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実況源氏物語 空蝉編 ――春日部つむぎ訳風で読む、逃げた女と負けた光る君  作者: 五平


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6/10

第6話:雨の夜、男たちは理想の女を語り始めたのだ

雨の夜って、不思議なのだ。

外の音がぜんぶ水に溶けて、部屋の中だけが世界から切り離されたみたいになる。

そういう夜、人はつい、普段なら言わないことを口にしてしまう。

本音。弱音。見栄。

それから、自分でも気づいていない欲望。

帚木ははきぎ」の巻は、そんな雨の夜から始まるのだ。


十七歳になった源氏くんは、ある雨の夜、宮中の宿直(当番)で暇を持て余していた。

そこに現れたのは、親友であり義理の兄でもある、頭中将とうのちゅうじょう

色彩が消えたような静かな夜。灯火がゆらゆらと揺れて、二人の美しい影が壁に長く伸びている。

しとしとと降り続く五月雨さみだれの音の中で、パパ上の書斎から持ち出された「ラブレター」の山が広げられたのだ。


「ねえ、源氏。いろんな手紙があるけどさ、ぶっちゃけ『これだ!』っていう最高な女の子って、なかなかいないよね」


頭中将のその一言に、少し年上の先輩である左馬頭さまのかみ藤式部丞とうしきぶのじょうも合流して、空気は一気に密室の恋愛談義へと流れていく。


「ちょっと待って! 人の手紙を勝手に見るのもどうかと思うけど、それをランク付けするの、失礼すぎない!? つむぎ、さっきからイライラが止まらないのだ!」


でもね、聞いているうちに、つむぎはだんだん怖くなってきたのだ。

特に、経験豊富(自称)な左馬頭の語り。

「上のクラスの女は疲れる」「下のクラスは話にならない」「狙うなら中くらいの身分が一番!」

……注文が多すぎるのだ。

でも、この人たちが並べている「理想」って、女の人の良さじゃない。

嫉妬しすぎない人。出しゃばらない人。男の顔を立ててくれる人。

それって、結局のところ「自分が傷つかないための条件」を並べているだけなんじゃない?


理想の女性を語っているようで、実は自分が愛されることをどれだけ怖がっているか。

その情けない本音まで、雨音はじわじわと濡らしていくのだ。


---


でも、そんな喧騒の中で、源氏くんだけは何も言わずに雨音を聞いていた。


彼は左馬頭の話を聞きながら、心の中でどうしても、ある「基準」と比較してしまう。

それは、御簾の向こうにいる、あの月のような女性。

近くにいるようで、決して触れられない人。

母の匂いをしていて、母ではない人。

恋と呼ぶには罪深く、憧れと呼ぶには熱すぎる人。


みんなは「この手紙の主は、ちょっと嫉妬深そうだね」なんて笑っているけれど。

源氏くんの沈黙は、もっと深くて、もっと暗い。

彼にとって、この品定めは「理想の女性を探すゲーム」じゃないのだ。

誰を見ても、誰と話しても、決してあの月には届かない。

その絶望を再確認するためだけに、彼はこの雨夜に身を置いているように見えて……。


「源氏、君はどう思うんだよ。黙ってないでさ」


頭中将に促されて、源氏くんはふっと微笑む。

その微笑みは、内側の秘密を全部隠すための完璧な仮面。

「そうだね、なかなか難しいものだね」

当たり障りのないことを言いながら、彼の指先は、誰にも届かない場所を探すみたいに、手紙の端をそっとなでていた。

第4話で藤壺さまの袖に触れたその手が、今はもう、紙の感触しか掴めないことが、つむぎにはたまらなく切ないのだ。


---


夜はまだ明けない。

雨が深くなるにつれて、会話の形が少しずつ変わっていく。

理想論は、いつの間にか失敗談になった。

批評は、いつの間にか告白になった。


「昔、こういう女がいてさ……」

左馬頭が、自嘲気味に語り始める。

女の人たちを上から眺めて品定めしていたはずの男たちが、自分の傷を、この雨の夜に少しずつこぼし始めたのだ。


男子たちの勝手な妄想と、ちょっと情けない過去の独白。

でもね、源氏くん。

君がその瞳で本当に探しているのは、この世のどこにもいない「理想」なんだよね。

その影を追い求めることが、また新しい誰かを傷つける「助走」になってしまう。


つむぎ、この雨夜の品定めが明けたあとに何が待っているのか、見届けるのが少し怖くなってきたのだ。


---


つむぎのあとがき


えー……第6話、どうだったかな。

ついに始まった「雨夜の品定め」。

平安男子たち、理想が高い。高すぎるのだ。

現代なら一瞬で炎上案件だけど、でも聞いているうちに、彼らがどれだけ「本当の恋」に臆病なのかが見えてきて、ちょっとだけ複雑な気持ちになっちゃった。


そして源氏くんは、その会話を聞きながら、やっぱりたった一人の影を追っている。

次回は、左馬頭の恋愛失敗談が本格的に始まるのだ。

理想を語っていた男たちの口から、今度はどんな「傷」がこぼれるのか。

つむぎ、ちゃんと聞き届けるからね。


それでも、この歪んだ光の物語がどこへ向かってしまうのか気になったら、また次の夜に会いに来てくれると嬉しいな。

それじゃあ、また。バイバイなのだ!

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