第8話:雅な恋にも、ニンニクの匂いはするのだ
ねえ、みんな。「教養がある人」って素敵だけど、その賢さが、誰かと手をつなぐためじゃなくて、自分を守るための「鎧」になっちゃうと……恋の空気は、少しだけ冷たくなるのかもしれない。
雨夜の品定め、最後を飾るのは藤式部丞さんの告白なのだ。
彼が語り始めたのは、学生時代に出会った、自他共に認める「ガチの秀才」な女の子の話。和歌やお香みたいな「雅な教養」じゃなくて、漢籍(中国の難しい本)を読み漁るような、学者顔負けのインテリ女子。
でもね、そんな彼女との再会は、平安時代とは思えないような、強烈な「あの匂い」から始まったのだ……!
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「……その日は、ひどく風邪を引いていたようでね」
藤式部丞さんが、思い出すのも恥ずかしそうに語り出す。
久々に彼女の家を訪ねた彼を待っていたのは、御簾を上げたまま扇で顔を隠し、頑なに姿を見せようとしない彼女だった。
「ちょっと待って! その匂い……つむぎ、この時点で嫌な予感しかしないのだ!」
部屋に漂っていたのは、優雅なお香の匂いなんかじゃない。
鼻を突くような、スタミナ料理……そう、ニンニクの匂いだったのだ!
「風邪を引いたから、お薬としてニンニクをたくさん食べたのです。だから今は、お会いできません。でも、儒教の教えに反するから、嘘はつかないわ」
御簾の向こうから聞こえてくるのは、理路整然とした、あまりに「正論」な拒絶。
つむぎは思うのだ。彼女は、ただ空気が読めない人だったのかな。本当に、恋のムードを壊したかったのかな。
たぶん違う。彼女は、自分の言葉を曲げられなかったのだ。
嘘をついて可愛く見せることより、正しくあることを選んでしまった。それは不器用だけど、ある意味ですごく誠実なことなのだ。ただ、その誠実さが、恋の場ではあまりにも硬すぎたんだよね。
「賢いのはいいこと。でも、それを相手を黙らせるために使っちゃうと、心まで遠ざかっちゃうんだよ」
つむぎは、藤式部丞さんの呆れたような顔を見て、ちょっとだけ彼女に同情しちゃったのだ。第7話の「完璧すぎて沈黙した女」とは正反対。彼女は「知識で武装して正論を語る」ことで、自分の不器用さを隠していたんじゃないかな。
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この話を聞いて、源氏くんは少しだけ笑った。
でもその笑いは、ただの嘲笑じゃなかったと思う。
藤壺さまは、どこまでも香り高く、遠い月みたいな人だった。お香の煙の向こう側にいる、非現実的なほど美しい理想。
でも、この雨夜に語られる女の人たちは違う。
怒る。噛みつく。黙る。
そして風邪を引けば、なりふり構わず薬としてニンニクを食べる。
ちゃんと、身体を持って、匂いを持って、必死に生きている。
その生々しさが、源氏くんには少し滑稽で、少し怖くて……そして、どうしようもなく眩しく見えたのだ。
夜が、ゆっくりと明けようとしている。
あれほど激しかった五月雨も、いつの間にか、しとしととした霧雨に変わっていた。
雨夜のトークが終わったとき、源氏くんの心には、新しい「毒」がしっかりと回っていた。
「中くらいの、現実の女……」
その好奇心がやがて、あの逃げ水のように儚い女性――空蝉へと、源氏くんの足を向けさせることになる。
届かない月を見上げていた手が、今度は、触れられそうで触れられない「薄い羽」へ伸びていく。
光源氏という名の物語が、理想の空から、泥臭い地上へと引きずり込まれる音が聞こえた気がしたのだ。
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つむぎのあとがき
えー……第8話。平安時代にニンニクって、つむぎもびっくりなのだ!
でも、この話ってただの面白エピソードじゃないんだよね。
可愛くごまかすより、正しくあることを選んでしまう。その誠実さは立派だけど、男の人からすれば「可愛げがない」で片付けられちゃう。なんだか、やるせないのだ。
これで「雨夜の品定め」は終了。
源氏くんの心は、もう「届かない月」だけじゃ満足できなくなっちゃったみたい。
次回、いよいよ「空蝉」編がスタートなのだ。
触れられそうで触れられない、儚い羽を追いかける源氏くんの、本気の鬼ごっこが始まるよ。
それでも、この光る君の物語がどこへ向かってしまうのか気になったら、また次の夜に会いに来てくれると嬉しいな。
それじゃあ、また。バイバイなのだ!




