第038話:極寒のブラック現場赴任と、泥臭い「全要塞オンドル化」
大陸暦一二五四年、初冬。
「――ルディ様、見えてまいりましたわ。あれがゼーフェルト辺境伯閣下より『デリゲーション・バック(丸投げ返し)』された、オルテンシア国境の前線要塞都市です」
猛吹雪が吹き荒れ、視界を白一色に染め上げる極寒の世界。
防寒仕様にカスタマイズされ、ハーブ香る魔導温風機が完備された馬車の窓から、総務・財務主任のテレーゼ・フォン・ベルンハルトが、丸眼鏡を曇らせながらほっそりとした指を差した。
窓の向こう、雪煙の彼方にそびえ立っていたのは、都市などという立派なものではない。
崩れかけた石積みの城壁に、隙間風がヒュウヒュウと吹き抜けるボロボロの兵舎。凍りついた木々の枯れ枝が寒風に悲鳴を上げ、人の気配すら雪に埋もれて消えかかっている『死の廃墟』であった。
「……ハザードマップ(危険予測)の最悪の数値を、さらに下回るクソ現場だな。外気温マイナス十五度。隙間だらけの石造りの建物なんて、ただの巨大な『冷凍庫』だぞ。あんな場所に長時間留まれば、一瞬で血液が凍りついて細胞が壊死する」
ルディ・フォン・バウムガルトは、完全防寒のハイブリッドダウンベストの襟を引き寄せながら、重いため息をついた。
バウムガルト本拠地(ロベルト領)の留守番を、狂信的な現場警備代行のギュンターと、5Sを極めた衛生管理代行の肝っ玉新妻アニエス夫婦に「完全委譲(丸投げ)」してきたルディは、幹部ヒロインたちと給炊班、専門技術乙女二十一名、そして老騎士ハンス率いる最小限の精鋭護衛部隊だけを引き連れて、この地獄の最前線へとやってきたのだ。
馬車が軋む音を立てて要塞の広場に乗り入れると、そこには中世のブラック労働の極みとも言える、信じられないほど悲惨な光景が広がっていた。
「うぅ……さ、寒い……っ」
「指の……感覚が……ない……。誰か、火を……っ」
薄汚れてボロボロになった薄いウール外套をまとい、凍傷で手足の末端をどす黒く変色させた数百人の兵士たちが、消えかかった小さな焚き火の周りに群がり、ガタガタと歯の根を鳴らして震えていた。彼らは辺境伯軍の『旧守備隊』の残留兵たちだ。
満足な配給もないのか栄養失調で頬はこけ、目には生気が全くない。現代の労働基準監督署が見れば、秒で責任者を逮捕して刑務所にぶち込むレベルの『集団凍死(重大労災)待ったなし』の極悪ブラック現場であった。
「なんだ、貴様らは? 辺境伯様からの救援の物資か?」
そこへ、雪を踏みしめて一人の男が現れた。
部下たちが凍えているというのに、分厚い熊の毛皮のコートを一人で独占して着込み、立派な髭を蓄えた傲慢そうな壮年騎士――辺境伯軍からこの要塞の管理を任されていた旧守備隊長であった。
「俺が新たにこの要塞の指揮を任された、ルディ・フォン・バウムガルトだ」
ルディが馬車から降り立つと、旧守備隊長はルディの着用する『防刃ハイブリッドダウンベスト』と、後ろに続くハンスたち兵士の軽装(ダウン装備)を見て、露骨に鼻で笑った。
「はっ! バウムガルトの四男坊だと? 貴様ら、そんな女の寝具のようなフカフカした軟弱な服を着て、戦場にピクニックにでも来たつもりか! ここは辺境の最前線だぞ!」
旧守備隊長は、焚き火で震える自分の部下たちを顎でしゃくった。
「見ろ! 寒さと飢えに耐え、凍傷で指を失いながらも、文句一つ言わずに国境を守る我が精鋭たちを! これぞ、聖なる騎士道の誉れ! 寒さに耐え、痛みに耐えることこそが、精神を鍛え上げる至高の『修行』なのだ! 貴様らのような軟弱な農民兵には、この美学は分からんだろうがな!」
(……出たよ。設備の不備(インフラの欠陥)を、すべて末端の作業員の『気合いと根性』でカバーさせようとする、最低最悪のブラック現場監督(DQN上司)が。
防寒具も支給せずにマイナス十五度の環境で作業させるなんて、安全衛生法違反どころか未必の故意による殺人未遂だ。こういう無能な管理者の下で働く作業員こそが、最も過酷な労働災害の犠牲になるんだ)
ルディの脳内スプレッドシートが、激しい怒りと共に真っ赤なエラーログを吐き出した。
「ハンス。……あのポンコツ指揮官を黙らせろ。不安全なノイズは作業の邪魔だ」
「ハッ! 承知いたしました!」
