第016話:不期遭遇戦と、ルディの【ガス・温度検知(ディテクター)】の視界
――サラサラ、サラサラと、初夏の温かい小雨が雑木林の葉を叩く。
ジメジメとした湿気と泥臭さが大平原の辺境伯本陣を包み、他の兵たちが劣悪な衛生環境で悲鳴を上げている中、バウムガルト隊の陣地だけは、完全に外界から隔離された「異世界の極上リゾート(完璧なホワイト職場)」と化していた。
しかし、ここに至るまで、ルディの脳内スプレッドシートは極限のアラートログを処理し続けていた。
(昨夜、セシルからの緊急探知報告を受け、オルテンシア軍別働隊一千五百の迂回奇襲と、辺境伯のスパイであるエリーゼ様の同時接近というマルチ・ハザードを検知した瞬間は、さすがの俺も冷や汗をかいたが……。
結果から言えば、敵本隊の進軍は雨期の泥濘によって遅れに遅れ、丸一晩経った今なお、この雑木林の麓にすら到達していない。部下を使い潰すブラック指揮官が率いる大軍は、自重の重さと泥に足を取られ、一晩中、麓のぬかるみで地獄の泥沼デスマーチを繰り広げているらしい。
その間に俺たちは、入念に整備された滑り止めアスファルトの上で、完璧な警戒監視(夜勤)のシフトを回しきった。
そして、その「一晩の進軍遅延」というマージンを利用して、俺は昨夜のうちに、先行して我がホワイト職場(陣地)に踏み込んできた「第一の政治的ハザード」――エリーゼ様を、実務的なカイゼンプロセス(HACCPと5S)でおもてなしし、完全に無害化(コンプライアンス教育)することに成功したわけだ)
昨夜、泥だらけの険しい行軍で心身ともに限界に達し、馬車から降りるなり「お前のサボり行為の証拠を掴んで父上に報告してやる!」と高慢に吠えていた辺境伯の庶子エリーゼ。
ルディはそんな彼女に対し、冷徹に「安全上のハザード(不安全状態)」を突きつけた。
「エリーゼ様、冷え切った身体でそのまま天幕に入るのは、急激な血圧変動を招く『ヒートショック』および、狭い馬車内で長時間同じ姿勢を強要されたことによる『エコノミークラス症候群(急性静脈血栓症)』の重大なリスクがあります。安全管理者の義務として、強制的かつ徹底的な入浴介助および理学療法マッサージを執行します」
有無を言わさず、特設のハーブ湯へと放り込まれたエリーゼ。
ルディは「あくまで血栓症を予防するための治療行為」という厳格な建前のもと、湯上がりの彼女をベッドに這わせ、特製のハーブオイルを背中や脚にたっぷりと注いだ。そして、長旅の過緊張で強張っていた彼女の肩甲骨から、ふくらはぎ、太ももの内側の経絡に沿って、自らの手のひらで強引に揉みほぐし始めたのだ。
「な、何を……ひゃっ!? あ、あつ……ッ! 何よこの電気……、身体の、芯が、痺れて……あぐっぅぅっ!?」
ルディの指先から、エリーゼの強張った筋肉の緊張を解くための魔法【微弱放電】が、絶妙な低周波の電撃パルスとなって流れ込む。
血流が劇的に改善し、電流が自律神経を強制的にリラックスさせる凄まじい快感。
高慢な姫スパイの脳は、中世には存在し得ない極上の物理的・魔導的リラクゼーションによって瞬時にハッキングされ、スパイとしてのプライドごとトロトロに融かされてしまった。
結果、一晩中心地よいデトックスの汗を流したエリーゼは、今や別天幕のふかふかのベッドの中で、「あぁ……ルディ様……。この世の、楽園だわ……」と、完全に毒気を抜かれた寝息を立てている。
(昨夜はエリーゼという想定外の政治ハザードが飛び込んできたため、エルザの冷却はマニュアル(SOP)通り「最低限の三十分間」で強制終了せざるを得なかった。だからエルザは今、生殺しのおあずけ状態でボイラーを火照らせているんだけど……)
「ふぅ……。エリーゼ様が、俺の『血栓予防マッサージ』で完全に自律神経をオフにされて別天幕でお休みになっている今こそ、絶好のインターバル(サボり時間)だな。……よし、テレーゼ、そこの角度はもう少し優しく頼む」
「はい、若君様。……動かないでくださいね。お耳の中に、私の『電気(魔力)』が流れ込んでしまわないように、優しく、優しくお掃除いたしますから……」
ルディは、指揮官天幕の柔らかい長椅子の上で、丸一晩の夜勤(監視哨戒)の疲れを癒やすべく、この上ない極楽を貪っていた。
彼の頭を優しく包み込んでいるのは、テレーゼ・フォン・ベルンハルトの、吸い付くように柔らかく健康的な太ももだった。
