第6話 過去と今
街でヴォルフィーネと別行動となり、一人酔竜亭へと戻ったユルグ。
自室のベッドへと倒れ込むように横になり、長い息をはく。仕事中彼女に言われた言葉から、かつての仲間を思い出す。あの頃は彼らとも上手くやれていたと思っていた。なのに、どうして…
ユルグは自分の顔を手で覆う。彼の意識は過去へと引きずられ、次第に沈んでいった。
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極彩色の砂嵐のようなもの。目の前にはそれがあることが常だった。物心がつく頃には、それら一つ一つが人や物、周りの様子を示しているものだと、誰に言われるともなく理解した。
彼は、生まれつき探査の魔法が発動し続けるという、脳の特異体質の持ち主であった。一万人に一人生まれるかどうかというものだが、今まで生まれた者はすぐ死亡していたため、歴史上では衰弱の呪いとして記録されている。
彼は特異体質のため、泣き喚くか、そうでなければぼーっとしている赤ん坊であった。また、食も細くお乳もあまり飲もうとしなかった。飲んだとしても、すぐ吐いてしまうことがしばしば。それでも彼の母親は投げ出さず、辛抱強く育て続けた。母の献身のおかげか、彼は命を落とすことなく大きくなっていった。
5つになる頃には、意識すると見たい範囲を詳しく知る事や、人・動植物・物体などの状態を把握することができると気づく。
7つになると、見ることのできる範囲は更に広くなった。集中して見ると、人の内側に微かな光のようなものが出ていることまで分かった。それが何であるかまでは分からなかったが、人が考えたり動いたりする前のサインであると、可能な範囲で理解した。
彼の母が勤めている診療所、そこで手伝いをしている時。誰かが探し物をしていれば、すぐに見つけ出した。運ばれてきた怪我人の傷めた場所、程度をすぐ言い当てた。彼の背後から物が倒れてきた時、それを難なくよけて母を驚かせた。
彼の父親は冒険者であったが、彼が生まれる前に冒険の最中死亡している。ユルグが12歳の頃、母親も病で他界してしまう。今際の際、息子の能力に気付いていた彼女は言う。
「きっとあなたには、冒険者の才能がある」
母の最期の言葉を受け、彼は冒険者養成所の門をたたいた。
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冒険者養成所、それは冒険者を志す者たちが、迷宮ですぐ命を落とすことがないようにと設けられた施設である。しばらくの間寝床と食事を提供し、生き残るための知識や技術を習得することを目標に、教官たちから厳しい訓練を受ける日々を過ごすことになる。
そこで彼は、敵の動向や周囲の地形などを探りパーティのために動く職、斥候になることを勧められその道を選ぶ。
使える魔法は探査のみであったが、生まれてから10年以上常に使い続けられていたため、その効果範囲は古都をすっぽりと覆うほど大きくなっていた。
また集中して探査を使えば、それがどんなに小さなものであっても、どこにあるのかが分かった。物や人の構造なども、細かいところまで把握することが可能だった。そのため彼は、養成所の斥候用訓練を、危険察知、地形把握と索敵、簡単な開錠から罠の発見と解除など、その全てにおいて優秀な成績を収めた。
ユルグの事を聞きつけ、当時養成所で将来を有望視されていた男から、パーティに入らないかと誘われこれを受ける。迷宮においては、魔物の生息域が手に取るように分かったので、狩りに赴いた時も戦いを避けたい時も役に立った。採取依頼の際は珍しいものであっても発見出来たりと、当時は重宝された。
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その後も冒険を続けたが、特異体質故か探査以外の技能を覚えることはなかった。魔物との戦いにおいては、機先を制することは出来るが囮以上の働きは出来ず、成長してゆくパーティメンバーとの差は開いてゆくばかりだった。
とある事件を解決したことで、ユルグのパーティのリーダーは「英雄」と呼ばれることになる。英雄を筆頭にパーティメンバーも傑出した才能を開花させており、極めて優秀とされるSランクの冒険者パーティに認定された。
その中でユルグは、単独ではBランクの魔物も討伐出来ず、パーティメンバーから冷たい視線を向けられるようになっていた。唯一気にかけてくれる相手もいたが、何かをきっかけにユルグを軽蔑するような態度に変わった。その理由は分からなかったが、きっと自分が悪いのだろう、と彼は解決をあきらめてしまう。
彼は、その特異体質のためか感情を表したり、言葉にすることがひどく下手だった。また人付き合いもパーティメンバー以外とはあまりなかった。自分が悪い状況に陥ったとしても、それを解決する方法が分からなかった。
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数年後、英雄とそのパーティメンバーからの冷遇はエスカレートしていた。冒険に出る際の準備はユルグがすべて一人で請け負うのが当たり前。移動の際は仲間全員分の荷物を持たされる。そんな彼を見て英雄は、
「お前は役立たずなんだから、せめて移動中は俺たちの負担を減らしてくれよ?」
