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第12話 先代聖女の祝福

 違和感は最初からあった。聖女様(アイリス)はお茶会の最中ずっと喋らず、笑うか頷くかしかしていない。

 対して聖女様自身の話はほとんど神父が答えてくれた。元から口数の少ない聖女様(アイリス)の代弁かと思っていたけれど、あまりにも私情が含まれているように聞こえた。


 それに、普段見ていた男装の麗人(アイリス)の雰囲気と今日はあまりにも違ったから。


 神父の側にいる時は彫刻のように静かで美しい男装の麗人であり、今日は終始ひだまりのような慈愛に満ちた微笑みで雰囲気が全く変わっていた。

 それでも最初のうちは聖女であることを隠す重圧からの解放ゆえかと思った。

 私は深呼吸をしてから改めて姿勢を正した。もう話しても大丈夫だと判断した神父は、静かに語りだした。


「本当の聖女は私です。正しくは聖人と呼ぶべきでしょうが──サリア様にとっては瑣末なことなので割愛しますね」


 一番気になるところを割愛されてなるものかと私はすぐに左手を挙げて神父に説明を求めた。

「全部、説明してくださる約束ですよね?」

 細身ではあるが、どこからどう見ても成人男性であり、決して見間違うことのない神父ではなく、アッフェル侯爵が説明を始めた。


「こいつは先代聖女たちに()()されて産まれたせいで、普通の人間じゃないんだよ」


 聖女の癒しの力を使えることを指すだけではない言葉に、私は首を傾げた。

「癒しの力はもちろんあります。ただ歴代の聖女たちと違い、私の体は普通の人とは違う作りをしておりまして……」

 神父が悩ましげに言葉を選ぶ間に、アッフェル侯爵が続けた。


「先代聖女たちは、こいつが望んだ体に作り変わるように祝福したんだ。最初はただの女として産まれたが、本人が強くなりたいと切望すれば騎士のような男の体に成長しはじめた」


「第二次性徴期までの祝福でしたけどね」

「それでも中途半端なままに成長したせいで、こいつの体は普通じゃない作りになっているんだ。もちろん子供なんて望めない」

「それもあって神職に就かせてもらったんですけどね」

「結婚しなくても済む環境だからな。小規模であれば人助けしても不自然ではないだろうし」

 あまりの情報量に目眩がしそう。

 二人の軽快な会話が言葉として聞き取れるうちに、私はアッフェル侯爵に別の質問を投げた。


「本当に神父様が聖女様なら、アイリスがいざという時の身代わりになる予定だったということですか?」


 私とフローラのような関係。それならずっと二人が一緒だったのは、わざと周囲にそう思わせる意味でとても有効だ。

 予想通り、アイリスがはっきりと肯定した。


「その通りです。私が男装している意味も含めて周りは勝手に勘違いし、神父様ではなく私を注視することを目的としておりました」


 たしかに騎士に比べたら身長も筋肉も無いとはいえ、見れば男性だと誰もがわかる神父がまさか聖女様だなんて夢にも思わないでしょうね。

 私も今だに気を抜いたら思考停止してしまうくらい信じられないもの。

「サリア様が気づかないようであれば、私が聖女だと勘違いしていただいたままでしたが……私の演技もまだまだです」

「違うよアイリス、サリア様は今日のお茶会で気づかれたのです。私が喋りすぎたせいですよ」

 少し的外れな反省をするアイリスに、神父が苦笑した。



「実はサリア様にお話ししなければならない大切なことがもう一つあります」


 紅茶を飲んで熱くなった頭が冷えたところで、私はやっと周りを冷静に見ることができた。

 先ほどは私に感謝をしてくれた彼女たちはみんな、デイジーも真剣な眼差しで私を見つめていた。

 まるで私を警戒しているみたい。でも急にどうして──ここで、私は気付いた。


 王族(私自身)の愚かさに。





「サリア様、クッキーはいかがですか?」


 神父は誰も手をつけていない、馴染みのない花の形をしたクッキーを私に薦めた。


 この選択を、間違えてはいけない。


 視線だけをアッフェル侯爵に向けるも助けてくれない。彼は貴族社会では中立でも、今この場では聖女派である。それもかなり過激な。


 私は一呼吸おいてから、意を決して尖った花弁形のクッキーを手に取り、口にした。


 それを見て神父やアッフェル侯爵だけでなく、デイジーや彼女たちも安堵の笑みを浮かべた。

「賢明な判断ですね」

 アッフェル侯爵はいつものように悪戯っぽく笑う。利き手を懐から離しながら。

 唾液と混ざり、泥のように感じるクッキーを飲みこみ、ふと隣を見たらフローラと目が合った。

「あはっ! サリア様なら大丈夫だと思っていました!」

 屈託なく笑うフローラに、私はこわばる顔で必死に口角を上げて返した。

 

 ああ、友人ができたと思っていたのは私だけだった。

 こんなところで王族教育の、涙を我慢する方法が役立つなんて、なんて皮肉なのかしら。

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