ミリーたちの手で綺麗に洗われ、ハーブの香りをまとったテレーゼの肌は、触れているだけで脳の自律神経が弛緩していくような極上の弾力を持っている。昨夜、ルディの【微弱放電】を全身に注ぎ込まれ、脳髄まで淫らに調律し尽くされた彼女は、丸眼鏡の奥の瞳にトロンとした依存の残滓を浮かべ、細い指先でルディの耳を竹製の耳かきでそっと撫でていた。
サリ、サリ、と鼓膜の近くを擦られるゾクゾクとするような快感が、ルディの全身を心地よく駆け抜ける。
「若君様……。お耳の中を『清潔』に保つことは、五Sにおける『清潔』の基本とお聞きしました。……このように、毎日私がお耳の中の不純物を取り除いて差し上げますからね。ですから……また今夜も、私をあのビリビリとした気持ちいい電気で、めちゃくちゃに調律してくださいまし……っ」
テレーゼは顔を真っ赤に紅潮させ、恥ずかしそうに内股をモゾモゾと擦り合わせた。ルディの放電マッサージの余韻を思い出し、彼女の身体はすでに甘い期待の熱を帯びて火照っている。
「ああ、もちろんだ。メンタルヘルス管理は管理者の最重要義務だからな。……おっと、ミリー、ミントティーのおかわりをくれ」
「はい! ルディ様、ただいま!」
天幕の隅では、炊事班のミリーが、世界基準の衛生管理(HACCP)に基づいて、一度完全に沸騰させた水を使い、丁寧にハーブをブレンドした温かいミントティーを淹れていた。天幕の中は、魔導温風機を「ドライ除湿運転」に切り替え、湿度四十%の快適空間に保たれており、衣服が湿気で張り付く不快感など微塵もない。
「ふはーっ! 生き返るよぉ……っ! ルディ様のところの麦茶は、本当に世界一だね!」
天幕の入り口の薄いリネンをくぐり、ルディから新たに支給された「斥候用の軽量・撥水迷彩ポンチョ」を濡らしたセシルが、満足そうに鼻を鳴らして入ってきた。
セシルはミリーから手渡された冷たい麦茶を喉を鳴らして飲み干すと、ふにゃりとだらしない顔でルディの椅子の脇に腰掛け、彼の空いている方の膝にすり寄ってきた。
「若君、エリーゼ様は『この世の楽園だわ……』って涙目になりながら、ミリーに髪を洗ってもらってとろとろになってます! そして周囲の『直接視界範囲内』の偵察ですが、冷たい雨の中、オルテンシア軍の不審な動きは一ミリもありません! 敵の地響きが完全に止まりました。おそらく泥濘でスタックして身動きが取れず、休息しているのだと思います」
「そうか。セシル、前方探知、ご苦労。……よし、いい子だ」
ルディがセシルの短い緑の髪を撫で回すと、彼女は「ふにゃあ……」と喉を鳴らし、しっぽを振る犬のように嬉しそうにルディの太ももに顔を擦り付けた。
「よくやった。新しく編入したロベルト分遣隊の軽装歩兵たちと、うまく哨戒シフト(二直制)を回せているようだな」
「ルディ様に教わった通りローテーションで監視してるから、私もしっかり仮眠とれたよ!」
敵の進軍が、ルディの計算通りに泥濘でスタックし、大幅に遅延してくれたおかげで、この休息が成り立っている。
「敵が底なしのぬかるみでスタックし、体力をすり減らしている間、俺たちは極上のミントティーを飲み、身体を暖め、完璧にスタミナを温存する。――これが、勝つための『労務管理』だ」
「若君、さすがでございます……っ! 焦って敵を迎え撃つ不安全行動を避け、静を以て動を制する。まさに騎士道の極み……!」
テレーゼが、耳かきを握りしめたまま、うるうるとした瞳でルディを見つめてため息をつく。
ルディは内心で(いや、ただ単に寒い雨の中で泥まみれになりたくないだけなんだけどな。それに、エリーゼが骨抜きになっている今のうちに、少しでもサボっておかないと損だし)とサボりの正当化にほくほくしていた。
だが、プロの安全管理者は、どれほど快適な休憩時間中であっても、定期的な「自主安全パトロール」を欠かさない。
「念のため、麓の『ハザードマップ(危険源の動き)』を再スキャンしておくか。敵のスタック状況を数値化しておきたい」
ルディはテレーゼの太ももからゆっくりと頭を上げ、軽く伸びをすると、自身の常時稼働している感覚魔術を、意識的に最大出力へとブーストした。
――【ガス・温度検知】、起動。
ルディの網膜の前に、世界が瞬時に「等温線」と「気流の対流」で構成された、極彩色のサーモグラフィの三次元空間へと切り替わった。
通常、この雨期の雑木林は、冷たい雨水(青色)と、樹木の吸熱(深緑色)に満ちた、極めて平穏で涼やかな視界のはずだった。
だが、ルディが雑木林の北西、あの「底なしの泥の海」と化しているはずの、誰も通れない崖下の迂回ルートへと視線を向けた、その瞬間。
――ピ、ピピッ。ピピピピピピピピピピピピッ!!!
