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第4話 酔竜亭

 冒険者ギルド、ギルドマスターの部屋。

 テーブルの上に硬貨を並べて、ヴォルフィーネがユルグに何やら話を聞いている。そこへゴルドーが声をかけた。


「なあ、フィーネはどうしてそんなに強いんだ?」


 普通、大蜘蛛ヒュージスパイダーは冒険者、それもかなり経験を積んだ者が複数人がかりで討伐するものだ。冒険者でもない者が一人で倒したなど聞いたこともなかった。問われた少女はしばし考えこみ、


「うーん…小さい頃父様に教わって、それから自分でもずっと訓練してきたから…?」

「ほお、いくつの時からだ?」

「えっと…五つ位から」

「へえ、じゃあ5、6年は続けて訓練してきたってことか」

「ううん、15年位」

「へ?15年?」


 ゴルドーが疑問を顔に浮かべたのを見て、ヴォルフィーネは半眼になった。


「気になってたんだけど…ゴルドーさん、私を何歳だと思っているの…?」

「おいおい、そんなににらむなよ!」


 怒気を浮かべる少女をなだめるように言うと、大男はごまかすように続ける。


「しっかし、他のダークエルフも皆フィーネのように強いもんなのか?」

「…母様が言うには、私が里の中で一番強いだろうって」


 それを聞いてゴルドーは、ははあ、ダークエルフも子供のやる気を出すためにそういうことを言うんだな、と思いつつ、


「へえ、そいつはすごい!」


 と言った。一緒に聞いていたユルグが感心したように、


「フィーがそれだけ修練を積んだという事だな、よく頑張ったな」


 と褒めたので、ヴォルフィーネはうつむいてはにかんだ。そんな二人の様子を微笑ましく思いつつ、ゴルドーはふと疑問を口にする。


「ところで、拠点はどうすんだ?」

「拠点…?」

「おう、冒険者が寝泊まりしたり、荷物を置いとく場所。所謂、冒険者の宿ってやつだな。稼げる奴ぁ自分の家を買って、好みに合わせていじったりするが…流石にそれはまだ早いか」


 よく分かっていないのか、ヴォルフィーネは首をかしげる。ユルグはしばし考え、


「…リンダさんの所はどうだ?彼女なら信頼できる」

「あー、ダメだ。あそこは最近部屋が埋まったってよ」


 沈黙が流れ、少女はどうしたものかと二人の顔を交互に見るばかり。と、


「…そうだ、先輩のとこはどうよ?」

「先輩はやめてくれ。確かに空きはあるが、しかし…」

「フィーネはどうだ?ユルグと同じ冒険者の宿に空きがあるそうだが」

「そこにします」


 きっぱりと言ったヴォルフィーネを、ユルグは困惑顔で見る。


「…今日はともかく。そこを拠点にするかは、後から決めても大丈夫だからな。長く付き合うことになる場所だ。宿の雰囲気や、部屋の様子、使い勝手の良さとかをみて、自分に合いそうか判断するのも大事だからな」


 ゆっくりと言い含めるよう話す彼に、こくりとうなずくヴォルフィーネだった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 冒険者ギルドを出ると、外はすっかり夜である。人も少なくなった通りを、間隔をあけて置かれたかがり火が照らしている。しばらく歩いた後、ユルグは大通りを外れて木々に囲まれた上り坂へと歩を進める。


「わぁ…」


 あとに続くヴォルフィーネは、その光景に感嘆の声をあげた。上り坂にかがり火は無い。しかしその代わりのように光る花が咲いており、それらが坂の上へと続いている。その幻想的な光景に、少女はしばし心を奪われた。


「…綺麗だよな」


 ぽつりと言うユルグの方を向いて、こくこくとうなずく少女。


「あと少しで着く。そろそろ、行こうか?」


 彼はそう促し、ヴォルフィーネは再びうなずいた。


 坂の上には、木々に囲まれて一軒の建物があった。黒色の木材を用いて造られた3階建て、蔦が蔓延っており、人によっては廃墟のように感じるかもしれない。入口や窓のガラスから、明かりがぼんやりと見えている。入口近くにかけられた看板が、ゆれてキイ、キイ、と音を立てた。


