第3話 冒険者ギルド
母子と別れた後歩くことしばし。街のあちこちに興味を惹かれて道を外れそうになるヴォルフィーネに声をかけながら、ユルグたちは冒険者ギルドにたどり着いた。
太陽と翼の紋章が彫られた看板、周囲の建物よりも一際大きな造りをしている。中からは、恐らく冒険者たちのものであろう喧騒が聞こえてくる。
扉を開き中へ入ると、ユルグはカウンターの前にいる男に声をかけた。
「ゴルドー、今帰った。」
「おうユルグ、お疲れさん!帰りが遅かったが何かあったのか?」
男はかなり大柄で筋骨隆々、額には2本の角をはやしている。鬼族と呼ばれる種族の彼は、その恐ろしげな見た目に反して、細やかに気遣うような調子でユルグに応える。
「ちょっとな。フィー、この人はゴルドー。ここのギルドマスターだ」
ユルグに紹介され、緊張した様子でお辞儀をする少女を、大男は不思議そうに見る。
「ん?どうしたんだその子。…まさか、冒険者志望か?」
「そうだ。それで、説明するのに部屋を使いたいんだが、良いか?」
「部屋を?…分かった。ついて来な」
大男のゴルドーについて行った先、ドアを開けて中を見て、偉い人の部屋なのかなと少女は思った。
見た事のない調度品、壁際の本棚にはずらりと本が並んでおり、部屋の中央には向かい合って大き目のソファとローテーブルが置かれている。ローテーブルの上にはひし形の小箱のようなものが、静かに青く光っている。
どれも気になる物ばかりで、少女は少しそわそわした。
「で?ユルグ、説明ってのは何なんだ?」
どっかとソファに座り、二人にも座るよう勧めながら大男が問う。
「そうだな…フィー、まずは挨拶を」
そう言われ、少女はユルグの方を向く。ユルグが大丈夫、とうなずいたのを見て彼女は深呼吸を一つするとフードを取った。
長い銀髪に浅黒い肌、そして細長い耳が露になる。
大男は一瞬目を見開いた後、感心したようにあごを撫でた。
「ほおー、ダークエルフか!記録では知っていたが、実物は初めてお目にかかったぜ」
まじまじと興味深そうに見てくるゴルドーを、少女はきょとんと見上げる。
「えっと…私はヴォルフィーネ。冒険者になりたくてここへ来ました。どうぞよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる彼女に対して、うんうん、とうなずいている大男。彼に少女は尋ねる。
「あの、ダークエルフが平気なんですか?」
「んー?ああ、小っちぇえ頃は怖かったなあ。悪いことすっとダークエルフにさらわれて、闇の国に連れてかれちまうぞーって母ちゃんから脅かされたりな!」
大男は豪快に笑いながら続ける。
「暗闇で光る眼、耳まで裂けた口、ざんばら髪に長く伸びたツメ…おっそろしい強さで、迷宮を荒らす奴らの前に現れて罰を与える、なんて噂もあったっけなあ」
懐かしむような顔をしている大男に、少女はおずおずと聞く。
「じゃあ、今は…?」
「おう、怖くねえな!むしろ頼もしく思ってる!」
「…頼もしい?」
困惑する少女を見て、ゴルドーはニッと笑って、
「お嬢ちゃんの他にもダークエルフの冒険者は結構いてな。そいつらの記録がギルドには残ってるんだ。どいつもこいつも、そりゃあ優秀な実績ばかりでな!」
会えなかったのを残念に思ったもんよ、と言った。
この人に怖がられなかったのは、つまり姉様たちのおかげなのか、とヴォルフィーネは納得した。
「…まあ、ギルドの記録を見れるのはギルド側の者だけだからな。普通は怖がる奴らもいるかもしれねえ。だから部屋を使えるか聞いたんだな」
「それもある。が、もう一つ理由がある」
ユルグの言葉に、大男は怪訝そうな顔をした。
