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第5話 失せ物探し

 日が昇るにはまだ少し早い時間。澄んだ空気と、鳥のさえずり。朝もやけぶる酔竜亭の前にヴォルフィーネが佇んでいる。

 彼女は深呼吸を一つすると、ナイフを構え、踏み込み、腕を振るい、戻る。父から教わった様々な武芸の型、その一つ一つを丁寧になぞってゆく。


 一通り型を終えたら、また一から。先より早い動きで。それが終われば、更に早く。一つ一つの型、その継ぎ目なく動き続ける様は、はたから見れば踊っているように見えたかもしれない。


「こんな朝早くから訓練か、精が出るな」


 ほうきとちり取りを手にしたユルグが声をかける。丁度一連の流れが終わるところだった少女は、一時動きを止めた。


「おはよう、フィー」

「おはよう。ユルグはおそうじ?」

「ああ、宿の周りを少しな」


 その言葉に彼女はハッとする。


「ここで訓練したらダメだった?」

「いや、問題ない。大丈夫だから続けてくれ」


 そっか、と安堵の息をつくと、彼女は再び訓練を始めた。その様子をしばし見守ってから、朝食の用意をするため、彼はその場を後にした。


 しばらくした後、エプロン姿のユルグが宿から顔を出す。


「フィー、そろそろご飯だぞ」

「はーい」


 呼ばれてヴォルフィーネは訓練をやめると、彼の下へやって来る。かなりの運動量だったはずなのに、少し汗をかく位で息はほとんど乱れていない。大したものだと思いながら、ユルグはタオルを差し出した。それを見て少女は小首をかしげる。


「これは?」

「宿の裏手に井戸がある。ご飯前に顔を洗いたいかと思ってな」


 理由を聞いてうなずくと、ヴォルフィーネはタオルを受け取った。


「案内しよう。こっちだ」


 そうして彼の後について宿の裏手に出ると、すぐ右手側に井戸と洗い場。反対側には物干し台。そして正面には柵が設けてあった。少女は井戸の水を桶に汲み、そこに手を入れるが、


「つめたっ!」


 と、慌てて手を引っ込める。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫」


 何だかみっともないところを見せちゃった、そう思いながら改めて水をすくう。耳をピンと立てながら冷たさを我慢して顔を洗う事しばし。タオルで顔と手を拭き、桶を元の場所へ戻す。


「さっぱりした」

「うん、じゃあ戻ろうか」


 そう言って店内へ戻ろうとした二人を朝日が照らす。ヴォルフィーネは何となく興味を覚えて柵の方へと歩いてゆく。そして、


「わぁ…」


 その場所からは古都フォレスティアナが一望出来た。街が朝の光を浴びて輝いているかのようで、その美しさに感動する。そしてその光景を見て、あることに気付く。


(あの絵だ…)


 昨日見た風景画、その場所なのだと。同時に背筋を痺れるような感覚が伝う。


(街の中にも、身近にもこんな素敵な風景があるんだ…)


 少女が冒険者を目指した理由の一つ。それは物語を読んで思い描いた、見た事のない景色を、素敵な風景を見てみたかったからだった。

 冒険へのあこがれは、今ももちろんある。けれど、それと同じくらい気になる思いがヴォルフィーネの中に生まれた。


(この人がどんな景色を見ているのか、一緒に見てみたい)


 少女にじっと見つめられ、ユルグは少し首をかしげると、「…そろそろ戻ろう。リュウさんたちが待っている」そう言うのだった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


「ごちそう様でした」


 朝食を終えてニコニコしているヴォルフィーネを見て、微笑ましい気持ちでアヤカは口を開く。


「フィーネちゃんはユルグちゃんの作ったスープが本当に好きなのね~」

「うん、大好き」

「おやおや、私の料理も形無しだ」


 そうおどけて言うリュウイチに、ユルグは真剣な顔で言う。


「リュウさんの料理は世界一です」

「うん、昨日の晩ご飯もとっても美味しかった。私はユルグのスープの方が好きだけど」

「俺のは、そんな大したものではないんだが…」

「そんなことないもん」


 二人のやり取りを見守っていたリュウイチが笑い声をあげる。


「はは、いやすまない。こんなユルグは初めて見るものでね。さて、後片付けをしたら、うちの契約の説明をしようか」

「分かりました。…フィーも片づけを手伝うか?」


 席を立ち、ユルグは何となくヴォルフィーネにも声をかけた。彼女は表情を明るくしてうなずくのだった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


