第037話:本社からの丸投げ(デリゲーション)と、留守番新婚夫婦の狂信
「なんで俺が、自分が押し付けた不採算子会社(雪中デスマーチ)の立て直しに、行かなきゃならないんだぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
初秋の澄み切った青空に、ルディ・フォン・バウムガルトの、肺の腑をすべて引き裂くような絶望の叫び声が轟いた。
つい先ほどまで、完全無災害(ゼロ災)のまま冬の有給消化に突入できると確信し、ヒロインたちとハーブティーを傾けながら優雅な午後を満喫していたはずだった。
しかし、ゼーフェルト辺境伯(本社)から突きつけられた一通の親書が、ルディの完璧なサボりガントチャートを一瞬にして木っ端微塵に爆破したのだ。
自分が追撃戦という過重労働を避けるために辺境伯へ丸投げ(デリゲーション)した、オルテンシア国境の「前線要塞都市」。そこは冬になれば深い雪に閉ざされ、補給線が完全に途絶する『死の都市(ブラック現場)』であった。
そして、その不良債権を維持しきれなくなった辺境伯は、「お前の神算鬼謀の手腕を見込んで一任する!」という最高に理不尽な褒め言葉とともに、ルディへとまるごと『デリゲーション・バック(丸投げ返し)』してきたのである。
「おおおおおっ!! 若君の底知れぬ知略が認められ、ついに辺境伯軍の『最前線の最重要拠点』を任されるという大栄転!!」
老騎士ハンスが、天を仰いで大号泣しながら白髭を震わせた。
「我らバウムガルト隊、今すぐ冬の完全防備を整え、喜び勇んで死の森の最前線へと出撃いたしましょうぞ!! 安全第一、ヨシ!!!」
「「「ルディ様万歳!! 最前線都市への大栄転、ヨシ!!!」」」
中庭で訓練していた壮年兵たちが、槍を掲げて狂信的な雄叫びを上げる。
さらに、ルディの周囲に侍る側近ヒロインたちもまた、瞳をハートにして頬を真っ赤に染めていた。
「若君の新たな覇道の始まりですね! 私たちもどこまでもお供して、夜の調律をして差し上げますわ!」
丸眼鏡を光らせる財務主任のテレーゼが、豊かな双丘をルディの腕に押し当てて熱い吐息を漏らす。
「ええ……。あの雪に閉ざされた極寒の密室で、ルディ様の熱い電気を自律神経の奥深くまで注ぎ込まれるなんて……考えただけで、太ももの内側がズクズクと疼いてしまいますわ……っ!」
スパイからルディの専属監査官へと完全に堕ちたエリーゼも、薄いシュミーズの下で太ももを擦り合わせ、心地よいデトックスの汗を滲ませんばかりに身悶えしていた。
周囲の、天を衝くような「認知のバグ(狂信)」の嵐の中。
ルディは一人、冷や汗をダラダラと流しながら、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
(……ふざけるな。なんで誰も俺の絶望に気づかないんだ!
冬はマイナス二十度の雪山で、食料補給も絶たれる最悪のブラック現場だぞ!? そんな場所に全軍で赴けば、待っているのは凍死と餓死の集団労災だ!
だが、辺境伯からの公式な特命(業務命令)である以上、拒否すれば『反逆ハザード』と見なされて軍を差し向けられる。……行くしかないのか、あの地獄へ!)