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ユルグからの報告を受けたゴルドーは口元を引きつらせた。
「…冒険者でもないこのお嬢ちゃんが、魔法刃を使えて?その上、大蜘蛛を単独で討伐した…?」
流石に冗談だよな、先輩?と言う大男に、先輩はやめてくれ、と言いつつユルグは採取した大グモの牙を彼の前に置く。
「マジか…マジか…」
眉間にしわを寄せて牙を凝視している大男を見て、少女は心配そうにユルグに聞く。
「やっぱりあのクモ、倒したらいけなかった?」
「あれはびっくりしているだけだよ、大丈夫」
彼女に対して優しく言うユルグを見て、大男は珍しいものでも見たように目をぱちくりさせた後、ヴォルフィーネの方に向き直った。
「改めて確認させてほしい。ああ、難しいことじゃない。俺の質問に、はいかいいえで答えてくれればいい」
そう言って咳ばらいを一つすると、
「大蜘蛛、でっけえクモをお嬢ちゃん一人で倒した。本当か?」
「はい」
ゴルドーは手元の青い小箱をちらと見て続ける。
「お嬢ちゃんは魔法刃が使える。本当か?」
「はい」
大男はもう一度小箱を見る。小箱は静かに、青く光っている。マジか…と三度目のつぶやきをする彼にユルグは声をかけた。
「彼女は冒険者登録の特例、それに該当すると思うんだが、どうだ?」
「ああ~…間違いなくそうだな。ありゃ本来、元冒険者の再雇用のためのモンなんだが…」
ひよっこの中に、このお嬢ちゃんを混ぜるわけにもいかんか、と大男はつぶやくと、
「分かった。それじゃ準備して来っから、少し待っててくれ」
そう言って部屋を出ていった。
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待つことしばし。ユルグから水筒をもらい、少女が水を飲んでいるとゴルドーが戻ってきた。彼の後ろにはエルフの女性が一人付いている。金の髪に青の瞳、そして細長い耳。髪は頭の後ろでまとめており、ギルドの看板と同じ紋章の入った服を着ている。
「待たせたな。お嬢ちゃん、こっちはウチの職員のフレイラ。この人と一緒に手続きをやってくれ」
「フレイラです。ヴォルフィーネさん、よろしくね」
にこりと微笑む女性に少女も挨拶を返し、ぺこりとお辞儀をする。
「話は聞いているわ。フードを取って大丈夫よ」
優しく促され、ヴォルフィーネはフードを脱いだ。
「後は任せて、ユルグ、少し出ようぜ」
大男は部屋の外を指さした。ユルグは立ち上がると「また後で」と少女に言ってから、ゴルドーと共に部屋を出た。廊下に出てドアを閉めると、大男は壁に寄りかかって腕を組んだ。
「なあ先輩、話があるんだが」
「ゴルドー、先輩はやめてくれ」
同じ冒険者だった頃ならともかく、とユルグは苦笑した。大男は笑って、俺にとって先輩は先輩だからなあ、と言った後表情を引き締める。
「あの子の指導役をやってくれねえか?」
「俺がか?指導は得意じゃないんだが…むぅ」
ユルグは考える。指導役とは本来、新人の冒険者をベテランの冒険者が一時的に面倒を見るためのものだ。だが今回は事情を知っている自分に割り振るのは、ゴルドーらしい良い判断だとも思う。しばし悩んだ後、
「まずは彼女に提案して、それを承諾した時は引き受けよう」
「そうだな、その時は頼んだぜ」
ユルグの答えに大男はほっとした様子だ。
「…ゴルドー、あの子への対応、ありがとう。感謝する」
「何だよ、別に普通だろ?でも、へへ、先輩にそう言われたら悪い気はしねえな」
「先輩はやめてくれ」
そう言って二人は笑い合う。それからユルグは口を開くと、
「じゃあ、俺は少し行ってくる」
「ん、どこへだ?」
「台所だ」
