第3話:その手は、もう母に届かないのだ
地獄が完成したあとの場所って、どうなるか知ってる?
……びっくりするくらい、静かなんだよ。
第2話で牛車の音が消えてから、宮中は、耳の奥でずっとキーンって音がしてるみたいな、不気味な静寂に包まれていた。
更衣さんが里へ帰って、ほどなくして届いたのは、最期の知らせだった。
もちろん、いつかは訪れる別れだったのかもしれない。
でも、パパ上(帝)の心に落ちたその報せは、真っ黒なインクみたいに、じわじわと、でも消えない「シミ」となって広がっていったのだ。
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里から届いた訃報は、秋の冷たい風と一緒に、音もなく宮中に入り込んできた。
パパ上の絶望は、叫び声にさえならなかった。
ただ、持っていた筆をポトリと落として、そのまま動かなくなっちゃったんだ。
つむぎは、怒りたかった。
「おいたわしい」なんて、今さら白々しい涙を流す女たちに、「あんたたちのせいだ!」って叫びたかった。
でも、怒る声さえ出なかった。
偽善も、後悔も、沈黙も……もう何もかもが、あまりに遅すぎたのだ。
パパ上の絶望をさらに濃くしたのは、更衣さんの部屋に残された「遺品」だった。
彼女が最後に着ていた着物の匂い。
震えた文字で書かれた、パパ上への感謝の手習い。
そこには、彼女が最期まで「自分は幸せです」ってパパ上に証明しようとした跡が、痛いくらいに残っていた。
皮肉だよね。
生きていたときは、あんなに陰湿にいじめ抜いて、居場所を奪ったくせに。
死んだあとの彼女は、誰にも追い出せない「記憶」として、宮中のど真ん中に居座り続けている。
パパ上がその部屋を眺めるたびに、心の中のシミは、より深く、より黒く、塗り重ねられていくのだ。
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そして、何も知らない若宮――源氏くんの姿が、またパパ上の心をえぐる。
若宮は、まだお母さんがいなくなったことの意味を、完全には理解していない。
パパ上を見るたびに、小さな手を伸ばして、服の袖をぎゅっと掴む。
第1話では母の袖を握り、第2話では母の指を握っていた、あの小さな手が。
今はもう、どこにも届かない空っぽの空を、何度も、何度も掴もうとしている。
若宮は、泣き方さえまだ知らないみたいだった。
ただ、母がいたはずの場所へ手を伸ばす。
袖を探す。指を探す。
でも、そこにはもう、何もない。
何もないことの絶望を、まだ知らないまま、あの子は無邪気に笑うのだ。
パパ上は、若宮を抱きしめる。
でも、その顔は子供を愛しんでいる親の顔じゃない。
若宮の中に、死んだ更衣さんの面影を必死に探している……飢えた男の顔だった。
パパ上は更衣さんの葬儀を、ありえないくらい高い身分で執り行おうとした。
それは彼女への謝罪であり、自分への呪い。
「忘れない」という執着が、パパ上をどんどん現実から遠ざけていく。
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色彩が抜け落ちたみたいな、薄墨色の世界。
そんなパパ上の耳に、ある日、ひとつの噂が届いた。
「先帝の皇女に、亡くなった更衣さまに……驚くほどそっくりの方がいらっしゃるそうです」
その瞬間、パパ上の目に、不気味なほどの「光」が宿った。
つむぎには分かった。
それは夜明けの光なんかじゃない。
消えないシミの上に、別の色を塗って誤魔化そうとする、危うい執着の光なのだ。
更衣さんを失った悲しみを、別の人で上書きしようとする。
でも、上書きされた色は、いつか必ず、下のシミと混ざって濁ってしまう。
「亡くなった更衣さまに、よく似た人――」
その噂が宮中を駆け巡ったとき、源氏くんの運命も、また大きな、そして決定的な歪みを抱えることになったのだ。
みんなは、すくすくと美しく育つ若宮を「光る君」と呼び始めたけれど。
つむぎには、そうは見えなかった。
その光は、届かない手を伸ばし続ける、悲しみのシミから溢れ出した反射にすぎないのだから。
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つむぎのあとがき
えー……第3話、どうだったかな。
つむぎ、今回は更衣さんがいなくなったあとの静けさが、いちばん怖かったのだ。
泣き声よりも、怒鳴り声よりも、誰も何も言わなくなった部屋の方が、ずっと苦しかった。
更衣さんの死で、全部が終わるわけじゃなかった。
むしろ、そこから新しい歪みが始まってしまう。
パパ上は、失った人を忘れられない。
若宮は、母を失ったことの意味さえまだ分からない。
そして、その喪失が、次の「似ている誰か」を呼び寄せてしまう。
次回はいよいよ、藤壺の宮が登場するのだ。
パパ上にとっては救い。
でも、源氏くんにとっては、きっと運命を狂わせる光。
……うん。
嫌な予感しかしないのだ。
それでも、この光る君の物語がどこへ向かってしまうのか気になったら、また次の夜に会いに来てくれると嬉しいな。
それじゃあ、また。バイバイなのだ。