ルディはギリッと奥歯を噛み締め、即座に前世の「安全衛生管理者」としての冷徹な思考(脳内スプレッドシート)をフル稼働させた。
「……テレーゼ、クレア! 直ちに執務室へ来い! 緊急の『リスクアセスメント(危険源特定)』を実行する!」
◇ ◇ ◇
領主本邸の執務室。
長机に広げられた国境周辺の地図を前に、ルディは厳しい表情で腕を組んでいた。
「クレア。昨日お前が俺にインポート(報告)した情報では、あの前線要塞都市は『死の都市』と呼ばれているそうだな。詳細なハザード特性を報告しろ」
「は、はいっ、ルディ様……!」
昨夜の『特別ボーナス(慰労会の最終調律アース)』ですっかり骨抜きにされ、ルディの忠実なシステムの一部となったクレアが、頬を薔薇色に染めながらも、エリート事務要員としての的確な報告を始めた。
「あの要塞は、オルテンシア国境の『大森林』の最深部に位置しています。秋までは豊かな土地ですが、本格的な冬が到来すると猛吹雪に見舞われ、周囲の街道が数メートルもの雪に埋もれます。春の雪解けまでの約四ヶ月間、本国からの補給線は完全に絶たれ、孤立無援となります……。現在、そこには辺境伯軍の『旧守備隊』が残留しているはずですが、毎年、寒さと飢えで半数が死滅(被災)すると言われておりますわ……」
「……典型的な『兵站崩壊ハザード』だな」
ルディは深いため息をついた。
冬に補給が絶たれる場所に、大所帯で赴くことは自殺行為だ。食料が底を突けば、たちまち飢餓と寒さが兵士の体力を奪い、労働意欲の致命的な低下から暴動(内部崩壊)を招く。
ましてや、先日ロベルト領で『無災害婚姻(トロフィー授与)』を行ったばかりの、二十九組の新婚夫婦たちをそんなデスマーチに巻き込めば、せっかく構築したモチベーション・ソースは完全に崩壊してしまう。
(解決策は一つだ。人員の極小化と、リソースの『デリゲーション(丸投げ)』だ)
ルディは地図を指で叩き、冷徹な結論を下した。
「テレーゼ。今回、最前線要塞へと赴くのは、俺と幹部ヒロイン陣、そして必要最小限の専門技術乙女二十一名、最後にハンス率いる最小限の精鋭護衛(十〜二十名程度)のみとする」
「えっ……? 若君、それではあまりにも兵力が少なすぎますわ! 辺境伯軍の旧守備隊がいるとはいえ、万が一オルテンシアの残党が襲撃してきたら……!」
テレーゼが丸眼鏡をずらして驚愕の声を上げたが、ルディは不敵な管理者スマイルを浮かべた。
「冬に補給線が絶たれる場所に、大人数(食いつぶし要員)を連れて行くのは兵站崩壊の元だ。それに、現場にはすでに使い潰されて死にかけている『旧守備隊』という労働力がいる。
ならば、俺がわざわざ兵隊を連れて行く必要はない。俺たちは『暖かいオンドル設備』と『ハサップ給食』だけを持ち込み、現地の旧守備隊を俺のホワイト待遇で丸ごと洗脳(再雇用)して、俺のタダ働きリソース(私兵)として使い倒せばいいんだ!」
「なっ……!」
テレーゼとクレアは、息を呑んだ。
自軍の兵士を危険に晒さず、現地の死にかけている兵士たちを圧倒的な「福利厚生」で懐柔し、自らの手駒に変えてしまう。中世の軍事常識を根底から覆す、あまりにも合理的で、そして悪魔的な人材ハッキングの算段。
「ああ……っ、若君……っ! 不良債権(死にかけている兵士)を、圧倒的なホワイト待遇で買い叩き、最強の資産へとロンダリング(再生)されるおつもりですね……! なんという恐るべき企業買収(M&A)のロジック……! 私、またお腹の奥が熱くなってしまいましたわ……っ」
