第6話:雨の夜、男たちは理想の女を語り始めたのだ
雨の夜って、不思議なのだ。
外の音がぜんぶ水に溶けて、部屋の中だけが世界から切り離されたみたいになる。
そういう夜、人はつい、普段なら言わないことを口にしてしまう。
本音。弱音。見栄。
それから、自分でも気づいていない欲望。
「帚木」の巻は、そんな雨の夜から始まるのだ。
十七歳になった源氏くんは、ある雨の夜、宮中の宿直(当番)で暇を持て余していた。
そこに現れたのは、親友であり義理の兄でもある、頭中将。
色彩が消えたような静かな夜。灯火がゆらゆらと揺れて、二人の美しい影が壁に長く伸びている。
しとしとと降り続く五月雨の音の中で、パパ上の書斎から持ち出された「ラブレター」の山が広げられたのだ。
「ねえ、源氏。いろんな手紙があるけどさ、ぶっちゃけ『これだ!』っていう最高な女の子って、なかなかいないよね」
頭中将のその一言に、少し年上の先輩である左馬頭と藤式部丞も合流して、空気は一気に密室の恋愛談義へと流れていく。
「ちょっと待って! 人の手紙を勝手に見るのもどうかと思うけど、それをランク付けするの、失礼すぎない!? つむぎ、さっきからイライラが止まらないのだ!」
でもね、聞いているうちに、つむぎはだんだん怖くなってきたのだ。
特に、経験豊富(自称)な左馬頭の語り。
「上のクラスの女は疲れる」「下のクラスは話にならない」「狙うなら中くらいの身分が一番!」
……注文が多すぎるのだ。
でも、この人たちが並べている「理想」って、女の人の良さじゃない。
嫉妬しすぎない人。出しゃばらない人。男の顔を立ててくれる人。
それって、結局のところ「自分が傷つかないための条件」を並べているだけなんじゃない?
理想の女性を語っているようで、実は自分が愛されることをどれだけ怖がっているか。
その情けない本音まで、雨音はじわじわと濡らしていくのだ。
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でも、そんな喧騒の中で、源氏くんだけは何も言わずに雨音を聞いていた。
彼は左馬頭の話を聞きながら、心の中でどうしても、ある「基準」と比較してしまう。
それは、御簾の向こうにいる、あの月のような女性。
近くにいるようで、決して触れられない人。
母の匂いをしていて、母ではない人。
恋と呼ぶには罪深く、憧れと呼ぶには熱すぎる人。
みんなは「この手紙の主は、ちょっと嫉妬深そうだね」なんて笑っているけれど。
源氏くんの沈黙は、もっと深くて、もっと暗い。
彼にとって、この品定めは「理想の女性を探すゲーム」じゃないのだ。
誰を見ても、誰と話しても、決してあの月には届かない。
その絶望を再確認するためだけに、彼はこの雨夜に身を置いているように見えて……。
「源氏、君はどう思うんだよ。黙ってないでさ」
頭中将に促されて、源氏くんはふっと微笑む。
その微笑みは、内側の秘密を全部隠すための完璧な仮面。
「そうだね、なかなか難しいものだね」
当たり障りのないことを言いながら、彼の指先は、誰にも届かない場所を探すみたいに、手紙の端をそっとなでていた。
第4話で藤壺さまの袖に触れたその手が、今はもう、紙の感触しか掴めないことが、つむぎにはたまらなく切ないのだ。
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夜はまだ明けない。
雨が深くなるにつれて、会話の形が少しずつ変わっていく。
理想論は、いつの間にか失敗談になった。
批評は、いつの間にか告白になった。
「昔、こういう女がいてさ……」
左馬頭が、自嘲気味に語り始める。
女の人たちを上から眺めて品定めしていたはずの男たちが、自分の傷を、この雨の夜に少しずつこぼし始めたのだ。
男子たちの勝手な妄想と、ちょっと情けない過去の独白。
でもね、源氏くん。
君がその瞳で本当に探しているのは、この世のどこにもいない「理想」なんだよね。
その影を追い求めることが、また新しい誰かを傷つける「助走」になってしまう。
つむぎ、この雨夜の品定めが明けたあとに何が待っているのか、見届けるのが少し怖くなってきたのだ。
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つむぎのあとがき
えー……第6話、どうだったかな。
ついに始まった「雨夜の品定め」。
平安男子たち、理想が高い。高すぎるのだ。
現代なら一瞬で炎上案件だけど、でも聞いているうちに、彼らがどれだけ「本当の恋」に臆病なのかが見えてきて、ちょっとだけ複雑な気持ちになっちゃった。
そして源氏くんは、その会話を聞きながら、やっぱりたった一人の影を追っている。
次回は、左馬頭の恋愛失敗談が本格的に始まるのだ。
理想を語っていた男たちの口から、今度はどんな「傷」がこぼれるのか。
つむぎ、ちゃんと聞き届けるからね。
それでも、この歪んだ光の物語がどこへ向かってしまうのか気になったら、また次の夜に会いに来てくれると嬉しいな。
それじゃあ、また。バイバイなのだ!




