第13話 どうしようもない王族
神父の最後の話を、私は半ば言葉として、単語として聞き取れていなかった。
アッフェル侯爵がいなければ、内容を理解できないところだった。だって仕方ないじゃない。
友人だと思っていたマーガレットやフローラは、私が聖女様を害する可能性があるなら、異論を唱えることもなく簡単に切り捨てるつもりだったのだから。
一緒に国のために行動を共にして、非日常を送っていたから、私はきっと勘違いしてしまったのね。
第二王女にも物語のような苦楽を共有して笑い合える友人ができたのだと。
実際はそうではなかった。
彼女たちは国のためではなく、聖女様のために行動した。
私に友好的だったのは、事をスムーズに進めるため。
だって第二王女は彼女たちにとって理想の、偽物の聖女だから。
とても短くて、とても幸せな時間だった。
まるで夢を見ていたかのように。
お茶会がどう終わったのか、私は覚えていない。
ただ、気がついたら聖女様と彼女たちはいなくなっていた。そして唯一残っていたアッフェル侯爵が、意識が現実に戻った私に改めて説明してくれた。
お茶会での彼女たちの言動は全て本意ではあった。
それでも私と聖女様を天秤にかけたら、どちらが傾くかなんて火を見るよりも明らか。
「元より彼女たちは、アッフェル侯爵の息がかかっていたのですね」
漏れることなく全員。それに対してアッフェル侯爵は当然と開き直って笑う。
「俺の庇護下にいる以上、問題児をあいつの元においとくつもりはなかったので。アイリスはアッフェル家の傍系ですが、それ以外は俺の領民で、軽い男性恐怖症はありましたが選別はしていました」
あえて選別したのだと、私はすぐにわかった。
あの神父の元で、軽度とはいえ男性恐怖症の女性があそこまで心を許すなんて、普通ではない。神父と相性の良い気質の女性だけあの孤児院に送ったのだろう。
なんともアッフェル侯爵らしい。思わず乾いた笑いがでてしまう。
「サリア様には今後、聖女のことは上手く真実を隠しつつ誤魔化していただければと思います」
「それは心得ているわ……そういう約束だったもの」
首を傾げるアッフェル侯爵に気丈に言ったものの、私は胸が締めつけられる痛みに手を当てた。
本当はアッフェル侯爵と交わした約束ではない。
聖女様のために、私が偽物の聖女となって表舞台に立ち、生涯をかけて本物の存在を隠すことは、フローラとマーガレットにお願いされたことだった。
友人との初めての約束でもあった。
「国の危機を脱したことで、聖女の力は無くなったと公式に発表するつもりです。なので今後は聖女様のお手を煩わせることはありません」
私だけでも、二人との約束を守ろう。
聖女様と彼女たちは、二度と第二王女と会うことはない。
自分の意思で、あのクッキーを食べたから。
それはあのお茶会から一ヶ月が経った頃に痛感した。
あのクッキーを食べてから、日毎に彼女たちの顔を思い出せなくなっていく。
「起こった現実は忘れませんが、あいつらの顔と声は忘れていただきます。もちろんあの孤児院の場所も」
アッフェル家と聖女様の共同制作されたあのクッキーは、蓮の花を模った忘却効果のあるものだと言われ、私はそんなことだろうと自分の予想が当たっていたことにため息を吐いた。
「食べなかったら、物理的に消されていたのでしょうね」
「まあ──そうですね」
定期的にあれこれ理由をつけては登城するアッフェル侯爵は、きっと私の経過観察でもしているのだろう。
王族が覚えていたら、どこから情報が漏れるかわからないもの。
次期国王が確定した第二王子の補佐で忙しくしている日々の中で、きっと私は無自覚に彼女たちのことを忘れている。
両手に掬った水のように、覚えていようと意識していても、きっと思い出も記憶もこぼれている。
そして忘れたことにすら、気づかないままなのでしょう。
ああ、私はどうやってこの冷たい王城を一人で歩いていたのかしら。
誰かが一緒に歩いてくれないと、この悪意が蠢く場所で私は身動きが取れなくなりそうなのに。
おかしな話よね。生まれ育った城だというのに。
実母や乳母ですら一緒に歩いてくれたことなどないのに。
一体いつから、一人で歩けないなんて思うようになったのかしらね。
各領地の当主たちが作物の収穫量や、豊かになりつつある市井の報告の度に、私を讃えて頭を下げるけれど、私は一体どうやって聖女の力を手に入れたのかしら。
アッフェル侯爵に何かを相談した気もしたのだけれど、その後にどうしたのか、頭の中に煙が立ち籠めたように思い出せない。
それでも私は、偽物の聖女としてこの国を立て直した──はず。
第三王女に女が仕事なんかするからボケたなんて言われたけれど、そんなことはない。
たしかに曖昧な記憶ではあるけれど、私はたしかに国を立て直したのだから。
国王と第一王子の策略を掻い潜り、側室が装飾品やドレスを盗んでも、私はアッフェル侯爵と、各領地の農地の改善をした。職の無い市井の民の雇用も改善した。
なぜかわからないけれど、身が引き裂かれるほど腹の底から湧き立つ嫌悪と憎悪に駆られて、国王と第一王子を廃した。
何がきっかけであんなに二人を敵視したのか、手を下した後だからか全くわからない。
そんなことより、生意気な第三王女には早く婚約者を決めてあげないと。
私の視界に入らないようにしたいわね。羽虫のような鬱陶しさは誰に似たのかしら。
本当に、王族はどうしようもないわ。