「あ……?」
ルディの脳内スプレッドシートが、あり得ない速度で「危険」の真っ赤なエラーログを吐き出し始め、網膜の視界が、強烈な光源を直視したかのように、真っ赤に、ドロドロとした『白熱の光』によって、視神経ごと灼き尽くさんばかりに染まり上がった。
「な、なんだ、これ……は……!?」
高台の麓、雑木林の入り口へと続く底なしの泥濘ルート。
そこに、中世の常識では絶対にあり得ない「密度」を持った、異常な熱源の塊が、のたうつ大蛇のように連なって、こちらへと這い上ってきていた。
十、百、五百、一千……――。
「一千五百……!? 人間と、重厚な金属(鉄鎧)、そして行軍による限界突破の異常発熱を起こしている、オルテンシア兵の狂った熱量が、一千五百以上、一丸となってこの雑木林に突進してきてる……!? 泥濘でスタックするどころか、地盤の固いこの雑木林ルートを正確に見抜いて、とんでもない速度で進軍してきてやがる。しかも、熱源と同時に異常な濃度の硫化水素とアンモニア(腐敗ガス)を検知! ノー風呂、ノー着替えで一晩中泥濘を這いずり回った不潔集団が、最悪の『悪臭ハザード』を撒き散らしながら風上からやってきているぞ!」
ルディの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「いや、違う! 足音を消して進軍し、麓で『一斉突撃のための隊列(陣形)』を組んで静止していただけだ! 今、一気に突撃のモーションに入ったぞ!」
それだけではない。
そのうねる等温線のさらに最奥に、ルディのディテクターは「極めつけの死神」を感知した。
――キィィィィィン、と。
大気中の魔力粒子が、異常な超高温を伴って螺旋状に回転し、周囲の冷たい雨粒を瞬間的に気化させながら、巨大な熱の渦を形成しつつある。
それは、大気中の熱対流が、一点に向かって不自然に収束していく兆候――。
魔術師たちが、大規模な攻撃詠唱を開始した瞬間に発生する、独特の「魔力集中ハザード」だった。
「嘘だろ……っ。敵の宮廷魔導師団が、高台のこちらに向かって、超広範囲破壊魔術(重火球)の照射準備に入ってる!? 射撃角、推定四十五度! このまま撃たれたら、麓から雑木林全体が、一瞬でナパーム弾(超高温火炎)を浴びたように、灰燼に帰すぞ……!」
敵の別働隊長ヒルデは、この雑木林を「無人」と確信し、先陣が突撃すると同時に、後方からの撃ち下ろし魔術で、平野の辺境伯本陣を完封するつもりなのだ。
だが、その射線上には、今、ルディの快適なホワイト陣地が完全に被っている。
しかも、別天幕には、辺境伯の庶子エリーゼが寝ているのだ。
もしここで敵の大規模魔術の直撃を受ければ、政治的ハザードであるエリーゼごと、自分たち全員が労働災害(木っ端微塵)になってしまう。
そして何よりも――ルディは、その大軍を強引に進軍させている敵の指揮官の「異常な熱対流」を感知し、激しい嫌悪感を抱いた。
(……部下を泥水の中で使い捨てにし、動けなくなった者を「名誉ある生贄」などと呼んで平気で見捨てる、最悪のブラック現場監督め。あんな女指揮官の下で働く作業員(兵士)が哀れだ。俺が、あの女指揮官の狂った精神論を、後で捕まえて天幕に引きずり込み、俺の電気で脳髄から書き換え、コンプライアンス(安全基準)をたっぷりと叩き込んでやる)
ルディの瞳に、安全管理者としての冷徹な「調教」への意志が宿る。
だが、今は緊急事態だ。
ノーヘル。ノー安全帯。