老騎士ハンスが、ピカピカのダウンベストを輝かせて一歩前に出ると、その鍛え上げられた大腕で、旧守備隊長の首根っこをガシッと掴み、猛吹雪の雪の中へとポイッと放り投げた。
「な、何を――っ! 貴様ら、上官に対する反逆――」
「やかましい! 貴様のような部下を使い潰すだけの無能なクレーマーは、すっこんでいろ!」
ハンスの怒号が吹雪を切り裂く。
ルディは、凍死寸前で呆然としている旧守備隊の兵士たちの前に進み出た。
「おい、お前ら! こんな冷凍庫で『修行』などと言って越冬したら、春を待たずに全員労災死(全滅)だぞ! 命が惜しければ、今すぐ俺の指示(安全マニュアル)に従え!」
ルディの声には、有無を言わさぬ『安全衛生管理者』としての絶対的な覇気が宿っていた。
「いいか、魔法を一つ唱えればポンと暖かい家が建つなんていう、ご都合主義な甘い幻想は捨てるんだ。完璧なインフラ構築には、確固たる『泥臭い物理的プロトコル(下準備)』が必要不可欠だ! お前ら、凍死したくなければ、要塞中の瓦礫や廃材、魔物の骨を拾い集めてこい! そして、この兵舎の床下に、迷路のように空洞ができるように敷き詰めろ!」
「が、瓦礫を……床下に……?」
「そうだ! 空洞の上に、俺たちが荷馬車で大量に持ち込んだ『水硬性石灰』と、この地の土を被せろ! その大元に俺たちが持参した『熱交換器』――水を満たした鉄の貯水槽を設置し、そこから温水と温風を循環させるパイプの原型を作るんだ! 動けば体温も上がる、死に物狂いで動け!!」
ルディのロジカルで力強い指示に、死にかけていた旧守備隊の兵士たちの目に「生き残れるかもしれない」という一縷の希望の光が宿った。
「や、やろう! 凍え死ぬよりマシだ!」
「俺たちも手伝います、ルディ様! 5S活動、ヨシ!!」
バウムガルト隊の二十名の兵士たちと、旧守備隊の兵士たちが入り乱れ、極寒の中で凄まじい「人海戦術(物理作業)」が始まった。
凍てつく手を擦り合わせながら、瓦礫を運び、太い魔物の骨を並べてパイプの通り道を作り、その上に水硬性石灰と土を被せる。泥臭く、しかし目的の明確な土木作業。彼らの額からは、いつしかマイナス十五度の寒さを忘れるほどの、熱い汗がにじみ出ていた。
数時間後。
要塞のメイン兵舎の床下に、複雑な配管の原型となる空洞ネットワークと、土と石灰の層が完成した。
「よし! 下準備(下地構築)、完了だな!」
ルディは満足げに頷くと、両手に青白い魔力をバチバチと明滅させた。
「これより、最終工程(魔法のスイッチ)を入れる!――【土壌安定】および【微弱放電】、同時起動!!」
ルディが床の土に両手を突き立てた瞬間、強烈な青白い電撃と土魔力の波動が、要塞の兵舎全体を駆け巡った。
「おおおおおっ!?」
兵士たちが驚愕の声を上げる中、床に敷き詰められた土と水硬性石灰が、ルディの【微弱放電】によるイオン結合の強制加速を受け、凄まじい速度で化学反応を起こしていく。
大気中の水分と混ざり合い、ドロドロだった土が一瞬にしてカチカチの『超早強コンクリート』へと硬化(急速養生)し、隙間風だらけだった床と壁のひび割れが、コンクリートの装甲で完全に密閉されたのだ。
「す、すげえ……! 石の床が、一枚の岩みたいに固まっちまった!」
「隙間風が……完全に止まったぞ!?」
だが、ルディのインフラ大改修はこれで終わりではない。
「エルザ! お前の番だ!」
「はいっ……ルディ様! 私の炉心、いつでもアース(稼働)できますわ……っ!」
極薄の白いシュミーズの上からマントを羽織っただけの超高熱線魔術師エルザが、ルディの視線を受けて火照った身体をよじらせながら、床下に設置された『熱交換器(貯水槽)』の加熱スリットの前に立った。
「火気使用安全基準、出力定格3%! 貯水槽の水を加熱し、直接火を流し込むのではなく、温水と温風の循環へ変換して床下の配管空洞へ流し込め!」
「出力3%、ヨシ……っ! ふぁぁっ……熱、入りますぅぅっ!」
エルザの指先から、ほんのりと温かい、しかし無尽蔵の熱エネルギーが貯水槽へと注ぎ込まれた。
コポコポコポ……と水が沸き立つ音が響く。「エルザの放つ熱を直接床下に流せば、床がマグマになって全員大火傷(労災)だ」というルディの設計思想通り、間に水を満たした貯水槽を挟むことで、暴力的な熱がマイルドで安全なエネルギーへと変換される。
