第5話:大人になるのは、秘密を抱えることなのだ
ねえ、みんな。
子供のままでいられたら、どんなに楽だっただろうね。
でも、時間は残酷に過ぎていく。
若宮――源氏くんは十二歳になって、大人の仲間入りをする「元服」の日を迎えるのだ。
髪を結い上げ、大人の服を着る。
それは、誰が見てもため息が出るほど美しくて、神様が嫉妬しちゃうんじゃないかってくらいの輝きなんだけど……。
でも、つむぎは見逃さなかったのだ。
大人になるってことは、もう「お母さん」に甘える子供ではいられないってこと。
藤壺さまへの想いを、胸の奥の、誰にも見えない場所に隠さなきゃいけない。
彼の「光」が本物になればなるほど、その心に抱えた秘密は、どんどん深く、重くなっていくのだ。
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元服の儀式が行われる清涼殿は、この世の「完璧」を凝縮したような光景だった。
十二歳の源氏くんが、厳かな音律の中でゆっくりと歩を進める。
子供特有の柔らかい髪が切り落とされ、大人の証である冠を載せられた瞬間、宮中に「しん……」とした、不思議な静寂が落ちた。
それは祝福というより、圧倒的な美しさへの畏怖に近い沈黙。
誰もがその光を見たけれど、その光が何を隠しているのかまでは、誰も見ようとしなかった。
パパ上(帝)は、立派に成長した我が子を見て、誇らしげに目を細めている。
でもね、その瞳の奥には、やっぱり死んだ更衣さんの影が揺れているのだ。
パパ上にとっての「完璧な息子」は、失った過去を取り戻すための、一番まばゆい代償でもあったのかもしれない。
そして、その儀式が終わった瞬間。
源氏くんは、一つの「境界線」を越えてしまったのだ。
「これからは、もう御簾の中へ自由に入ってはいけませんよ」
大人になった源氏くんへ、周囲から突きつけられた無情なルール。
昨日まで、藤壺さまのすぐそばで、その袖に触れ、その香りを吸い込んでいたのに。
今日からは、薄い御簾という名の「壁」を隔てて、他人行儀に話さなきゃいけない。
戸惑う源氏くんの、所在なげに宙を泳ぐ手。
第4話でようやく掴んだはずの「袖」が、大人の儀式というナイフで、ぷっつりと切り離されてしまったのだ。
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そんな混乱した源氏くんの前に用意されたのは、新しい「家族」だった。
左大臣の娘、葵の上。
源氏くんより少し年上で、非の打ち所がないくらい高貴で、美しい女性。
パパ上は「これで源氏くんの将来も安泰だ!」って喜んでるけど……つむぎ、この二人の初めての対面を見て、胸が締め付けられちゃったのだ。
そこには、温度がなかった。
でも、葵の上さんだって悪い人じゃないのだ。
彼女だって、いきなり年下の美しすぎる少年を夫として与えられて、どう振る舞えばいいか分からなかったはず。
誇り高く、一歩も心を開こうとしないその態度は、もしかしたら、自分を守るための精一杯の鎧だったのかもしれない。
対する源氏くんも、心ここにあらずで、その瞳は無意識に、ここにはいない誰かを探してしまっている。
二人が並んで座る部屋には、春の陽だまりがあるはずなのに、つむぎにはそこだけ冬の風が吹いているみたいに見えた。
パパ上の期待とは裏腹に、噛み合わない歯車が、ギギギ……って嫌な音を立てて回り始めたのだ。
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結局、源氏くんは、葵の上さんの待つ屋敷よりも、パパ上のいる宮中での生活を選んでしまう。
でも、つむぎには分かってしまうのだ。
源氏くんが帰りたいのは、パパ上のいる場所じゃない。
藤壺さまの気配が、まだかすかに残っている場所なのだ。
宮中にいれば、御簾越しにしか声が聞けなくても、あの方の気配を感じられる。
少年が抱えたのは、大人ですら持て余すような、狂おしいほどの執着だった。
光が強くなればなるほど、その足元に広がる影は、誰の手も届かないほど深い闇に変わっていく。
こうして、「桐壺」の巻は幕を閉じる。
けれど、源氏くんの胸に残った秘密は、閉じてくれない。
藤壺さまへの想いも。
葵の上さんとの冷たい距離も。
母を探し続ける、あの小さな手の記憶も。
全部、彼の中で静かに息をしている。
そして次の夜。
光る君は、また別の女の人たちの話を聞くことになる。
恋とは何か。
理想の女とは誰か。
その答えを探すふりをしながら、彼はきっと、たった一人の影を追い続けるのだ。
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つむぎのあとがき
えー……第5話、ついに源氏くんが元服したのだ。
あまりにも綺麗で、誰もが「光る君」と呼びたくなるのも分かる。
でも、つむぎには、その光が少し怖かった。
大人になるって、自由になることだと思ってた。
でも源氏くんを見ていると、隠さなきゃいけない秘密が増えていくことみたいで、なんだか切ないのだ。
葵の上さんとの関係も、最初から前途多難。
藤壺さまへの想いも、もう後戻りできないところまで膨らんでいる。
こうして「桐壺」編は、ひとまず完結。
でも、物語はここからが本番なのだ。
次回からは、「帚木」編。
あの有名な「雨夜の品定め」が始まるよ。
男子たちが理想の女性について語り合う夜に、つむぎが全力でツッコミを入れていくのだ。
それでも、この歪んだ光の物語がどこへ向かってしまうのか気になったら、また次の夜に会いに来てくれると嬉しいな。
それじゃあ、また。バイバイなのだ!