「えぇ…?」
彼の告げた意外な行先に、ゴルドーは唖然とするのだった。
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「はい、お疲れさま。手続きはこれで終わりよ」
重ねた書類を整えながら、フレイラは言う。つかれた…と言ってソファに沈み込んでしまったヴォルフィーネへ、頑張ったわねと笑いかけると、彼女は立ち上がる。
「それじゃあ、ギルド登録証の用意をしてくるから、もう少し待っていてちょうだい」
フレイラが部屋を出ようとドアを開けると、廊下の向こうからユルグがやって来るところだった。湯気の立つカップを4つ載せたトレイを手に持っている。
「フレイラさん、お疲れさまです。お茶を入れたので、良かったらどうぞ」
「あら、ありがとう。戻ったらいただきますね」
ふんわりとそう言って、彼女は部屋を出る。入れ替わりで部屋へ入ったユルグとゴルドーは、ソファに沈んでいる少女を見て苦笑した。
「お嬢ちゃん、大丈夫かー?」
「色々きかれて、色々かいて…つかれた…あたまボーっとする…」
「大変だったな、お疲れ。茶を入れたから、良かったら飲んでくれ」
と、ユルグはカップを少女の前に置く。よろよろと起き上がると、ヴォルフィーネはカップに顔を近づける。
「…良い香り…」
いただきます、と言ってカップに口をつけ、ゆっくりとお茶を飲み、ほっと息をつく。
「落ち着く」
「それは良かった」
少女の様子を見ながら、二人はソファに座り茶を一口すすると、ゴルドーが口を開いた。
「それでな、お嬢ちゃん」
「?」
話しかけられ、少女は小首をかしげる。
「普通冒険者になるには、養成所っつー所で学ぶもんなんだが、今回はそれがない。で、だ」
そこで言葉を切ると、大男はユルグの方を見る。
「もし、フィーがよければ、なんだが。俺がしばらく、冒険者の事を教えようと思うんだが、どうだろう?」
その提案に、ヴォルフィーネは彼をじっと見つめて言う。
「これからも一緒にいられるってこと?」
「そうだな、もちろん…」
「嬉しい!よろしくね、ユルグ!」
「あ、ああ…」
もちろん、自由に行動したいならそれでも構わない、そう言う前に少女が提案を受け入れたため、ユルグは拍子抜けしてしまった。
「あら、何か良いことがあったのかしら」
銀色の盆を手に、フレイラが戻ってくる。黒い小板と袋の載ったそれをゴルドーに手渡すと、ソファに座りお茶を一口。
「美味しい。ありがとう、ユルグさん」
「どういたしまして」
雰囲気が落ち着いたところで、大男が口を開く。
「さて、それじゃあヴォルフィーネ…長いな。フィーネと呼んでいいか?」
「構いません」
「じゃあ、フィーネ。こいつがお前さんのギルド登録証だ。出来るだけ肌身離さず、失くさないよう気をつけてくれ」
「分かりました」
少女は姿勢を正すと、黒い小板を恭しく受け取った。ゴルドーはその態度に感心しつつ、今度は袋をテーブルの上に置く。ジャラジャラと音が鳴った。
「こっちは大蜘蛛討伐の報奨金だ。…ところでお前さん、お金の扱いは大丈夫か?
問われて、少女はふるふると首を振った。
「ほとんど、使ったことはない、です」
「そうか、結構な額になるんだが…それじゃあ、当面必要そうな分だけをお前さんに渡す。残りはウチで預かる。受付でいつでも受け取れるようになってっから、お金が必要になったらギルドに取りに来る。ってことでどうだ?」
「… …それで、お願い、します」
そう答えた少女だが、その頭の上には?マークが3つくらい浮かんでいそうな表情をしている。
「まあ、分からないことがあったら、ユルグに相談してくれ」
そう言って大男は苦笑するのだった。