テレーゼは太ももを擦り合わせ、蕩けた瞳で熱い吐息を漏らした。
「よし。方針は決まった。……だが、俺たちが留守の間、このロベルト本拠地を誰に任せるかが問題だ」
ルディは腕を組み、思考を巡らせた。
本拠地の治安と衛生が崩壊すれば、帰るべき有給ライフの基盤が失われる。絶対に裏切らず、狂信的で、かつ実務能力の高い『留守番部隊のトップ』が必要だった。
「テレーゼ。先日結婚した二十九組の新婚夫婦たちの中から、ハンスの右腕である『ギュンター』と、その新妻の『アニエス』を至急この執務室へ呼べ」
◇ ◇ ◇
数分後。
執務室に、緊張で顔を強張らせた一組の新婚夫婦が姿を現した。
夫のギュンター(三十八歳)は、ハンスの厳しいしごきと過酷なブラック戦場を生き抜いてきた、筋骨隆々の壮年兵である。ルディの「指差し呼称」を誰よりも大声で復唱し、狂信的な忠誠を誓う古参兵だ。
妻のアニエス(十八歳)は、オルテンシアの商家出身で計算に明るく、ルディが開校した「簡易寺子屋」を優秀な成績で修了した補償乙女の一人。特にミリーたちから学んだ「5S」と「ハサップ(沸騰消毒)」の教義に深く感銘を受けており、不衛生な環境を絶対に見逃さない肝っ玉新妻へと成長していた。
「若君様! ギュンターならびに妻アニエス、お呼びにより只今馳せ参じました! 安全第一、ヨシ!!」
ギュンターが大音声で敬礼すると、アニエスも隣でピシッと背筋を伸ばして一礼した。
ルディは彼らの前に立ち、極めて真面目な顔で、しかし内心では「ただの面倒なクレーム対応の丸投げ」を企みながら、重々しく口を開いた。
「ギュンター、アニエス。急な呼び出しで済まない。……実は、俺はこれより辺境伯の命を受け、最前線の要塞都市へと赴くことになった」
「な、最前線でございますか!?」
「ああ。だが、俺は今回の行軍にお前たち新婚夫婦(二十九組)を連れて行くつもりはない。お前たちには、ここロベルト領に残ってもらう」
「わ、若君様! それは……我らがお役御免ということでしょうか……っ!?」
ギュンターが悲痛な顔で叫び、アニエスも顔を真っ青にして口元を押さえた。自分たちの至高のホワイト生活が終わってしまうのかと、絶望の淵に立たされたのだ。
「違う、ギュンター。勘違いするな」
ルディは彼らの肩に優しく手を置き、最も効果的な『モチベーション・ハック』の言葉を紡いだ。
「俺たちが不在の間……このロベルト領の治安、衛生、そして備蓄の管理を、すべてお前たち夫婦に『完全委譲(丸投げ)』する」
「……えっ?」
ギュンターとアニエスは、ポカンと口を開けた。
「ギュンター、お前を『現場警備代行』に任命する。お前がハンスに代わって、野盗や反乱の兆候から、この領地を死に物狂いで守り抜け。
そしてアニエス。お前を『総務衛生管理代行』に任命する。テレーゼやミリーが不在の間、お前が他の二十八人の妻たちを束ね、マニュアル通りに5Sとハサップ給食を回し、領内の衛生状態を保て。
……何かトラブル(ハザード)が起きても、俺のサボり時間……いや、前線での作戦指揮の邪魔にならないよう、お前たちの裁量で処理しろ。この本拠地(本社)の防衛は、お前たちに任せたぞ」
しん、と静まり返る執務室。
次の瞬間。
「お、おおおおっ……! 若、若君様ぁぁぁっ……!!」
ギュンターが、滝のような涙を流してその場にガシャリと平伏した。
「結婚したばかりの我々のような若輩夫婦に、ご自身の大切な本拠地(本社)の全権を委ねてくださるというのか……! なんという信頼! なんという愛の試練!