その熱が、兵士たちの汗と涙で作った床下の空洞を通って、兵舎全体へと広がっていく。
――ぽわぁぁぁん。
「あ……」
「な、なんだこれ……。床が……床から、ポカポカと温かい空気が……」
凍死寸前だった旧守備隊の兵士たちが、信じられないものを見る目で自分の足元を見つめ、思わずコンクリートの床に手のひらを当てた。
「安全で快適な室温二十四度」が、床全体からじんわりと、そして優しく湧き上がってきているのだ。
「これが前世の土木知識と魔法を融合させた『全館オンドル化』だ。これでもう、お前たちの足の指が凍り落ちる(被災する)ことはない。……ミリー! サシャ!」
「はい、ルディ様! ハサップ(HACCP)基準、完全沸騰消毒済みの『特製ポトフスープ』、配膳準備ヨシです!」
給炊班のミリーたちが、湯気を立てる大鍋から、肉と野菜がたっぷりと溶け込んだ黄金色のスープを、兵士たちの木の器へと次々に注いでいく。
「さあ、食え。冷え切った胃腸を温めろ。これも安全管理(福利厚生)の一環だ」
ルディが微笑みかけると、旧守備隊の兵士たちは、温かいオンドルの床にへたり込み、スープを一口すすった瞬間――全員が、堰を切ったようにボロボロと大泣きし始めた。
「うわああああんっ! あ、温けえ……っ! 床が温けえよぉっ!」
「スープが……腹の底から染み渡る……っ! 俺たち、死ななくていいんだ……っ!」
彼らは、自分たちを使い捨てにする辺境伯軍のブラック精神論から解放され、ルディのもたらした『泥臭くも圧倒的なホワイトインフラ』の前に、完全に魂を救済されていた。
「ルディ様! 雷神ルディ様、万歳!!」
「俺たち、ルディ様のためなら、どんな土木作業でもやります! もうあのポンコツ隊長の言うことなんか聞きません!! 安全第一、ヨシ!!」
魔法はあくまで「仕上げのスイッチ」。自分たちの汗で作り上げた配管と、ルディの知恵がもたらした奇跡の温もりに、旧守備隊の数百名は、一瞬にして狂信的な『ルディ教』へと寝返ったのだった。ここに、完全なる「ホワイトNTRざまぁ」が成立した。
「き、貴様らぁぁっ! 辺境伯軍の誇りを忘れたかっ! そんな女の寝具のような軟弱な床に座り込んで、恥を知れぇぇっ!」
要塞の外、猛吹雪の中で一人ポツンと取り残された旧守備隊長が、鼻水を垂らしながら絶叫しているが、もはや誰一人として彼に視線を向ける者はいなかった。
「……ふぅ。とりあえず、凍死ハザードは100%排除完了。これで俺のサボり空間の基礎はできたな」
ルディが満足げにオンドルの床に座り込むと、すかさず側近ヒロインたちが甘い香りを漂わせてすり寄ってきた。
「あぁん……っ、ルディ様ぁ。オンドルの床、とってもポカポカして……心地よいデトックスの汗で、私、なんだか暑くなってきちゃいましたわ……」
テレーゼが、丸眼鏡を曇らせながら、着ていた防寒マントをスルリと脱ぎ捨てた。
現れたのは、ミリーたちが仕立てた『極薄の白いシュミーズ』一枚の、豊満で無防備な肢体。
「私もですわ、ルディ様……。熱源の作業をしたら、お腹の奥の魔力炉までポカポカで……もう、こんな厚着、要りませんわね……。ルディ様にアースしていただく準備は万端ですわ」
エルザも、ヒルデも、エリーゼも、そしてセシルやクレアたち専門技術乙女二十一名も。
外はマイナス十五度の猛吹雪だというのに、オンドルで常春となった要塞内部では、美女たちが次々とマントを脱ぎ捨て、シュミーズ一枚という極めて無防備な姿で、ルディの周りに群がり始めたのである。
「おいおい……、いくら暖かいからって、男の兵士たちがいる前でそんな薄着でうろつくのは『風紀ハザード』の元だぞ……っ! 視線によるセクハラは作業効率を低下させ、不満が溜まれば暴動(重大労災)に直結する!」
ルディは、二十数名の薄着の美女たちの甘い熱気とデトックスの香りに包まれながら、極寒のブラック現場が、一瞬にして『常春のおあずけシュミーズ後宮』へと変貌してしまったことに、嬉しい悲鳴(冷や汗)を上げるのであった。
――極寒のブラック現場のホワイト化(NTR)、完全ヨシ!
次なるハザードは、この密室で自律神経を漏電させるヒロインたちと、体力を持て余した男兵士たちの「絶対的ゾーニング(コンプライアンス管理)」の構築である。