「よし、それじゃあこれがうちの契約書だ。失くさないよう、机の引き出しにでも仕舞っておくといい」


 片づけを皆で済ませ、契約の話も終わり。リュウイチは数枚の羊皮紙をヴォルフィーネに手渡した。


「しかし、大蜘蛛ヒュージスパイダーを討伐していたとは驚いたね。しばらくは何もせずとも暮らしていけるんじゃないかい?」

「私にはやりたい事があるから」


 軽い調子の店主に、少女は真面目な顔で答えた。それが何であれ、出来るだけサポートしよう。そう思ったユルグは彼女に声をかける。


「今日がフィーにとって、冒険者としての初仕事になるわけだ。さて、何をする?」

「ユルグのお仕事しているところが見てみたい」

「… …うん?」


 少女の言葉は、彼の思いもよらないものだった。


 この世界には、迷宮ダンジョンと呼ばれる土地がいくつか存在する。

 神が人間に試練と恵みを与える場所とされており、若い冒険者の多くは自らの力を試しに、ある者は富と名声を求め、またある者は神の恵みを人々に届けんとする正義感から迷宮へと向かう。

 だから彼女もそうするものだと、ユルグは考えていたのだが。


「森へ…深緑の迷宮へ行くのではないのか?」

「うん。ユルグのお仕事が見たい」


 改めて尋ねてみるも答えは同じ。彼は思案する。


(俺の仕事を見学したところで、面白いものではないだろう…しかし、そうはいっても彼女の望みである訳で…もしかしたら、何かの足しにはなるかもしれない…それに、森を走ってついてくるだけの身体能力が彼女にはある。仕事上あちこち走り回ることもあるが、彼女ならば問題はないだろう)


「…分かった。では、フィーは今日見習いとして俺の仕事を見学する、ということでいいな?」


 彼の言葉に、ヴォルフィーネは真剣な顔つきでうなずくのだった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 リュウイチとアヤカに見送られ、酔竜亭を出発した二人は冒険者ギルドへとやって来た。

 夕方の時と比べ、朝のギルド内は人がとても多い。依頼を探している者、情報交換がてら雑談をしている者、出立前の確認をしている者。様々な人々を、フードをかぶったヴォルフィーネは興味深そうに見ていた。


「あら、ユルグさん。おはようございます。今日はフィーネさんの依頼クエスト選びですか?」


 空いたカウンターへ行くと、昨日会ったエルフのフレイラが対応した。


「おはようございます、フレイラさん。今日は俺の仕事を見学したい、と言うので…期限の近い依頼はありますか?」

「そうだったんですね。それですと…遺失物捜索依頼が2件あります」

「分かりました。両方受けます」

「助かります、よろしくお願いします。では、少々お待ちください」


 そう言ってフレイラは一旦カウンターの奥へ。隣で少女が不思議そうな顔をしているのに気づいたユルグは、彼女に話しかける。


依頼クエストには期日、それまでに終わらせなければならない日が決まっているものが多いんだ。人気のある依頼はいいんだが、そうでないものは期日近くまで残ることがある。ギルド職員は、そうした依頼を受けるのも仕事の一つなんだ」


 ふんふん、と彼の言葉を熱心に聞いているヴォルフィーネを見て、はたと気づく。


「…冒険者たちが、紙がたくさん貼ってある掲示板の周りにいただろう。フィーが依頼を受ける時は、あそこを見ればいい。今見てみるか?」

「今はいい。ユルグのお仕事の方が大事」

「そ、そうか…」


 まず彼女のことを考えられなかった事、その上で気遣われたようで、彼は自分の情けなさに歯噛みする。一呼吸整え、気持ちを切り替えたところにフレイラが戻ってきた。


「お待たせしました、依頼書の写しです。街中での依頼と迷宮内の依頼の2件です」


 ユルグは渡された紙に書かれている内容をさっと確認する。そうして彼はフレイラに礼を言ってカウンターを離れると、そのままヴォルフィーネを連れてギルドの外へ出ていく。

 通りに出ると彼は道の端に寄り、靴ひもを結ぶような姿勢でかがむ。そして、隣にいる少女にも聞き取れないほど小さな声で何やらつぶやき始めた。


「…紛失地点周辺…なし…周辺に側溝あり…側溝内確認… …発見」


 ユルグは立ち上がると、建物の凹凸を巧みに足場にしてひらりと屋根へ登った。大きなリュックをかついだままで。それを見て、少女はある事を思い出す。


「ああ、だからリュックお化け…」


 あんな大きいリュックがふわりと屋根へ飛んでいくのを見れば、そう言いたくもなるだろう。彼女はくすり、と笑うと彼の後を追って屋根へと上がるのだった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 街中を歩く人の頭上を、サッと二つの影が通り過ぎた。その人は上を見上げ、「鳥かな…?」と不思議そうな顔をした。


 古都フォレスティアナの街並み、その屋根から屋根へと、風のように駆けてゆくユルグとヴォルフィーネ。少女は自分の前を行く彼を見て疑問に思う。


(あんな重そうなリュックを背負ってるのに、どうして足音がほとんどないんだろう…?)