そんな裸一貫の状態で、数万ボルトの高圧電線(敵の大規模魔術)に、笑顔で触りにいくような、狂気のDQN集団(オルテンシア王国軍一千五百)が、自分たちの平穏な有給現場に向かって、今まさに、全速力で不安全突撃を仕掛けてきているのだ。
「おい、おいおいおいおい……っ! 冗談じゃねえぞ!!」
ルディは、素早く、かつ優しくテレーゼの手首をホールドし、自身の耳から「耳かき(鋭利物)」を安全に引き抜かせた。
その瞬間――テレーゼは耳掃除を中断され、呆然とした、そして明らかな不満と淋しさを瞳に宿してルディを見上げていた。
「あ、若君様……。お掃除、まだ途中……」
「テレーゼ」
ルディは急ぐ身体をわずかに引き留め、テレーゼの顎をそっと指先で持ち上げた。
そして、彼女の白首にチリッと心地よい静電気(マーキングの微弱放電)を走らせ、丸眼鏡越しに見つめ合う。
「この『お掃除』の続きは、あのDQN(オルテンシア軍)どもを片付けた後の残業(夜間操業)でたっぷりしてやる。……それまで、俺の寝台を温めたまま、大人しく待っていられるか。ヨシだな?」
「あ……、は、はい……っ! 私、良い子でお留守番して……待っていますわ……っ、ルディ様……ぅ!」
支配的に囁かれた強烈なマーキング。テレーゼは、首筋を走った放電の余韻に腰を小刻みに震わせ、その知的な顔を期待で完全に蕩けきらせていた。
ルディの突然の豹変と、血相を変えた様子に、ミリーとセシルもハッとして身を乗り出す。
「全員、ミントティーを片付けろ! KY活動(危険予知)は、たった今、強制終了だ! ――重大な突発ハザード(不期遭遇戦)が発生した!!」
ルディは天幕の幕を乱暴に跳ね上げ、冷たい雨の降る屋外へと飛び出した。
そして、バウムガルト隊の陣地に向けて、肺の腑をすべて引き裂くような大音量で、拡声魔導ホイッスルを吹き鳴らした。
「全員、防具顎紐締めヨシ! 防刃ベスト、ファスナー全閉、ヨシ! 石化防爆壁の安全ポケットへ、直ちに退避しろ!! 全員、支給した『活性炭とハーブを仕込んだ防臭・防毒マスク』を装着しろ! 悪臭(有害ガス)の吸引は作業員の集中力を奪う重大なハザードだ! ――敵の一千五百の突撃(不安全行動)が、この高台に向かって直撃コースで突進してきているぞ!!!」
その瞬間――。
雨の降るホワイト陣地で、それぞれ薪割りやトイレ掃除、排水溝の泥さらいをしていた五十人のバウムガルト兵、および老騎士ハンスの動きが、完全にピタリと同調した。
普通の軍隊であれば、「敵の一千五百が迫っている」と告げられた瞬間、徴募兵たちは恐怖で武器を落とし、パニックを起こして逃げ惑い、瞬時に指揮系統が崩壊して全滅(大労災)に至る。
だが、この五十人は、ルディによって世界一「安全意識(防災ドリル)」を叩き込まれた、規格外のホワイト軍団だった。
「若君の避難勧告アラートだ!!」
「手順通り、第一退避ルートを確保! ハンス分隊、指差し呼称!!」
「服装ヨシ! 足元ヨシ! ヘルメット、ヨシ!!」
五十人の小作人たちは、パニックを起こすどころか、まるでお手本のような防災避難訓練の動きで、整然と、しかし恐るべき俊敏さで、石のように硬化された防爆土塁の影へと、次々に滑り込んでいった。
誰一人として転倒せず、誰一人として仲間を突き飛ばさない。
ルディが事前に整備した「アスファルト(石化土壌)滑り止め舗装」が、彼らの二重革靴のグリップ力を完璧にサポートしていた。
「ミリー! サシャ! 炊事班は、釜の火を即座に隔離消火し、防ハエ密閉式ピット(地下シェルター)へ退避しろ! 絶対に外へ顔を出すな!」
「はい! ルディ様! 消火手順、ヨシ!!」