「あー…えっと、フィー。見た目は悪いかもしれないけど、中はまともだから。…フィー?」


 ユルグは立ち止ってしまった少女に話しかけるが、彼女はじっと建物を見つめ、一言「スイリュウテイ…」とつぶやく。


「確かにここは酔竜亭だが、知っていたのか?」


 彼がそう言った後の少女の変化は劇的だった。


「本当に!?すごい!想像していた通りの所!光る花の道でもしかしてって思ったけど、本当にそうだったなんて!あぁ、物語の中に入ったみたい!… …あ」


 興奮してユルグに抱きついていたことに気付いたヴォルフィーネは慌てて離れる。


「ごめんなさい…」

「いや、…違っていたら、気にしないでほしいんだが…もしかして『始まりの冒険者』を知っていたりするか?」

「うん!私の一番好きな本!ユルグも好きなの?!」

「あー、まあ、うん。そうだな…フィー、まずは宿に入ろうか」


 言い募ろうとした少女をなだめるようにそう言うと、彼はそそくさと宿へ入ってしまった。ヴォルフィーネは少し不満そうに頬を膨らませたが、すぐに気を取り直して彼の後を追った。


 宿の中は外とはガラリと変わって、暖かく落ち着いた雰囲気である。入口正面にはカウンター席、左手窓側には四人掛けのテーブル席が2つ、反対側にはカウンター内への扉、さらに奥には上へ続く階段がある。

 壁や柱にはランタンが掛けられており、店内を照らしている。ランタンの近くには小さな風景画が何枚か飾ってあった。


「おやユルグ、帰ってきたんだね、おかえり」


 カウンターの奥からエプロン姿の男が現れる。壮年だが髭は綺麗に剃られており、金茶色の長髪を頭の後ろで結んでいる。気さくな調子でどこか飄々とした雰囲気だ。


「リュウさん、ただいま。フィー、この人はリュウイチさん、酔竜亭の店主マスターだ。…ああ、フードはとって大丈夫」


 ユルグに言われて、ヴォルフィーネはフードを脱いだ。リュウイチは彼女の姿を見ても特に驚いたりせず、にこやかに、


「どうも、リュウイチです。よろしく…おっと、ちょっと待って。妻も来たようだ」


 そう言って店主の向けた視線の先、階段の方からトントンと足音。ゆったりした服に艶やかな長い黒髪の美しい女性がやって来る。


「ユルグちゃん、おかえりなさい。お仕事お疲れ様…あら?」


 彼女は柔らかい声で出迎え、次に彼の隣にいる少女に気付く。


「あらあら、そちらのとても可愛らしい人はどなた?もしかして、ユルグちゃんのガールフレンドさんかしら!」

「アヤカさん、落ち着いて」


 はしゃぐ女性をなだめるユルグ。それから呆気にとられたヴォルフィーネに、彼は少し申し訳なさそうに「悪い人ではないから…」と小声で言う。少女にはそれが何だかおかしくて、くすりと笑った。

 確かに、良い人たちなのだろう。会ったばかりだけれど、心が穏やかになるような気がする。どことなく父様と母様に似ているからかな、そう思いつつ彼女は口を開いた。


「初めまして、ダークエルフのヴォルフィーネと申します。こちらにお世話になりたくて伺いました。よろしくお願いします」


 そう言ってぺこり、とお辞儀をした少女を見てアヤカはまた興奮する。


「あらあら、うちに泊まってくれるのね!嬉しいわあ、よろしくねヴォルフィーネちゃん!」


 少女の手を取ってぴょんぴょんはねている妻を見て、リュウイチは苦笑する。


「こちらとしては大歓迎だ。けれどうちの契約説明がまだだし、何より疲れているだろう。今日はゆっくり休んで、また明日話をしよう。決めるのはそれからにしたらどうだい?」