 そしてしばらくして気づく。自らの重みが屋根の負担にならないよう、膝と足首を上手く使って衝撃を逃がしている、と。また、足を運ぶ際丈夫なところを選んでいる、とも。

 彼女がそう気づいた頃には、かなりの距離を移動していた。ユルグは走る速度を落とし地面へと下りる。続けてヴォルフィーネが下りて来た時には、彼は道の端に屈み、側溝から鈍く光る指輪を拾い上げていた。


「それが、依頼品?」

「そうだな、特徴は一致している。後は依頼主に届け、次に…いや」


 彼はそこで言葉を区切ると、リュックから水筒を二つ取り出した。


「ひとまず、休けいにしよう」

「私なら大丈夫だよ?」


 そう言う少女に、ユルグは真剣な顔つきで、


「休める時は、こまめにでもきちんと休む。冒険者として大事なことだから、覚えておいてくれ」


 少女はこくり、とうなずくと、彼から水筒を受け取った。

 水筒に口をつけ、中身を飲む。冷えた水が体に染み渡っていくようで心地よい。お日様が温かく照らしており、風がそよそよと吹いている。


「良い気持ち…」


 一息ついて、ふとヴォルフィーネはユルグに尋ねる。


「どうして指輪があそこにあるって分かったの?」


 彼の足取りに迷いはなく、探す素振りすらなかったのが少女には不思議だった。彼は口を開き、少しためらうようにした後、


探査サーチを少し、な…」


 そう歯切れ悪く答える。


 探査サーチ。冒険者の中でも斥候スカウトと呼ばれる職の者が最初に教わる魔法である。

 触れたものの構造を把握したり、周囲の様子を調べることが出来る、というものだ。熟練者が使えば、広範囲を見通すことが出来、ヴォルフィーネが読む物語の中では、街一つをその範囲に収められる達人も出てきたものだ。つまり、


「ユルグは探査で、街丸ごと分かっちゃうんだ、すごい!」


 彼女のキラキラしたまなざし、しかしそれを避けるように横を向くと、彼はぽつりと、


「まあ、そんなところだ…」


 とだけ言って口をつぐんだ。そして腕を掴み、唇をかみしめる。彼の肩が、少し震えていた。


「…ユルグ?」


 ヴォルフィーネは心配そうに名前を呼ぶ。彼はゆっくり、ゆっくりと呼吸を数回した後、努めて落ち着いたように装いながら口を開き、


「少し目まいがしてな。疲れが出たのかもしれん。心配させてすまなかった、もう大丈夫だ」


 そう取り繕おうとした。そして彼女から目をそらすと、「そろそろ仕事の続きに戻ろうか」と言った。少女はそれにうなずいたが、ユルグの背を見つめるその表情は晴れなかった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 昼休みを終え、受付へと戻ってきたフレイラの下へユルグ達が訪れた。ユルグは依頼主の受領サインの入った写しを出して言う。


「依頼2件、完了しました。確認をお願いします」

「2件とも?もうですか?」


 フレイラは驚いた。普通遺失物探しは一日仕事、場合によっては数日かかるものだからだ。

 受け取った写しを手元の白い板の上に並べ、確認を取る。依頼の品は確かに持ち主へ届いている。問題もないようだ。


「お仕事が早くて助かります。ありがとうございました」

「他にやることはありますか?」

「え?そうですね…」


 ユルグに聞かれ、彼女は考える。急いでやった方がいい事はもう今片付いた。急ぎではないが、やっておいた方がいい事はある。一方、ギルドマスターのゴルドーから言われていることがあった。


(先輩…ユルグが無理をしないよう気をつけてやってくれ。あの人、放っておくといつまでも仕事しちまうからよ)


「…いえ、今はありませんね。今日は帰って休んでみてはどうですか?体を休める時に休ませるのも、私たちの仕事の内、ですよ」


 人差し指を立て、少し茶目っ気を含ませてフレイラは言った。ユルグは素直にその言葉に従う。


「分かりました。では、帰って休むことにします」

「はい、お疲れ様でした」


 依頼の報告を終わらせたユルグは、後ろで待っていたヴォルフィーネのところへ戻る。


「俺はもう酔竜亭へ帰るが、フィーはどうする?」


 問われて、彼女は口を開き、少し間を置いて、


「…私は、ちょっと街を見てみようと思う。あ、一人で大丈夫」

「一緒に行かなくて良いか?」

「子供じゃないから、心配しないで」


 やや過保護に思えるユルグの言葉に、彼女は苦笑する。その一方で、ユルグはしばし黙考する。


(彼女の様子を見ておくのも俺の仕事だ。しかし、本人が一人で良いと言っているのを、影から詮索することもない、か…)


「分かった。気をつけてな」

「うん、行ってきます」


 そう言って歩いてゆくその背を見送った後、彼は先の言葉を思い出す。

 

探査サーチで、街丸ごと分かっちゃうんだ、すごい、か…」


 それは、かつての仲間に言われた言葉。今はもう、思い出したくもない過去。こみ上げてくる黒い感情をとどめるように、ユルグは胸を押さえる。そしてため息を一つつくと、宿へ戻るべく歩を進めるのだった。






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