ミリーたちは、訓練通りに一瞬で大釜の火に濡れむしろを被せて「窒息消火」を完遂し、安全な地下ピットへと避難を完了した。
「ハンス……ッ! 防爆トレス防柵の『ロックピン(楔)』はすべて固定されているな!?」
ルディが駆け寄ると、老騎士ハンスは、雨の中で、ダウンの空気を抜いて「通気・撥水モード(雨合羽)」に切り替えたハイブリッドベストを誇らしく光らせ、すでに防爆壁の銃眼に錆び一つない槍を構え、ギラギラとした狂信の瞳でルディを仰ぎ見た。
「若君! 防柵の構造強度、トラス接合部、すべて点検完了! 異常なし(オール・グリーン)でございます! カカシと侮って突っ込んでくるオルテンシアの愚か者どもを、この若君の『不落の安全地帯』で、一兵残さず圧殺して見せましょう!」
「外縁のゲスト用テントにも『対爆・防風シールド』を即座に展開しろ! ゲスト(エリーゼ様)を一人でも死なせたら、政治的ハザード(責任問題)になるぞ!」
「はい!」
「よし……っ! エルザ! お前はどこだ!?」
ルディが叫ぶと、エルザが、防爆土塁の最深部、完璧な排熱煙突(換気スリット)を設けた、彼女専用の「特設火気使用エリア(熱線砲座)」から、しっとりと這い出てきた。
昨夜の強制冷却終了後、ルディのディテクターが「敵の不穏な熱源(突撃陣形)」を検知した直後から、指示により急速暖機運転(コールドスタートからの急速スタンバイ)に入っていた。
「はぁ、はぁっ、はぁ……っ……。ルディ様……、お呼び、ですか……? 私の、私の魔力炉が、あなた様の戦闘命令を求めて、こんなに……こんなに火照って、お待ちしておりましたわ……っ」
エルザは、ルディから支給された「特注の撥水防炎ダウンマント」を羽織りつつも、過熱する炉心の熱を逃がすために、マントの胸元を少しはだけさせ、ルディから与えられた、蝋引きで耐水・耐熱加工された「火気使用安全手順書」をしっかりと胸に抱いて、熱っぽい瞳で彼を見つめた。
彼女の指先からは、すでに最大出力の三十%以下に厳密に「調律」された、青白い超高熱線の魔力が、冷たい雨水を一瞬で蒸発させながら、美しく、そして致命的な光となってバチバチと火花を散らしている。
「いいか、エルザ。敵の魔導師どもは、信じられないほどのブラック操業(限界突破チャージ)で、この雑木林ごと俺たちの現場を焼き尽くすつもりだ。――そんな違法操業は、安全管理者として絶対に許さない。
お前は、敵が魔法を放つ直前……大気の熱対流が『極限(チャージ完了)』に達した、その『一瞬の溜めの隙』だけを狙い澄まし、ピンポイントで敵魔術師の魔力合流核を撃ち抜け!」
「はい……っ、ルディ様……! あなた様のご指示(安全基準)の通りに、敵の熱を、正確に……シャットダウンして差し上げますわ……っ!」
ルディは不敵に唇を歪め、自身の【ガス・温度検知】のサーモグラフィ視界を、エルザの脳内へと魔力パルスで直接共有した。
冷たい初夏の雨が、雑木林の石化防壁を激しく叩く。
バウムガルト隊、五十人。
世界一安全で、世界一規律正しく、性能を徹底的に追求し、そして世界一「死にたくない」と願うホワイト軍団が、一千五百の死神を迎え撃つための、完璧な「安全衛生防護ライン」を敷き終えた。
「――来るぞ。災害ゼロで、この不安全集団(大軍)を、一人残さず泥に沈めて、完全倒産(全滅)に追い込め!!」
「「「安全第一!!! ヨシ!!!!」」」
雨の雑木林に、五十人の、死への恐怖を完全に克服した、美しくも異常な咆哮が響き渡った。
――バウムガルト隊の災害防止対策:不期遭遇戦(ヒルデ部隊)、迎撃プロセス、稼働ヨシ!