 ヴォルフィーネとしては、もうここ以外には考えられない。しかし、店主がこちらの事を考えて提案してくれているのも分かる。なので素直にこくり、とうなずくのだった。


「うんうん。それじゃあ晩御飯にしようか。ユルグ、手伝ってくれるかい?」

「もちろんです」


 そう言ってリュウイチとユルグはカウンターの奥へ。アヤカはグラスに水を注ぎ、テーブル席の方へと歩いていく。


「ヴォルフィーネちゃん、こっちで座って待ってましょう」

「はい。あの…私の事はフィーネと呼んでください」

「ふふ、分かったわ、フィーネちゃん」


 席に座り、ふと壁に飾られた風景画が目に留まる。

 おそらくどこかの高台からこの街を描いたものであろう。初めて見たはずのその絵を、少女はどこかで見た事があるような、懐かしいような不思議な気持ちで眺める。そして気づいた。自分が大好きな物語、その挿絵に雰囲気がとても似ているのだと。

 風景画をじっと見つめている少女に、アヤカはニコニコしながら、


「良い絵でしょう。ユルグちゃんが描いたのよ」


 と何気なく言った。これを、ユルグが…?驚いていると、当のユルグとリュウイチが食事を運んでやって来る。ヴォルフィーネは思わず口を開く。


「あのっ…ユルグは、その、『始まりの冒険者』の作者さん、なの?」


 問われて、いいや、と否定の言葉を口にしてから彼は続ける。


「『始まりの冒険者』の作者はアヤカさんだ」

「そうよ~、挿絵をユルグちゃんにお願いしたの。もしかしてフィーネちゃん、読んでくれたのかしら?そうだとしたら嬉しいわ~」


 のほほんとした様子のアヤカ。だが少女は口をパクパクさせるばかりで言葉が出ない。見かねたようにリュウイチが口をはさむ。


「まずは食事にしようか。話は落ち着いてからゆっくりすればいい」


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 そうして楽しい夕餉も終わった後。ユルグとリュウイチはカウンター向こうの洗い場で食事の後片付けをしている。アヤカとヴォルフィーネは一緒に話をして盛り上がった後、お風呂に入りに行った。


「しばらく、冒険の指導で彼女の面倒を見ることになりました」


 彼がそう言った。店主はにこりとして応じる。


「うん。良い経験になると思うよ。ユルグなら安心だ」

「そう、かな…」


 人を教えるというのはどうも苦手だと彼は思う。ギルド職員として新米冒険者を何人も教えてきたが、未だに慣れない。それに彼女は既に熟練の冒険者並みか、あるいはそれ以上に強い。気になる点はあるが、それでも自分に出来ることは、それほどない気がしていた。


「冒険者としてやっていくには、強さだけでなく、様々な事を知っていく必要があるものさ。焦らず、ゆっくりと、自分のペースで教えていけばいい」


 ユルグの迷いをなだめるように、リュウイチは優しく諭す。


「それでいいのかな」

「それでいいのさ」


 そして顔を見合わせ、二人は笑い合った。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 片付けも終わったころ、とてとてと風呂上がりのヴォルフィーネがやって来る。ぶかぶかの寝間着を着ている。どうもアヤカから借りたらしい。彼女はニコニコしながら口を開く。


「スッキリした、お風呂気持ちよかった」

「そうか、良かったな」


 その後ろから戻ってきたアヤカが、少し不満そうに口を出す。


「ユルグちゃん、フィーネちゃんを見て何かないの?」

「え?」


 そう言われ、彼は改めて目の前の少女を見る。風呂で温まったからだろう、頬が紅潮している。森で倒れていた時より肌につやがあるようだ。体調が回復しているようで何より。洗い立ての銀髪は、彼女の空色の瞳と相まってキラキラと輝いている。

 ふと、汚れた子犬を洗ったら、見違えるようにきれいになったことを思い出す。今の彼女もそうだ、とても…


「とても、きれいだと思いますが…」

「ユルグちゃん、そう思ったら口に出して伝えるの。大事なことよ」

「そういうものですか?」

「そういうものなのです」


 ユルグには今一つ理解できなかったが、この人が言うのだからそうなのだろう。分かりました、と言うユルグに、アヤカはうんうんとうなずく。その後ろで、ヴォルフィーネは顔を更に赤くしてもじもじしていた。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