と大声で言ってくる。休憩や野営の際の見張りは当然のようにユルグ一人で、他のメンバーが交代してくれたことはなかった。
眠気と疲労の中、それでも斥候としての仕事はなんとかこなしていたが、ある魔物との戦闘時のこと。新たにやってきた魔物への対応が遅れてしまい、パーティ後衛の魔術師がその牙に襲われかける。すんでのところでユルグが助けに入り事なきを得るが、
「危なかったじゃない!私が怪我したらどうするのよ、やる気あんの?!」
と怒鳴られてしまう。自分の不注意を認め謝罪するが、
「悪いと思っているなら、土下座しろよ。ほら早く!」
と英雄が横からやってきて詰った。ユルグが土下座をすると、英雄は彼の頭を踏み、
「ここまでやってるんだ、許してやろうぜ」
と、他のパーティメンバーとゲラゲラ嗤い合った。
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迷宮奥地での戦闘時の事、ユルグは魔物を引き付けて囮として立ち回っていた。他のメンバーがそれぞれ魔物を倒し、残るはユルグが引き付けている一匹だけとなった。
そこで英雄は武器を置き、
「残っている魔物はー、ユルグが相手している奴だけでーす!」
と声高に言った。仲間たちもそれぞれはやし立てるか、あるいは無視するか、いずれにせよ助けに入ってくれる者はいなかった。
「おいおーい、早く倒してくれよー!こっちは手が空いてやることがないんだよー?」
そう言って、英雄はいやらしく笑い声をあげる。
―――なんなのだろう、これは。
こいつらは、どうしてこんなことをする?
その時ユルグの胸中に渦巻いていたのは、どす黒い怒り、憎悪。
彼は生まれて初めて、他人を憎いと感じた。
目の前が赤く染まり、頭の中で何かが壊れる音が聞こえ―――
彼から湧きあがる異様な気配を察したのか、対峙していた魔物が踵を返し逃げだした。その背に英雄の剣が突き刺さる。呆然とするユルグの脇を通り抜け、魔物に刺さった剣を抜くと、英雄は言い放った。
「やっぱりお前、使えねえわ」
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迷宮奥地から冒険者ギルドに戻ると、その場で英雄からパーティを出ていけと宣告される。ユルグは「分かった」と感情なく言い、ギルドの受付で脱退の手続きを終わらせた。装備品一式と手持ちの金のほとんども英雄へ渡すと、ユルグはその場を後にした。
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数年後、風の噂で英雄のパーティはクエストに失敗し、全滅したと耳にする。詳しくは知ろうとしなかった。聞きたくもなかった。
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話は今に戻る。
夕暮れ時、ユルグはベッドの上で長いため息をついた。過去を思い出してしまい心が沈むのはよくある事だが、今回は特にひどい。腹と口元を押さえる。
「吐き気がする…」
特に何をする気もおきず頭も動かないため、彼はただぼーっとしていた。極彩色の砂嵐は、読み取ろうと思わなければただのノイズでしかない。ふと窓の外を見て思う。
(もう夕方か…フィーは、帰ってきただろうか…一人で大丈夫と言っていたが…)
と、部屋をノックする音が響く。「どうぞ」と言うと、ドアを開けてアヤカが顔を出した。彼女は心配そうな顔をして尋ねる。
「ユルグちゃん、フィーネちゃんがどこへ行ったか知っているかしら。まだ帰ってこないのだけど…」
彼は一呼吸置くと立ち上がり、
「探してきます」
そう言うと、宿を出て駆け出していった。
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次第に暗くなっていく空、ザワザワと音を立てる木々、どことも知れぬ屋根の上、少女は膝を抱えて座っていた。
「道に迷っちゃった…」
どう歩いても、どちらを見ても見知らぬ風景、知らない人達。ヴォルフィーネは、故郷の里では感じた事のない不安に襲われていた。
「父様…」
顔を膝にうずめて少女は呟く。しかし、いつもなら迎えに来てくれていた父親は、ここにはいない。
ふと、思う。彼は、迎えに来てくれるだろうか、と。一方でどうだろうとも思う。仕事の途中から少し様子がおかしかった気がする。何か失礼な事を言っただろうか。もしかしたら、気を悪くさせたかもしれない。心が弱っているためか、悲観的な方向へ考えてしまう。と、後ろから足音がする。
「フィー」
会って間もないが、耳になじむ落ち着いた声。少女は顔をあげて振り向くと、夕映えの中ユルグが立っている。少女が思わず腰を上げると、彼は言う。
「帰ろう、フィー」
ヴォルフィーネは彼に飛びついた。ユルグは彼女を受け止めると、その背を優しくなでる。
「慣れない街なのに、一人にして悪かった」
申し訳なさそうに言う彼に、少女は頭を振るとぎゅっと強く抱きつく。どうしたものかと迷っていたが、やがて彼は黙って少女の頭をそっとなでた。暖かな夕日の光が、二人を照らしていた。
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