完璧ですわ。お肉は甘く、脂はとろけるようで……ああ、ルディ様の頭脳(SDGs)には、心も胃袋も完全に掴まれてしまいますわ……」
テレーゼが、薄いシュミーズの胸元をはだけながら、しゃぶしゃぶの肉を口に運び、心地よい汗を滲ませて蕩けた吐息を漏らした。
「ルディ様……っ。今日は魔物たちが外の重労働(雪かき)を全部やってくれたおかげで、私たち、体力が有り余って仕方がありませんわ……っ」
エルザが、頬を薔薇色に染め、ルディの腕に豊かな双丘を押し付けてくる。
「ええ……。こんなに美味しいお肉で精をつけてしまったら、この後の『夜間操業』で、私たちがどれだけ激しく、あなた様の電気をおねだりしてしまうか……。ルディ様、腰の安全帯をしっかり締めておいてくださいね……?」
ヒルデやセシルも、内股を擦り合わせながら、ルディへ濃厚なアースおねだり信号(漏電ディテクター)を集中させていた。
(……おいおい。肉体労働を魔物にデリゲーション(丸投げ)して楽になったのはいいが、その分のヒロインたちの余剰スタミナが、全部俺への『夜間漏電暴動(過剰なアース要求)』に全振りされてるじゃないか!)
ルディは、四方八方から迫りくる絶世の美女たちの、むせ返るようなデトックスの熱気と自律神経の昂ぶりに冷や汗を流しながらも、極上のしゃぶしゃぶを頬張り、内心で「俺の有給ライフの究極形、ここに完成ヨシ!!」と、特大のガッツポーズをキメるのであった。
猛吹雪に閉ざされた死の最前線要塞は、ルディの圧倒的な安全衛生工学とSDGsリサイクルにより、魔物も人間も幸せに満ちた『至高のホワイト温泉リゾート』へと、その完成の時を迎えていたのである。