「料理、美味しかったよ」

「そうだな、リュウさんの料理は美味しいよな。」


 カウンターに座ってくつろいでいるヴォルフィーネとユルグ。店主は少女に部屋の鍵を渡し、疲れているだろうから今日はゆっくりおやすみと言うと、アヤカと共に三階の自室へと戻っている。


「スープが一番おいしかった」

「…それは、俺が作ったやつだな…そう言ってもらえるのは、ありがたいが…」

「ユルグはすごいね、料理も絵も出来るんだもの」

「…大したことじゃない」


 褒められて照れているのか、頬をかくユルグはやや居心地が悪そうだ。クスクスと笑うと、ふと思いついたように少女は質問する。


「がーるふれんど、ってなあに?」

「ああ、俺もよくは知らないんだが…仲のいい女の人のこと、らしい」

「私はユルグのがーるふれんど?」

「いや、会ったばかりだし違うだろう」


 そう言われて少女は悲しそうな顔をする。


「ユルグは、私の事がきらい?」

「いや、そんなことはない」

「そっか…えへへ♪」


 打って変わって嬉しそうな顔をする少女に、ユルグは何故か鼓動が少し早くなったように感じる。変なものは食べていないはずだが、疲れが出たか…?と彼は不思議に思う。


「でも二人とも良い人たちね。ダークエルフの私にも優しくしてくれて」

「ああ、誰にでも分け隔てなく接してくれる人達だよ。俺も小さい頃から世話になっている」


 そんな彼を見ていて、不意にその言葉は出た。


「ユルグは、私と一緒に冒険者のパーティを組んでくれる?」


 沈黙がしばし、店内を支配した。少女は不安そうに男の名を呼ぶ。


「ユルグ?」

「ああ、すまない。…疲れが出たみたいだ。」


 努めて何でもないように言い、彼は立ち上がる。


「部屋に案内しよう。付いてきてくれ」


 そう言って歩き出し、少女もあわててそれについてゆく。2階へ上がって2つ目のドアの前でユルグは立ち止まる。


「この部屋だ。…俺の部屋の隣だけど、大丈夫か?もし嫌なら変えてもらうけど…」

「ううん、ここがいい」


 きっぱりと言い切る少女に、彼はそれ以上口を出すことをやめる。


「そうか。じゃあおやすみ、フィー。また明日」

「うん、おやすみなさい。ユルグ」


 短いやり取りの後、彼は自室へと戻っていった。ヴォルフィーネは心配そうに、閉まったドアをしばらくの間見つめていた。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


「パーティを組む、か…」


 ベッドに腰かけながらユルグは呟く。と、こみ上げてきた吐き気をこらえるように口元を押さえた。


「もう随分と前の事なのに…情けないな」


 頭をゆっくり左右に振ると、ベッドに横たわる。




 ――――お前は「英雄」のパーティに相応しくない、この役立たずが!


 罵声、冷笑、無視、軽蔑の目。ゲラゲラと嗤う声が頭の中に響き渡る――――




 深夜、ユルグはベッドから飛び起きた。呼吸は乱れ、ひどく汗をかいている。体の内を焼く黒い衝動が全身を駆け巡る。彼はとっさに自分の腕を掴み、歯を食いしばる。低い唸り声が喉から漏れる。腕を掴んでいる手に力を込め、爪を立てる。肉が破れ、血が流れる。その痛みで衝動をごまかし、体を丸めて心が静まるまで、ただ耐える。


 しばしの後、彼は手から力を抜き、そのまま糸が切れた操り人形のように動かなくなる。目から静かに涙が流れ、服とベッドを濡らした。

 どうして涙が出るのか、彼にはもう分からなかった。呆然と窓の外を見上げる。

 ただ月の光だけが、彼をそっと照らしていた。 






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