アニエス、聞いたか! 若君様は、我々の愛の巣(ロベルト領)を、我々の手で守り抜けと仰ってくださっているのだ!」
「ええ、あなた……っ!」
アニエスもまた、大粒の涙をポロポロとこぼし、ギュンターの腕にすがりついた。
「領内に一切の病魔も不審者も入れさせませんわ! 若君様が安心して前線で戦えるよう、私たちが他の妻たちと協力して、この地を完璧な『無災害ホワイトユートピア』として磨き上げてお待ちしております!」
「「ルディ様万歳! 留守番防衛、ヨシ!! 夫婦の共同作業、ヨシ!!!」」
二人は広間に響き渡る声で絶叫し、互いに固く抱き合って狂信の涙を流し続けた。
(よし! デリゲーション(丸投げ)、100%成功!
ギュンターの『物理的警備(マイホーム防衛)』と、アニエスの『衛生・コンプライアンス管理』。権力の暴走を防ぐ完璧な『夫婦の相互監視システム』が完成したぞ!
これで、俺が前線でサボっている間に本社が乗っ取られたり、疫病で壊滅したりするリスクは完全にゼロになった。
自分の面倒な仕事を部下に「これはお前を信頼しているからだ」と押し付ける、まさに中間管理職の最強のライフハックだ!)
ルディは、感涙にむせぶ新婚夫婦を見下ろし、心の中で「留守番部隊の確立、ヨシ!」と力強くガッツポーズをキメた。
◇ ◇ ◇
数日後。
ロベルト領の城門前には、最前線要塞へと向かう「少数精鋭のバウムガルト隊」が整列していた。
ルディの傍らには、幹部ヒロインであるテレーゼ、エルザ、ヒルデ、セシル、エリーゼ、そして見習いとして同行を許されたクレアの姿がある。
給炊班としては、ミリー、サシャ、リタ、ニナの四名。
そして、専門技術スタッフの乙女たち残り二十名(計二十一名)が、ピカピカのダウンベストと作業着を身にまとって整列している。護衛は、ハンス率いる独身の精鋭兵わずか二十名のみ。
見送りに来たギュンターたち留守番部隊が、「若君様のご武運を! 安全第一、ヨシ!!」と狂信的なエールを送る中、ルディは馬車へと乗り込んだ。
「さあ、ルディ様。あの過酷な極寒の密室で、私たち幹部の炉心を、毎晩、あなた様の電気でどうやって温めて(アースして)くださるのか……今から自律神経が疼いてたまりませんわ……っ」
馬車の中では、エルザがすでに白いシュミーズの胸元をはだけ、エリーゼやテレーゼもまた、ルディの太ももに絡みつくようにして熱い吐息を漏らしていた。
十五歳のニナも、「私もこの冬で、ついに年齢制限(十五歳)クリアですから……今度こそ若君様の、特別な……っ」と、来るべき「深夜操業(本格的な安全点検)」解禁への期待に顔を真っ赤にしてモジモジしている。
「お前たち、作業現場(赴任先)に着く前から発情(漏電)するな! 車内での不安全な接触は、揺れによる激突ハザードを招くから自重しろ!」
ルディは、乙女たちの甘い汗の香りと狂信の熱気に冷や汗を流しながらも、窓の外へと視線を向けた。
(待っていろ、辺境伯軍の旧守備隊のブラック上司ども。
お前たちのその時代遅れの精神論と奴隷労働を、俺の圧倒的な『ホワイト待遇』と『インフラ構築(土木魔法)』で完膚なきまでにへし折り、お前たちの部下を丸ごと俺の『有給ライフの労働力』として合法的にNTR(引き抜き)してやる!
冬の雪山を、俺の力で『シュミーズ一枚の常春温泉リゾート』へと変えてやるからな!)
ルディの、己の安全とサボりのためだけに極寒の地獄をユートピアへと書き換える、新たなインフラ無双と絶対的ざまぁの幕が、今ここに切って落とされた。
「全作業員(全軍)、出発進行! 本日も完全無災害で、ヨシ!!」
バウムガルト隊の少数精鋭は、秋の風を切って、死の森・最前線都市へと向けて力強く行軍を開始するのであった。




