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実況源氏物語 空蝉編 ――春日部つむぎ訳風で読む、逃げた女と負けた光る君  作者: 五平


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3/10

第3話:その手は、もう母に届かないのだ

地獄が完成したあとの場所って、どうなるか知ってる?

……びっくりするくらい、静かなんだよ。

第2話で牛車の音が消えてから、宮中は、耳の奥でずっとキーンって音がしてるみたいな、不気味な静寂に包まれていた。


更衣さんが里へ帰って、ほどなくして届いたのは、最期の知らせだった。

もちろん、いつかは訪れる別れだったのかもしれない。

でも、パパ上(帝)の心に落ちたその報せは、真っ黒なインクみたいに、じわじわと、でも消えない「シミ」となって広がっていったのだ。


---


里から届いた訃報は、秋の冷たい風と一緒に、音もなく宮中に入り込んできた。


パパ上の絶望は、叫び声にさえならなかった。

ただ、持っていた筆をポトリと落として、そのまま動かなくなっちゃったんだ。

つむぎは、怒りたかった。

「おいたわしい」なんて、今さら白々しい涙を流す女たちに、「あんたたちのせいだ!」って叫びたかった。

でも、怒る声さえ出なかった。

偽善も、後悔も、沈黙も……もう何もかもが、あまりに遅すぎたのだ。


パパ上の絶望をさらに濃くしたのは、更衣さんの部屋に残された「遺品」だった。

彼女が最後に着ていた着物の匂い。

震えた文字で書かれた、パパ上への感謝の手習い。

そこには、彼女が最期まで「自分は幸せです」ってパパ上に証明しようとした跡が、痛いくらいに残っていた。


皮肉だよね。

生きていたときは、あんなに陰湿にいじめ抜いて、居場所を奪ったくせに。

死んだあとの彼女は、誰にも追い出せない「記憶」として、宮中のど真ん中に居座り続けている。

パパ上がその部屋を眺めるたびに、心の中のシミは、より深く、より黒く、塗り重ねられていくのだ。


---


そして、何も知らない若宮――源氏くんの姿が、またパパ上の心をえぐる。


若宮は、まだお母さんがいなくなったことの意味を、完全には理解していない。

パパ上を見るたびに、小さな手を伸ばして、服の袖をぎゅっと掴む。

第1話では母の袖を握り、第2話では母の指を握っていた、あの小さな手が。

今はもう、どこにも届かない空っぽの空を、何度も、何度も掴もうとしている。


若宮は、泣き方さえまだ知らないみたいだった。

ただ、母がいたはずの場所へ手を伸ばす。

袖を探す。指を探す。

でも、そこにはもう、何もない。

何もないことの絶望を、まだ知らないまま、あの子は無邪気に笑うのだ。


パパ上は、若宮を抱きしめる。

でも、その顔は子供を愛しんでいる親の顔じゃない。

若宮の中に、死んだ更衣さんの面影を必死に探している……飢えた男の顔だった。

パパ上は更衣さんの葬儀を、ありえないくらい高い身分で執り行おうとした。

それは彼女への謝罪であり、自分への呪い。

「忘れない」という執着が、パパ上をどんどん現実から遠ざけていく。


---


色彩が抜け落ちたみたいな、薄墨色の世界。

そんなパパ上の耳に、ある日、ひとつの噂が届いた。


「先帝の皇女に、亡くなった更衣さまに……驚くほどそっくりの方がいらっしゃるそうです」


その瞬間、パパ上の目に、不気味なほどの「光」が宿った。

つむぎには分かった。

それは夜明けの光なんかじゃない。

消えないシミの上に、別の色を塗って誤魔化そうとする、危うい執着の光なのだ。


更衣さんを失った悲しみを、別の人で上書きしようとする。

でも、上書きされた色は、いつか必ず、下のシミと混ざって濁ってしまう。

「亡くなった更衣さまに、よく似た人――」

その噂が宮中を駆け巡ったとき、源氏くんの運命も、また大きな、そして決定的な歪みを抱えることになったのだ。


みんなは、すくすくと美しく育つ若宮を「光る君」と呼び始めたけれど。

つむぎには、そうは見えなかった。

その光は、届かない手を伸ばし続ける、悲しみのシミから溢れ出した反射にすぎないのだから。


---


つむぎのあとがき


えー……第3話、どうだったかな。

つむぎ、今回は更衣さんがいなくなったあとの静けさが、いちばん怖かったのだ。

泣き声よりも、怒鳴り声よりも、誰も何も言わなくなった部屋の方が、ずっと苦しかった。


更衣さんの死で、全部が終わるわけじゃなかった。

むしろ、そこから新しい歪みが始まってしまう。

パパ上は、失った人を忘れられない。

若宮は、母を失ったことの意味さえまだ分からない。

そして、その喪失が、次の「似ている誰か」を呼び寄せてしまう。


次回はいよいよ、藤壺の宮が登場するのだ。

パパ上にとっては救い。

でも、源氏くんにとっては、きっと運命を狂わせる光。

……うん。

嫌な予感しかしないのだ。


それでも、この光る君の物語がどこへ向かってしまうのか気になったら、また次の夜に会いに来てくれると嬉しいな。

それじゃあ、また。バイバイなのだ。

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